神姫のいる光景　連携

　Front Line製ＭＭＳ、天使コマンド型ウェルクストラ。
　天使型アーンヴァルの飛行機能をオミットした廉価神姫（ライトアーマーシ
リーズ、とも呼ばれる）である。
　しかし、飛行機能のために犠牲になっていた防御を、盾などの追加で強化し
ている。また武器も、アルヴォＰＤＷ１１マシンガンとマウントした銃剣とい
うシンプルだが間合いの広いものを装備している。おかげで、初心者でも扱い
やすい神姫となっており、単なる廉価機というよりも初心者向けというべき神
姫である。
　もっとも、その手頃さから入門機としてだけでなくセカンドマシンならぬセ
カンド神姫としても評価が高く、さらにはFront Line社の２枚看板の１つであ
る天使型アーンヴァルの派生神姫という点から人気も高い神姫でもある。
　これは、そんなウェルクストラタイプの話である。

　天使型アーンヴァルタイプのヴァルが、その背中にウェルクストラタイプの
ルクスを乗せて飛んでいた。その前方には、戦闘機型飛鳥タイプのミコが空中
戦を挑むべく待ち構えている。そして、地上では戦車型ムルメルティアタイプ
のメルが２体分の部品を使うギガントモードで待機していた。
　４体の神姫がいるのは１人用筐体の内部。彼女達はそこで模擬戦を行うべく、
移動していたのだ。
「そろそろ始めますよ準備はいいですか？」
「いつでもどうぞ」
「こちらも準備完了した。始めていい」
　ヴァルの呼びかけに、ミコとメルがその場で頷く。そして、ルクスはヴァル
の背で一礼した。
「先輩方、よろしくお願いします！」
　その声が、模擬戦の開始の合図となった。

