シェフィールド家の１人娘にしてピアニストの卵であるシーラ・シェフィー
ルド、並外れた怪力と全く魔法が使えないという個性を持ったエル・ルイス。
ジョートショップで働き始めるまで、両者の間に接点は全くなかった。もっと
も、それはジョートショップで働くようになっても同じであった。
音楽や舞踊など、あるいはパーティの準備など、屋内向けの仕事がメインの
シーラに対し、エルはもっぱら力仕事を担当する。同じ依頼をこなすことさえ
滅多にないのだ。加えて、エルには（マリアとの付き合いから来る）「お嬢様」
に対する偏見があり、シーラにも「怖くはないが不愛想」なエルに近づきがた
いものを感じていた。
が、両者にある心理的距離は、ある一件をきっかけに大きく縮まることにな
る。もっともそれは、エルやグローウォームにとって、いささか頭の痛い事態
を伴っていたのだが・・・。
これは、その一件の記録である。
その日、１２月２２日の朝。ジョートショップ・・・
「リヴェティス劇場から２件の依頼が来ているんだけど・・・それぞれ、エル
とシーラに行って欲しいんだ」
いくらか申し訳なさそうに、グローウォームはそう言った。その依頼内容は
剣舞の相手とピアノ奏者、確かにエルとシーラに向いている仕事である。だが
・・・
「アタシと・・・シーラとか？」
エルがどちらかというと再考を求める口調で確認する。別にシーラを嫌って
いるワケではないが、軽い引っかかりを感じる相手だ。シーラにしても、パテ
ィのように親しい仲ではないエルと行くのは遠慮したいのではないか。そう思
ったのだが、グローウォームもやむおえない理由があって、この決断を下した
のだ。
「ああ、頼む」
「言っちゃなんだけど、アタシよりお前が行った方が良くないか？」
「それがな、俺は山賊狩りをしなきゃならなくてね・・・」
そう、この日ジョートショップには誕生の森にほど近い住民から「山賊狩り」
を依頼されていた。本来なら自警団に回るべき依頼だが、その自警団はすでに
他の依頼や討伐命令を受けて、山賊狩りを担当できる第一、第三の両部隊共に
出払ってしまっていたのだ。
このような場合、通常であれば警邏を担当する第四部隊が被害多発地域の警
備を固めて被害を最小限に食い止め、その間に出払った部隊を呼び戻す、とい
う手法を取る。
ところが、グローウォームがジョートショップに居着いてからは、このよう
な時、彼に頼むようになったのだ。
未だ居着く前の「２０名近い山賊を返り討ちにした」という武勇伝が、少し
でも早く平和を取り戻したい住民の期待の種になったのが、その原因である。
無論、グローウォームが実際にその種の依頼を受けて失敗した例が一度もな
いこともその一因になっている。
ともあれ、最近のジョートショップではそれほど不思議というわけでもない
依頼に、グローウォームは行かねばならなかった。別にリサや他のメンバーに
任せてもよさそうなものだが、彼はこういう戦闘が関わる依頼には常に出向い
て、その指揮を取っていた。別に他のメンバーを信用していないわけではない。
無理を言って手伝ってもらっているメンバーの命を危険にさらす依頼には、自
分も出向いてその安全を確保しなくてはならない、とかたくなに思っているの
であった。
そういった辺りの心理を知っているエルは、今度は別方面からの攻略にかか
った。
「それならリサは？アタシよりはシーラだって気楽だろう？」
さくら亭の半住人であるリサとシーラは、確かに顔見知りであるから、もっ
ともな意見と言えたが、別の問題があったのだ。
「ほ〜お、エル、あんた、私に見世物をやれってのかい？」
ちょっと目がすわっているリサがエルをにらむ。以前、リサのナイフ投げで
客寄せをしようとして、そのナイフ投げの的にされかけた経験を持つグローウ
ォームは、ひたすら苦笑しながらリサをなだめる。
「リサ、そう怖い顔するなよ。エルだって言ってみただけだろうし・・・」
「・・・・・・」
リサは黙ってグローウォームに視線を向けたが、ややあって矛を収めること
にしたらしい。いつの間にか構えていたナイフを引っ込めた。
「ふん・・・とにかく、私はゴメンだからね」
「やれやれ・・・」
そんなリサの態度に、グローウォームは軽く首を振るとエルに視線を向けた。
「と、まぁそういうわけだ。悪いが、頼む」
「仕方がないね」
「あの、よろしくお願いします。エルさん」
「あ？ああ、よろしく」
シーラに軽く頷いて見せるエルだった。
