はやてとスバルと１１番と

　ジェイル・スカリエッティ事件解決後、五番チンク以下のナンバーズ（七番
セッテは除く）は、軌道拘置所への収監ではなく、海上の隔離施設送りとなっ
た。表向きには、彼女達が捜査に協力的だったから、とされているが、実際に
はかつてのフェイト同様、選択の余地がない立場であったことが、この「減刑
処分」に大きく作用していた。
　まぁ、それはさておき、隔離施設でギンガ・ナカジマの元、更正プログラム
を受けている彼女達は、その一環として、機動六課の業務の手伝いをさせられ
ることになった。
　これはその中の一幕である・・・

　昼食。それは、ナンバーズが加わっても特にその光景が変わる事のないもの
である。あえて変化点を挙げるとすれば、食堂にいる人の数が増えた、という
程度だ。
　まぁそれでも、人数が増えれば、相席する面子におのずと変化が生じる。
　例えばフォワード陣。いつもは４人でテーブルを囲むのだが、ナンバーズが
来ると、さすがに散らばる。
　エリオとキャロは、ルーテシアと、ナンバーズの中でもっとも彼女に気を使っ
ているセインが一緒になる事が多い。
　一方、ティアナはやたらと懐くようになったノーヴェと一緒に食べる事が多
い。無論、それを黙って見ているスバルではない。同じテーブルに押しかけて
はノーヴェと睨み合いを演じる。そこへ、ウェンディがフォローのために加わ
る。ティアナとウェンディの手に負えなくなれば、ギンガとチンクの姉コンビ
が追加される。
　ちなみに、スバルとノーヴェの睨み合いが激化しない場合、姉コンビはフェ
イトの所に行く。チンクが妹達の進路相談を持ちかけるからだ。
　残るディエチ、オットー、ディードは、何故かやたらと懐くヴィヴィオに引
っ張られる形でなのはの所に。
　だが、この構図も八神はやてが加わると一変する。どのように変わるかとい
うと・・・
「この前な、ディードのおっぱいを揉んでみたんやけど、なかなかええ感じや
　な。無反応に見えて、わずかに頬が赤くなるあたりなんかもう・・・」
「うう・・・うらやましいっスよ。あたしにはそんな顔、一度も見せたことな
　いっス」
「それやったら、今度シグナムとかティアとかを相手にやってみたらどないや？」
「八神部隊長ー、ティアはあたしのですよー。変に煽っちゃ嫌ですよ」
　何というか、パワハラとかセクハラとか以前に、治安組織の人間と服役囚の
会話としていかがなものかというレベルの会話を交わすのである。そして、こ
のあまりにアレな会話には、１人の同席者という名の犠牲者がいる。その犠牲
者、エリオ・モンディアルはスバルとウェンディに左右からベルトをしっかり
と掴まれ、逃げる事もままならない状況に内心で涙しながら、それでも健気に
気力を振り絞り、状況の打破を試みた。
「あの・・・」
「ん？エリオ、どうしたっスか？」
「パスタに何か入ってた？」
　ウェンディとスバルが口々にそんな事を聞いてくる。それに対して、エリオ
　は疲労感に満ちあふれた声で応じた。
「どうして、みなさん、いつも僕の前でそんな話をされるんですか？」
　どうせいつものように、スルーされるんだろうなぁ、と若干やさぐれた思い
を抱きながらの問いに、３人は珍しくきちんと答えた。もっとも、その内容は、
いっそスルーされた方がマシだった、というシロモノだったが。
「ん？ああ、だってほら、エリオって女の子が苦手でしょ。だから、こーゆー
　あけすけな話をすれば、多少は慣れるんじゃないかなー、って」
「逆に引きますよ、スバルさん・・・」
　たわけた事を真顔で語る前衛仲間に、彼は疲れきった声でツッコミを入れた。
　が、彼女達はそんな力無いツッコミにめげることなく（無視した、ともいう）
話を続けた。
「うーん、こういう会話でも駄目となると、あとはスキンシップしかないなぁ・・・」
「あ、なんならティアのオッパイ揉んでみる？エリオだったらオッケー」
　ゴンッ！
　はやての呟きを受けてスバルが提案すると、すごい音が食堂に響き渡った。
エリオがテーブルに頭から突っ込んだのだ。彼が食べていたパスタに顔を突っ
込まずに済んだのは、はやてが素早く皿を自分の方に引き寄せたからである。
とはいえ、痛い事には変わりはなく、彼は精神的ショックと合わせてプルプル
と手が震わせる羽目になった。
　そんな事をやっている傍らでは、別のテーブルで食事をしていたティアナが
手にしていたスプーンをぐにゃりとねじ曲げていた。彼女は、怪力の持ち主と
いうわけでも、戦闘機人でもない。にも関わらず、彼女は金属製のスプーンを
曲げてのけたのだ。その感情の激しさが伺えるであろう。
「ティ、ティア？」
　その静かな激しさに、同じテーブルで食べていたノーヴェが怯えと気遣いが
混ぜ合わされた声をかけた。だが、彼女の余裕もそこまでだった。彼女の面倒
を見てくれる妹がスバルに続いてとんでもない発言をしてくれたからだ。
「それなら、ノーヴェなんてどうっスか？ティアナほどのボリュームはないっ
　スけど、前衛だから訓練中にでも触れば事故って事で恥ずかしくないっスよ」
　ベキッ
　ノーヴェの手にあったフォークは、見事に二つに折れた。ついでに「恥ずか
しいに決まってんだろ」などと口の中で悪態をつく。その表情は、普通の子供
が見たら泣き出しかねないほど険悪なものであった。・・・恥ずかしさからか、
わずかに頬が赤くなっていたが。
　そして、エリオはといえば、テーブルに突っ伏したまま、深く沈みこみそう
になった。まぁ、セインのＩＳディープダイバーのように床に潜るような真似
が出来るわけではないが。もっとも、出来るものなら潜ってでも逃げたいとこ
ろではあった。
　そんな彼に、はやてが追い打ちをかけた。
「それやったら、ディードはどないやろ？あの娘も前衛やし、ティアと同じく
　揉みごたえがあるし、そんなに嫌がられないと思うんやけど」
　およそ、治安部隊の指揮官の発言とは思えぬ言いぐさである。これを聞いた
エリオは、もはや沈み込む気力すら消え果て、ただ力無くテーブルに身体を預
ける事しか出来なかった。
　と、そこで強烈な殺気を感じた。何事かと思い、頭を抱えたまま視線だけで
その主の姿を求めると、はやての背後に立つディードの姿を見出だすことになっ
た。
（うわぁ）
　確認した直後、彼は改めて頭を抱え込んだ。それというのも、あまり感情と
いうものを表に出さないはずのディードが、目をつり上げるという、珍しく怒
りを露わにした態度だったからだ。それだけで、彼女の怒りの強さが理解出来
た。
　さらに左右を見ると、スバルの背後にはクロスミラージュを手にしたティア
ナが幽鬼のごとき雰囲気をたたえており、ウェンディの背後には悪鬼のごとき
形相のノーヴェがファイティングポーズをとっていた。
　誰か一人であっても、寒気を感じ、しゃべるのを止めるに十分な殺気が放た
れているのに、はやて達は話すのを止めなかった。
「こらエリオ、人の話はちゃんと顔を見て聞かなあかんよ」
（それどころじゃないって、気付いていないんですか？それとも無視している
　んですか？）
　抱えた頭をぺしぺしと叩かれながら、話しかけてくるはやてにエリオは突っ
込んだ。それを余所にスバルとウェンディは息のあったかけあいを続ける。
「うーん、エリオの奥手ぶりから行って、ちょっと強硬な手段を取った方がい
　いのかな？ノーヴェがぶつかるように投げ飛ばすとか」
「それなら、エリオが後衛に突撃した時に、ティアナをよろめかせて、ぶつか
　るように仕向けるとか・・・」
『いい加減にしろっ！！』
　あまりにアレな会話に、とうとうティアナとノーヴェは声をハモらせて、ディー
ドは無言で、一斉に襲い掛かったのだった・・・

