少女義経現代伝−決着−
妖魔の島に上陸した九羅香達は、８００年前と変わらぬヌメヌメとした感触
−それこそ内蔵にでも触れるような−に眉をひそめた。
「変わってないね、この島・・・」
一同の気持ちを代弁するかのように、九羅香が呟いた。その呟きに、弁慶が
肩をすくめつつ同意した。
「ああ、８００年以上も海に漬かっていたんだから、少しは変わってくれても
いいのにな」
妖魔を生み出す子宮と言うべきこの島は、悪い意味で生物的な感触を持って
いる。しかも、夜間であるため見分けはつかないが、島のそこかしから妖気が
吹き出ている。ぼやきたくなるのも無理はない。
それにもめげずに、注意深く辺りをうかがっていた玲奈が首を傾げた。
「それにしても、敦盛の奴、先にいったのかな？」
「おそらくは。この島を呼び出した以上、神機の元に行く算段も十分に立てて
いたでしょうから」
彼女の疑問に、観月は自らの推察も含めて語り、同意した。
「すると、一刻の猶予もありませんね。急ぎましょう」
紅葉の言葉に、九羅香達は一斉に頷いた。
一方、その敦盛はというと・・・
「来ましたか・・・」
神機のある場所に続く洞窟の中で、九羅香達の上陸を感知していた。妖魔と
なった彼にとって、この妖魔の島は体の一部のようなものである。そこに人間
という「異物」が侵入してくれば、気付くのも容易というわけである。
「さぁ、あなたたち、招かれざる客を歓迎してきなさい」
その声に呼応するように、洞窟の床面から次々と妖魔が湧いて出た。そして、
一斉に床を蹴ると半ば飛ぶように駆けていった。この動きの速さだけでも、こ
れらの妖魔が非常に強力であることが理解出来る。
そう、敦盛はこの島に来てから、その妖気を自らに取り込み、強力な術を使
えるようになっていたのだ。
「ふっ・・・ふふふふふ」
敦盛の端正だが退廃的な雰囲気を漂わせる顔が、喜悦に歪んだ。このままで
あれば、必ず神機を手中におさめるであろう事を確信出来たからだ。
「あっははは、せいぜい妖魔と遊んでいてください。その間にわたくしが神機
を手に入れ、あなたがたを消しさってあげますから。はっははははは・・・」
彼は固い確信と共に、洞窟を奥へと進んだ。
「ん？」
洞窟の入り口へと急ぐ弁慶は、不意に眉をひそめた。
「なぁ、何か嫌な風が吹かなかったか？」
「あら、あんたも気づいたの？さっき、後ろから妖気が吹き抜けたのよ」
「この感じからいって、妖気は神機のある洞窟の入口付近に集まっているので
しょう」
馬鹿にしているのか感心しているのか、いまいち判断に迷う台詞を返す楓の
後を受けて、観月が現象の説明をした。
「すると、あいつの性格からいって、間違いなく待ち伏せしてるな」
「それに、洞窟に突入した我々を背後から襲う伏兵もいると見るべきだな」
観月の情報分析を受けて、玲奈と与一が敦盛の布陣を予測する。それを聞い
て、静がすかさず対応策を提案する。
「時間も惜しいですし、待ち伏せはあらかじめ術を用意して一気に片づけちゃ
いましょ〜」
「背後の伏兵に関しては・・・わたくしが残って防ぎましょう。静様、申し訳
ありませんが、お付き合いください。それに楓も」
「分かりました〜」
「いいわよ」
「紅葉、３人で大丈夫？何だったら、もう１人くらい・・・」
不安げな九羅香に、弁慶がきっぱりと言い切る。
「けど、これ以上分けたら敦盛と戦う時、人手不足になっちまうぞ」
「それに、前回のようにある程度叩いたら、すぐにそちらに向かいます。わた
くしたちの足留めこそが目的である以上、それほど多勢を伏せておいたりは
しないでしょう。だから、それほど遅れずにすむはずです」
続けて紅葉にも言われ、九羅香は不安を振り払うことにした。確かに、背後
の備えは必要であったのだ。
「分かった。でも、無理しちゃ駄目だよ」
「ご安心を、静様と楓が一緒ですから」
紅葉が笑顔でそう応じると、話はそこまでとなった。というのも、目的の洞
窟の入口に近付いたため、それどころではなくなったからだ。
「おい、弁慶。肩貸せ」
「おう」
その状況で玲奈が言うと、弁慶は頷いてわずかに上体をかがめた。そこへ、
彼の後ろへ回り込んだ玲奈が走り寄り、その勢いで彼の腰に飛び乗った。そし
て、すかさず空いている右足を肩に乗せ、続けてその肩を踏み台にして思い切
りよくジャンプした。
「ていっ」
かけ声と共に５メートルほど上空へと飛び上がると、すかさず周囲−特に洞
窟の入り口周辺−の状況を見て取る。重力に引かれて落ち始めるまでのわずか
な時間で観察を終えると、素早く着地態勢を整えた。
「よっと」
再びかけ声と共に着地すると、彼女は九羅香に報告した。
「やっぱいたぜ。入り口の辺りに妖魔が５、６匹。それと左右の切り通しみた
いになっている所にそれぞれ３、４匹」
「ありがとう玲奈」
その報告を受けた九羅香はそう言って玲奈をねぎらうと、すぐに対策を決定
し行動に移した。
「観月ちゃん、お願い」
「はい。任せて下さい」
九羅香の言いたい事を察した観月は一歩前へ出ると、妖魔の気配がする方向
をじっと見つめた。そして・・・
「盛者必衰！」
一喝と評してもよい声と共に、両手で持つ錫杖を前へ突き出す。同時に、錫
