少女義経現代伝−迎撃− 後編
「わわっ！？」
ＳＣ空間から脱出した九羅香は、地面から１０センチほどのところに放り出
されて慌てる羽目になった。だからといって、どうにか出来るものでもなく、
彼女は着地も受身も出来ずに転倒してしまった。
「いたた・・・」
アスファルトで舗装された地面に強く打ち付けてしまったひざを押えつつ、
立ち上がった。
「ここは・・・家の前、か。みんなの所に急がなくっちゃ」
周囲を確認して呟くと、九羅香は門に向かった。その時、イムバディから警
告が発せられた。
『警告、警告。上空にて、異常な空間の歪みを検出』
「え？」
九羅香はイムバディの警告の意味を半分も理解出来なかった。それでも上で
何かが起こっていることだけは理解した彼女は、反射的に空を仰ぎ見た。同時
に、妙に甘い声が降ってきた。
「お姉さま〜」
その声に、わずかな驚きと複数の意味が混ざった悪い予感を感じた九羅香は、
急いで声の発生源に視線を向けた。そこには、予感の正しさを証明するかのよ
うに、九羅香に向かって降って来る・・・というか、抱きつこうと樹皮色の切
りそろえた長い髪をなびかせながら飛びついてくる少女がいたのだ。
「わわっ！？」
驚き慌てながらも、このまま地面に激突させる気は全くない九羅香は咄嗟に
少女−紅葉の妹、佐藤楓−の身体を抱き止めようとした。だが、決して筋力の
ある方ではない彼女に、勢いのついた楓を抱きとめられるわけがない。勢いを
殺し損ねて、押し倒されるように転倒してしまった。
「お久しぶりです〜」
が、そんな事など無かったかのように平然とした態度で、楓はそう言いなが
ら猫の匂い付けのように九羅香の胸元に自分の顔を擦り付ける。この好意過多
が原因の行動には、九羅香もちょっと辟易した。
「か、楓。ちょっと離れて・・・」
「え〜。今なら、あの弁慶の邪魔も入らずに、愛を交し合えるんですよ、お姉
さま」
「でも、わたしが邪魔しますよ、楓さん」
路上にも関わらず、倒れた九羅香に絡み付こうとする楓の後ろ頭に、呆れ返
っているのに可愛らしさの失われない声が降り注いだ。その声に、一瞬だけ楓
の動きが止った。その隙をついて、楓の下から素早く抜け出す事に成功した九
羅香は、すぐそこにいた恩人の小柄な身体を抱きしめた。
「観月ちゃん、ありがと〜。おかげで助かったよ」
威厳などとはかけ離れた態度の九羅香に思い切り抱きしめられて、声の主−
平家最後の生き残りである観月−はちょっと顔を赤くした。あまりにあけすけ
な感情表現に、照れくささを感じたのだ。もっとも、次の台詞は照れくささか
らではなく、実際に彼女がそう感じたから発せられたのだが・・・
「あ、あの、九羅香さん。ちょっと苦しいです」
「あっ、ごめんね。ちょっときつかった？」
彼女の苦情未満の訴えに、九羅香は慌てて解放した。同時に彼女はその腕か
らするりと抜けると、くすりと笑って「そんなことはないのですが・・・」と、
ある方向に顔を向けながらつぶやいた。彼女が顔を向けた先には、河豚の一種
であるはりせんぼんのように頬をふくらませ、針のようにつんつんした空気を
撒き散らす楓がいた。これは２年前の源平合戦にて弁慶相手に見せた態度と全
く同じであり、この辺りの成長が全くない事を示していた。
観月の行動の意味を察した九羅香は、疲れた笑みと共に話題を変えた。
「それにしても、２人とも随分と早く来れたね。２ヶ月はかかるはずだったん
じゃ？」
そんな問いに、観月と楓の２人はきょとんとなってしまった。
「お姉さま、何をおっしゃっているんですか？」
「九羅香さんたちをこの時代に送ってから、今日でちょうど２ヶ月目ですよ」
「満月だって出ているじゃないですか」
２人がかりで交互に言われ、九羅香は慌てて夜空を仰ぎ見た。楓の言う通り、
