これって一体なんですか？

「それで、相談って何かしら？」
「ああ・・・」
　向かいに座る第５０１統合戦闘航空団隊長、ミーナ・ディートリンデ・ヴィ
ルケに問い掛けられたゲルトルート・バルクホルンはそう頷いたものの、そこ
で口ごもってしまう。
　照れた時ならともかく、自ら相談を持ち掛けたにもかかわらず口ごもるなど、
バルクホルンとしては異例の事だ。それでも、ミーナは話を急かすような真似
をしなかった。こんな時は相手の心がまとまるまで待った方がいい、と知って
いるからだ。
　そんな理由で２人の間に生まれた沈黙は、開け放した窓からの音で破られた。
「あら、午後の訓練が始まったのね」
　そう呟いたミーナが窓から外を見ると、エーリカ・ハルトマンとリネット・
ビショップ、シャーロット・Ｅ・イェーガーと宮藤芳佳、２つのロッテ（２機
編隊）が組んだシュヴァルム（４機編隊）による編隊機動の訓練を行っていた。
　使っているストライカーユニットがバラバラの統合戦闘航空団（５０１に限
った話ではない）では、編隊を組んで飛ぶのさえ楽な話ではない。言うまでも
なく速度と運動性能がユニットごとに異なるからだ。そんな理由から、この手
の編隊機動訓練は統合戦闘航空団では欠くことの出来ない訓練の１つとして重
視されている。
　その光景を優しい眼差しで見つめながら、ミーナは赤褐色の髪を揺らしなが
ら口元をほころばせた。
「・・・相変わらず、訓練ではヨタヨタするのね、宮藤さん」
「え！？」
　その一言に、バルクホルンは慌てて彼女の視線を追った。その先には、シャ
ーリーの動きに追従しようとして近づきすぎてしまい慌てて離れる、そして今
度は維持すべき位置から離れすぎて慌てて戻る、という動きを繰り返す芳佳の
姿があった。近づいては離れを繰り返す芳佳の動きは、ミーナの「ヨタヨタ」
という表現がぴったり当てはまるシロモノであった。酔っぱらいの千鳥足だっ
てもう少しましに思えるほどだ。
　シャーリーもさすがに心配になったか、今度ニアミスしたら抱き留めて動き
を落ち着かせようと身構えた。
　おおらかなシャーリーでさえそうなのだ。下から見上げるしか出来ないバル
クホルンなどは心配が表情ばかりか言葉になって出てしまうのを止める事が出
来なかった。
「あの馬鹿、ストライカーユニットは大きく操作するなといつも言っているの
　に・・・」
　そんな彼女の態度で、ミーナは「相談」が何であるのか大まかに察する事が
出来た。その推察が正しいか確認すべく、ミーナは問いを発する。
「トゥルーデ」
「？」
「相談って、宮藤さんの事？」
　愛称で呼びかけてからなされた問いは、バルクホルンの冷静さという防御を
見事に撃ち抜いた。
　カーッ
「え？いや、その、それは・・・」
　訓練中の芳佳並にワタワタと両腕を動かすバルクホルン。ちなみに、その芳
佳はシャーリーに捕獲されてようやくふらつくのを止めたところであった。そ
れに同調した・・・というわけでもないだろうが、バルクホルンの方も落ち着
きを取り戻した。まぁ、落ち着いた、というには顔が赤くなっていたりするが。
それでも、気を取り直すように咳ばらいすると、ミーナの問いを肯定した。
「ま、まぁ、そんなところで・・・」
「宮藤さんと何かあったの？」
「いや、あいつとの間に何かあったというわけではない。ただ・・・」
「ただ？」
「最近、訓練中のあいつを見ていると・・・その、ドキドキハラハラして仕方
　なくて・・・これはどう思えばいいのかと」
　特にドキドキの部分、と付け加える。
　その時バルクホルンの見せた妙に熱っぽい表情に、ミーナは生暖かい何かに
頭が浸かっていく感覚に捕われた。それでも、目がすわっている彼女を刺激し
ないようにやんわりとミーナは回答した。
「基本的に、妹さんに対してと同じ保護者感覚の類だから、特に気にしない方
　がいいわよ」
　特にハラハラの部分とか、と付け加える。その回答に、バルクホルンは軽く
頷いた。
「そうか・・・」
　その顔には９割の安堵と１割の落胆が浮かんでいた。
（だから、そう残念そうな表情をしないの・・・）
　その反応に、内心でだけ突っ込むミーナをよそに、バルクホルンは気を取り
直したのか、胸の前で力強く拳を握って背筋を伸ばした。
「ありがとう。これで気持ちが決まった」
「え？」
「これからは宮藤の姉代わりとして、あいつが甘えられるようになる！」
（宮藤さんにお姉さんがいるなんて資料は、なかったはずだけど・・・）
　ひどく暴走したバルクホルンの宣言に、ミーナはちょっと現実逃避気味のず
れたツッコミを内心でだけ、していた。

　この相談以降、バルクホルンによる芳佳へのアプローチが始まるのだが、そ
れはまた別の話である。

　終われ