スバルとティアナと９番と

　機動六課の訓練場で、スターズ分隊の陸戦魔導師コンビ、スバル・ナカジマ
とティアナ・ランスターは、ナンバーズの９番ノーヴェ、１１番ウェンディの
二人と対峙していた。
　ノーヴェはいつものように何かへの不満を表すように口を引き結び、鋭く前
を睨みつけていた。気の弱い人間なら、それだけで萎縮してしまいそうな圧迫
感がある。
　一方、その睨まれているスバルも負けじと睨み返す。いつもの人懐っこさは
欠片も感じさせない鋭さであった。
　しかし、残る２人−スバルのバックスとなるティアナと、ノーヴェのバック
スとなるウェンディ−は、というと、前衛２人とは対照的なまでに気抜けして
いた。さらに言うなら脱力していた。はっきり言って、やる気がなかった。
　そんな相方の状態を余所に、スバルとノーヴェの間の緊張感は高まっていく。
その緊張感が最高潮に達した時、二人は同時に動いた。
「でええぇいっ！」
　気合いの声と共にスバルが走る。それに合わせて、マッハキャリバーがさら
なる加速を行いスピードに乗せる。
　一方のノーヴェもマッハキャリバーに似たデバイス、ジェットエッジを使っ
て加速する。こちらはこの間、一切無言であった。
　先手を取ったのは、その無言で進むノーヴェであった。彼女は右腕のガンナ
ックルを向かってくるスバルに向けると、おもむろに発砲したのだ。
　もっとも、フロントアタッカーとして優れた防御力も持つスバルには、この
程度の攻撃は通じない。その証拠に、スバルはシールドを展開すると飛来する
エネルギー弾を次々とはじき飛ばしてみせた。だが、防御する事で、攻撃への
備えがわずかに遅れる。つまり、相手に機先を制する隙を与える事になる。そ
れこそが、ノーヴェの真の狙いであった。
「はあぁっ！！」
　声と共にノーヴェの左足が跳ね上がった。それは、スバルの右側から上腕に
襲いかかる。
　無論、スバルも黙って蹴りを喰らったりはしない。すかさず左手をその軌道
上でかざし、シールドでガードする。同時に、回し蹴りを放って、ノーヴェに
一歩引かせた。続けて・・・
「マッハキャリバー！」
〈All right "Wing Road"〉
　マッハキャリバーは短く同意すると、回し蹴りを放った右足を起点にウィン
グロードを発動。重力の存在を無視した動きで魔力で出来た道に飛び乗ると、
きついバンクも無視してターンを決めると、ノーヴェの後上方から突きを放っ
た。
「ちっ」
『ＩＳブレイクライナー』
　舌打ちと共に、自らの先天固有技能を発動させ、スバル同様に魔力の道を作
り上げる。急な上り坂となっているその道を進む事で、ノーヴェは急激な姿勢
変化を果たし、スバルの拳をかわした。
　そこから先は互いに道を作りながら、文字通りの空中格闘戦が始まった。
　それは、空戦魔導師同士の空戦のような、自由自在の機動で相手との間合い
と取りつつ攻防を繰り広げるものではない。たとえるなら、それは地球におけ
る戦闘機同士の空中戦に近い。前進と旋回を組み合わせ、縦横無尽と言っても
よいほどの軌道を描きながら、自らの攻撃範囲内に相手を捉える戦いなのだ。
　この面で圧倒的に有利であるのはノーヴェであった。
　なにしろ、ガンナックルのエネルギー弾の射程の長さ、速射性、射界の広さ
は、スバルのリボルバーナックルを圧倒するのだ。よほどの素人でもない限り、
有利になるのが当然であった。
　そして、ノーヴェは素人ではない。彼女は容赦なく発砲し、スバルの動きを
牽制し、自らに有利な態勢で必殺の蹴りを放つべく道を作り続ける。
　一方のスバルは、飛来するエネルギー弾を防ぎ、弾き、回避しつつ、自分の