確かに満月が中天に浮かんでいる。と、いうことは、満月の夜にしか使えない
術で九羅香達がこの時代に来てから、少なくとも１ヶ月、または２ヶ月が経過
したということである。
「おっかしいなぁ、暦の上じゃまだ・・・って、あっ！」
月の満ち欠けと暦との不一致に首を傾げていた九羅香は、ある事を思い出し
て大声を上げた。
「しまった〜、そういえば、こっちの暦はわたしたちの暦と違うんだ」
そう、九羅香達のいた平安末期では月の動きを基準にしているいわゆる旧暦
（太陰暦とも言う）を使っている。これに対し、現代では太陽の動きを基準に
した新暦（太陽暦またはグレゴリウス暦とも言う）を使っている。このため、
月の始まりや１ヶ月の日数も異なるものになる。
にも関わらず、九羅香は旧暦で約束した日付けを、新暦で適用していたのだ。
これでは間違えるのも当然と言えるだろう。
そんな彼女を、楓は何か痛ましげな視線で見つめつつしみじみと呟いた。
「お姉さま、あの弁慶の馬鹿に染められてしまったんですね・・・」
「あの、そんなしみじみと言われても・・・」
あまりな言い様に、九羅香は笑うしかないという風情の笑いを浮べた。何だ
か話の進みそうにない２人に代わり、観月が話を戻しにかかった。
「それよりも・・・わたしたちの迎えでないとすると、どうして九羅香さんは
こんな時間に外に出ていたのですか？」
「そう言えば、そうですね。それもそんな太刀まで手にして・・・はっ、お姉
さま、まさかあの馬鹿弁慶に襲われたとか！？」
「そんな事ないって！大体、あの弁慶が襲うように見える！？」
放っておくと、この場で弁慶に源九郎達をけしかけかねない楓の叫びを、九
羅香は慌てて否定した。もっとも、これはかなり説得力に欠ける否定ではあっ
た。何しろ、襲いはしないにしても入浴中の風呂に落ちた事や着替え中の姿を
見た事はあるのだから。
そんな風にボケにボケを重ねる年長者２人を見かねたに観月が、代わりに事
態把握に取り掛かった。
「では、一体何があったのですか？」
「ん・・・」
彼女の真面目な問いかけに、九羅香も表情を改めた。わずかな間を置くこと
で情報を整理する。さらに今の状況を打破するのに必要なものだけにまとめて
から、口を開いた。
「手短に言うと、神機を奪おうとしている人が、邪魔になりそうなわたしたち
を襲撃して来たの。で、その人の張った変な結界から、わたしだけ外に弾き
出されたわけ」
「その結界って、あの辺ですか？」
そう言って楓が指差した先には、ちょうど弁慶らがいるはずの庭があった。
「うん。こっちからだと、何もないように見えるんだね」
「九羅香さんのおっしゃる通り、妙な結界ですね。人の気配がまるで感じられ
ません」
「あ、観月も気付いた？これ、かなり不自然な結界よね」
観月の言葉に、楓も頷いた。そんな２人に九羅香が説明を加える。
「なんでも、『えすしーくうかん』とかいう結界を張ってるみたい。で、弁慶
や紅葉たちが中で戦っているんだけど・・・破れそう？」
「お姉さま、任せてください！簡単よね、観月」
「はい、この程度の結界でしたらすぐに破れます」
ＳＣ空間内部の理子とＪ．Ｂ．が聞いたら卒倒しかねない事を、楓と観月は
あっさり断言してのける。
そして、彼女達は実行した。
この時になっても、ＳＣ空間内部での戦闘は膠着状態を続けていた。この場
でただ１人、有効な攻撃の出来る理子が反撃を警戒しすぎて攻撃出来ずにいる
からだ。実の所、彼女が思い切って攻撃してしまえば、すぐにでも決着がつく
のだが・・・
何にせよ、理子が躊躇している間に、事態は外部からの乱入者により急変し
たのだ。
最初にその事に気付いたのは、与一であった。
「ん？」
その気配の方に視線を向けると、奇妙な光景が広がっていた。空間に穴があ
いていたのだ。その穴は極彩色のマーブル模様で彩られている。しかも、少し