杖の先に光球が発生し、玲奈の指摘した入り口前にいる妖魔の上空へと飛んで
行った。光球は、妖魔が何らかの反応を起こす前に、彼らの上空で弾け、無数
の水滴となって辺り一帯にまき散らされる。その水滴が降りかかった妖魔は、
その直後に悲鳴を上げた。
「ギョワッ！？」
「ギュエッ、ギュエエエエッ！！」
のたうつように倒れた妖魔は実体を保つ事も出来ず、すぐに黒い煙−つまり
は妖気−になって消えていく。盛者必衰の理の前に、一度は滅んだ身である彼
らは対抗出来なかったのだ。
こうしてあっけなく入り口前の妖魔を一掃すると、九羅香達は一斉に突入を
開始した。これまた玲奈の指摘通りに左右に伏せていた妖魔は後衛に回る静と
楓が術を放って蹴散らす。そして、洞窟の入り口にとりつくと、今度は紅葉が
先頭に立って、奥義の１つを放った。
「貫くは緑の大樹、木霊を統べる森の王の力、しかと見よ！竜樹萌芽！！」
現代に来た時と同様に、紅葉の奥義は洞窟の中を荒れ狂い、そこの展開して
いた妖魔達をことごとく打ち倒した。九羅香達が少しでも早く神機の元にたど
り着けるように、大技を使って洞窟の中の大掃除を行ったのだ。
「九羅香様、ご武運を」
「紅葉たちも気を付けてね」
短く声を掛け合うと、一同はさらに奥へ突入する組とこの場に残る組の二手
に分かれた。
ピクッ
敦盛が何かを感じとって、眉をはね上げた。直後、紅葉の竜樹萌芽の一撃に
より、洞窟最深部、神機のある場所が揺れた。
「フン・・・もう手遅れですよ」
彼は嘲笑の台詞を口にした。誰が、どこで、何をしたのか、分かったからだ。
そして、その位置では、自分を止める事など出来ないということも。
その判断が誤りではないことを、彼の足元にある装置が告げた。
『対象装置に必要な存在波の解析が完了しました。これより、所有者の存在波
を変換して送出します』
敦盛がＪ．Ｂ．に作らせた装置の機能がこれであった。つまり、敦盛が出す
存在波を「平敦盛」から「神機使用有資格者」に変換して、彼を神機使用可能
者と認めさせる、というものである。
そして今、それが終わった。神機は、彼を使用してもよい者として受け入れ
るはずである。
「ふっふふふふふ・・・あーっはっはっはっははははは・・・」
哄笑しながら、敦盛は装置を持ち上げた。そして、確かな勝利感と共に、
一歩一歩、ゆっくりと神機に向かって行った。
「とうとう・・・とうとう、あの神機がわたくしの手に・・・」
陶然とした口調で言うと、彼は指を鳴らした。
同時刻、神機に向かう九羅香達の前に妖魔が出現した。しかも、目の前と
言っても過言ではないほどの近距離に。
「なっ！？」
突然の事に、咄嗟の反応が遅れる。そんな中、最初に立ち直って反応したの
は、弁慶であった。目の前に突然敵が現れるガンシューティングゲームをやっ
た経験が有効だったらしい。すかさず、妖魔の群をまとめて始末するべく、動
いた。
「滅殺・神風陣！」
声と同時に薙刀を水平に構えて突き出すと、数回回転させる。すると、薙刀
の刀身に炎がまとわりついた。それを確認すると、彼は回転を止め、薙刀の石
突きで地面を突く。
「でりゃあぁぁぁっ！！」
気合いの声と共に薙刀を左から右へ一振りすると、刀身の炎が鞭のように伸
び、妖魔の群れを打ちすえた。それだけで、出現した妖魔の群は炎に包まれて
消滅した。
「ったく、またせこい真似しやがる」
「せこくはないと思うぜ、ほら」
忌々しげに舌打ちする弁慶に、玲奈は「せこい」という点だけ否定して洞窟
の奥をゆび指す。その先には、一体どのようにして出現したのか、ラッシュア
ワーの通勤電車さながらに密集した妖魔の大群が待ちかまえていた。
「げ！？」
弁慶の口から思わずそんな声が漏れた。無理もない。その光景は不気味かつ
シュールでありすぎた。何しろ、ほとんどの妖魔は押し合いへしあいして動け
ず、運よく最前列に出られたためこちらに向かって来れるようになった妖魔で
さえ、消耗したためか、動きがひどく鈍いという有様なのだから。
「あ、敦盛殿ってば、一体何を考えてあんなに呼び出したんだろ？」
「多分、わたしたちを止める、それ以外は何も考えなかったんだと思います」
「え？」
「だから、広さも何も無視した数の妖魔が呼び出されて、身動きが取れなく
なっているんです」
九羅香の疑問に、観月が解答を示した。おそらくは正しい解答なのだろうが、
あまりに間抜けな現実だ、とその場にいた全員が思った。さらに間抜けなこと
に、目の前の身動きも出来ない妖魔の大群を突破しないと、神機のある場所に
たどり着けない、という現実まであるのだ。
「やれやれ、面倒な」
「とは言え、ここで立ち止まるわけにもゆくまい。私があの群れに穴を開けま
す。九羅香殿はそこを突破してください」
「うん、分かった」
九羅香が頷くと、与一は目を閉じて精神統一を行うと、ゆっくりと背中の矢
筒から矢を引き抜き、弓につがえた。
「南無八幡台菩薩。この一矢、夢想の果てまで届かせたまえ・・・」
その呟きに応じて、光が鏃に集まり、巨大な光球へと成長していく。そして、
彼女の精神と光球がまさに限界まで満ちた時、彼女はかっと目を見開いた。
「夢想の一矢！」
声と共に放たれた矢は、直前に集まっていた光球を貫き、それを矢尻から引