　こぼれ話　その１
　このままティアナ達の攻撃に巻き込まれるかと思われたエリオは、フェイト
の指示を受けたセインのＩＳディープダイバーによって床に潜行、事なきをえ
た。が、その際にセインの胸に顔を押し当てられてしまい（無論、セイン本人
は移動しやすいように抱きかかえただけだが）、非常に困る羽目になった。
　余談だが、その光景を見たキャロとルーテシア、さらにはフェイトの３人か
らセインは睨まれ、引きつった笑みを浮かべて気付かぬふりを決め込むしかな
かったという。

　こぼれ話　その２
　ティアナ、ノーヴェ、ディードによる全力全開攻撃の余波で、復旧なったば
かりの機動六課隊舎はあわや再崩壊の危機に直面した。
　だが、それはなのはの指示を受けたオットーが素早く結界を展開したおかげ
で、傷１つつかずにすんだ。まぁ、部隊長の暴走による被害を最小限に抑える
のも下にいる隊長の役目、ではあるに違いない。

　こぼれ話　その３
　さて、ここまで大騒ぎになったはやてらセクハラトリオ対ティアナら被害者
連合の戦いだが、オットーの張った結界内で行われたために、その経過は当事
者以外の誰の目にも触れることなく終わった。
　ただ、結界が解除された時、その場にはズタボロにされているにも関わらず
妙にスッキリとした表情のはやて、スバル、ウェンディと、（おそらくは一方
的に攻撃したがゆえに）全く無傷の割に何故か顔を赤く染め、胸を腕で隠しな
がら涙目ではやてらを睨むティアナ、ノーヴェ、ディードという図が展開して
いた。
　結界内部で何が起こったのか、その構図だけで察してしまったため、全員が
あえて尋ねない、という優しさを発揮する羽目になったとか・・・