少女義経現代伝−突入−
壇ノ浦。
源平合戦の最終決戦が行なわれた地である。
もっとも、それは８００年も過去の出来事であり、現代において、その戦い
のなごりを見出す事は出来ない。
それは、主観的にはわずか２年前の出来事となる弁慶や九羅香達にとっても
同様である。
ただし、感傷を交えて見れば話はおのずと異なるものになる。壇ノ浦の合戦
で兄、知盛をはじめ親族のほぼ全員を喪った観月にとっては、特にそうだ。
そんな彼女は今、クルーザーの一室で他人の干渉を一切拒むかのように目を
閉じ、両手を組み、ただひたすらに死者の冥福を祈り続けている。
こればかりは、他人が口出し出来るものではない。せいぜい、見守る事ぐら
いしか出来ない。
その事をきちんとわきまえ、黙って見守る九羅香の元に、普段より表情を引
き締めた楓が側に寄ってきた。
「お姉さま、例の詩人が上に来てほしいそうです」
「うん、分かった。観月ちゃんをお願いね」
九羅香は軽く頷くと、楓にこの場を任せて上−つまり操舵室−へと上がって
いった。
残った楓は、壁に肩からもたれかかると、黙って観月を見守った。自分こそ、
九羅香にとって最高の家臣と信じ、他の者を容赦なくこきおろす楓だが、観月
はその貴重な例外であった。故に、楓も観月の邪魔をしようとはしなかった。
そもそも、思いつきもしないだろうが。
一方、クルーザーの操舵室に九羅香が上がると、そこにはあの戦いを共に戦っ
た唯一の現代人である武蔵弁慶、九羅香達をこの時代に呼び寄せた張本人であ
る自称吟遊詩人のロクサーヌ、そして、このクルーザーを操るアシェアラ・ゲ
イナーという長身の女性が待っていた。
「弁慶、ロクサーヌさん、何かあったの？」
上がる早々に彼女はそう切り出した。その声に、２人は振り返った。
「ああ、九羅香さん。お待ちしてましたよ」
「あの島の近くに着いたんだけどな・・・」
弁慶はそう言いつつ肩をすくめて船首方向をゆび指した。
「先を越されたらしい」
「え？」
その言葉に驚いて、九羅香は目を細めて前方の闇を見透かそうとする。現代人
に比べるとはるかに夜目の効く彼女である。月明かりがあり、さらに相手使っ
ている照明から漏れる光まである今なら発見は容易であった。だが、さすがに
船上で作業している人々を見分けるのは、距離がありすぎて不可能であった。
「こっちと同じような船が複数いるけど・・・乗っている人までは・・・」
「ほら、これ使え」
少し眉を寄せる九羅香に、弁慶は自分の首にかけていた双眼鏡を差し出した。
「ありがと、弁慶」
礼を言って受け取ると、彼女は双眼鏡を先程と同じ方向に向けた。扱いに慣
れていない事が原因のたどたどしい手付きでピントを調整すると、集光率の良
さゆえに明るい視界の中に肉眼で見るよりもはるかに拡大された船の姿と、そ
こで動きまわる人間の姿が映し出された。その中に既知の顔を見出すと、彼女
はその姿勢のまま呻いた。
「敦盛殿・・・」
「ついでに、あのＪ．Ｂ．とかいう奴もいる」
そんな九羅香に弁慶が付け加える。その言葉に、九羅香は双眼鏡を下ろすと
彼の方に顔を向けた。
「それじゃ、敦盛殿が先に来ていた場合の策を実行、ってわけだね」
九羅香は落ち着いた、ある意味では不敵な、笑みを浮かべてそう応じた。そ
れも当然である。彼女達は、このクルーザーに乗り込む前にあらかじめ複数の
状況を想定し、それぞれに対応する策を立てていたのだ。そして、現状はその
策で十分対応可能なものであった。対応出来るということは、勝算も十分にあ
る、ということだからだ。
ちなみに、敦盛が先に来ていた場合、敦盛に例の妖魔の島を浮上させ、直後
に彼らを撃破して島に上陸、神機を封印する、という計画であった。タイミン
グさえ間違えなければ、彼らより先に神機の封印地点にたどり着けるはずであっ
た。
「それじゃ、弁慶。みんなを呼んできて。いつでも行けるように待機しなくちゃ」
「了解」
「アシェアラさん、島が出現したら、すぐに上陸出来るように準備しておいて
ください」
「分かった」
アシェアラは頷くと、操舵用のハンドルを切ってクルーザーを反転させた。
それは、突入のための間合いを取るための操船であった。
この動きは、敦盛側でも察知していた。だが、相手が何者か確認出来なかっ