ずつ大きくなっている。
「何だ、あれは？」
異様な光景に、彼女の口からそんな言葉がついて出た。だが、直後に放たれ
た合成音声が、彼女の言葉をかき消した。
『ＳＣ空間安定度低下。リンクを切断してＳＣ空間から脱出します』
「何ですって！？」
「何？」
理子とＪ．Ｂ．、イデア理論を熟知する２人は同時に驚きの声を上げた。こ
の２人にとっては、オーギュメントが機能しているにも関わらず「外部からの
いかなる干渉も受け付けない」ＳＣ空間が外部から解除されるなど有り得ない
事だからだ。もっとも、それはこの２人にとっての話である。弁慶達にとって
はそれほど驚くようなものではない。
「あら〜、九羅香さんが外からこの結界を破ったんでしょうか〜？」
「でも、九羅香のやつ、術は苦手じゃなかったっけ？」
弁慶は首を傾げる。そう疑問に思うのも無理はない。何しろ本人が公言して
いる事なのだ。
「まさか、どこぞの小説のように、刀でＳＣ空間をぶった切ったってわけでも
ないだろうし・・・」
弁慶が首をかしげている間に、乱入者達−観月と楓−はその穴から突入して
きた。そして、彼を確認するなり楓が叫んだ。
「とっととそいつから離れなさい、弁慶！」
２年間離れていたにしては全く変わらない言い草に、思わず口元をほころば
せながら、弁慶はバックステップしてＪ．Ｂ．から距離を取る。前衛として彼
と共に戦っていた紅葉、玲奈の２人も彼にならってＪ．Ｂ．から離れ理子の方
に寄る。直後、楓の攻撃が加えられた。
「孤高の黄華！」
声と共に放たれた緑の光がＪ．Ｂ．に向かって走り、包み込もうとする。
「くっ・・・」
Ｊ．Ｂ．はその光をよけきれなかった。左腕が直撃を受け、一瞬で吹き飛ば
された。だが、ＳＣ空間が完全に崩壊したいない事が彼を救った。クイーンデ
ッドがただちに反応し、左腕を再生したのだ。一方、吹き飛ばされた左腕は、
存在しなかったかのように消え失せる。
「なん・・・！？」
「実を虚に、虚を実に変える結界、なんですね」
さすがに驚きを禁じえなかったのか、楓は思わず絶句する。後から続いて突
入してきた観月は盲目であるがゆえに、敏感に感じ取れた気配から、何が起こ
ったかを理解し、口にした。
「ですが・・・ここまでです」
呟くと同時に、錫杖を握った両手を突き出し、Ｊ．Ｂ．と相対した。
「外法・魂食らい！」
声と同時に彼女の両肩から、大きな爪とも牙ともつかぬものが生えた腕らし
いものが出現し、Ｊ．Ｂ．に向かって突進する。
彼には、その正体が何であるか理解出来なかった。だが、危険だということ
だけは分かった。腕の軌道を見切り、素早くバックステップして物騒な爪から
逃れようとする。だが、その機先を与一の矢が制した。
ヒュッ
「くっ・・・」
ＳＣ空間内なので、痛みも衝撃も現実よりはるかに弱い（痛みが無くならな
いのは、ダメージの有無を所持者に伝えるため）。だが、彼の動きを一瞬だけ
止めるくらいの効果はあった。そして、観月の〈外法・魂食らい〉が目標を捉
えるには、その一瞬だけで十分であった。〈外法・魂食らい〉の爪がＪ．Ｂ．
の頭をただ一撃で吹き飛ばした。もっとも、これもＳＣ空間内での事だから、
すぐに元に戻る。だが、このダメージは、彼をＳＣ空間に繋ぎとめておくコア
ブレイン（オーギュメントの中枢装置）にとって耐え切れる限界であった。
「くっ・・・ここまでか」
ＳＣ空間内での存在維持が限界である事を示す眩暈を感じたＪ．Ｂ．はそう
唸った。ＳＣ空間内での存在が難しくなり、さらには肝心のＳＣ空間そのもの
を外部から破壊されてしまった現状では、さっさと逃げるべきである。だが、
そんな時でも、相手を逆撫でするような事を言うのが、Ｊ．Ｂ．という男であ
った。