くように飛んだ。そして矢が妖魔に突き刺さる直前、矢自体が光り、鏃から光
線を撃ち出した。その太さたるや洞窟を埋め尽くすほどで、身動き１つ出来な
い妖魔の大群はただ呑み込まれる以外の事は出来なかった。もっとも、身動き
が出来たところで、回避する術など皆無ではあったが。
光に呑み込まれた妖魔達は、その中で身動き出来ぬまま苦しみ、そして消え
ていった。
「九羅香殿！」
「うん！みんな、行くよ！」
与一に頷いてみせると、九羅香は先頭切って、光がまだおさまらぬ洞窟を駆
けて行った。
ところで、与一が放った〈夢想の一矢〉の光線はどこまで到達したのだろう
か？結論を先に言ってしまうと、光線は洞窟の最深部、神機のある場所まで到
達していた。これを、その場にいた敦盛の視点から見ると、突如、入口が光っ
たかと思う間もなく、やたら太い光線が神機に襲いかかり、その目前で弾かれ
た、という物になる。
光が収まり敦盛の視力も光以外の物を識別出来るところまで回復した時、最
初に識別したのは、神機のある場に新たに現れた鮮やかな緋色の髪を持つ武装
した少女であった。その少女−九羅香−は手にした太刀を正眼に構えた。
「敦盛殿、覚悟！」
叫ぶ彼女の左右には、彼を幾度となく邪魔してきた長身の弁慶と、気配で位
置を把握しているのか、見えない目で正確にこちらを見据える観月。さらに小
柄な玲奈と駆け込んできた与一がいた。
だが、そのような光景も九羅香の言葉も、敦盛は冷笑一つで受け流した。
「覚悟するのはあなた方ですよ。もう神機はわたくしの物なのですから」
「！？」
その一言に、一同の顔に緊張が走る。中でも観月は厳しい表情で、敦盛の傍
らに置かれた装置、Ｊ．Ｂ．に作らせた例の装置を見えない目で睨んだ。
「敦盛さん、その装置で自分の存在を化かし、神機を誤魔化したんですね」
「イデア理論、か・・・」
彼女の言で、装置の原理を察した弁慶は短く呻いた。そんな彼に、敦盛はわ
ざとらしい感心の風情で応じた。
「ほう、あなたがそれを知っているとは意外ですね」
敦盛の嘲笑と評すべき発言を、弁慶は無視した。いちいち取り合っていては、
きりがないからだ。代わりに、観月が口を開いた。
「敦盛さん、その装置で神機を使うのは危険です。すぐに離れてください」
「ふん、この期におよんで指図するとは身の程知らずな」
「それはあなたです、敦盛さん。神機を動かすために必要な妖力は、あなたが
思っている以上に多いんですよ」
「何をたわご、と・・・」
観月の反論に対し、さらに嘲弄を返そうとした敦盛の様子が一変した。それ
まで余裕に満ちた笑みがいきなり強張り、脱力したかのように膝をついたのだ。
「ぐ、ぁ・・・なに、が・・・」
そう言う間にも彼の様子はみるみる間に変わっていく。全身に黒い妖気のか
たまりがまとわり付き、その中で彼は装置に向け腕を伸ばす。が、その腕も急
速に土気色に変色し、ミイラのように干からびていく。
「くぁ・・・ぐあぁぁぁぁっ！！」
「な、何なんだよ、一体」
その様子に玲奈が上ずった声で漏らすと、唯一事態を正確に把握している観
月が解説した。
「おそらく、神機が動くのに必要な妖気を、敦盛さんから吸収しているんです」
「何故だ？敦盛殿は神機の使用者だろう？」
与一が首を傾げる。
「ええ、そうです。ですが、神機を動かすには膨大な霊力か妖力を使用者から
供給する必要があるのです。現にわたしも、神機を使うために霊力を強化す
る処置を受けましたし、実際に使う時はおじい様の妖力が必要でした。それ
ばかりか、神機はこの島から出る妖気すら取り込んでいました」
そこまで語ると、観月は一つ息をついてから、話を続ける。
「ですが、敦盛さんにはそれだけの妖力がありません。多少は強化していたよ
うですが・・・」
「だから、神機に過剰に妖力を奪われて、干からびていっているわけか・・・」
観月の言葉を受けて、弁慶がそう結論づけた。そう語り合う間にも、敦盛は
干からびていく。だが、妖魔でもある彼は、干からびても瞳など、体の一部は
水分を保っていた。しかしそれは、映画などに出てくる活死体（ゾンビ）のご
とき気色悪さをもたらすだけであった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ！！だ、だ、ず、げ、でぇぇぇぇぇっ！！」
そしてついに、断末魔の悲鳴を上げたかと思うと、干からびた指先から塵と
なって崩れ、そして跡形もなく消えていった。
その様子を見届けると、玲奈はポツリと呟いた。
「前の時といい、本当、自業自得って感じの最後だよな」
観月以外の、敦盛の死に立ち会ったことのある面々は、誰もがもっともだと
思ったが、口に出したりはしなかった。一応は一族の人間である観月に対して
配慮したのだ。代わりに九羅香が口にしたのは、全く別の事だった。
「ま、これで神機の封印が楽になったね」
「だな。急がなくてもよくなったし」
ことさらお気楽そうに、弁慶も同意した。だが、観月は厳しい表情で首を
振った。
「九羅香さん、弁慶さん。逆です。今の神機は、誰も制御する者がいないまま、
ひたすら妖力を吸収している状態です。急いで止めないと、ため込んだ妖力
で自爆してとんでもない事になります」