たことと、離れていった事から脅威ではない、と判断していたのだ。
「来ましたか」
「ええ、何者かまでは確認出来ませんでしたがね」
敦盛の呟きに、Ｊ．Ｂ．が去っていった方向を見つめつつ応じた。
「まぁ、この時間、この場所に来る連中なんて、大方の見当はつきますけどね」
Ｊ．Ｂ．の言う通りではある。なにしろ、この海域は一般の航路から外れて
いるし、漁場に適した場所でもない。従って、貨物船や客船、漁船などの「普
通の船」が来る事はまずない。来るとすれば、それはこの海域に来ること自体
を目的とした船以外にありえない。そして、敦盛もＪ．Ｂ．も、「この海域に
来ることが目的」の人に心当たりがある以上、「見当がつく」というわけであっ
た。
そんな彼らの元に教団の幹部の１人が駆け寄ってきた。
「敦盛様、あの不届きな船を捕まえますか？」
かなり憤然とした口調であるのは、大切な（と敦盛が言う）儀式を邪魔され
かけたのが、腹立たしいからだろう。
だが、敦盛は首を振ってその幹部をたしなめた。
「放っておきなさい。迷いこんだだけの船なら、追うに値しません。我々の邪
魔に来たのだとしても、尻尾を巻いて逃げ出したのですから、構う必要はあ
りません。それよりも、これから行なう儀式の方がよほど大切でしょう？」
問いかけに問いかけを返されて、その幹部は思考が止まってしまった。だが、
それも１秒ほどで回復し、その直後には何度も大きく頷くことで、賛同の意を
示した。
「は、はい。おっしゃる通りです」
「なら、こんな些事をいつまでも気にしないで、準備の方を急ぎなさい。それ
が教えに沿う事になるでしょう」
「直ちに！」
幹部は力強く応じると、信者に指示を出すべくデッキへと駆け下りて行った。
その後ろ姿を見送ると、Ｊ．Ｂ．が皮肉たっぷりに呟いた。
「扱いがお上手で・・・」
「この程度が出来ないようでは、大事を成し遂げる事など出来ませんよ」
敦盛はすまして切り返すと、デッキに視線を転じた。そこでは、信者達が彼
の指示に従って何やら模様をデッキ上に敷いたキャンパスに描いていた。それ
は、８００年前の壇ノ浦の合戦で出現した、妖魔の島を呼び出すための陣であっ
た。
一方、敦盛らの船団から距離を取り、突入に必要な間合いを確保した九羅香
側では、３つのグループに分かれて準備を整えていた。
１つめのグループは当然ながら九羅香達。彼女達はこの時代に現れた時の服
（つまり、平安末期の軍装）に着替え、さらに愛用の武具の装備を整え、船首
に設けられた一室に集合した。懐には、念のためにイムバディを納めている。
これはＳＣ空間対策というより、予備武器としての意味合いが強かった。
もっとも、弁慶だけは九羅香達とは違い、ロクサーヌが調達した戦闘用プロ
テクタ（金属線、ケプラー繊維などで織り上げた生地を使った服に、各種緩衝
材を入れたシロモノ。防弾、防刃機能のみ）を着用していた。弁慶の武具は、
持ってくる余裕が九羅香達になかったからだ（換えの服、各種調達のために使
う金銀や玉、各種武具、さらには食料まで持ってきていたのだから、当然であ
る）。
２つめのグループはアシェアラとミーニャ。アシェアラはクルーザーを操り
つつ、幼さの残るミーニャに指示を出して上陸の準備を進めていた。
最後のグループはロクサーヌと理子らデバイスレインことオーギュメント使
い３人。こちらは、デッキに集まり、先程の船を注意深く観察していた。目的
は相手の動静監視。さらには、こちらの阻止に動くようであれば、ＳＣ空間を
展開して押える予定であった。
そんな中、双眼鏡で敦盛の船を監視していたオーギュメント使いの１人、壬
生洋平は短く告げた。
「船首側に集まって何か始めたぞ」
「こっちの船も同じだな。ゴソゴソと何をやっている？」
別の船を見張っていた、同じくオーギュメント使いである佐伯柚流も、そう
告げた。これに答えたのは、どこにも居場所がないという理由で彼らについて
きたロクサーヌであった。
「おそらく、例の島を出現させるための儀式でしょうね。そろそろ、忙しくな
りますよ」
この答えに、佐伯はただでさえ剣呑な雰囲気を感じさせる顔にうんさんくさ
さを感じていることを隠しもせずに鼻をならした。