さて、こうしてリヴェティス劇場に向かった２人は、とんでもない話を聞か
される事になった。
「どういうつもりなんだよ！！」
思わずエルが叫んだ。
「こっちは剣舞の相手１人とピアノ奏者１人って話で来たんだぞ！！それなの
に、ピアノ奏者はいて、剣舞の相手がいないって話があるか！！」
つまり、完全な依頼ミスである。本来、リヴェティス劇場はピアノ奏者１名
と剣舞の担当２名を臨時に雇う予定であった。そして、ジョートショップには
剣舞の相手２名を派遣してもらうことにした（残るピアノ奏者は別口で手配が
出来た）。そこをどう間違えたのか、ジョートショップに「剣舞の相手１名、
ピアノ奏者１名」という依頼が行ってしまった、というわけである。ひょっと
すると、ピアニストとして将来を期待されているシーラの存在が、担当者の記
憶を変えてしまったのかもしれない。
ともあれ、リヴェティス劇場は当初予定していた「ピアノ奏者１名と剣舞の
担当２名」から「ピアノ奏者２名に剣舞の担当１名」を迎える羽目になったの
だった。そこで手配をした担当者はジョートショップの方に謝って「ピアノ奏
者はいらないから、代わりに剣舞が出来る者を１人」と頼もうとしたのだが・
・・そのようなミスをこういう形で押しつけられるのを最も嫌うエルが来てい
た、というあたり、彼は幸運の女神に徹底して嫌われているようであった。
もっとも、エルにしたところでいつまでも怒りに身を任せていられるわけで
ない。だが、打つ手がないのも確かな事実であった。
「何とか・・・人を派遣してもらえませんか？」
「無理だよ。他に剣舞が出来る奴は、全員山賊狩りに行っちまったんだ」
エルの言う通り、リサはグローウォームと共に山賊狩りに行っている。他の
面々はそういう経験がない。あえて言えばピートくらいだが、彼の背丈では見
栄えがしない。したがって、
「他に誰か探してくるか、プログラムを変えるしかないだろうね」
これくらいしか手はない。
「そうですか・・・」
担当者は目に見えて落胆したが、エルは同情しようとは思わなかった。リヴ
ェティス劇場側のミスである以上、内心で同情していようとも劇場の人間がな
んとかするべきだろう。ところが、隣のシーラはそうは思わなかったらしい。
じっと黙っていたかと思うと、不意にエルの袖を引っ張った。
「何？」
「あの・・・何とかしてあげられないんでしょうか？困ってらっしゃるのに・
・・」
見ているほうが気の毒になりそうなほどの憂い顔でエルを見上げながら、彼
女はそう主張する。その表情に、ちょっとひるみながらもエルはキッパリと断
言した。
「無理だって！どんなに腕が立つ奴でも、２人で打ち合う形式の剣舞を１人で
やるなんて！！」
「あの・・・それじゃ、私では、無理でしょうか？」
「え？」
シーラの言葉に、エルは一瞬だが絶句した。２度まばたいて、まじまじと彼
女の顔を見つめた。
「何だって？」
「ですから、その・・・相手役を私がやるのは無理ですか？と・・・」
エルの視線にちょっとうつむきながら、それでもはっきりと問い返した。問
い返されたエルは、たっぷり１０秒は沈黙してから、かなり懐疑的に確認した。
「多分、本気だとは思うけど、念のために聞くよ。シーラ、お前、本気か？」
「はい。こんな時に冗談なんて、言いません」
疑われたのが心外なシーラは、少し眉を寄せて頷いた。その反発を見て取っ
たエルは、すぐに自分の非を悟って謝罪する。
「悪かったよ、疑って。だけど、そんな事、出来るのか？お前が剣を使えるっ
ていう話は聞いたことがないんだけど・・・」
問われたシーラは、今度は恥ずかしさでうつむいてしまった。
「その・・・以前から、少しですけど・・・グロウくんやリサさんに・・・。
剣技じゃなくて格闘技ですけど・・・護身用に」
「なるほどね。うるさい男共に、か・・・」
そう言って、エルは納得した。
シーラはマリアと違って、自分からトラブルを引き起こす事はしない。だが、
「シェフィールド家の１人娘」という立場と引っ込み思案な性格、それに同性
のエルから見ても「可愛い」と言えるだけのものを持っているシーラは、良く
も悪くも男達の注目を引く存在である。中には、身のほど知らずで質の悪い愚
か者もいて、そいつらがシーラにからんではトラブルを起こす、というわけだ。
無論、全てのトラブルにおいてグローウォームやリサ、パティといった「護
衛役」が介入してシーラを守っていたが、そうやって守られることに、忸怩た
