※神姫は通常武器を持たないだろう、とかいうツッコミは無しに願います。
※承知の上で書いていますので。

　「Ｇ」来襲

　神姫は一般的にＭＭＳと呼ばれるロボットに分類される。
　ロボットである以上、彼女達は武装して戦う以外にも出来る事がある。
　その小ささを活かしての、奥まった場所の掃除などがそれである。
　これは、そんな掃除中の神姫が遭遇した、ある事件の記録である。

　天使型アーンヴァルタイプ神姫、個体名ヴァルは、その日、マスターである
男に指示された台所の掃除を行っていた。もちろん、家具と家具の隙間など、
人の手が入りにくい場所の掃除である。
　集塵用の化学繊維製のドライモップで埃を取り除く作業が一段落し一息つい
た、その瞬間に、彼女は「それ」を間近で目撃してしまった。
　「それ」は糸のように細い触覚をゆっくりと動かすことで周囲の様子を探っ
ては移動する、という行動を繰り返しながら、台所を横断しようとしていた。
　その光景に、ヴァルは悲鳴を上げた。
「・・・っ、きゃああああああっ！！」
　まぁ、悲鳴と言っても実際に声に出してのものではない。一人暮らしの部屋
（しかも住人が出かけた後の）から女性の悲鳴がすれば、警察に通報されかね
ないからだ。だから、この「悲鳴」も神姫達で構成するＬＡＮの中で上げたの
だ。
　それでも、充電中のものを含め、他の神姫達の意識を引き付けるには十分で
あったのだが。
「何？どうしたのさ、ヴァル？」
　真っ先にそう言いながら、空色のツインテールをなびかせ飛び出してきたの
は悪魔型ストラーフタイプ神姫のスーだった。ヴァルともども、このマスター
の元における最古参にあたる彼女は、ヴァルが悲鳴を上げるなど尋常な事では
ないと知っているのだった。
　そんな彼女が台所に入って最初に見たものは、半べそかきながら飛びついて
くるヴァルの姿だった。
「うう〜〜」
「わっ！？ちょ、ちょっと何があったのさ！？」
　震えながらも抱きついてくるヴァルを落ち着かせるために抱きとめつつそう
問うと、彼女は震えたまま、ある場所を指差した。
「ゴ、ゴゴゴ」
「ゴ？」
　要領を得ないヴァルの声に首を傾げつつ、スーはその場所に視線を走らせ、
彼女が間近で見た「それ」を遠目に見・・・
「げ」
　直後に、酢を一瓶分まるまる飲んだかのように顔をしかめた。
　「それ」は油によって黒光りする羽目を持つ全長４センチほどの昆虫であっ
た。数ある害虫の中でも、最も嫌われているであろう昆虫。さらに言うと原爆
が投下された直後の土地でなお生存しているという驚異的な生命力を持つ昆虫
でもある。
　ここでは、食事中の方や苦手な方のためにあえて名は伏せるが、仮に「Ｇ」
と呼ぶことにする。
　その仮称「Ｇ」はヴァルと遭遇した時と変わらず触覚で辺りを探っては移動、
というサイクルを繰り返しながら、台所の隅へと移動していた。
　それを認識したスーは、「Ｇ」との距離があった事もあって、冷静に対応し
た。つまり、部屋にいる全神姫に迎撃を命じたのだ。
「じ、『Ｇ』出現！『Ｇ』出現！総員、直ちに対『Ｇ』用Ｃ兵器を装備して迎
　撃！！」
　この命令に、グレイドルで充電（睡眠）中のものを含め、全神姫が一斉に応
じた。
　すかさず各種武器を持ち出し、Ｃ兵器−ｃｈｅｍｉｃａｌ、つまり化学兵器
を装填する。まぁ、ぶっちゃけて言うと殺虫剤にすぎないのだが。
　ともあれ、装備を整えた彼女達は「Ｇ」を抹殺すべく攻撃を開始したのだが・・・
「ああっ！また避けた！」
「ちょろちょろとうっとうしい！」
　なかなかＣ兵器を命中させられずにいた。これには「Ｇ」自体が極めて優れ
た回避能力を持っている、という事が大きく影響していた。だが、それ以上に
神姫達の側に大きな原因があった。それは以下のやりとりを見れば分かるだろ
う。
「ちょっとスー！何であなたがグレネードランチャーなんて使っているの！あ
　なたなら、直接斬るなり殴るなりする方が確実でしょう！！」
「嫌だよ！『Ｇ』を斬るなんて。ましてや殴るなんて絶対に嫌だ！！」
　思い切り叫んでから、スーは言い返した。
「そういうヴァルこそ、何で射程ぎりぎりから撃っているのさ。もっと近づか
　ないと当たらないんじゃないの！？」
「アレにこれ以上近づくなんて、たとえマスターの命令でも嫌！！」
　つまり、誰も近づこうとしないため、及び腰の射撃となり、結果、命中弾が
