神姫のいる光景　バレンタイン

　バレンタインデー。
　キリスト教の殉教した司祭の名を冠したこの日は、男女の愛の誓いの日とさ
れており、欧州ではプレゼントを贈りあう日になっている。
　だが、「終戦直後の１９４６年２月１４日、進駐軍のバレンタイン少佐が日
本の子供達にチョコレートを配り歩いた事が由来」などという漫画の冗談が都
市伝説にまで成長してしまう日本では、単に女性から男性にチョコレートを贈
る日、となってしまっている。まぁ、実態は別かもしれないが、この話には関
係ないので、あえて無視する。
　そして、神姫達にとっては、というと、それぞれのマスターに自分の好意を
表す日、となる。
　それは、ヴァルやスーといった活動時間の長い神姫でも同じである。
　いや、むしろ彼女達の方が率先して、バレンタインデーに向けての準備を進
めていた。
　そんなわけで、ヴァル達のマスターは、帰宅するなり彼女達が作った山盛り
のチョコクッキーを目の当たりにする羽目になった。
「自信作です。食べて下さい！」
　などと弾んだ声で言われても、５０枚を超えるクッキーを前にしては、困る
以外の反応が出来ない。だが、せっかくの好意を無にするわけにもいかない。
ともかく、少しでも山盛りのクッキーを減らすべく彼は食べる事にしたのだっ
た。

　クッキーそのものは、彼女達が自信をもってすすめてきただけあって、十二
分に美味かった。が、やはりクッキーというものは、１０枚、２０枚と食べる
ものではない。実際、あらかじめ口直しのために紅茶を用意して食べ始めたに
も関わらず、５枚食べたところで彼は飽きてきたのだ。
（ネズミかリスにでもなった気分だな・・・）
　そう思いながらも、彼女達の好意を無にしないために６枚目に手を伸ばした
時、
　ピンポーン
「おーい、いるー？お隣さんがチョコ持ってきたよー」
　なんとも暢気な隣人である女性の声がインターホンごしに聞こえてきた。

　彼女は大皿に乗せた１ホールのチョコレートケーキと、３体の神姫を連れて
部屋に上がりこんだ。
「毎年恒例の手作り義理チョコレートケーキを持ってきたよ」
　いつものジーンズ、ジャケット姿の彼女が持ってきたケーキには、彼女の言
葉を裏付けるように、連番状よろしく「義理」の大群がデコレーションされて
いた。ここまで来ると、いっそシュールとさえ言えるケーキであった。
　まぁもっとも、彼女の言う通り毎年恒例の事ではあるので、何も言う気は彼
にもなかったが（年々手の込んだシロモノになっていく「義理」のデコレーシ
ョンについては、感心と呆れを込めて一言言いたくはあったが）。
　だから、彼は何も言わずに立ち上がった。切り分けたケーキの取り皿と、ナ
イフ、フォークを取ってくるために。

「なあ・・・」
　彼女が作ったチョコレートケーキを４等分に切り分けた彼は、一切れずつ小
皿に取り分けながら切り出した。
「何だって、毎年毎年、バレンタインにチョコをくれるんだ？」
「あら、チョコ嫌い？」
　色恋沙汰の観点から見れば非常に無神経な問いに、彼女は問い返しで応じた。
「んにゃ。甘い物は苦手ってわけじゃないし、糖尿病ってわけでもないからそ
　の辺は問題ない。でもなぁ・・・」
「何よ？」
「普通、隣人ってだけの義理チョコで、チョコレートケーキ１ホールはやらな
　いだろう？」
　しつこい追求に彼女が口を尖らせると、彼は肩をすくめて自分の疑問を具体
的にそう示した。
「ああ、そういう事」
　今度は彼女が肩をすくめた。
「ま、他人から見たらそう大層な理由じゃないんだけどね」
　そう応じると、彼女は考えをまとめるために天井を見上げた。そして１秒ほ
どの間で考えをまとめた彼女は、彼に視線を戻すと、おもむろに説明を始めた。
「私ってさ、可愛いモノ好きな上に、こういう外見しているからか、女の子に
　結構好かれるのよね」
「ああ、それは知っている」
　彼女が連れている３体の神姫、犬型ハウリンタイプ、猫型マオチャオタイプ、
そして種型ジュピシータイプはいずれも、「可愛い」の一言で購入したものだ。
そして、整った顔立ちとボーイッシュな雰囲気のショートカットの彼女は、そ
の服装と合わせて男装の麗人という雰囲気があり、それがゆえに、いわゆる
「かわいい」女の子に好かれやすいタイプである。
　その事実をあっさりと認めた（よく彼女から聞かされるので）彼に対し、彼
女はため息を一つ漏らすと原因を話し始めた。
「それで、毎年この時期になると、やたらと気合いの入ったチョコが渡される
　のよね・・・女なのに」
　自作の義理チョコレートケーキをつつきつつ、結論にとりかかった。
「そんなものを立て続けに何個ももらっていると、自分が女だって自覚がなく
　なりそうで・・・」
「で、自分の性別を忘れないため『だけ』にわざわざ手の込んだチョコを作っ
　て、人に渡している、と？」
「そう」
　その理由を察した彼がその言葉を途中で引き取る形で尋ねると、彼女はあっ
さりと頷いた。その回答に、彼は肩を落とした。
「それなら、会社で配ればいいだろう？女の子達も、渡さなくなるかもしれな
　いだろう？」
「１度、それを試そうとしたんだけど、それだけで騒ぎがひどくなってねー。
　ここなら、騒ぎにはならないでしょ？」
「さよか・・・」
「左様なの」
「・・・とりあえず、食うか」
「そうね。このままじゃ、いつまでも減らないし・・・」

　そんな２人の光景を見ていたそれぞれの神姫達は・・・
「うう、あんなに大きなチョコレートケーキを、あんなに細かいデコレーショ
　ン付きで作れるなんて、やっぱりうらやましいです・・・」
「あのね、ヴァル。そこ、ボク達がうらやましがるところじゃないから、絶対
　に」
　神姫の限界を超えた能力をうらやましがるヴァルと、そんな彼女にツッコミ
を入れるスー。
「そっちのお姉さん、ウチのマスターの事どう思っているんだろ？」
「うーん、どうなんだろう？別にそっちのマスターと会えなくても、お嬢様は
　寂しそうな気配はないし・・・」
　お互いのマスターの気持ちを図りかねて首を傾げるクランと彼女のハウリン
タイプ、ハウ。
　そんな風に、２人の行動をうらやむか、理解しかねるかしていたのだった。