るものを感じていた彼女は、グローウォームやリサに「自分で自分を守れるく
らいに」鍛えて欲しいと頼んだという次第である。
事情は察したエルだが、だからと言ってシーラの提案を即諾するわけにはい
かなかった。何故かというと、そういった実戦用護身術と、舞台上でやる「見
せる」ための武術とはかなり違う。グローウォームやリサがどれだけ教えたか
は知らないが、「見せる」ための武術を教えたとはとうてい思えない。で、あ
る以上、そういう武術をシーラに教える必要があるのだが、果たして彼女にで
きるのか、エルには判断がつかなかった。出来ることならシーラにそういう事
をやらせたくはないが・・・
「そうは言ってもなぁ・・・」
「あの・・・駄目ですか？」
シーラは困ったように、そして哀願するかのように上目使いにエルを見つめ
た。
「う・・・」
その視線に、エルは思わず押された。トリーシャ相手の時もそうだが、エル
はこういった「子犬のような視線」に弱い。当のエルは口に出して認めるよう
な事をしないが、彼女は優しい。だから、この手のすがるような視線を、突っ
ぱねる事が出来ないのだ。
だからといって、無条件でシーラの提案を受け入れるわけにもいかない。怪
我をさせるわけにもいかないし、何よりも慣れていないからだ。
もっとも、確かに方法がないのも確かではあった。彼女は、条件付きでシー
ラの提案を受け入れることにした。
「ったく、しょうがないな・・・」
「それじゃあ・・・」
「やっていただけるんですか！？」
すごくうれしそうに叫ぶ担当者。だが、すかさずエルの鋭すぎる視線に射抜
かれる羽目になった。
「言っとくけど、割増料金はしっかりもらうからな！それに、アタシが駄目だ
と思ったら、絶対にやらせないから、そのつもりでいろよ！！」
「は、はいっ！」
顔面蒼白になりながら、担当者は何度も頷くのであった・・・
こうして対策を決定したエルは、まず、シーラを連れてマーシャル武器店へ
向かった。いくらなんでもブラウス、ミニスカート姿のシーラを戦わせるわけ
に行かない以上、何か適当な服を選ぶ必要があったのだ。
カランカラン・・・
「おい、マーシャル。客を連れてきたぞ」
「こんにちわ、マーシャルさん」
「おや、いらっしゃい、シーラさん。何が欲しいアルカ？」
年中上半身裸のマーシャルは、愛想の良い笑顔をシーラに向けた。
「え？ええっと・・・」
いきなり振られて、口ごもるシーラ。そんな彼女に、エルは助け舟を出して
やる。
「武闘着だよ。仕事の都合で必要になってね。金は後で払うから、何か手頃な
のはないか？」
「武闘着アルカ？ちょうどいいところにアルヨ。今、仕入れた武闘着が着いた
ところアル。ちょっと待つヨロシ」
そう言って、マーシャルはカウンター裏に引っ込み、何やら探しにかかる。
それを見たシーラは安堵の息を小さく漏らした。やはり、あまり親しくない人
と話すのは慣れていない。助け舟を出してくれたエルに対し、感謝の意を込め
て会釈した。だが、そのエルは気付いていないらしく、取りたてて反応を示さ
なかった。ひょっとすると、礼を言われるほどの事でもない、と思っているの
かも知れない。
だが、シーラにとっては「助け舟を出す」という行為をなしえるということ
自体、十分に尊敬と、そして羨望の対象足り得た。
（グロウくんもエルさんも、どうして気軽にこんなことが出来るんだろう？）
そんなことを思っていると、ガサゴソやっていたマーシャルが武闘着１揃い
と共に声を上げた。
「おー、あったアル！これが最新の武闘着アルヨ」
そう言って見せた「武闘着」は、エルとシーラ、両者の絶句をもたらした。
「・・・おい、マーシャル」
重く、そして永遠にも思える沈黙を破ったのは、エルの普段以上に無愛想な
声であった。付き合いが長いだけに、慣れているのだろう。
「どうしたアルカ？」
「それ、本当に武闘着なんだろうな？」
半ば詰問調に問いただす。ちなみに、マーシャルが見せた「武闘着」は、ノ
ースリーブの、東方風に前を合わせて帯で留めるタイプの服であったのだ。し
かも、スカートにあたる部分は大きくスリット−というより前後に分かれて垂
らしてあると言った方が正しい−が腰のあたりまで入っている。ついでに言う
のであれば、胸元は大きく開いている。とてもではないが、ここまで大胆な服
を着る勇気はシーラにはなかった。
「当然アルヨ！これぞ、今年の最新作！動きやすさと軽さを重視した高機能な
武闘着アルヨ！！思いきって着てみるヨロシ」