「行きます！」
　言うが早いかミコが正面から突撃を仕掛けた。
　一方、ルクスを乗せたヴァルも、彼女の突撃を正面から迎え撃つ。左右上下、
どこに避けても側面をさらすだけでいいことが何もないからだ。
　ヴァルの背中に乗るルクスも左腕の盾を構えてアルヴォＰＤＷ１１の銃口を
向ける。
　そして、お互いそのままの体勢で突撃を続け、距離を詰める。
　そんな状況下で、真っ先に発砲したのはルクスだった。待つ事に耐えられな
くなった、とかではなく、単にこれ以上接近されると、アルヴォＰＤＷ１１の
最低射程を割り込み、撃てなくなってしまうからにすぎない。もっとも、ミコ
の武装も機関銃と剣なので、本当はそこまで急いで撃つ必要はなかった。何し
ろ、同じような武装なら射程も同じようなものになるからだ。つまり、こちら
が攻撃出来ない間合いなら、相手も攻撃出来ないのだ。急激に距離を詰めつつ
ある現状では、かえって後の先を取られる危険性すらあった。
　そして、この時もその例外にはならなかった。ルクスの発砲を予想していた
ミコは余裕をもってその銃弾をかわし、そのまま間合いを詰めて愛剣、霊刀　
千鳥雲切による一撃を浴びせかけたのだ。
「しまった！」
　自分の誤りに気付いたルクスは、盾でミコの剣を防ごうとした。だが、発砲
を終えた直後の状態では、体勢が悪すぎた。盾こそ剣を受けたものの、その衝
撃を殺す事はかなわず、剣を受ける事こそ出来たものの、その衝撃を殺す事は
出来ず、ヴァルの背中から叩き落とされてしまった。
「あっ！」
　ルクスの口から思わず叫びが漏れる。反射的にヴァルの方へ手を伸ばすが、
飛行中の彼女に届くわけもない。伸ばした手が空を切ったルクスは、すかさず
落下に備えた姿勢をとる。
（よし）
　その様子を見たミコは、自分達の優勢を確信した。これで２人を分断出来た
からだ。地上に落下中のルクスには飛行能力はない（エクステンドブースター
が追加されているが、これは降下時の補助用）から、「飛んで再合流」という
手段はとれない。そして地上には、名前通りの軽装備であるルクスには荷の重
い重装備のメルがいる。彼女であれば、ルクスに勝つのは時間の問題でしかな
い。ヴァルが空から支援した場合はその限りではないが、それは自分が阻止す
ればよい。そんな判断の元、彼女はヴァルの後ろにくらいつこうとした。
　その時、はるか下方で何か爆音がした。
（何事？）
　そう思って視線を下げると、エクステンドブースターを全開にして駆け上がっ
てくるルクスの姿だった。
「な！？」
　予想外の行動に、ミコは一瞬だが反応が遅れた。その一瞬の間に、ルクスは
さらに距離を詰め、アルヴォＰＤＷ１１の引き金を引いた。
「行きます！」
　アーンヴァルタイプの平均より若干幼さを感じさせる声でアーンヴァルタイ
プと同じ台詞を言いながら、弾をばらまきつつさらに迫る。
　そんなルクスの突撃をミコはロール、つまり横転してかわした。だが、反撃
する余裕はなかった。ルクスの突撃速度が捕捉困難なほど速かった上に、反転
してきたヴァルから加えられた銃撃に対応しなければならなかったからだ。
　その隙にルクスはエクステンドブースターを停止させ、自由降下に入る。そ
の下へ、ヴァルが滑りこんで彼女を受け止めた。
「む、無茶な事を！」
　ミコは思わず叫んだ。無理もない。飛行しているものに跳び移る、または飛
び降りたものを受け止める、どちらもハリウッド映画やロボットアニメ等では
よくある場面ではあるが、見た目ほど簡単な行動ではない（高速のものに乗る
事で生じる加速によって後ろに吹き飛ばされかねないため）。
　そんな難易度の高い機動で彼女を驚かしたルクスとヴァルは、旋回しながら
ミコの背後に回り込もうとする。一方のミコも、すかさずその後ろを追い。結
果、双方が空中格闘戦の通称の由来となった犬の戦いのように（攻撃方法は全
く異なるが）相手の後ろにつこうとくるくると円軌道を描く。が、お互いの速
度に差がないために相手の背後につく事も、自分の背後を取られる事もなく、
ただくるくると回り続けるだけであった。
（このままでは・・・）
　らちが開かない。そう思ったミコは旋回を維持したまま、左腕に装備されて
いる三七式一号二粍機関砲を未だ左側に見えるルクス、ヴァルのコンビに向け
た。ほぼ同時に、ルクスもアルヴォアルヴォＰＤＷ１１をこちらに向けてきた。
考えた事は同じであったようだ。
（けど・・・これなら！）
　問題ない、と判断したミコは、ためらう事なく発砲した。ルクスも同時に撃
つ。
　同じ行動に対する結果は、極めて対称的なものになった。ミコの射線はしっ
かりとルクスを捉えたが、ルクスの射線はミコの後方に流れたのだ。
　これは、ミコが相手だけでなく、自分の移動速度も考慮に入れて撃ったのに
対し、ルクスは相手の移動速度だけを考えて撃ったために発生した事である。
そもそも陸戦用のルクスに空戦における射撃知識などない以上、必然的な結果
だと言えるだろう。それでも命中させるには、互いの移動速度など考えなくと
もよいくらいに近付くしかない。
　だからルクスは決断した。
「姉様、もう一回飛びます！」
　ヴァルにそう宣言すると、被弾の衝撃で体勢が崩れたのを幸いとばかりに、
我が身を再び宙に躍らせる。そのまま飛び込みの選手のように背を反らして一
回転すると、落下しながらも姿勢を整え、エクステンドブースターを再点火し
た。
「行きます！」
　声と共にルクスは再びミコに向かって突撃した。
「性懲りもなく！」
　２度目の突撃に対して、ミコは落ち着いて対応した。
　まず、ルクスの突撃と、同時に飛んで来た銃弾の両方を、体を開いて避けた。
続けてルクスのフォローのために接近してくるヴァルに向かって牽制の一連射
を加える。
「くっ」
　短いうめきと共にその攻撃をかわしたヴァルは、ミコへの攻撃を断念し、ル
クスの方へと向かう。そんな彼女には目もくれずに、ミコはブースターを止め
て落下に入ったルクスに機関銃を向ける。
「これなら！」
　当たる、と判断し、狙いをつけた時、ルクスの姿勢が変わった。着地するた
めの足を下にした姿勢から、スカイダイビングで高速で降下するための頭を下
にした姿勢になったのだ。
　当然、落下速度は増す。しかも、背中の補助ジェットをわずかに使い、地面
に向かって加速すらしていた。その結果、ルクスの身体はあっという間にミコ
よりも低い位置に移動する。そこで再びスカイダイビングの要領で大の字に手
足を広げることで空気抵抗を大きくして落下速度を抑える。同時に、コマのよ
うにクルリと１８０度回って、ミコを正面に捉える。
「今度こそ！」
　そのかけ声と共に、ルクスは三度、ブースターを点火して突撃を行う。
　そこへミコが機関銃を撃ち込む。が、放たれた銃弾は、ルクスがあらかじめ
角度をつけて構えていた盾によってむなしく弾かれた。一方、同時になされた
ルクスの射撃も、ミコを捉えることはなかった。
　そして、三度、いやヴァルの背中に乗っていた時も含めれば、四度目の交錯
が発生した。そして結果も、それまでと同様に、ルクスの速さにお互い対応出
来ず、むなしく離れていくだけに終わった。
　続けて、同じように行われたヴァルの攻撃への対応にミコが忙殺されている
隙をついて、体勢を整えたルクスはブースターに点火する。
　点火音を耳にしたミコは、とうとうたまりたねて叫んだ。
「ああもう、しつこい！！」
　攻撃方法に無理（陸戦用のルクスで空戦を行う）があるため、なんとかしの
いでいるが２対１という数的劣勢はミコに効果的な反撃を許さない。
　そんな決め手を欠く千日手状態の戦いを見た男は、ポツリと呟いた。
「・・・何をやっているんだ、あの２人は？」
「『空中での連携を試してみたい』とルクスさんが主張されて・・・」
「で、ヴァルの奴は付き合っているのか・・・」
　ルクス同様のライトアーマーに分類されるFront Line製ＭＭＳ、夢魔型ヴァ
ローナタイプのローナの申し訳なさそうな回答に、男は肩をすくめでもしそう
な雰囲気でそう応じた。そんな彼に、待機中のメルが問い掛けてきた。
『マスター、私はどうすればいい？このままだと、何もしないで時間切れを迎
　えそうだ』
「だな。しかたない、近付いて対空射撃。ミコには高度を落とすように言って
　おく」
『了解した』
　短く応じて、地響きすら残しながら移動を始めたメルを見ながら、彼は再び
ポツリと呟いた。
「ままならないもんだ、神姫同士の連携ってのは・・・」
　事前に彼が考えていたものと大幅に異なる天使型姉妹の連携を見て、つくづ
くそう思うのだった。

　・・・ちなみに、その後の戦闘結果だが、予想通りに時間切れの引き分けに終わった。

　おわり