「げ」
「楽にはならないんだ」
観月の指摘に、弁慶は思わず絶句し、九羅香は肩を落とした。そんな２人の
様子に与一は苦笑しながら、行動を促した。
「それでは仕方がありません。九羅香殿、早く封印を行いましょう」
「そうだね。それじゃ観月ちゃん、封印の手順について、指示お願い」
「分かりました。それでは九羅香さん、あの装置をどかしてください。そうす
れば、神機の制御をわたしが行えます。後は・・・」
「予定通り、神機を３つに分解して、それぞれを封印、ってわけだね。ちょっ
と待っててね」
観月の指示を受けて、九羅香はそう後を続けた。そして、弁慶を護衛として
神機の側に行き、例の装置の取っ手を握った。直後、
『新たな所有者を確認。イデア情報を収集します』
装置は機械的（所詮は機械なのだから当然だが）に宣言した。
「えっ！？」
九羅香が驚きの声を上げる間にも、、装置は自己に与えられた作業をこなし、
そして終えた。
『イデア情報を登録しました。これより所有者の存在波を変換して放出します』
「ど、どういう事！？」
何が起こっているのか理解できず、九羅香は動揺に上ずった声で叫んだ。彼
女のもっともな疑問へ言葉にしての答えは返ってこなかった。だが、現実は彼
女の動揺にかかわりなく突き進んだ。
ヌルッ
何かが、九羅香の手に絡みついた。それは妙に生ぬるく、しかもねっとりと
した感触を持ち、非常に気色悪いシロモノであった。反射的に振り落とそうと、
彼女は手を振ろうとした。だが、手は彼女の意に反してピクリとも動かない。
そんな異変を彼女は側にいる弁慶や観月に伝えようとしたが、口も全く動かな
かった。
（どうして・・・？）
身体の自由が全く効かない事に、そんな疑問が浮かぶ。その間に、彼女の手
に絡みついたモノは、信じがたい事に手の内部に潜り込んできた。
（やぁぁぁっ！！）
そのおぞましい感触に、流石の九羅香も心の中で絶叫した。無論、潜り込ん
で来たモノは、彼女の気持ちなどおかまいなしに彼女の神経を探り出し、そし
て接続した。
ドクン
直後、九羅香は何かが入ってくる感覚と吸い出される感覚という相矛盾する
感覚に、頭の中が混乱するのを自覚した。同時に、自由が戻った口から悲鳴を
上げた。
「あぁぁぁぁぁっ！！」
グラッ
「九羅香！？」
「九羅香さん！？」
突如（彼らから見ればそうとしか思えない）悲鳴を上げ、さらに崩れ落ちた
九羅香を、弁慶は慌てて支えた。
「観月ちゃん、これは一体？」
さすがに厳しい表情で弁慶が問いかけた。すると、観月は半ば呆然と呟いた。
「そんな・・・まさか、こんな事が・・・」
「こんな事って？」
「九羅香さんが神機の使用者として認められて、制御出来るようになっている
んです」
観月の告げた答えに、弁慶も驚いた。
「な！？九羅香にも神機は使えるのか？」
「はい。おそらく、この装置がまだ動いていて、神機に九羅香さんを使用可能
者として認識させたのでしょう」
「それじゃ、九羅香は・・・」
「はい、急激に霊力を吸収されたのと、神機制御のための感覚共有化の衝撃で
脱力されたのでしょう」
「止める方法は！？」
声を大きくする弁慶に、観月は首を振った。
「ありません。無理に止めれば、神機が暴走したり、九羅香さんを廃人にして
しまいかねません」
「くっ」
「ですから、九羅香さんに霊力を転送して神機を制御していただいて、その上
で、九羅香さんに封印していただくしかありません」
早口にそこまで言うと、観月は弁慶の方に顔を向けた。
「弁慶さん、手を貸していただけたすか？このままだと九羅香さんは神機に取
り込まれてしまいます」
「分かった。けど、オレは何をすればいい？」
「術を使う時の用に集中して、わたしの手に触れてください。そうしたら、後
はわたしが弁慶さんの霊力を九羅香さんに転送します」
そこへ、与一が口を挟んだ。
「それは私も参加出来るのか？」
「よ、与一、なんで？」
「あれだけやっていれば、どんなバカでも何かあったって気付くに決まってる
だろ」
続けて、玲奈もそう言って加わった。
「あたしもやるぜ。大丈夫だろ？」
「はい、お２人ともお願いします。おそらく、いくら人手があっても足りない
と思いますから」
「分かった」
「任せな」
２人はそれぞれ頷いてから、観月の手に自らのそれを重ねた。弁慶も九羅香
を支えつつ、観月の空いている手に自分の手を重ねる。直後、３人とも凄まじ
い脱力感に襲われた。無論、霊力を大量に奪われたからだ。それは観月も同じ
であった。３人分の霊力を受け取り、そこへ自分の霊力を上乗せして九羅香に
渡す、という困難な作業をこなす彼女にとっても、神機の霊力吸収の勢いは強
力にすぎた。
（このままでは・・・）
九羅香に神機を制御させるどころか、自分達も霊力を吸われて動けなくなり
かねない。だが、どうすればいいか、観月には何も思いつかなかった。
洞窟の入り口付近で伏兵として待機していた妖魔を蹴散らした紅葉達がこの
場にたどり着いたのは、ちょうどこの時であった。
「九羅香様！？」
「一体、何してんのよ？」
紅葉と楓の２人が口々に叫んだ。妖魔か敦盛と戦っているとか、神機の封印
をしているというならともかく、全員が九羅香に寄り添い、霊力を転送してい