「ふん、妖術とやらか。Ｊ．Ｂ．がいなければ、とても付き合う気になれない
ヨタ話にしか聞こえないがな」
「まぁ、それを言ったら、あなたの持っているオーギュメントだって、信じな
い人から見ればヨタ話にしか思えないでしょうけどね」
肩をすくめつつリュートの弦を、指で押さえたまま１本だけつまびく。鈍く
短い音がこの場の全員の耳に届くと、性別不明の自称吟遊詩人は暢気に言葉を
継いだ。
「まぁ、そんな事より、例のＪ．Ｂ．や他の信者さんたちが変にちょっかいを
出してこないか、ちゃんと見張っていてください」
「ああ、分かって・・・」
ゾクッ
ぞんざいに応じようとした佐伯は、強烈な悪寒を感じ口を閉ざした。寒くも
ないのに、体が震える。
（何だ、一体？）
原因を探ろうと辺りを見回すと、この場にいる全員が同じ感覚を抱いたらし
く、彼女と同じように怪訝な表情を浮かべて辺りをうかがっていた。しかもこ
の悪寒はデッキ上だけでなく、このクルーザーに乗る全員が感じ取ったらしい。
舵を握っているアシェアラからも、疑問が投げかけられた。
「一体、何があった？」
佐伯からは死角になっていて見えないが、この時アシェアラの隣にいたミー
ニャはすっかり怯えて彼女にしがみついていた。
そんな疑問に応えたのは、船首の一室に待機していた九羅香であった。イン
ターホン越しの彼女の声が、アシェアラの疑問を解いたのだ。。
『アシェアラさん、さっき何か感じたと思いますけど、例の術が始まったせい
です。島が現れたら、突入の方、お願いします』
「分かった」
九羅香の声に頷くと、アシェアラはデッキのロクサーヌらに大声で同じ事を
伝え、一同を安堵させたのであった。
九羅香達の方は、この程度で済んだが、敦盛らの方はそうはいかなかった。
理由は単純である。九羅香が言ったようにこの悪寒の原因は、敦盛らが開始
した妖魔の島を呼び出す儀式によって発生した妖気だったからだ。九羅香達と
は違い妖気の発生源のすぐ側にいた信者達への影響は強烈であった。ただでさ
え妖気に慣れていない彼らは、もっとも軽症の者でもおうとは免れず、気絶す
るのは当たり前、中には麻薬か覚醒剤でも服用したかのように陶然となる者、
意味もなく笑い出す者、幻覚を見て暴れ出す者などが続出。果ては海に飛び込
む者まで現れる有り様であった。
もっとも、そんな影響を全く受けていない者もいる。
言うまでもなく、敦盛である。この他にも、Ｊ．Ｂ．や意外にも教団の幹部
なども影響を受けていなかった。Ｊ．Ｂ．の場合、それまでの所業ゆえ、人の
恨みに慣れていたおかげで、恨みつらみの塊と言っていい妖気にも耐性がつい
ていたためである。一方の幹部の場合、敦盛への信仰心の篤さが、妖気による
悪影響をしのいだ、という「苔の一念」的な理由である。
その信仰心篤き幹部は、さすがにこの状況に驚き、慌てて敦盛の元に注進に
走った。
「あ、敦盛様、これでは儀式に差し支えが出ませんか？何か対策を・・・」
「いいえ、何ら問題はありませんよ。この状況は、彼らが未熟だからです。現
にあなたは何の影響も受けていないでしょう？」
「は、はい」
「ですから、これは未熟な彼らへの試練です。これを乗り越えれば彼らも高み
に登ることが出来るでしょう」
「なるほど、おそれいりました」
感服しきって頭を下げる幹部に、敦盛は別の話題を振った。
「そんな事より、もうすぐ儀式は完了して島が出現します。その後の事は分かっ
ていますね？」
「は、はい。敦盛様が例の島に移られましたら、全艇、直ちに引き上げ、お帰
りを待ちます」
「おそらく、島が出現する時には海が荒れるでしょうから、注意しなさい」
「はっ」
「それでは、わたくしも移る準備をするとしましょう。ここは任せましたよ」
最敬礼する幹部にそう言うと、敦盛は船首の甲板に向かった。その後を、Ｊ．Ｂ．
が当然であるかのように追う。
「１人でよろしいので？」
「むしろ、１人の方がいいですよ。人間など、何人いたところで、足手まとい
ですからね」
相手を見下している事を隠しもせずに、人間ではない敦盛は傲慢に言い放っ
た。だが、Ｊ．Ｂ．はそんな敦盛の態度を気にした風でもなく、さらに疑問を
重ねた。
「邪魔しようとしている連中がいるようですが、それでも？」
