グローウォームの冤罪事件も解決し、無事ローレンシュタインに留学したシ
ーラ。先だっての発表会では見事な演奏を見せ、一部の教師達からは「飛び級
させても良いのでは？」という声が出るほど、彼女の成績と評判は良かった。
しかし、彼女を快く思わない人間も少なくはない。「エンフィールドなんて
田舎の娘なんて」とシーラを見下していた人々がそれにあたる。この手の人間
は他人を見下すか従えるかしないとプライドを保てない。なお始末が悪いこと
に、相手が少しでも優れていると察知すると、足を引っ張ってでも貶めないと
気が済まない、という面を持っている。
そして、そういう「始末の悪い連中」の一部がローレンシュタインの音楽学
校の一角で何やら話し合っていた。
「いまいましいわね・・・あの男の妨害のせいで、あの２人が退学させられる
し・・・」
「あの男、絶対シーラに頼まれたに決まってますよ」
あの娘、とは先の発表会でシーラの妨害をしようとした３年生２名を学校側
に突き出したグローウォーム（冤罪事件解決から半年後、何故か旅に出た）の
ことである。
無論、シーラとグローウォームの間に密約などない。シーラからの依頼さえ
ない。ただ、いくつかの偶然とグローウォームの手出しが重なった結果なのだ
が・・・
「つまり・・・通り一遍等な手段じゃ、あの娘に恥をかかせるなんて出来ない
ってことね・・・こういうのはどうかしら？」
あまりのタイミングの良さが彼らのそのような邪推を招いた。そして、その
邪推に基づくまま、彼女らはさらに悪辣な−あるいは卑劣な−手段を考案した。
「そ、そこまで・・・」
その「手段」を聞いた１人が、あまりの悪辣さに鼻白んだ。だが、考案した
当人は平然たるものだった。
「何？おじけづいたの？あんな田舎娘がどうなろうと、知ったことじゃないで
しょ？」
この一言に誰も抗う事が出来ず、悪辣な案は実行に移されたのだった・・・
密談の２日後・・・
シーラは親しい上級生の使いを名乗る者に案内され、ローレンシュタイン郊
外のバンガローに来ていた。
だが、そこには当の上級生の姿は無く、代わりに武器を持ったガラの悪い男
どもが待ち構えていたのだ。
「！？」
驚いたシーラが外へ飛び出すより早くドアが閉められ、上級生の使いを名乗
った男が彼女の両手首をつかんだ。
「な、何をするんですか！？」
「くっくっく、悪く思うなよ。これも依頼でねぇ。あんたが徹底的に辱められ
るのを見たいって奴がいるのさ」
「何を・・・どうして・・・」
「ふん、田舎者のくせに目立ったあんたが悪いと思って、せいぜい楽しむんだ
な」
「そう・・・」
シーラはポツリと呟いた。うつむいていたがゆえに、男どもには分からなか
ったが、彼女の口元にははっきりと笑みが浮かんでいた。それも絶望のあまり
浮かんだ、笑うしかないという笑みではない。無論、なぶり者にされるという
事に対して被虐的な喜びを見出したゆえの笑みでもない。「清楚なお嬢様」と
言って良い彼女にはいささか不似合いな、不敵な笑みであった。
「・・・なら、遠慮はいらないですね」
心底嬉しそうにシーラは呟いた。
同時刻、男どもの黒幕というべき上級生達は、バンガローの側に来ていた。
シーラがなぶりものにされるのを見て、嘲笑ってやろうというのだ。救いよう
がないほどの性根のねじ曲がりぶりである。
そんな面々が、足音を殺して（本当はその必要がないほど内部は喧騒に満ち
ていたが）入り口に近づいた時、ドアを突き破って体重１００キロは超えてい
そうな大男が吹っ飛ばされてきた。
「う・・・」
軽いうめき声を上げて起き上がろうとするも、わずかに体を震わせただけで
力尽きたらしい。そのままガックリと動かなくなる。その時、手にしていた木
刀が手から離れたが、それは半ばからへし折られていた。
「な・・・仲間割れでもはじめたというの？」
その光景を見て、リーダー格の上級生がうなった。そう思っても無理はない。
何にせよ、中の様子を確認しないわけにはいかない。彼らは注意深く中をのぞ
きこみ・・・そこで絶句してしまった。
そこでは惨劇が展開されていた。シーラにとって、ではなく男たちにとって
の、である。
「やっ！たーーーっ！！」
「ぐがっ！！」
また１人、シーラに胸板を蹴られて壁に頭から叩きつけられた。その背後を
狙って、男が角材を振り上げる。だが、シーラは落ち着いて回し蹴りを放ち、
その角材を半ばから２つに折ってのける。
「なっ！？」
驚く男に、すかさずシーラは近接し容赦ない肘打ちを叩き込んだ。
「ぐっ・・・」
鈍いうめきを上げた男は体を「く」の字に折ったかと思うと、そのまま床に
沈み込んだ。
「４人目！」
半分を倒したシーラは、自らを鼓舞するように語気鋭く叫ぶ。その声に、男
どもは明らかに怯みの色を見せた。
男どもはこの依頼を「楽な仕事」と見ていた。世間知らずの無力なお嬢様を
武器を見せてちょっと脅せば、後は好き勝手のし放題。そう見ていたのだ。
だが、今現在「好き勝手のし放題」をしているのは「世間知らずの無力なお
嬢様」であるはずのシーラであった。彼女は、一方的に男どもを翻弄し、文字
通り蹴散らしていた。とにかく捕まえて床に押し倒してしまえば、力の差で勝
てるのだが、それが出来ない。彼女は実に巧みに動き回り、男どもに組み付か
れるような事態を避けていたからだ。