る図など予想もしていなかったからだ（まぁ、普通はするはずもないが）。
その声に弁慶と観月が振り返った。
「おう、来たな」
「紅葉さん、静さん、楓さん、手を貸して下さい」
「どうしたんですか？何をすればいいんでしょうか〜？」
こんな時でも自分のペースを崩さずに静が首を傾げた。そんな彼女に、弁慶
が事態を説明しにかかった。
「ああ、神機が九羅香を使用者として登録しちまったんだ。で、何とか九羅香
に神機を制御させるために霊力を注ぎ込んでいるってわけ」
「なるほど〜、それでは、ワタシもお手伝いしましょう」
そう言うと、静は九羅香の背中に触った。続いて、楓が観月とは反対の手を
取った。
「弁慶、あんたこっちに来なさい。あんたの霊力の属性だと観月よりわたしの
方が効率いいはずよ」
「いいのか？」
「お姉様を助けるためだからね。あんたが触るのも我慢してあげるわ」
「そりゃどうも」
相変わらずな言いぐさに、弁慶は微苦笑を浮かべて、楓の手に触れた。
一方、静は玲奈に声をかけていた。
「玲奈さん、こっちに来てください。玲奈さんはワタシから転送した方が、よ
り大きい力になるはずですよ〜」
「分かったよ。ちょっと待ってな」
そう応じて、玲奈は静の手に触れた。そして、観月は紅葉に話しかけた。
「紅葉さんはこちらへ。木の性の霊力を持つ紅葉さんなら、水の性のわたしを
通す方が良いでしょう」
「はい、お願いします。観月様」
こうして、五行相生の理に従った効率の良い霊力転送の配置が完了した。そ
して、観月１人を経由して転送していた時とは比べものにならないほど大きな
霊力が、九羅香に流れ込み始めた。
「九羅香、しっかりしろ！」
「九羅香様！」
「九羅香さん、起きてください〜」
「九羅香殿、気を確かに！」
「九羅香、いい加減、目を覚ましやがれ！」
「九羅香さん、神機に取り込まれないでください」
「お姉様、しっかり！」
７人の叫びも九羅香には届いていないのか、彼女は何の反応も返して来な
かった。
この時、九羅香はすでに右腕がモノの支配下に置かれてしまい、その存在を
感じることが出来なくなっていた。そればかりか、彼女の自我すら取り込もう
とうごめいていたのだ。彼女は本能的な恐怖から懸命に抵抗したものの、モノ
の侵蝕力は圧倒的であった。
（もう駄目、喰われ、る・・・）
絶望的な感情から、九羅香がそう思った時、感覚がなくなった右腕の中で、
誰かが動いた。
（なに？）
何かと違い、少しむず痒い、だが決して不快ではない感覚に、九羅香は戸惑
いを覚えた。直後、彼女の右腕を支配していたモノが斬り払われた。
（一体・・・）
何があったのか戸惑う彼女の名前を、その誰かが呼んだ。
『九羅香様・・・』
（べん、けい？）
それは間違いなく弁慶、それもあの五条大橋で廉也の斧を受けて倒れた、あ
の弁慶の声であった。
『はい。まさか、再びあなた様のお力になれる時が来ようとは思いもしません
でした』
あの弁慶はそう語ったかと思うと、九羅香の前に姿を見せた。
『これから、あれを斬り払います。さすれば、お身体の自由も戻りましょう』
「ちょ、ちょっと待って。あれは一体何なの？」
あの弁慶に、九羅香が問い掛けた。その答えは彼女の背後に現れた人物が出
した。
『あれは神機だよ、九羅香殿』
驚いて振り返ると、剛直という単語をそのまま具現化したような雰囲気の男
がいた。
「あなたは・・・」
『神田の首塚の主よ』
その男は不敵な笑みを浮かべてそう応じた。それだけで、九羅香は彼の正体
を理解した。首塚の主と言えば、平将門しか存在しないからだ。
「１つ、お伺いしてもいいですか？」
『構わぬよ、その程度の時間はあるだろうしな』
「あなたは怨霊として、敦盛殿と一体化したと聞き及んでいました。それなの
にどうしてここに？」
『簡単な事だ。神機なんぞに頼ろうとしているあやつに愛想が尽きたから、見
捨ててやったのよ』
だから、敦盛は妖力不足で消滅する羽目になったのだ。納得した九羅香に彼
は話を続けた。
『お主らは、反対に神機を封じようということだからな。少しばかり手を貸し
てやろう』
「ありがとうございます」
『なに、気にすることはない。力を貸す以上のことは出来んからな』
礼を言う九羅香に、将門は肩をすくめてみせた。
「え？」
『気にすることはない。それより、彼が動くぞ』
将門の言う通り、あの弁慶が、九羅香に近付こうとするモノに向かって行っ
た。彼はモノに突き進むと無造作に薙刀で払い、切り裂き、そして突く。それ
だけで、モノはあっけなく後退を重ねる。それに伴い、九羅香は自分の右腕の
自由が戻って来る事に気付いた。
『そろそろよかろう。九羅香殿、あなたの手の内に残っている神機を、自らの
意志で握るといい。それもしっかりと』
「そ、そんな事をしたら・・・」
先ほどの二の舞になるのではないか。その思いが彼女を躊躇させた。そんな
彼女に、将門は精悍な顔に温かい微笑みを浮かべて見せた。
『心配することはない。力を貸そう。それに聞こえないかね？』
「え？」
『ほれ、さっきから、外で騒々しいくらいの大声がしているのだが』
そう言われた九羅香は、耳をすませた。すると確かに間違えようのない、仲
