エピソード その１
インターミッション
第八空母艦隊、通称八空艦。帝国海軍中、最も進歩した航空儀装を施された
空母海龍を旗艦にしたこの艦隊は、帝国海軍の航空機実験部隊である。
同時に、開戦劈頭における真珠湾奇襲作戦、インド洋における支援作戦、そ
して、最大の激戦となったミッドウェー作戦に参加し、勝利に重要な点で貢献
した歴戦の艦隊でもある。
「こらぁ！榊原！！また姉の方に化けやがったなぁ！！」
「いいじゃないですか！わたしのささやかな楽しみなんですから！！それに、
ウチの隊長達はちゃんと見分けられますよ！！」
「やかましい！身分詐称で懲罰をくらわせるぞ、しまいにゃ！！」
・・・内地で休養と訓練を過ごす日々の会話を聞いていると、とても歴戦の
部隊とは思えない部分が多すぎて困るが・・・
「ええい、どこに行った。あいつは？」
肩で息をしながら、八空艦航空参謀の村井中佐は眉を寄せてうなった。この
基地のパイロットの詰め所の中を、鋭いというより険しい視線で切り裂く。そ
のあまりの鋭さに、詰めていたパイロットのほとんどが驚きの表情で彼を見る
中、ただ１人だけ山ほどの仕様書に目を通している者がいた。彼はその人物の
前に行くと厳しい声で問いかけた。
「本多中尉」
その声で、ようやく気がついたらしい本多は顔を上げた。
「ああ、航空参謀」
「榊原の妹の方を見なかったか？」
「双葉の方ですか？・・・確認はしていませんが・・・」
「間違いないな？かばったりしとりゃせんだろうな？」
「いや、そう言われましても・・・」
困惑の表情を浮べる本多に、近くにいた若いパイロット候補生がおずおずと
声を上げた。
「あの・・・中尉は仕様書に集中されていたので、ご存じないかもしれません
が・・・」
「何だ？」
「あの、飛行服を着用した女性でしたら、先ほどこの部屋を通り抜けられまし
た」
「どこへ抜けた」
「あ、あのドアからです」
「そうか、ありがとう」
村井中佐は軽く礼を告げると、ドアを勢い良く開けて追跡を再開した。その
後ろ姿を見送った本多は、鉛筆を下唇に当てた。
「ふーむ・・・」
「あの、中尉。自分は余計な事を言ってしまったのでしょうか？」
「いや、そんな事はない」
不安げな候補生に、本多は反射的な回答を返す。が、不意に何かに思いつい
たのか、顔を上げて彼に視線を向けた。
「ところで、あのドアから出たのは間違いないのか？」
「はい！間違いありません！」
「そうか・・・」
１つ頷くと、本多は音も立てずにドアに近付き、無造作に開け放った。
「ふぎゃ！」
途端に猫じみた悲鳴が上がった。その声に聞き覚えのあった本多は、ひょい
とドアの影を覗き込む。
「何やっているんだ、双葉？」
そこには、鼻の頭を右手で、後頭部を左手で押えた、海龍第４中隊の榊原双
葉がいた。姉の一葉を真似て、長い髪を腰の辺りでまとめている。彼女はちょ
っぴり涙目になりながら、上目づかいに本多を見上げた。
「う〜、隊長、ひどいですよぉ」
あらかじめ言っておくと、本多は海龍第３中隊の隊長である。だから双葉の
直接の隊長ではない。が、海軍初の女性部隊（ついでに言えば、初の艦隊勤務
を行う女性部隊でもある）である第４中隊の、艦内生活の面倒を見ている彼は
彼女たちになつかれているのだ。
だからと言って、甘い顔をするわけにはいかない状況である。素っ気無い態
度で言い捨てる。
「自業自得だ。こんなところに隠れてるからだろう」
「あ、あはは・・・はぁ・・・」
本多の態度に、双葉はひきつった笑いを浮べたかと思うと、ため息と共に肩
を落とした。「お説教確定」と思ったからだ。本多の説教は、怒鳴ったり、殴
ったりなどの直接的な威圧を伴ったりはしない。だが、少々のいたずらは肩を
すくめつつの苦笑で済ませる男が、ジト目で睨んでくるのが精神的にかなりの
圧迫になるのだ。
そんなわけでさすがに小さくなっている双葉を、本多は容赦なくジト目で睨
んだ。
「まったく・・・髪型とかを変えるのはいいが、他人には化けるなと、何度も
言っただろうが」
「はい・・・」
「他人に化けると、化けられた人が迷惑するんだ。今回はばれたからいいよう
なものの、村井航空参謀が気付かないままだったら、一葉の方に苦情や処分
が行くんだ」
「はい・・・」
さすがに、姉に被害が及ぶのは望んでいない双葉は、素直に頷いた。
「なら、これからどうすればいいかは分かるな？」
「はい」
そこで、本多は口元をほころばせた。
「よろしい。では、今後は他人に化けたりしないように。せいぜい、髪型を変
える程度にしておけ」
「は〜い」
本多の威圧から解放されて、双葉はほっとしたように明るい調子の声と共に
頷いて見せた。
この声を聞いた瞬間、本多は彼女が全然こりてないことを察した。察しはし
たがあえて何も言わなかった。少なくとも、２、３日は大人しくしているだろ
うし、２日経てば村井航空参謀は新造空母の航空儀装の視察のためにこの基地
を離れる。そうなれば、この基地に、彼女の「わるさ」について大騒ぎする人
はいなくなるので、少しは静かになるだろう、と思ったのだ。
いざとなれば上官にもくってかかる事で知られる本多にしては、ひどく消極
的かつ後ろ向きな判断である。もっとも、年頃の女性が苦手な彼であれば、無
理もない。
（ま、せめて航空参謀がいる間くらいは大人しくしててくれ。頼むから）
心の中で、彼は切実にそう願ったのだった・・・
翌日。彼の願いはあっさりと撃ち砕かれた。
「こらぁ、榊原！！手の込んだ真似しやがって！！」
「そんな、手なんて込んでないですよ〜！」
「自分に化けた姉の振りする事の、どこが手が込んでないと言うんだ！いい加
減にしろ、こんガキゃ！！」
追いかけている村井中佐の言葉づかいが段々悪くなってくる。そんな彼と髪
型を姉のそれと同じにした双葉の追いかけっこを、本多はどこか遠いところを
見つめる風情で見守りながら、口を開いた。
「なぁ・・・」
「なんですか？」
「あいつの教育、どこか間違えたんじゃないのか？」
一歩間違えると、子供の育て方についての夫婦の会話と取られかねない台詞
をのたまわった本多に、第４中隊隊長である川村沙耶は、苦笑を浮べるしかな
かった。
「別に、しつけをしてきたわけじゃないですよ、私も」
「今更、矯正出来ないか？」
「あの年で、ですか？」
２人の中隊長は、互いの顔を見合わせると、同時に深いため息をついた。
ミッドウェー海戦後、機種更新などを含めた訓練に励む八空艦の、比較的平
穏な１日。そんな日には、彼らは「精鋭部隊」という看板からは想像もつかな
い１日を過ごしているのであった・・・
ＥＮＤ
後書き
なんでしょうね、これは（苦笑）
まだ、本編もろくに書いていないくせに外伝・・・というかエピソードを書いてみました
ま、落書きに出てきた「第四中隊」の一部はこんな連中、ということで・・・
感想、ご意見などは掲示板へどうぞ
松