ともあれ、一方的に翻弄されているという事実は、男どもの焦りを誘った。
たかが「無力なお嬢様」１人押さえる事が出来ないとあっては、こんなおいし
い依頼を回してくる依頼人からの信用に関わるからだ。
（必ず押さえてやる）
焦りながらもそう決意した男どもは、陣形を整えた。シーラを半包囲するよ
うに広がったのだ。もっとも、今までのように互いの連携が取れなくなるよう
な広がり方ではない。しかもその半包囲網は二重になっており、中央突破を図
ればすぐにでも捕らえられるようにしてあった。
これに対し、シーラはあえて中央突破を図った。自分の体力、その他の要因
から、左右どちらかを選んで攻撃し連戦するよりは、慎重な一撃離脱の方が戦
いやすい、と判断したからだ。
「行きます！」
気合いの声と共に、正面の男に向け突撃する。突撃された男は、シーラの蹴
りを警戒して身を低く構えた。だが、それはシーラにとって好都合だった。
「はーっ！！」
シーラは床を蹴って低く構える男の背中に飛び乗ると、その背中を踏み台に
して再び跳んだ。
「お、俺を踏み台にしたぁ！？」
その反動でつんのめった男は絶叫すると、そのまま顔面から床に突っ込んで
のびてしまった。
一方のシーラはそんな男には目もくれずに、目の前の男に飛び蹴りを加えよ
うとした。だが・・・
（まだ、後ろに！？）
そう、彼女が狙った男の後ろに、別の１人が滑り込んできたのだ。このまま
やれば、滑り込んできた男に捕まってしまう。
（それなら！）
シーラは飛び蹴りの姿勢を改めた。そして、狙った男の顔を、再び踏み台代
わりにして、両足で蹴り飛ばしたのだ。
「ぶっ！！」
顔面を蹴飛ばされた男は勢い良く後ろへ飛ばされ、滑り込んできた１人を巻
き込んで壁に激突した。打ち所が悪かったらしい。そのまま２人そろって気絶
してしまった。
一気に３人を片付けたシーラは、蹴り飛ばした反動で後ろへと跳んでいた。
体勢を整えるために大きく一転するときれいに着地してのける。そこへ、最後
の１人となった男が雄叫びと共に突っ込んできた。
「うおぉぉぉぉっ！！」
半ば自棄なのだろうが、それでも逃げ出さないという事実は褒めても良いか
もしれない。
もっとも、無謀でもあった。結果から言うならこの男は、ただちに逃げ出す
べきだった。そうすれば、シーラのハイキックをあご下に食らい、床に沈まず
に済んだであろうから。
一方、着地地点から一歩も動かずに最後の１人を倒したシーラは大きく息を
つくととんでもないことを口走った。
「はぁ・・・もろかったわねぇ・・・もう少し歯ごたえあるのかと思って期待
したのに」
男どもは気絶していて幸せというべきだろう。もしこの呟きを聞いていたら、
間違いなく卒倒していただろうからだ。
一方、すぐ側まで来ていた上級生達は徹底的に幸運から見放されていた。つ
まり、シーラの呟きを全部聞いてしまったのだ。上級生達は真っ青になった顔
を互いに見合わせた。
「な、な、なんなのよ！あの娘は！！」
「し、知りませんよ〜」
「とと、とにかく、ここから離れないと・・・」
見つかったりして、男どもとの関係を知られたら、身の破滅である。そう判
断して逃げ出そうとしたのだが・・・
「あら、先輩方、どうしたんですか？」
手遅れであった。いきなり至近から声をかけられた上級生達は、腰を抜かさ
んばかりに驚く羽目になった。
「いいいい、いやその・・・」
驚きのあまり、意味のない事を口走る。思いっきり挙動不審であったが、シ
ーラは特に気にしない事にしたらしい。
「あ、そうだ！」
「な、何？」
「あの・・・この街に闘技場ってありませんか？それも闘技大会を開いている
ような」
「は？」
唐突な、しかもシーラの外見や物腰には全くそぐわない質問に、上級生達の
頭は真っ白になってしまった。それに構わず、シーラの言葉は続く。
「今まで格闘技の試合をずっと我慢していたんですけど・・・この人達と戦っ
たおかげで押さえが利かなくなっちゃって」
真面目な表情と口調で語るシーラを、上級生達は顔面を脂汗だらけにしなが
ら見つめつつ思った。
（こ、この娘、とんでもない雌狐だ）
無論、これは上級生達の勘違いである。シーラはあくまで、自然に振舞って
いるに過ぎない。だが、重要な点は、シーラが故意か無意識かという点ではな
く、上級生達がこう思った点にある。
（こ、この娘には勝てない）
この一件以降、シーラに対する嫌がらせの類はパタリと止んだ。おかげで、
彼女は卒業するまでの残りの期間を極めて快適な学校生活を過ごすことになる。
また、この日を境にローレンシュタインにおいて、どこからともなく現れ犯
罪組織を１人で壊滅させる少女が出没するようになる。その少女のことを、裏
社会の住人達は「黒髪の魔女」と呼んで恐れるようになるが・・・シーラと関
わりあるか、関係者一同は口を閉ざして語らない・・・・
ＥＮＤ
後書き
松です。「ローレンシュタインのシーラ」をお届けします。
リハビリＳＳ第二弾です(^^;
まーた、格闘家シーラモードで書きました；
完膚なきまでの「やまなし、おちなし、いみなし」ＳＳです。
まぁ、お楽しみいただければ幸いです。
それでは、こんな所で。
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松