拳がもっとも効果的に使える正面にノーヴェを捉えようと道を作る。
　そんなノーヴェ有利の状況での攻防がしばらく続いていた。が、スバルの思
い切った行動により、その状況がひっくり返る時が来た。
　その行動を解説すると、以下のようになる。
　まず、何度目かの接近を断念したスバルは、ノーヴェの針路とは反対の方向
に針路を向けた。当然、両者の距離は急激に開く。それこそあっという間にガ
ンナックルの射程外に出てしまうほどに、だ。
「ちっ」
　この自体にノーヴェは忌々しげな舌打ちと共に反転した。彼女の胸中にある、
スバルのしぶとさに対するいらだちが出たのだ。同時に、自分の勝ちに対する
確信も生まれていた。
　距離を取った、ということは射撃戦を選んだ、ということだ。そして、射撃
戦なら必ず勝てる、という自信が彼女にはあったからだ。
　それは、間違った自信とは言えない。スバルの持つ射撃用という魔法はリボ
ルバーシュートとリボルバーキャノン、そしてディバインバスターの３つ。ど
れも威力はあるが、発射前後の隙が大きい魔法である。
　従って、ノーヴェとしてはわざとスバルに撃たせ、その隙を突いて、ガンナ
ックルのエネルギー弾で揺さぶりつつ接近して、蹴りを叩き込めばよい。
　そして、ノーヴェはそうするべく行動をおこした。
　まず、スバルと正面から相対する位置に動き、そのまま突撃を始める。同時
に、ガンナックルのエネルギー弾を撃ち込む。これは、牽制というより、自分
の手に対するカモフラージュの色合いが強い攻撃であった。だが、これが意外
な反応を生んだ。
「リボルバー・・・シュート！」
「なっ！？」
　あまりに離れた場所から放たれたリボルバーシュートに、ノーヴェは驚きの
声を上げた。この距離でリボルバーシュートを撃つ理由が分からなかったから
だ。これでは、自分に届く頃には威力が落ちて、ダメージなど与えられなくなっ
てしまう。
（何を考えてやがる？）
　そう思っていると、撃った理由を現実が教えた。ノーヴェが先に放ったエネ
ルギー弾がリボルバーシュートの衝撃波に呑まれ、全て散らされたのだ。
　つまり、最初からノーヴェを攻撃するためではなく、エネルギー弾を防ぐた
めにリボルバーシュートを撃ったのだ。おそらく、単独で戦う場合を考えて、
新たな効果を付与したのだろう。
　そして、衝撃波の後に続く形でスバルが迫ってくる。
（上等だ！）
　内心でだけ吠えると、ノーヴェは迫る衝撃波に向かってさらに加速した。左
右のどちらかに迂回するという手段もありえたが、スバルに第２射を撃たせる
余裕を与える可能性を嫌ったのだ。何より、彼女も正面に障害物があるなら打
ち砕いて突破すればいい、という攻撃的思考の持ち主なのだ。
　この辺り、彼女が毛嫌いするスバルとよく似ていると言えるだろう。
　ともかく、彼女は衝撃波に向かって突撃すると、タイミングを合わせて右の
かかとを衝撃波に叩きつけた。それだけで、衝撃波の「壁」は霧散した。だが、
そのすぐ向こうには、拳を構えるスバルの姿が認められた。
　ここまで来たら正面からぶつかり、相手より早く攻撃を叩き込むだけである。
　ノーヴェは、先ほど放ったかかと落としの余勢を利用して右足を踏み込み、
左足を蹴り上げた。
　スバルは、短いかけ声と共に一歩踏み込み、右の拳を突き出した。
「せいっ！」
　一瞬後、スバルの正拳突きとノーヴェの左の蹴りは、正面から激突した。い
かなる偶然が作用したのか不明だが、そのまま拳と脚による変則的な力比べへ
と突入した。
「ぐぬぬぬぬ・・・」
「うぐぐぐぐ・・・」
　鼻先が触れ合わんばかりの至近距離で睨みあいながら、無理のある姿勢のま