「ふっ、増援に助けられたな。俺はここで逃げてやろう。次は覚悟するんだな」
「覚悟するのは今のあんたよ！」
この言い草にカチンと来た楓が、叫ぶや否や源九郎らを襲いかからせた。だ
が、一歩遅かった。その時には既にＪ．Ｂ．はＳＣ空間からの脱出を始めてい
たのだ。
このため、楓の指示に従って襲いかかった源九郎は、せっかく人間の頭部を
一撃で噛み砕くほどに大きく口を開けるという狐にあるまじき行為が無に帰し
た。源九郎の牙は、Ｊ．Ｂ．の頭部の残像を切り裂いただけに終わったのだ。
「逃げ足だけは一人前ね」
仕留め損ねた悔しさを隠しもせずに楓が憎まれ口を叩いた。そんな彼女より
ははるかに冷静であった与一が理子を振り返った。
「すぐに追いましょう。理子殿、どこに逃げたか分かりますか？」
「もう手遅れね。ＳＣ空間からの脱出装置を使ったからには、かなりの距離を
移動したと思っていいわ。あの男の事だから、脱出先に車を用意するくらい
はしているでしょうしね」
首を振って理子が追撃不可能を告げると、それを受けて九羅香が戦闘中断を
宣言した。
「今回はここまで、だね。みんな、怪我はない？」
「はい〜。ＳＣ空間のおかげか、かすり傷１つありませんよ〜。もっとも、弁
慶さんはこれから怪我をするかもしれませんけど〜」
「へ？」
その言葉に、九羅香は思わず間の抜けた声を上げて静のゆび指す先に顔を向
けた。そこでは、弁慶と楓が口論をしていた。より正確には、弁慶が一方的に
詰め寄られていた。
「こら、この馬鹿弁慶！よくもお姉さまにデタラメ教えたわね！！」
「再会して最初の言葉がそれかよ！てか、デタラメって何なんだよ！？」
「とぼけるんじゃないわよ！わたしたちが来る日の事、デタラメの暦を使って
でっち上げたでしょう！！」
「はぁ？何だそりゃ？」
相変わらずとはいえ、いきなり（弁慶にとっては）こんな言いがかりをつけ
られては、唖然とするしかない。もっとも、この反応では楓をさらにいきり立
たせるだけなのも当然であろう。
「あくまでもシラを切ろうってのね！お姉さまから話は聞いたんだから！！」
「いやだからちょっと待て。何だよ、その暦ってのは？」
もっともな問いに答えたのは、観月だった。ただし、疑問形で確認を取る形
で、だったが。
「弁慶様、九羅香さんにこの時代の暦の事をお教えになりませんでしたか？」
「あ？ああ、新暦の話か。それなら教えたけどさ」
「九羅香さんが、その暦を元に計算して、わたしたちの来る日を間違えてしま
ったんです」
「あー、それで誰も迎えに出ていないもんだから、拗ねているってわけか」
納得した弁慶がそう頷くと、途端に楓の反発が反ってきた。
「拗ねてなんていないわよ！怒ってるのよ！！」
どう見ても拗ねているとしか思えない反応に、弁慶は苦笑した。そんな彼に、
この場で唯一観月と楓の事を知らない理子が背後から尋ねかけた。
「弁慶君、この２人は・・・？」
彼女にしてみれば当然の問いなのだが、受ける側も当然と思うかは別問題で
ある。特に、いささか思い込みの激しい想像力過多な者がいる場合、質問の存
在だけですごい誤解をするのだ。そして、この場における唯一の該当者もまた
誤解して非常に剣呑な声音で、質問を叩き付けた。
「ちょっと弁慶、この女誰よ？」
「え？」
該当者−佐藤楓の問いが誰を指しているのか一瞬だけ分からなかった弁慶は、
思わずそんな反応を返してしまった。これが、彼女の誤解に基づく疑念に火を
つける原因になる。
彼女は、自分より頭１つ分以上は背の高い弁慶の襟首を絞め上げた。
「まさかあんた！お姉様や紅葉がいるってのに、たった２年で別の女こさえたっ
ての！？」
そう叫ぶように問い詰めつつ、容赦なく前後に揺さぶる。本来なら、楓の腕
力でそんな事は出来るはずないのだが、どうやら怒りのせいで平常時以上の力
が発揮されているようである。
