神姫のいる光景　猫

　神姫には天敵と言うべき生き物がいる。
　それは猫である。
　仮称「Ｇ」な黒い家庭害虫ではないのか？と思う人も多いだろう。しかし、
仮称「Ｇ」はあくまで恐怖感を呼び起こしはするが、手も足も出ないという相
手ではない（むしろ容赦なく倒したい相手だと言える）。
　しかし、猫は違う。「Ｇ」とは異なり、じゃれつくという物理的攻撃を神姫
に加えてくる可能性があるのだ（無論、神姫は十分な強度を持って作られてい
る。だが、世の中にははずみで壊れる事もあるのだ）。しかも、神姫は猫に対
して迂闊に攻撃することも出来ない。野良猫であっても、傷付ければ犯罪が成
立する余地はある（動物をむやみに傷付けるのは立派に犯罪）。ましてや誰か
の飼い猫だったりした日には、他人を批判することだけしか出来ないマスコミ
が何を言い出すか知れたものではない。
　なのに、猫の方はそんな神姫や人間の都合などお構いなしに、神姫にちょっ
かいをかけてくる。
　全長１５センチという大きさがちょうど良いのか、はたまたその動きが肉食
動物の狩猟本能を刺激するからなのか、それは分からない。それこそ、動物と
言葉が交わせるようになるソロモン王の指輪でも使って質さない限り分からな
い事だろう。
　これは、そんな意思の疎通が困難な猫に襲われた神姫達の話である。

「はあぁっっっ！！」
　気合いの声と共に、戦闘機型飛鳥タイプのミコが突撃する。
　その目標、悪魔型ストラーフタイプのスーは慌てず騒がず、落ち着いた態度
で拳銃を構える。
「これでどうだっ！」
　言うと同時に引き金を引き絞る。「当てるのは得意」とスー本人が語る拳銃
の弾は、正確にミコを捉えていた。
　だが、ミコも黙って直撃弾を受けたりはしなかった。身体を捻りながら、モ
チーフとなった戦闘機のようにロール（横転）を行い、進路を横に滑らせるこ
とでその弾を避けてのけた。
「このくらい、避けられます！」
　叫びと共に間合いを詰めると、手にした剣で斬りかかる。だが、ベテランと
言ってよいスーにしてみれば、それは予想範囲内の行動だった。
　だから、彼女は素早くアームパーツを剣の軌道上に突き出した。直後、アー
ムパーツと剣が激突した。本来ならそれなりの音が発生するはずだが、双方の
装備に巻かれた防護用の紙（訓練時に、装備を破損しないために巻き付ける）
が、それを阻止した。
「悪くない太刀筋だけど、ちょっと真っ直ぐすぎるかな」
　そう評しながら、彼女は空いている側のアームパーツに力をためた。
「だから、裏もかきやすい！」
　そして、声と共にミコめがけ突き出した。
　だが、アームパーツはそう素早い攻撃の出来る武器ではない。だから、ミコ
はその攻撃を察知すると素早く距離を取り、その拳をかわした。
「この程度の攻撃なら・・・っ、あっ！？」
　見栄をきって見せようとした彼女は、途中で思わず驚きの声を上げた。とい
うのも、彼女がアームパーツの一撃をかわして再度スーを視界に捉えた時、スー
はこちらに再び拳銃を向けていたからだ。そこで、自分が相手の望み通りの機
動をしてしまった事に気づいた。
　そう、スーは最初から、ミコに避けさせるためにアームパーツを使ったのだ。
そして、その射界内にミコを飛び込ませた。後は、体勢を少しばかり整えて撃
つだけである。
「これで・・・」
　思わず漏れた呟きと共に引き金を引こうとした、その時。
「うわっ！？」
　後ろから、強い力でアームパーツを引っ張られた。
　当然、照準は狂い、引っ張られたはずみで発射されてしまった弾は、これま
た当然ながら明後日の方向に向かって飛んでいく。
「な、何！？」
　いきなりの出来事に驚きの色を隠せずに、スーはアームパーツに目を向けた。
そこには、こげ茶色のとらじまの毛を持つ生き物がいて、アームパーツを押さ
え付けていた。
「ねっ、猫ぉっっ！！」
　スーが、驚きのあまりに出た素っ頓狂な声で、その正体を口にした。その名
を耳にした直後、ミコは険しい表情で左腕の機関銃を向ける。
「よくも、模擬戦の邪魔を！」
「わぁっ！撃っちゃダメー！ボクが巻き込まれるー！！」
　ミコの放つ殺気に、アームパーツを甘噛みされているスーが慌てて制止の声
を上げる。その声に発砲は思いとどまったミコだが、それでも攻撃の意思は揺
るがなかった。
「くっ、ならばこの剣で！」
「止めなさい」
　スパーン！
　やけに景気のいい音と共に、ヴァルのハリセンがミコの後頭部に炸裂した。
「猫を相手に、剣でどうするつもりなの！？」
「模擬戦を邪魔してくれたバカ猫を躾なおすだけです。動物を躾るには、肉体
言語が一番と聞いたので、剣を使おうかと」
「止めなさい」
　真顔で言い切るミコに、ヴァルは先程と同じ台詞を口にした。もっとも、力
はかなり抜けていたが。
「この猫は、マスターが実家から預かったものよ。そんな事しないの」
「じゃあ、どうするんですか？あのまま放っておけと！？」
「こうするの」
　いきり立つミコに、彼女はススキセイバーというススキの形を模した武器を
取り出すと、行動をおこした。
「行きます！」
　いつものリアウィングではなく、エウクランテタイプのアイオロスウィング
を装備してジャンプしたヴァルは、わざとススキセイバーの穂先が猫の鼻をか
すめるようにひと振りした。
「にゃっ！？」
　その感触に猫は顔を上げた。そんな視界に飛び込んで来たのは、おあつらえ
むきの獲物の動きを見せるヴァルの姿。神姫達の模擬戦を見て興奮状態になっ
ていた猫が、これを放置するわけがなかった。
　猫は無言でじりじりと間合いを調節すると、前触れもなくヴァルに向けて飛
びかかった。だが、これをまともにくらうには、ヴァルは経験を積みすぎてい
た。飛びかかられる直前で猫の動きを筋肉の動きで察知し、咄嗟に後ろに跳ん
でかわす。が、そんな回避機動では猫の視界から逃れる事は出来ない。獲物を
捕らえる手応えがなかった猫はすかさず顔を上げ、ヴァルの姿を再び視界の中
心に据える。一瞬の間を置いて再び跳びかかる。再び、ヴァルは後ろに跳んで
逃れる。
　そんな追いかけっこを続ける事３分。ついに終止符が打たれることになった。
ヴァルが猫の上を跳び越えての回避を行い、猫の視界から逃れたのだ。
　突然、獲物を見失った猫は、素早く左右を見回した。だが、それでは自身の
頭上に浮かぶヴァルの姿を捉えられるわけがない。
　少しの間を置いて完全に獲物を見失った、と判断したらしい猫はちょこんと
足を揃えると、ちゃっちゃっと顔を洗いだした。
「どうやら、飽きたようです」
　砲台型フォートブラッグタイプのラックと共に自宅警備の任務をこなしてい
た火器型ゼルノグラードタイプのセルノの淡々とした一言に、避難していた他
の神姫達は（猫に感づかれないように）小さく息を吐いたのだった。