出ない、というわけであった。
　もっとも、彼女達が近づこうとしないのも無理はない。何度も繰り返すが、
神姫は全長１５センチほどのロボットである。それが全長４センチほどの「Ｇ」
を相手にしているのだ。神姫を人間サイズに置き換えれば、相対している「Ｇ」
も全長４０センチ以上になる。想像してほしい、全長４０センチもの「Ｇ」を
相手にすることを。それだけで、彼女達の心境を察する事が出来るだろう。
　と、まぁもっともな理由から、彼女達は有効な攻撃が出来ずにいた。それで
も、「Ｇ」が隙間に逃げ込む事を阻止しているのは立派かもしれない。
　しかし、これでは完全な膠着状態である。「Ｇ」に逃げられる心配もないが
抹殺する事も出来ない。これは「Ｇ」の側も同様で、殺される心配はないが逃
げる事も出来ない。
　こんな状態は、一方が強引に状況の打破を図らないと変化しない。そして、
その決意をしたのは、今回「Ｇ」の側であった。「Ｇ」はその黒光りする羽根
を広げ、飛ぼうしたのだ。
「うわっ！と、飛んだ！！」
「いやあっ！こっちに来ないで！！」
　スーとヴァルが半狂乱の態で叫ぶ。それでも、しっかりと撃ってはいたが、
ろくに照準も定めない射撃が当たるわけもない。むなしく空を切るばかりであ
った。
　おかげで、「Ｇ」はかなりの距離を稼ぐ事に成功した。さらに言うと、そこ
から逃走を図る事も出来るようになった。
　だが、テーブルの上で遠距離射撃に徹していた砲台型フォートブラッグタイ
プ神姫のラックからしてみれば、狙撃の絶好の機会をもらったようなものだ。
着地したばかりの「Ｇ」はすぐには動けないのだから。
「もらったぁ！！」
　叫ぶや否や、１．２ミリ滑空砲を発射する。発射されたものは、言うまでも
なく対「Ｇ」用Ｃ兵器である液体。それは、正確に「Ｇ」に命中した。
　対「Ｇ」用Ｃ兵器は、命中したその瞬間から効果を現した。まず神経を麻痺
させ、６本の脚を暴走させた。さらに羽根等の外殻を重く濡らし、飛行を不可
能にしたうえで呼吸を困難にした。
　これを人間の症状で表すなら、手足が勝手にバタバタと動き、さらに口と鼻
を塞がれた状態、と言える。
　それでも、さすがは「Ｇ」と言うべきだろうか。その場で行動不能になった
りはしなかった。しばらく、その場をそれなりの速度ではい回ってのけたのだ。
　無論、今までのような速さもなければ機敏さもない。ただ、あてもなくはい
回っているだけだ。
　こうなってしまっては、もう「Ｇ」に逃げおおせる術はない。Ｃ兵器の効果
により生命維持機能まで麻痺するか、窒息するか、どちらかによる死を待つだ
けだ。
　だが、神姫達はそんな「Ｇ」を容赦なく攻撃し続けた。なにしろ「Ｇ」は未
だに（痙攣程度だが）動いており、それだけで彼女達にとっては十分な脅威
（かつ恐怖）の対象であるからだ。
　そんなわけで、神姫達の攻撃が終了したのは、「Ｇ」が完全に動かなくなっ
てから、さらにたっぷり一分が経過してからだった。
「し、死んだ？」
「えーと、多分。ピクリともしないし・・・」
　恐る恐る尋ねるヴァルに、テーブルの端から見下ろすラックがそう応じた。
そんなやり取りに、スーが肩をすくめた。
「こんだけやって動いたら、そっちの方が怖いって」
「・・・そうね」
　この一言とヴァルの頷きが、対「Ｇ」戦闘の終結を告げたのだった・・・

おまけ
　各神姫がそれぞれなりの態度で、「Ｇ」撃破に安堵するなり喜ぶなりしてい
るところへ、ラックが重要な話題を持ち出してきた。
「あのー、喜んでいるところ、申し訳ないんだけど・・・」
「どうしたの？」
「この死体、どうやって始末するの？」
　ビキッ・・・
　全員、その場で硬直した。それはそうだろう。近づくのでさえ嫌であるのに、
後始末のために触るなど、出来るわけもない。微妙な沈黙が辺りを支配する中、
それを打破したのはスーだった。頬を引きつらせながら、とりあえず押しつけ
にかかったのだ。
「こ、ここはやっぱり掃除当番がするべきじゃないかなぁ・・・」
「い、嫌！そんなの絶対に嫌！あなたの掃除当番を代わるから、お願い！」
「む、無茶言わないでよ！ボクだって嫌だよ！」
　戦闘中同様にもっともな理由から、互いに後始末を押し付けあう二人の議論、
というか口論は結論が出ず・・・結局、帰宅した彼女達のマスターである男に
始末してもらったのだった。