「ええ、あの島では、わたくしの存在こそが、絶対ですから」
敦盛の答えもあながち嘘とは言えない。現在進行中の儀式で出現する妖魔の
島（当然、妖魔だらけ）では、同じ妖魔である敦盛が襲われる心配は絶対にな
い。これに対し、人間である九羅香達は確実に襲われる。妖魔にとって、生き
ている人間は餌だからだ。
これでは、敦盛が神機のある場所に先に到達する、と判断しても無理はない。
そんな事を言っている間にも、妖気は敦盛側の船６隻が描く円の中心に集中
し、やがて海面と空を結ぶかのように縦に伸びた。その姿は、竜巻のようであっ
た。もっとも、竜巻よりも禍々しい気配を辺りにまき散らしてはいたが。
同時に、海面が激しく泡立ち、円の中心から外に向けて波が立った。最初は
高さ５センチにもならない小さい波だったが、次第に大きくなり、最終的には
２０センチを越すレベルに到達。船首を波に対して垂直に向けているからいい
ようなものの、そうでなければ転覆する危険さえあった。
そのような状況下でさえ、敦盛とＪ．Ｂ．は冷静であった。
「来ましたね」
「ほう」
敦盛の呟きを受けて、Ｊ．Ｂ．がわずかに驚嘆の色が漏れる声を上げた。そ
れだけの事態が、６隻の船が描く円の中心では発生していたのだから。
まず、泡立ち、波立っていた海面から、岩とおぼしき物体が浮上してきた。
すると、竜巻が吸い寄せられるようにその岩に近づく。そして、その竜巻が岩
に触れた直後、全てが一変した。
それまでただ渦を巻くだけであった妖気は、勢いよくその岩に吸い込まれる。
同時に空気も吸い寄せられ、強烈な風が敦盛らの背後から吹き付けるようになっ
た。
「むっ」
その風の強さに、Ｊ．Ｂ．は思わず手すりを掴んだ。直後、岩の周りの海水
が爆発的に吹き上がった。その衝撃でひときわ大きい波が発生し、周囲の船に
襲いかかり、さらに大きく船を揺らした。
そんな中でも、敦盛は動ずる事無く呼びかけた。
「Ｊ．Ｂ．、例の物を」
「了解」
Ｊ．Ｂ．もまた、落ち着いた態度で右手に持っていた装置を敦盛に渡した。
それは鏡のように見える円盤であった。ただし、中心部に赤い宝石が埋め込ま
れているため、鏡としての用はなさない。だが、それを見た敦盛はそれまでと
は異なる、暗く歪んだ歓喜の笑みを浮かべた。
「これが・・・」
「ああ、これを作動させれば、神機とやらの個体識別を誤魔化す事ができる」
「ふ・・・ははは、これで、あの神機がわたくしのものに！あの柔弱な小娘で
は使いこなせなかった神機、このわたくしが使ってあげましょう・・・」
自己陶酔の色も濃厚にそう語る敦盛を、Ｊ．Ｂ．は醒めきった感情をもって
見つめた。
（やれやれ）
神機を手に入れるどころか、妖魔の島に上陸さえしていないのに、道具１つ
を手にしただけで有頂天になっているようでは、成功は覚束ないだろう。
（ま、そこまでオレが気にする義理はないがね）
Ｊ．Ｂ．はそんな風にも思った。さらに言うなら、これなら自分が裏切るま
でもなく、勝手に自滅するだろうな、とも思っていた。
だから、彼は珍しく親切にも敦盛に進言してやった。
「そんな事よりも、早く行った方がいいと思いますがね。あちらも動き出しそ
うだし・・・」
「ふっ、それでは行くとしましょう。これまでご苦労でしたね、Ｊ．Ｂ．。後
は好きにしなさい・・・まぁ、神機の力が解放されるまでの短い自由ですが
ね」
その声と同時に、敦盛の姿はデッキから消えた。それを見たＪ．Ｂ．は、軽
く肩をすくめると呟いた。
「それは長い自由になりそうだ」
そんな彼の所にまで、クルーザーのエンジン音が響き渡ってきた。
九羅香達が突入して来たのだ。
時間は、ひときわ大きい波が発生した直後にさかのぼる。
その時、クルーザーの一室で待機していた観月は、何かに気付いてピクッと
体を震わせた。
「観月ちゃん、どうしたの？」
「出ました、九羅香さん・・・あの妖魔の島が現れました」
自分を守るかのように自分の肩を抱きながら身体を小さくして、観月はそう
告げた。
直後、九羅香は弾かれたようにインターホンに取り付いた。
「アシェアラさん、例の島が出ました。突入してください」
『わかった』
その声を受けて受話器を置くと、九羅香は振り返った。