「ふーん、ワタシがマスターと出かけてる間に、そんな面白おかしい事があっ
たんだー」
「『面白おかしい』とかあっさり言わない、この悪魔っ娘！」
　夢魔型ヴァローナタイプのヴァーナに対して、ミコはがーっと噛み付いた。
が、ヴァーナは軽く受け流す。
「だって〜、ワタシ相手してないし〜」
「そう・・・」
　無神経な発言を聞いたヴァルは、表情を消して発言者の背後に立った。そし
て、暗いものを含んだ声色で呟いたかと思うと、彼女はヴァーナを猫の方へ突
き飛ばした。
「なら、相手をさせてあげるわ！」
「わわっ！？」
　思わず声を上げながらたららを踏んだヴァーナは、かまって欲しそうに男の
背中に前足を出す猫にぶつかった。全長１５センチの動く物が、退屈している
猫にぶつかれば、その末路は決まっている。
「うわぁぁぁぁっ！　助けて〜！」
　猫の前足でいいように転がされて、ヴァーナは悲鳴を上げた。が、周囲の反
応は冷淡だった。
「猫との相手は面白いんでしょ？頑張って相手をしてあげてね」
　表情は相変わらず消えたままのくせに、やたらと優しい口調でヴァルが宣言
する。その隣ではスーがケラケラと笑い転げている。他の神姫達も、似たよう
な反応であった。その様子に、男は苦笑した。
「容赦ないな、お前ら」
　そう言いつつ、慣れた手つきでヴァーナを猫から救出する。いきなり相手の
姿が見えなくなった猫は、先だってヴァルを見失った時と同様に、素早く左右
を見回した。今度は男の手が摘み上げているヴァーナを見つける事に成功した
が、人間の手にかばわれている事を認識して、すぐに諦めた。その代わりに、
とでもいうかのように相手をしろと一声鳴き、頭を男の手に擦り付けてきた。
「はいはい」
　苦笑まじりに応じると、その首周りをかいてやる。そんな光景を見ながら、
ヴァルは大真面目に注文した。
「マスター、お願いですから、その猫、連れて出かけるようにしてください」
「無理言うな。犬じゃないんだから」
　ヴァルの注文に、苦笑しながらも男は言下に否定する。
「いえ、そこのキャリーに入れれば・・・」
「だから無理だって。出かけている間中、ずっとキャリーに入れておけっての
か？」
「うーーー・・・」
　あっさり否定され、ヴァルはじっと男を見つめつつ唸る。その様子に、彼は
苦笑した。
「本当に、猫が駄目だな、神姫は」
「動物は全般的に得意ではありませんが、猫は特に駄目です。しょっちゅう手
を出してきますから」
　渋い表情で、ヴァルが断言する。
「今度、お前達が避難出来る箱を買ってくるよ」
「猫用の箱じゃないんですね・・・」
　男の発言に、ヴァルは拗ねたようにそう返した。

　かのように、神姫と猫は相性が悪いのであった。

　おわり