そんな怒れる乙女の腕力で振り回される側はたまったものではない。弁慶も
その例外ではなく、意識が遠のきながらも彼女の制止を試みた。
「か、楓、ちょっと待て！お前、何か誤解しているぞ！！」
「見苦しいわよ、何が誤解だってのよ！！」
叫びながら、絞め上げる手に更なる力を込める。
そのまま弁慶を絞め落すかと思われた時、彼女の背後に立った栗色の髪の人
影が、楓の後頭部目がけて手にした獲物を叩き込んだ。
スパーン！
「きゃっ！？・・・って、何するのよ、紅葉！！」
「それはわたくしの台詞です。再会早々、何をしているのですか？」
そこまで言うと、栗色の髪の人影こと紅葉はため息をついた。
「まったく、少しは落ち着きなさい。こちらの方は、わたくしたちにこの時代
での生活に必要な知識を教えてくださる方ですよ」
矛からハリセンに形状を変更したイムバディ（理子の加えた改良で、使用者
が自由に形状を変更出来るようになった）を持つ手を腰にあて、呆れ半分に説
明した。
「へ？」
思いがけぬ姉の説明に、楓は思わず弁慶から手を話して、理子をまじまじと
見つめた。
「空木理子といいます。この時代のことで分からない事があったら、私に聞い
てね」
自らが作ったイムバディをツッコミ道具に使われている事にあれこれと言い
たい理子であったが、それを我慢して自己紹介を行った。
「えっ？えっ？」
話についていけない楓が慌てるのをよそに、観月が丁寧に応じた。
「観月と申します。ふつつか者ですが、よろしくお願いします、理子さん」
「えっ？えっ？」
未だに、この展開についていけない楓に代わり、紅葉が紹介を始めた。
「理子様、こちらはわたくしの妹で楓といいます。色々といたらぬ妹ですが、
よろしくご指導ください」
そう言いながら楓の脇腹をひじでつついた。それでようやくわれに返った楓
は、慌てておじぎした。
「あっ、よ、よろしく」
このおかげで楓の魔手から解放された弁慶は、ため息混じりに評した。
「やれやれ、楓のやつ、何にも変わってないんだなぁ」
「間違ってもお前にだけは言われたくないだろうな、楓も・・・それよりも・・・」
与一は弁慶から視線を動かした。それを見た玲奈も同じ方向へ視線を飛ばし
ながら頷く。
「ああ、そろそろやろっか？」
「当然だな」
与一の同意と同時に、２人は動いた。
ヒュッ！
手裏剣と矢が空を切り、同じ場所へと突進する。すると・・・
「わわっ！？」
半ばのけぞりながら横にステップしてそれらを避ける自称吟遊詩人がいた。
「ほう、露骨に見ていたとはいえ、あの連携をしのぐとはなかなかやるな」
かなり本気で感心する与一に、自称吟遊詩人ことロクサーヌは冷汗と共に苦
情を口にした。
「いきなり攻撃しないでくださいよ、お願いですから」
「気配を消して我々に近付いた場合、問答無用で攻撃すると言われていたはず
だがな」
「・・・・・・」
だが、与一にバッサリと切って捨てられ、反論出来ずに黙るしかなかった。
この状況に呆気にとられた観月が、誰にともなく問いかけた。
「あの、こちらの方は・・・？」
「ん？ああ、わたしたちの情報源のロクサーヌさん。性別不明の上に、突然湧
いて出る不審者だから、気付いた時は容赦なく攻撃して、観月ちゃん」
情け容赦のない説明をした九羅香は、さすがに落ち込んでいるロクサーヌに
視線を向けた。
「それで、こんな夜中に何の用なの？夜這いってわけじゃないんでしょ？」
「ええ、私も命が惜しいですから」
苦笑をまぶした返答をすると、ロクサーヌは気を取りなおすためにリュート
を鳴らした。
ポロロン
「実は、敦盛さんが神機奪取に動き出しまして・・・」
「いつ！？」
「つい先ほどですよ」
ロクサーヌの答えを聞いた瞬間、紅葉が呻いた。
「先手を打たれましたね・・・」
「この襲撃自体が、我々に対する牽制だったのだろうな」