ま力比べを続ける。この状態で迂闊に引いたり攻撃しようものなら、カウンター
の隙を与えるだけだからだ。
　だから２人は力比べに影響を与えない口を使う戦い、すなわち舌戦を始めた。
まず、先に口火を切ったのはノーヴェであった。
「こんの・・・ハチマキ女！あたしが何かティアの手伝いしようとする度に邪魔
　してくんな！」
「そっちこそ、最初は殺そうとしていたくせに、負けた今になってあたしのティ
　アに手ぇ出すな、この泥棒猫ー！」
　・・・ところで、この場にはスバルとノーヴェの他にも、ティアナとウェンデ
ィがいるのだが、この２人が何をしていたかと言うと・・・
「あのバカ、誰があんたのモノなのよ」（ちなみに「あのバカ」とは言うまでも
なくスバルのこと）
「いやー、モテモテっスね〜」
　恥ずかしさからか、それとも頭が痛いからか、ティアナがしかめっつらをすれ
ば、ウェンディはケラケラ笑いながら軽口を叩いてみせた。
　ちなみに、ウェンディは固有武装であるライディングボードの上であぐらをか
き、ティアナも浮かぶライディングボードを椅子代わりにして座っている。戦っ
ていないどころか、完全な見物モードである。
　彼女らのやる気が全くないのは・・・まぁ、スバルとノーヴェの舌戦というか
罵りあいを聞けば分かるであろう。要するに、ノーヴェが自分を破ったティアナ
にやたらと懐き、あれこれと彼女の仕事を手伝うようになり・・・それを見たス
バルが「占有権」を主張して、ぶつかっているわけである。はっきり言えば争奪
戦の痴話ゲンカにすぎない。これにまともに付き合え、というのが無茶である。
　そうでなくともこの２人、相性が最悪であるらしい。そこに、地上本部襲撃時
のギンガ誘拐やチンク損傷の件が加わるため、すぐに睨み合ったあげく喧嘩にな
る。それが、ティアナの事になると喧嘩に拍車がかかり、隊長、副隊長クラスで
もないと止められないほどヒートアップするのだ。
　そんなわけで、スバルとノーヴェの模擬戦という名目の喧嘩は、機動六課の面々
にとってもナンバーズの面々にとっても日常となっており、まともに気を配る者
など（ティアナやウェンディであっても）いないのであった。
　それはさておき、地上から戦いを見上げる２人の会話は続いていた。
「いや、別にあたしはもてているつもりはないんだけど・・・ってか、同性にも
　ててどーしろってのよ」
「いやいや、スバルはともかく、あの気難しいノーヴェまで懐かせるなんて、女
　にモテる女の素質は十分にあるっスよ」
「あのねえ・・・」
「それに、あたしたち姉妹全員、ティアナのことは好きっスよ。まぁ、程度と内
　容に違いはあるっスけど。もしかして、ティアナには、あたしら戦闘機人を引
　き付ける何かがあるんじゃないっスか？」
「バカな事、言ってないの。それより、アレそろそろじゃない？」
　おどけた口調でなされたウェンディの発言の最後の部分を一刀両断してのける
と、ティアナはライディングボードから降り立ち、空の一点を指した。
「そうっスね。いつもの通りなら、あと５分程っスね」
「じゃあ、あたしはシャマル先生に一報入れてくるわ。２人の回収と搬送、お願
　いね」
「了解っス！」
　ヒラヒラと手の平を上下に振りながら医務室に向かうティアナに、ウェンディ
は砕けた敬礼をしてみせた。
　さて、それからきっかり５分後、スバルとノーヴェの模擬戦、というか喧嘩は
「いつもの通り」ダブルノックアウトで終わった。そして、「いつもの通り」落
下中のところをウェンディに回収され、医務室まで搬送されるのであった・・・

　特にオチもなく終わる