間達が自分を呼ぶ声がかすかに聞こえた。そして、声の方から流れてくる暖か
い力も、感じ取れた。
「みんな・・・」
『というわけだ。これだけ霊力があれば、あとは気力次第だろうよ』
「はい」
ひとつ頷いた九羅香は、深呼吸をして意を決すると、おもむろに手をのばし
た。手が触れる寸前、先刻の感触が脳裏に蘇り、一瞬だが体が固まる。
（九羅香・・・）
そこへ、再び現代の弁慶の声が届く。続けて、
（お姉様、大丈夫ですか！？）
弁慶を押しのけるように、楓の叫びが聞こえた。そんな感じの光景を思わず
想像して、九羅香は苦笑を漏らした。続けて、紅葉に静。さらに与一と玲奈。
そして観月の声に、彼女はためらいを振り切った。
（大丈夫、きっといける）
自らに向かって言い聞かせると、思いきってモノ−神機−を掴んだ。
ドクン
先程と同様に神機は絡みつき、そして九羅香の中に入り込もうとする。だが、
今度は九羅香もそれを予期している。皆から注ぎ込まれる霊力で神機が過度に
侵入しようとするのを押さえつつ。逆に神機に向けて自分の霊力を注ぎ込む。
あの弁慶が神機と戦っているおかげか、神機の動きは鈍く、九羅香の霊力に対
する抵抗も小さいものであった。
（よし！）
最初の時とは反対に、自分の方が神機を制御下に置きつつあると認識した九
羅香は、最後の一押しとばかりに神機の中枢とおぼしき箇所に自らの霊力を
一気に叩きつけた。
（いっけぇ！！）
気合いと共に放たれた霊力は、狙いあやまたずに神機の中枢をからめ取った。
その途端、強烈すぎる手応えが返ってきた。そして神機は、九羅香から逃れよ
うと暴れだした。
「くっ・・・この！」
彼女は、暴れる神機をなだめるようにその力を受け流し、抑えようとした。
内心でそう呼びかけた九羅香だが、神機の中枢を把握しはじめると、神機が
暴れる理由が見えてきた。
何の事はない。神機には敦盛が接触してからずっとこの島の妖力が流れ込ん
でいたのだ。その量は、神機が自壊しかねないほどになっていた。
（この妖力をなんとかしないと・・・霊力が足りなくなる）
状況を判断した九羅香は焦りを感じた。このまま霊力切れという状態になれ
ば、再び神機に取り込まれてしまう。そうなれば、今度こそ助からない。これ
以上の助けが来るなど、どう考えてもありえないからだ。
（でも、どうすれば・・・？）
そう思った時、神機が彼女の「疑問」に応じた。それは言葉ではなく、彼女
の脳裏にイメージを送り込む形で成された。それを人間に分かりやすく言語化
すると、かつて観月がしたような広域破壊術をどこかに向けて撃つ、という事
になる。
（撃つって言っても・・・）
認識した瞬間、九羅香は躊躇した。別に撃つ事が怖かったわけではない。も
はや撃つ以外の手段が無いことは、彼女も理解している。だが、迂闊な撃ち方
をすれば、この洞窟が崩れて仲間達を押しつぶしたり、生き埋めにしてしまう
可能性があるのだ。
（どこに・・・撃つにしても、どこに向かって・・・）
焦る九羅香はその内心の思いを、自由を取り戻した口で呟いていた事に気付
かなかった。
九羅香の呟きを聞き取ったのは、彼女を支えるように寄り添っていた弁慶で
あった。
「え？撃つ？何をだ？」
一瞬、意味が分からなかった彼は、思わずそう口走った。だが、それもごく
わずかな間の事でしかなかった。何故なら、彼を含め九羅香以外の一同は１人
の例外もなく霊力を送る事に集中していて何かを撃つ余裕などない。さらに付
け加えると、今の九羅香には弁慶らを認識する余裕はない、と彼には思えた
（実際には彼女もおぼろげながら認識していたのだが）。だとすると、何かを
撃つのか九羅香自身だと判断された。そして、彼女が「撃つ」事が出来るもの
は神機しかないのだ（理子からは拳銃の携行を薦められたが、いざとなれば術
で対応出来るから、と断っている）。
ここで、彼が１度だけ神機の破壊力を見た経験が活きた。不完全な状態で京
の半分を吹き飛ばせるほどの威力を持つ神機を撃つ先は、注意して選ばないと
危険だと、咄嗟に思い至ったのだ。
（入り口・・・は駄目だな。あの破壊力がそのまま突き抜けて、どこを破壊す
るか知れたもんじゃない。近くの壁は論外だし、後は・・・）
弁慶の視線が天井を捕らえた。次の瞬間、彼は決断し九羅香に向かって叫ん
だ。
「九羅香、上だ！天井に向かって神機を撃て！！」
弁慶の叫びは、神機の制御に集中している九羅香にもはっきりと聞き取れた。
（上・・・）
神機の制御に集中しすぎているため、いささか判断力が低下していたが、そ
れでも彼の叫びに従うだけの事は出来た。
（神機よ・・・わたしの上、天井を・・・撃ち抜け！）
九羅香の思考に神機は忠実に従い、その身にため込んだ妖力を破壊エネルギー
に変換し、天井に向けて撃ち出した。膨大な破壊エネルギーは天井にあたる岩
に命中すると、その部分をほとんど一瞬で消滅させた。無論、そんな程度で都
の半分を一撃で吹き飛ばすほどの破壊エネルギーを使い切ってしまうわけがな
い。勢いを全く衰えさせぬまま、破壊エネルギーは岩を消滅させつつ、さらに
上へと突き進んだ。無論、岩の消滅により天井部分は脆くなり、周囲の崩落を
招き寄せた。だが、崩れた岩が落ち行く先は、破壊エネルギーの作り上げた穴
