少女義経現代伝−時代格差、デブリ−
これは、神機を封印してからしばらく後のお話し。
「なぁ、弁慶。デブリって何だ？」
新聞を読んでいた玲奈は、弁慶の姿を居間に確認するやいなや、そう問いか
けた。
「デブリ？」
弁慶は思わず問い返した。唐突な質問の意味を飲み込めなかったのだ。
「ほら、これの事」
玲奈はそう言いながら、その記事を指し示した。そこには『大量のデブリが
衛星軌道から消失』という見出しの記事があった。これで弁慶にも質問の意味
が飲み込めた。
「ああ、デブリって、宇宙のゴミの事か」
そう頷くと、彼は玲奈の対面に座った。それが、現代の事を彼女達に教える
時にとる、彼のスタイルである。そういう体勢をとった弁慶が、口を開いた。
「前に宇宙と人工衛星の話はしたよな？」
「ああ、あれだろ？すっごく速い物は地球の周りを落っこちながらくるくる回
り続けるってやつ」
玲奈は赤い瞳を天井に向けつつ、ピンと立てた右の人差し指の先でくるくる
と円を描きながら頷いた。
いささか、妙な表現ではあるが、人工衛星というものを的確に表現している。
何しろ、人工衛星が地球の周りを回る、つまり「地球を中心とした円運動」を
行えるのは、地球の引力に引っ張られる−実も蓋もなく言えば落っこちる−か
らである。
まぁ、それはそうと、彼女の答えに弁慶は満足そうに頷いた。
「そうそう。ちゃんと覚えていたな」
そんな彼に、玲奈は疑わしげな視線を投げつけつつ先を促した。
「で、人工衛星とデブリと、何の関係があるんだよ？」
「ああ、人工衛星もデブリも、同じ理屈の物だからな」
「はぁ？」
弁慶の説明に、玲奈は途端に眉を上げた。弁慶の言った「宇宙のゴミ」と
「人工衛星」が同じ理屈というのが、どうしても納得できなかったからだ。
「つまりだ、地球の周りを一定以上の速度で回っている物体、って意味じゃ同
じ物、ってことだ」
「ふーん。じゃ、どうして呼び方が違うんだよ？」
「廃屋と誰かが住んでいる家は、同じ建物でも呼び方を変えてまで区別するだ
ろ？それと同じだ」
「なるほどな・・・ところで、どっちがどっちなんだ？」
「もちろん、廃屋の方がデブリだ」
これ以上ないほど明快に、弁慶は断言してみせる。そのまま人工衛星とデブ
リの違いについて説明を始めた。
「人工衛星ってのは、前にも説明した通り、何か目的をもって地球の周りを回っ
ている。で、その目的のために、地上から衛星を制御している連中がいる」
「ふんふん」
「これに対して、デブリは誰も制御していない。というか、出来ない存在なん
だ」
「なんでだよ？人間が打ち上げているのは衛星だけなんだろ？だったら、普通
は制御出来るはずだろ？」
彼の説明に素朴な疑問を感じた玲奈は、そう問いただした。
「その打ち上げた衛星がぶっ壊れたりすれば、制御不能になるだろ？」
「あ、そっか」
納得した玲奈に、弁慶はさらに原因を上げていく。
「他にも、打ち上げ時のロケットから部品が落ちて偶然デブリになったとか、
修理の時にうっかり部品を落としたとか、あとわざと破壊したりとか」
「わざと？」
「ああ、これも前に説明したけど、衛星の中には軍事用に使われているやつも
ある。これが邪魔な連中が攻撃して破壊出来るか、その実験をやったりして
な。この間も、それをやって、非難された国があったっけな」
髪をかき回しながら、ふと思い出した事を弁慶は付け加える。いささか話が
脱線気味になっている事に気付いた玲奈は、話を戻しにかかった。
「まぁ、デブリってのがどうして出来るのかは分かったけどよ、それが何でこ
んなに話題になるんだ？どう聞いても、そんなに気にするものじゃなさそう
だけど・・・」
玲奈がそう考えるのも無理はない。弁慶の説明通りなら、デブリの大半は小
さい部品か破片である。そんなものが多少あってもたいした問題にはならない、
と思うのが一般的な感覚である。だが、人工衛星という代物はそんな感覚で捉
えてよいものではないのだ。その事を示すように、弁慶は肩をすくめた。
「そりゃ、デブリも人工衛星も、動いていないなら、問題にはならないだろう
さ。けど、衛星がどんだけのスピードで飛んでいるか覚えてるか？」
「ええっと・・・確か、音の速さの２３倍、だったっけ？マッハ２３って言っ
てたよな？」
「そんな速さだとな、ネジ一本でも人工衛星を壊せるんだぞ」