頷いた与一の声も苦い。神機を誰にも使わせないようにするために時代を越
えて来たというのに、果たせないかもしれないとあっては、当然の反応だろう。
が、呼び寄せた張本人であるロクサーヌは、落ち着いた、いや、むしろ嬉し
そうな口調で語った。
「いえ、むしろ助かりましたよ」
「どうして？」
「これで、海の底に沈んだ例の島を浮上させる手間が省けるじゃないですか」
九羅香の問いに、吟遊詩人はある意味において外道な回答を返した。
「あのねぇ・・・」
「そのために、何人死ぬと思ってんのよ！？」
呆れたように呟く九羅香に代わり、楓がロクサーヌに噛みついた。
今では神機が眠るあの妖魔の島は、浮上するために壇ノ浦の合戦における相
当な死者数を必要としていたのだ。八〇〇年を経た現代においても、その点に
変化があるとは到底思えない。
戦闘やそれによる死者の発生には耐性のある九羅香達だが、このような目的
のために何も知らない人々を死なせて平然としていられるほど、厚顔ではない
以上、楓の反応は当然であった。
が、難詰されたロクサーヌはその反応を予期していたのだろう。いつもの冷
静さを保ったまま、彼女達をなだめた。
「ああ、それでしたら大丈夫ですよ。いくらなんでも、この時代にそんな大量
殺人をやらかしたら大事になりますからね。敦盛さんだって、その程度は理
解していますよ。別の手段で浮上させるようですね」
「別の手段？」
「ええ。詳しい説明は省きますが、要は大量に集めた妖気を使って浮上させる
ようですね」
「なら、いいんだけど・・・」
未だ不安を感じるためか頷きながらも口ごもる九羅香に、吟遊詩人は再び
リュートをかき鳴らしつつ話題を変えた。
「まぁ、そんなに心配しなくとも大丈夫ですよ。それに、動きはじめたと言っ
ても準備段階ですから。実際に出発するのは、早くとも１日後か２日後とい
うところでしょう」
「だとすると、楓と観月ちゃんの服を用意して、わたしたちの荷造りをする時
間くらいはある、と思っていいんだ」
「なら、そんなに慌てなくてもいいんじゃないか？今から準備して、明日にで
もあっちに着くようにすれば十分間に合うぞ」
弁慶の提案を、九羅香は１つ頷いて受け入れた。今から準備、としたのは、
戦闘直後の興奮状態では、眠ろうとしても簡単には眠れないだろうという判断
からだ。
そして、対敦盛の神機争奪戦は最終局面を迎えるのであった・・・
なにがしかの話に続く
後書き
松です。「少女義経現代伝−迎撃− 後編」をお届けします。
実はこの話、誰を出すかでさんざん悩んだ作品です。
「少女義経伝 弐」が影も形もない頃に書き始めたので、「弐」分の設定を
どう吸収するかで悩んだのです。
さすがに、楓を出さないってのもあんまりだし・・・と考えた結果、楓は
「１」の時点（源平合戦時）からいた、という事にしました。史実だってそ
うですしね；
そのとばっちりで廉也の出番が消えました；
当初、楓の位置に廉也が入る予定だったので；（そして、観月とくっつく）
彼を再登場させるか否かは未だに悩んでいたりします。
で、話の内容ですが、題名通り、敦盛による襲撃編（正確にはＪ．Ｂ．です
が）です。
そして、神機争奪戦は最終局面に突入します。話の分量でいけばあと２話で
完結するはずです。
改訂版後書き
改訂したのは、シリーズの最初の辺りで神機の在処を「壇ノ浦」と明記した
にもかかわらず、「場所判明」などと書いてしまったからです；
さすがにこれは直さないとまずいだろう、というわけで、改訂しました；
まったく間の抜けた話です；
なお、改訂前のヴァージョンはこちらです。
それでは、こんなところで。
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松