神姫のいる光景　料理

　神姫は一般的にＭＭＳと呼ばれるロボットに分類される。
　ロボットである以上、彼女達は武装して戦う以外にも出来る事がある。
　これには、掃除や片付け等が挙げられる。
　反対に、不得手とする事もある。その第一は、料理である。
　まぁ、当然の事ではある。なにしろ、神姫は食事をしないから味覚がない。
よって、美味い、まずいの判断が出来ないし、さらには味見さえ出来ない。
　これだけでも、料理をするのには不利であるのに、彼女達は全長１５センチ
ほどしかないのだ。このサイズでは、人間用の調理器具を動かすだけで困難を
伴う。まして調理器具を「操る」など夢のまた夢、である。
　それでも、神姫達はこの難事に挑戦することがある。
　これは、その難事に挑んだ神姫達の一幕である。

「わわわっ」
　思いがけない負荷の発生にバランスを崩し、慌てて体勢を立て直すセイレー
ン型エウクランテタイプ神姫のクランが、そんな声を漏らした。
　まぁ、負荷と言っても、シチューを煮込んでいる鍋の中身を掻き混ぜていた
ら、担いでいた（サイズ差から持っている、とはとても言えない）お玉をシチュー
の流れに取られかけただけだが。
　それでも、神姫にとっては馬鹿にならない力である。ましてや鍋のふちに立
っていたクランにとっては、煮込んでいる鍋に引き込まれる危険性すらあるの
だ。
　無論、神姫は風呂に落ちたくらいでは故障しない程の防水性能を持つ（処理
さえ行えば海水にも浸かれる）。だが、煮込んでいる鍋の中に落ちても無事で
済むような防水性能は持っていない。いくらなんでも、熱湯に浸かる事など想
定していないからだ。
　だから、そんなクランの様子を見ていた人魚型イーアネイラタイプ神姫のネ
イラは不安の色もあらわに呼びかけた。
「クランー、大丈夫なの？無理しちゃ駄目よ〜」
「だ、大丈夫だって！ちょっと引っ張られただけだし、いざとなれば飛べるん
　だから！」
　そのために、クランはバトルロンドでもないのにアイオロス・リアウイング
を装備していた。まぁ、転落防止策としては正しいと言えるだろう。
　だが、どうしてそこまでして作りたいのか、と言うと・・・
「いくらマスターさんが好きだからって、手料理は難易度が高いと思うのよ。
　それはヴァルさんが先にやっているんだから」
「いいの！わたしがやりたいんだから！」
　まぁ、要するにマスターへの好感度の大きさをを表現するため、である。
　神姫は、オーナーへの好感度が大きくなると、このような恋愛感情を抱いた
人間に似た行動を取る事がある。クランもその例も漏れなかった、というわけ
である。

　そんな苦心惨憺しているクランの姿が見えないリビングでは・・・
「やってるみたいね」
　音だけで、台所の様子を察した天使型アーンヴァルタイプのヴァルが、温か
い表情でそう呟いた。
「どんな物が出来るのやら・・・」
　悪魔型ストラーフタイプのスーは不安を露骨に浮かべながら呟く。そんな彼
女に、砲台型フォートブラッグタイプのラックは安心させるように、自分の情
報を披露した。
「まぁ、大丈夫だと思いますよ。彼女、ネットであれこれと調べてましたから」
「そりゃ、知識は十分かもしれないけど、実践は別問題だよ。誰かさんの最初
　の料理を見れば一目瞭然じゃない」
「う・・・い、いいのよ！誰もが一度は通る道なんだから！」
　かつてマスターに生煮えだったり油でギトギトになった手料理を出した事が
あるヴァルは、スーの意味ありげな視線に対してそう応じた。
「んー、ボクは料理を作ろうなんて思わなかったけどねー」
「それは、あなたがマスター『で』遊ぶ事しか考えていないからでしょ」
「そんな事ないよ！」
　あまりな（とスーには思えた）発言に、彼女はさすがに声を荒げた。そのま
ま言い返そうとしたところへ、砲台型フォートブラッグタイプのラックが、２
人の間に入った。
「まあまあお２人とも、かさぶたのはがし合いはそれくらいにしましょうよ」
「ちょっと待ちなさい！」
「ちょっと待ってよ！」
　やっぱりあまりな言われように、２人が同時に叫ぶ。だが、ラックは涼しい
顔でそれを流して、本題を口にする。
「それよりも、マスターの方が大変ですよ。クランさんの初めての料理を食べ
　る事になるんですから・・・」
『・・・・・・』
　ラックの告げた事態に、２人は声もなく顔を見合わせた。２人共に同じ事を、
ヴァルが初めて作った料理を食べたマスターが腹痛で３日寝込んだ事を、思い
出していた。今回はそれより若干ましな料理が出るようだが、それでもどのよ
うな被害が出るか、あまり考えたくない。
「私は胃薬を用意しますが・・・」
「ボクはマスターにメールを入れておくよ」
　何時の間にやら背後に用意した胃薬の箱を示すラックを遮るように、スーが
短く語った。まぁほぼ確定的とはいえ、あまりに悲惨な現実を聞くのはさすが
につらいのだ。スーと同じ気持ちのヴァルも、すかさず続く。
「私は、台所の掃除と、お粥を作る準備をしておきます」

　さて、結果から先に言ってしまうと、これらの準備は大変役に立った。
　何しろ、クランの作った料理は不味くはなかったものの、煮込みすぎて全て
の具が原形をとどめないどころかペースト状に成り果ててしまっていたのだ。
加えて、煮込みすぎたために味付けがひどく濃くなっていた。
　そんなわけで、スーのメールはそーゆー料理を食べる事になる、という覚悟
を決めるのに役立ったし、ラックの胃薬はやたらと濃い味付けのペーストを食
べた事による胸やけを軽減するのに役立った。ヴァルの掃除は、胸やけしなが
らの掃除から彼を解放した。
　長く活動してきた神姫らしく、抜かりのない準備だったと評していいだろう。

　一方、結果的とはいえマスターに迷惑をかけてしまったクランは彼の枕元で
ヘコみながらも謝罪した。が、彼の慰めと励ましを受け、さらに「今度、料理
を教えてやる」という約束をしたおかげで、直後には元気を取り戻した。
　神姫にとり、苦手な料理。とはいえ、例え失敗でもマスターの対応次第でさ
らに絆を強めるきっかけにはなるのであった。

　おわり