神姫のいる光景、朝

「マスター、時間ですよ。起きてください」
　陽光に透けそうなほど色の薄い金髪と青空を連想させる碧眼を持つ少女は、
そう言ってマスターと呼んだ男の肩を揺すった。
　が、男の方は反応しない。別に男が熟睡しているわけではなく、少女の揺す
り方が弱すぎるのだ。
　まぁ、それも無理はない。何しろ少女は身長１５センチほどのロボット−よ
り正確には天使型アーンヴァルタイプの神姫−だからだ。サイズ相応の腕力し
かない彼女では、成人男性を揺すって起こすのは無理というものだ。
　それでも、彼女は男を起こすべく奮闘した。アーンヴァルタイプの基本性格
である真面目な面が、諦めるという選択を彼女に許さなかったのだ。肩を揺さ
ぶる、寝間着を引っ張る、果ては布団を引きはがすという手段にまで訴えたの
だ。
　だが、それでも彼は起きなかった。それどころか、ずれた布団を引き戻し睡
眠を続行する。
　この時、彼女は巻き込まれてしまい、見事に転がってしまった。さすがに壊
れたりはしなかったが、さすがに我慢出来なくなって叫んだ。
「もーっ！この時間に起こせって言ったのマスターですよ！！」
　ふくれっ面のまま、八つ当たり気味に男の身体を押しまくる。そんな彼女に、
もう１体の神姫−悪魔型ストラーフタイプ−が話かけてきた。
「あれ、ヴァル？マスター、まだ寝てるの？」
「起こしているんだけど、全然起きないのよ。スー、あなたも手伝って」
　相手を個体識別用の名前で呼んだ悪魔型ストラーフタイプ神姫、スーはヴァ
ルの要請に小首を傾げた。
「それはいいけど・・・なんなら、ボクに任せない？確実に起きる手があるん
　だけど」
　どこか楽しげに提案するスーに、ヴァルは眉をひそめた。スーには悪い前歴
があるのだ。とはいえ、このままでは男を時間通りに起こすのは不可能である
のも確かである。しばしの逡巡の末、彼女は決断した。ただし、条件付きで。
「いいけど・・・殴る蹴るの暴行は禁止よ。前みたいにこめかみに正拳突きな
　んて厳禁」
「はーい、分かってるって。んじゃ、ちょっと行ってくるね」
　明るく応じると、スーは軽いジャンプを３回繰り返すして男の肩にとりつい
た。そして、そこから頬に降り、滑るような足取りで耳元に近づくと、大きく
息を吸い込んだ。
　直後、男の耳をスーの大声が直撃した。
「マっスター、朝だぞー、起っきろーー！！」
「だわっ！？」
　突然の大声に、男はびくっと身体を震わせて跳ね起きた。その余波でスーも
頬から転落するが、格闘戦を得意とする神姫ならではの身のこなしを発揮し、
くるっと一転して、見事に着地して見せた。
もっとも、耳をおさえて身体を震わせる男には、そんな彼女の身軽さを鑑賞す
る余裕はなかった。きわめて正確にスーの位置を把握していたのか、彼は迷う
事なく彼女を睨みつけた。
「スー！朝っぱらから何するんだ！大声を出したら近所迷惑だろうが！！」
　マスターである男に睨まれても、彼女は悪びれない。そればかりか、胸を張
って反論してのける。
「ヴァルに指定した時間になっても起きないマスターがわるいんですよーだ。
　それに、さっきの声は指向性を持たせてあるから、マスター以外にはほとん
ど聞こえないよ」
「そんな事したの・・・」
　スーの反論を聞いたヴァルがポツリと呟く。何やら暗い炎のようなものを感
じさせる声音だが、気分のいいスーは気付くことなく、ピースサインまでして
見せながら頷いてみせた。
「うん。約束通り、暴行なしで起こしたよ。すごいでしょ」
「そうね、すごくて、言葉もないわ・・・」
　ガチャ
　ヴァルの声に、物騒な機械音が重なる。直後、彼女の手には身の丈ほどの全
長を誇るレーザーライフルが出現した。
「え？ちょ、ちょっとヴァル？」
「だけど・・・ちょっとお話する必要がありそうね」
「ちょっと待って！何か、別のキャラが混ざってない？」
「あなたは、少し頭を冷やす必要があるわ・・・」
「混ざってる！明らかにどっかの砲撃魔法少女が混ざってるよ、ヴァル！！」
　レーザーライフルの銃口と、何よりヴァルの殺気に怯えながらも、スーはそ
んな事を叫んだ。もっとも、ヴァルには全く通じない。銃口の輝きが明るいと
いうよりまぶしいというべき光量に達した時、彼女は叫んだ。
「問答無用！マスターを驚かせる不埒な悪魔っ娘は全力全開でおしおきよ！！」
「うわわわわ！！」
　バシュ！
　訓練用に出力を落としてあるとはいえ、直撃すれば（神姫にとっては）それ
なりに痛いレーザーの光条を、スーは慌てて回避する。
「お待ちなさい！大人しくお仕置きされなさい！！」
「い、嫌だよ！いくらなんでもそんなんでお仕置きされたらすごく痛いし！！」
　そう言いながら逃げ回るスー。彼女を的に撃ちまくるヴァル。
　神姫がいる朝は、割と騒々しかった。

　おしまい