しかなく、しかもそこには未だ膨大な破壊エネルギーが満ちあふれているのだ。
結果、崩れた岩は自ら破壊エネルギーの奔流に呑まれ、一瞬で消滅するだけで
あった。当然ながら、下で神機を制御する九羅香や、彼女を支える一同には、
岩の破片さえ降ってくる事はない。
そんな風にして、洞窟の天井を破壊しながら上へ上へと突き進んでいた破壊
エネルギーだが、ついに天井にあたる岩盤を貫いた。その様子は、クルーザー
で待機していた理子やロクサーヌらにもはっきりと見て取れた。まぁ、目の前
の島から、いきなり極太の光条が上空へ向けて撃ち出される、という光景なの
だから、見落としようもないが。
「な、何なの、一体！？」
「さぁ・・・何にしても、神機がどうなったかの結論なら、もうすぐ出ると思
いますよ」
さすがに焦る理子に、ロクサーヌはいつも通りの落ち着いた態度で応じた。
「まぁ、私たちに向かって来なかった事から見て、九羅香さんたちが神機を押
さえたのは確実だと思いますけどね」
性別不明の怪しい吟遊詩人の判断は正しかった。
破壊エネルギーが岩盤を貫き、遙か上空へと放出されてからしばらくすると、
さすがに神機も妖力を使い果たしたらしく、破壊エネルギーの放出を終えた。
「終わっ・・・た、のか？」
静寂が辺りを包んだ事に気付いた弁慶が、おそるおそるといった風情で目を
開けた。神機が吐きだした破壊エネルギーの眩しさに、目を閉じていたのだ。
直後、九羅香の身体から力が抜け、彼にもたれかかってきた。
「九羅香？」
「べん・・・けい、終わった？」
「ああ、終わった。やったな、九羅香」
「そう・・・よかった・・・」
か細い声でそう呟くと、九羅香は意識を無くして崩れ落ちそうになった。
「お、おい！九羅香！！」
「九羅香様！！」
「お姉様！！」
その様子に、弁慶だけでなく紅葉と楓の姉妹も驚きの声を上げた。
「大丈夫です。神機を使ったので、疲れて気絶しただけです」
神機を使った経験を持つ観月がそう保証すると、３人の間にホッとした空気
が流れた。
直後、鈍い音と共に激しい揺れが彼らを襲った。
「地震か？」
「と言うよりも、前回のように、この島が沈もうとしているんじゃないでしょ
うか〜？」
与一の呟きに、静が別の可能性を指摘した。その可能性を、観月が支持した。
「ええ、そうですね。神機が失われた影響で、この島が存在を維持できなくなっ
て、沈もうとしているんです」
「げ、それじゃ早く逃げないとヤバいじゃないかよ！」
玲奈が焦って叫ぶと、一同の動きがにわかに慌ただしいものになった。
まず、弁慶が気絶した九羅香の身体を横抱きに抱える。要するにお姫様だっ
こというやつだ。それを見た楓が、何か言いたげに弁慶をにらみ付けたが、口
に出すことはしなかった。何よりも脱出が優先と心得ているからだ。
一方、紅葉は今回の目的が達成されたか確認にかかった。
「神機の封印は！？」
「大丈夫です。九羅香さんが持っています。封印とは違いますが、他の人には
使えなくなっているので、問題はないでしょう」
観月の答えに、彼女は１つ頷いた。そして、この状況でもペースの変わらぬ
静が指示を出す。
「与一さん、玲奈さん、先に行って危険の有無を確認して下さい〜」
「分かった」
「まかせとけ」
２人は同時に頷いて、洞窟を先行する。崩落の危険がないか確認するためだ。
「それじゃ、みなさん。行きますよ〜」
静の声と同時に、残る全員が駆けだした。
その頃、弁慶の腕の中で気絶している九羅香は、再びあの弁慶と将門に会っ
ていた。
「終わったのかな？」
『はい。お見事です、九羅香様』
彼女の問いに、あの弁慶は頷いた。
「神機は・・・」
『さっきの一撃であらかたの力を使い果たして、大人しくしている。九羅香殿
の霊力では、あれの力も大幅に制限されるだろうから、心配いらんよ』
「よかった・・・」
将門の答えに、九羅香はほっと息をついた。彼女自身が神機の所有者になる、
という当初の予定とは大きく違う結果になったにせよ、目的はある程度果たさ
れたのだ。安心するのは当然だろう。
そんな風に安堵していると、意外な人物の意外な言葉を耳にした。
『さて、そろそろ神田に帰るとするか』
「へ？」
将門の意外な言葉に、九羅香の目が点になった。
『そんなに驚く事でもあるまい？奉っている場所はあそこなのだからな』
「で、でも・・・失礼だとは思いますが、怨霊と呼ばれる人の言葉ではないよ
うに思うんですが」
『はは、これだけ世の中が移ろっては、恨み辛みも意味を成さぬわ』
九羅香の何とも妙な主張に、将門は軽く笑って応じてみせた。
『では、さらばだ』
そう短い挨拶を投げかけると、彼の姿は急激に薄らぎ・・・そして消えた。
将門の消えた場所を見つめる九羅香に、今度はあの弁慶が声をかけた。
『それでは九羅香様、私もこれで』
「弁慶も？でも、弁慶は怨霊とかいうわけじゃないのに・・・」
『だからです。私はただの守護霊にすぎません。将門殿の力と神機の力のおか
げで、ようやくあなた様と話せたのです。それらが失われた今、もはや話す
ことも姿を見せ続ける事も出来ません』
「そうなんだ・・・」
あの弁慶の言葉に、九羅香は悲しげに頷いた。だが、自分ではどうしようも