下唇に人差し指を当てながら、思い出すために天井を見上げつつ答えた玲奈
に、弁慶はあっさりと、だがわりとすごい事実を伝えた。
「え゛？」
嘘だろ、と言う代わりに、玲奈は顔を引きつらせながら、弁慶を凝視した。
だが、わずか数十グラムほどの拳銃弾でも、火薬の爆発で加速すれば人体を
貫けるように、高速で移動する物体というものは、それだけで十分な破壊力を
持つのだ（これは、速度の二乗に比例して大きくなる運動エネルギーが破壊力
に直結するため）。
「さらに言うとだな、デブリで壊れた衛星もデブリになるし、壊れる時にバラ
バラになれば、その破片もデブリになるんだよな」
「てことは、１つの衛星から数百とか数千のデブリが？」
「ま、衛星軌道に残れるのは、せいぜい数十だろうけどな・・・それでも、デ
ブリがどんどん増えるって事には変わりはないよな」
この説明に、玲奈はげんなりとなった。
「うへぇ、そんな調子で増えるんなら、確かにデブリだらけになるよな」
「そういうこった。だから、学者さんなんかは、このままだと宇宙に行く事も
衛星を打ち上げる事も出来なくなるって警告するようになって、デブリの事
が広く知られるようになったってわけだ」
「なるほど」
「で、そもそもなんでデブリのことなんて聞いたんだ？」
玲奈が納得したと見て、弁慶は自分の疑問を口にした。これに対し、彼女は
新聞記事を指し示しながら答えた。
「ああ、ここにデブリの記事が出てから、何だろうって思ってさ」
「どれどれ」
玲奈の指先が指すその場所には、それほど大きくはないが「大量のデブリ、
突然の消失」という見出しが書かれていた。その内容を読み進むうちに、弁慶
の頬を嫌な汗が伝った。無理もない、弁慶らがあの妖魔の島で神機を封印した
日、日本上空を飛んでいたデブリが突然消滅した−正確には追跡していたレー
ダーに反応しなくなった−という内容の記事だったのだから。しかも、ご丁寧
に消滅した細かい時刻や推定される緯度と経度まで掲載された。
それらの記事は、ちょうどあの妖魔の島で、弁慶ら（正確には九羅香）が神
機を封印するために、ため込んだ妖力をはき出すために天井に向けて撃ったそ
の時に、その上空にあったデブリが消滅した事を裏付けていた。
「ま、まさか、な・・・」
それらの証拠が示す可能性を否定したくて、やや引きつった表情で呟く弁慶
に、玲奈は怪訝な顔で問い掛けた。
「何が『まさか』なんだよ？」
「いや、そのな・・・」
問われた弁慶は非常に答えにくそうに口ごもったが、ややあって意を決した。
「この記事を読んでいると、このデブリが消えたのって、オレたちが妖魔の島
で神機を封じていた時みたいだろ？」
「ああ、日付も時間もぴったり一緒だな」
「その上、位置も同じ。それで、だ。ちょうどその時って、神機を上に向けて
ぶっ放しただろ？」
「あ・・・」
弁慶が何を言いたいのか察して、玲奈が短い声を上げた。
「まさかとは思うけど、神機のあれが衛星軌道まで届いて、デブリを消し飛ば
したんじゃないかなー、ってな・・・」
「あ、あはは、ま、まさか・・・」
弁慶の指摘に、玲奈は顔を引きつらせながら乾いた笑いと共にそう応じた。
「そーだよなー、あ、あはは・・・」
そして、弁慶もまたつられるように乾いた笑いで応じた。
「あはははは・・・」
「はっはっは・・・」
この現実逃避のための乾いた笑いあいは、当の九羅香が来るまで、延々と続
いたのであった・・・
終わり
後書き
松です。「少女義経現代伝−時代格差、デブリ−」をお届けします。
以前より言っていた、８００年前から現代に来た九羅香達に現代の知識を教
える「まんがサイエンス」風味な話です。
今回は、神機封印話を絡めてみました。
ま、オチは何とはなしに思いついたもの。むしろ、オチのためにデブリの話
を書いたとも。
でも、最近ハマっているリリカルなのはシリーズの砲撃魔法なんて、明らか
に衛星軌道まで到達していそうですし、あの破壊力なら、デブリをどこかに吹
き飛ばしてそうに思うんですけどねぇ。
さて、この手のものでやって欲しいネタがあったら下さい。何とか書きます
んで；（まんがサイエンスでやったネタなら、大変楽なので歓迎です(笑)）
それでは、こんなところで。
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松