「さぁ、いよいよだ。みんな、準備はいい？」
『おうっ！！』
彼女の呼びかけに、弁慶達は力強く応じた。
一方、クルーザーを操るアシェアラにとっては、既に本番であった。彼女は
島が出現した直後の大波の中でクルーザーを強引に加速させた。下手をすれば、
そのまま宙を飛んで海面に叩きつけられる羽目になりかねない強引な操船であ
る。だが、彼女は熟達の船乗りであった。難なく波を乗り越えると、そのまま
島に向かって突入する針路を保ちつつ、さらなる加速を行う。
「周囲の船は動いていないか！？」
波の影響で針路が左右に振れそうになるのを当て舵で強引に押さえ込みつつ、
アシェアラはデッキ上の面々に大声で問いかけた。
「左舷、動きはないぞ！」
「右舷、問題ない！」
壬生と佐伯が、それぞれの担当方向について返事を返す。が、佐伯の方は報
告だけではすまなかった。
「ちっ、目の前にヤツがいるのに手が出せないとはな」
「まぁ、我慢してください。また次の機会を作りますから」
Ｊ．Ｂ．の復讐に逸る彼女の愚痴に、ロクサーヌは苦笑まじりに応じて彼女
をなだめた。
一方、アシェアラは最も信頼するミーニャからも答えを得ていた。
「大丈夫、エンジンは動いているけど、スクリューはまだ」
「そうか」
その答えに、アシェアラは１つ頷く。ミーニャの能力を知る彼女は、こと海
に存在する物体の状態をミーニャが見誤る事などない事を知っている。
だから、相手は妨害のために動いていない、と断定した。もっとも、妨害が
ないこと自体は気になる。しかしそれも、突入をためらう理由にはならない。
相手の思惑がどうであれ、九羅香達を無事に上陸させることがアシェアラの仕
事なのだから。
彼女は小さく頭を振ると、再び意識を操船に集中させた。そして、目視で島
までの距離を確認すると、デッキ、船室、どちらにいる者にも聞こえるように
声を上げた。
「のし上げるぞ。つかまっていろ」
短い宣言と同時に、機関を反転させてクルーザーを一気に減速させる。全速
で海岸にのし上げてしまうと、さすがに離れる事が出来なくなるからだ。
それを聞いた九羅香達はグンと前に押し出される感覚を覚えながら、手近な
手すりなどを掴む手に力を込めた。腕力のない観月は、弁慶と九羅香の２人が
背中に腕を回す事で支える。
こうして対衝撃体勢を整えると、さほど間を置かずして、衝撃が襲いかかっ
てきた。
ズンッ
思っていた以上に鈍く、しかし強烈な衝撃に、振り飛ばされそうになる。だ
が、全員体勢を崩しながらも、何とかこらえた。デッキ組は、手すりだけでな
く命綱も利用してこらえた。
その間に、クルーザーは船首を海岸にのし上げた。船首から１／４ほどがな
だらかな海岸にのしかかり、その姿を見せてる。よく見ると、船底の部分には
下駄の歯のように２本の突起があり、それがクルーザーを支えて傾かせないよ
うにしていた。
アシェアラは、船体が安定した姿勢を保っていることを感覚的に把握すると、
再び声をかけた。
「船首扉を開ける。お前たちの幸運を祈る」
同時に、ハンドルの付け根付近にある目立たないカバーを開け、そこに設け
られたスイッチを操作した。すると、船首寄りの舷側・・・というか側板が左
右に開いた。そうして出来た空間から、今度は傾斜路（ランプ）が海岸に向かっ
て降ろされる。
そうして、クルーザーの船首と海岸の間に即席の橋が渡されると、九羅香は
振り返った。
「それじゃ、行くよ、みんな」
『おうっ！』
揃って応じると、九羅香達８人は一斉に傾斜路（ランプ）を駆け下り、そし
て、彼女達の主観では２年前と同じ洞窟に突入した。
敦盛と、何より神機との因縁に、決着をつけるために。
なにがしかの話に続く
後書き
松です。「少女義経現代伝−突入−」をお届けします。
何と言いますか、これも難産なＳＳでした。
中身そのものは大したものではなく、敦盛による妖魔の島出現と九羅香達の
上陸、これだけなんですけどね。
ただ、これと言って明確なシーンが１つもなかったせいで、えらい書くのに
苦労しました。
さて、次でようやく神機封印は決着です。
何とか夏コミまでには仕上げる予定です。（でないと、新刊が；）
それでは、こんなところで。
感想、ご意見などは掲示板か、メールフォームへどうぞ
松