ない事も分かっていた。だから、彼女は表情を打ち消すと、その胸にわき起こっ
た悲しみとは別の感情を込めた一言を彼に伝えた。
「弁慶・・・ありがとう」
この一言に、すでに消えかけていた弁慶は一瞬だけ表情を驚きのそれに変え
た。そして消える直前、彼は嬉しそうに一礼した。
九羅香が意識を取り戻したのは、あの弁慶が姿を消した、ちょうどその時で
あった。
「ん・・・」
小さいうめき声と共に、彼女は目を開けた。その動きに真っ先に気付いた楓
が、歓声を上げて抱き付いた。
「お姉様！」
「わっ」
九羅香にとって不意打ち同然の抱き付きは見事に成功し、楓は思う存分に九
羅香の身体に自分のそれを擦りつけた。そこへ、弁慶が苦笑混じりに声をかけ
た。
「九羅香、目は覚めたか？」
「うん・・・あ、ここはどこ？」
「ここはアシェアラ様のクルーザーです、九羅香様」
側に控えていた紅葉が即座に答えた。続けて、弁慶が問いを重ねた。
「神機を上に向けて撃った事までは覚えているか？」
「うん」
「その後、お前が気絶した上に、あの島がまた沈みそうになったんで、急いで
こっちに戻ってきたってわけだ」
「そうなんだ・・・」
２人がかりの説明に九羅香は頷いた。少しの間、その説明を自分の記憶と照
合するために黙り込む。そこで、１つだけ気がかりが生まれた。
「あ、そうだ。神機は？神機の封印はどうなったの？」
それに答えたのは観月であった。
「九羅香さん。九羅香さんは神機を、完全な制御下に置かれた・・・そう判断
して間違いありませんか？」
「えっと・・・うん。確かに制御していた。自分で撃った覚えがあるし」
「でしたら、神機は九羅香さんの身体の中に存在するはずです」
「え！？」
観月の思わぬ一言に、九羅香は思わず叫んでしまう。が、観月は構わず話を
進めた。
「九羅香さん、右手で太刀を持っている姿を思い描いて下さい。そして、その
右手に霊力を集中してください」
「え、た、太刀？」
戸惑いながらも、九羅香は観月の言うとおりに右手に太刀を持つ姿を脳裏に
描き、術を使う時と同じように右手に霊力を集中させる。すると・・・
「うわっ！？」
突然、右手に重さが加わった。そこには、明らかに九羅香のものとは異なる
太刀、それも古いものであるからか片刃の剣と言った方が正しそうな太刀があっ
た。
「これって・・・」
「はい、神機を形作るものの１つ、草薙の剣です」
九羅香に向かった、観月は頷いて見せた。
「つまり、神機は九羅香さんを自らの所有者として認めた、という事です」
「それでは、封印は成されていない、ということでしょうか？」
リュートをつま弾きながら、ロクサーヌが最も大事な点を質した。
「いいえ、予定とは違いますが、封印されています」
「と、言うと？」
確信を込めた観月の強い回答に、性別不明の吟詠詩人はさらなる説明を促し
た。
「まず、神機は九羅香さんを所有者として認めました。神機の所有者は１名限
りなので、九羅香さん以外の人にはもう使えません。このため九羅香さん以
外の人に対する封印は成されたと言えます」
「なるほど」
「さらに、人ひとりの力では、このように神機を呼び出すのがせいぜいで、先
程のような攻撃はできません。その意味では九羅香さんに対しても封印が成
されている、と言えるのではないでしょうか？」
一通りの説明を受けたロクサーヌは「ふーむ」と考え込んだ。が、それも数
秒で終えると、いつもの態度で結論を口にした。
「まぁ、そういう事なら、封印した、と思いましょう」
直後、与一と玲奈の２人が大きく息をついた。
「やれやれ、これで一安心だぜ」
「まったくだな。これで『封印していない』と言われたあげくに決裂などとなっ
たら、ぞっとしない事態になっただろうからな」
２人とも、そうなった時に備え、今まですぐに戦えるように身構えていたの
だ。そんな物騒な言葉に、ロクサーヌ達が反応を示すより早く、静がポンと手
を合わせた。
「なにはともあれ、これで神機の件は本当におしまいでね〜」
「ああ、終わりだ。早く帰って、宴会しようぜ」
弁慶はのびをしながら、お気楽にのたもうた。
ここに、８００年の時をまたいだ神機にまつわる物語は完結した。
もっとも、現代に残りざるおえない九羅香達の物語は、まだ続くのではある
が・・・
なにがしかの話に続く
後書き
松です。「少女義経現代伝−決着−」をお届けします。
やれやれ、ようやく神機封印編が完結しました。
今回はあえて「決着」としました。「決戦」ではない理由は読めば明白です
よね？
何しろ、敦盛とは一度も戦ってません！(笑)
もっとも、これは当初からの予定通りです。
敦盛では、神機に耐えられず自滅するだろうと思っていたもので(笑)
予定外だったのが将門。あんなに飄々とした御仁になる予定はなかったので
すが・・・どこで間違ったんだろう？
さて、神機封印が終わったので、今後は、九羅香達が現代で生きていく、コ
メディになるかと思います。
ま、特にシリーズというわけでもないので、思いついたら書く、という形式
になるでしょうが。
それでは、こんなところで。
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松