橘由羅は、よく宴会をする。場所は自分の家だったり、さくら亭だったり、
ラ・ルナだったりするが、何かにつけて宴会を開いては酒を飲んで騒いでいる。
そして、その度にデアリングを誘っている。
作ったばかりの魔力剣でライシアンハンターを撃退した翌日も例外ではなく、
デアリングは由羅の家の宴会に誘われたのだった。
「ふう・・・・」
結構な人数による宴会の熱気から逃げ出したデアリングは、由羅の家の縁側
に座って、月を見上げながら一息ついた。右足は縁側から下ろし、左足のひざ
を立てて、その上に米酒のコップを置いたまま、柱にもたれているという、良
く言えばリラックスした、実も蓋もなく言うとだらけきった姿勢である。
部屋の中からは由羅が誘った面々の笑い声や悲鳴（無論、声の主はクリスと
リオ）が漏れ聞こえてくる。
そして、庭に視線を転じれば、いつもと同じ静かな光景が広がっている。そ
こには、昨晩、由羅の身柄を賭けた戦いがあったなどという痕跡は見出せない。
「世はなべて事もなし、か・・・」
何とはなしにそう呟いて、米酒を口に含む。透明な酒を舌の上で転がしなが
ら月を見上げると、不意に苦笑が浮かんだ。
（よく言うよなぁ・・・）
確かに、昨夜は「事もなし」どころか、正体不明のハンターと命がけの戦闘
を演じた者が言う事ではない。
だが、それでも「事もなし」としなければならないのだ。ここで「自分達が
戦った相手は正体も背後関係も不明で、また新手が来るかもしれない」などと
言うのは、相手（特に由羅）に不安を与えるだけで、無意味どころか有害な行
為なのだ。
（とは言うものの・・・）
知っているくせに知らないふりをするのは、結構骨の折れる行為である。親
しい相手に対しては特に。必要だからとは言え、隠し事をしているのは確かな
のだから。
デアリングはこの手の隠し事には慣れている。だが、隠し事をしていること
に何も感じなくなるほど鈍くもなっていない。だから、こんな風に１人で酒を
飲んでいる時には、自身の行いを省みて、自嘲したくもなるのだ。
そんな思いを抱いていると・・・
「デアリングクン」
不意に明るい声が降ってきた。
「ん？・・・ああ、由羅か・・・」
「どうしたの？こんなところで」
「ちょっと、静かに月見酒でも、と思ってね。君は？」
「あたし？あたしはこれをとってきたの。とっておきの１本なのよね〜」
そう言って取り出した酒瓶にほおずりする。何となく匂い付けをする猫のよ
うにも見える。まぁ、ライシアンの耳や尻尾はどちらかというとキツネだが。
「デアリングクンも飲む？おいしいわよ」
「遠慮なく、いただくよ」
そう応じたデアリングは残りを一気に飲み干すと、そのコップを差し出した。
由羅が注いでくれたお酒は、彼女が「とっておき」というだけあって美味い
酒であった。何より飲みやすかったのでつい杯が進み、あっという間に３杯飲
み干してしまった。
そんなデアリングに、由羅は呆れと感心を混ぜ合わせた口調で言った。
「デアリングクンって、意外とお酒強いのねぇ」
「そうかい？そもそも、そんなに飲んだりしないから、分からないけど・・・」
「だってこのお酒、結構強いのよ」
由羅はちょっといたずらっぽい笑みを浮べて続ける。
「女の子を落とす時、ほろ酔い気分にするのによく使うのよね〜」
「そんなのを私に飲ませてどうするんだよ・・・」
デアリングは軽く頭を振りつつ、苦笑を浮べた。いつもの冗談か悪戯のつも
りの反応であった。が、由羅は冗談に済ませたりはしなかった。
「デアリングクンを酔わせようと思って、ね」
「由羅？」
「酔えば、少しは口が滑るんじゃない？」
引っかかるものを覚えてデアリングが視線を走らせた先には、いつものよう
に茶目っ気を感じさせる笑みを浮べた由羅の顔があった。ただ、その笑みには、
いつもと異なる真剣な、あるいは気遣うような気配がわずかに混ざっていた。
「今だったら、『酒に酔った上での過ち』で済むんだから、言いたい事を遠慮
なく言ったんさい」
デアリングの腕をつつきながら、笑いを半分以上混ぜた口調でそう言ってき
た。だが、彼はそんな由羅の誘いに乗らなかった。
「酔った程度で話せるような軽い事なら、しらふの時に言ってるって」
「軽くなくたっていいわよ。聞き流してあげるから」
軽い調子で言ってみせる由羅に、デアリングも軽い調子で返した。
「軽くないことなんて言えないって。心配してくれるような大切な人を、ます
ます心配させるだけだからね」
「じゃ、どうでもいい人なら？」
「そんな人に言うほど、恥知らずになれないって」
「・・・誰にも言わないのね」
「そう。そんな事は誰にも言わずに、墓に持っていくものだと思っているよ。
ところで・・・」
憂い顔になってしまった由羅に対し、デアリングは話題を切り換えた。
「さっきから景色が揺れて見えるんだけど、どうしてだろうね？」
「・・・デアリングクン、それ、キミが揺れているせいじゃない？」
「あれ？私、揺れてる？」
「そうよ。もしかして、気付いてないの？」
「うん」
「・・・実は酔ってるんじゃないの？」
「そうかも。今まで酔った経験ないし・・・っ！？」
突然、上半身が後ろに倒れそうになり、言葉が途切れる。さすがに、由羅に
ぶつかるような事だけは、左手をつくことで防いだが・・・
「あらら〜完全に酔ってるわね、これは」
感心したように言うと、由羅は茶目っ気よりは慈愛の色が濃い笑みを浮べる
と、彼の左手を素早く払った。
「お！？」
突然の事にデアリングが反応できないでいる内に、由羅は素早く彼を寝かせ
た。無論、彼の頭が崩して座る自分の太ももに来るようにして、である。
「由羅？」
「このまま寝ちゃっていいわよ。こんな調子じゃ、寮まで帰れないでしょ？」
「・・・ああ・・・」
デアリングは素直に頷くと、そのまま目を閉じた。そんな彼の頭を優しくな
でながら、由羅はささやいた。
「おやすみなさい
続けて、小さく、デアリングにも聞こえないくらい小さくささやいた。
「・・・いつもありがとね」
互いに隠し事をしているのを承知の上で、何事もないかのように振舞う２人
の夜は、こうして更けてゆく・・・
ＥＮＤ
後書き
松です。「酒宴」をお届けいたします。
「光の剣」のラストに入れる予定だったお話です。
ついでに、「ある朝」に続くまったりＳＳ第二弾でもあります（笑）。
タイトルそのままの、酒飲んで・・・のお話です。
ちなみに、デアリングと由羅、それぞれがどれだけ隠し事をしていて、しか
も相手が「隠し事を知っていながら知らない振りをしている」かは、私も考え
てないです（待て）
ただ、ライシアンハンターの存在や、彼らとの暗闘に関しては「察していて
も言わない」くらいの心遣いが出来る２人だとは思っていますけどね。
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松