そう言うと、「とても着る勇気の出ない」その服を手に、マーシャルが進み
出る。
「え、で、でも、私・・・」
マーシャルの異様な迫力とその武闘着に、思わず押されて下がってしまうシ
ーラ。すると、その分マーシャルが前に出る。
「遠慮することはないアルヨ！ささ、思いきってどーんと・・・」
「いい加減にしろ、このバカ」
冷ややかな一言と共に、エルのかかとがマーシャルの後頭部にめり込んだ。
その勢いで、今度はマーシャルが床にめり込む。そんな彼を冷ややかに見下ろ
しつつ、エルは容赦ない追い討ちの言葉を投げつけた。
「全く・・・シーラがそんな露出度の高い服、着るわけないだろ。もう少し考
えて品物を選べ」
「あ、あの〜、エルさん？」
「何だい、シーラ？」
「マーシャルさん、助け出さなくていいんですか？」
「ああ、心配いらないよ。こいつはやられなれているからね。この程度じゃ、
死にゃしないよ」
「そういう問題かしら・・・」
控えめながらも異論を差し挟むが、エルは小揺るぎ１つしなかった。
「そういう問題」
きっぱり断言すると、エルはカウンターを飛び越えた。
「仕方がない。アタシが適当に見繕うから、好みにあったの選びな」
そう言って、マーシャルが仕入れたばかりの商品を漁り始めた。
「これでよし、っと・・・」
「わぁ・・・」
エルの手で固めに髪を結い上げてもらったシーラは、鏡の中の自分を見て驚
きの声を上げた。ちなみに、彼女が着用しているのはエルが選んだ武闘着の１
つである。オレンジを主体にしたパンツ・スタイルの武闘着で、上下とも長袖。
胴の部分が黒になっていて、その上に袖なしの緑のジャケット（のようなもの）
を着用している。そして、袖の部分には白と黒で半分に分かれた円の、シーラ
が知らない模様が描かれていた。そんな服を着ている上に、格闘の邪魔になら
ないよう長い黒髪をダンゴ状に結い上げているのだ。シーラ自身が驚くほど印
象が変わっているのも当然の話だ。
エルも感心してシーラの姿を見ていた。
「ふーん、変われば変わるもんだね」
素直な感想を述べると、シーラはちょっと頬を赤くした。
「そ、そうですか？」
「ああ」
明快に頷くと、エルはドアノブに手をかけた。
「それじゃ、行こうか」
「え？あの・・・行くって・・・」
「外に決まってるだろ？まさか、アタシの部屋で格闘技を教えるわけにはいか
ないんだから」
「この格好で・・・ですか？」
慣れない服にいささかの恥ずかしさを覚えたのか、もじもじしながら訊ねる。
「そりゃ、そのために着替えたんだぞ」
「それはそうですけど・・・」
「お前がやるって言った仕事のためなんだぞ。覚悟を決めろよ」
「そうかもしれませんけど・・・ちょっと恥ずかしい・・・」
その一言に、エルは呆れたようにため息をついた。
「あのなぁ・・・それを言ったらグロウの奴はどうなるんだよ？」
「え？」
「あいつは『仕事』の一言で２度も女装させられたあげくに色仕掛けまでやら
されたんだぞ（「モンスター・アゲイン」参照）。しかも街中の噂になった
っていうおまけつきだ」
そこまで言うと、エルは腰に手を当て、半ば憤然と続けた。
「それに比べたら、たかが１回、いつもと違う格好をするなんてどれほどのこ
とがあるっていうんだい？」
「で、でも・・・」
それでもためらいを見せるシーラに、エルは諦めのため息をついた。
「はぁ・・・分かったよ、そんなに嫌なら、この仕事はキャンセルするしかな
いね」
「え！？」
「だってそうだろ。人の当てがつかないからお前がやるってことになったんだ
ぞ。そのお前が嫌って言うんなら、どうしようもないだろう」
エメラルド色の髪をかき回しつつ、エルは素っ気無く言い切る。そのまま壁
によりかかると、シーラをじっと見つめながら問いかけた。
「で、どうするんだい？」
その問いに、シーラははっとなって顔を上げた。エルが、決断を自分に委ね
た事に彼女は気づいたのだ。そして、その決断に付き合うことにも。もしも、
シーラが「キャンセルしてください」と言えば、エルは自分の責任で依頼のキ
ャンセルをするだろう。だが、
（私が「やります」って言い出したんだから、私が責任を取らなきゃ・・・）
とシーラは思っている。そして、「やります」と言った責任をどう果たせば
いいかも分かっている。
「私・・・」
シーラは再びうつむいたかと思うと、勢い良く顔を上げて宣言した。
「やります！」
「そうか」
やや思いつめているようにも見える真剣な表情のシーラに、エルは短く応じ
て微笑んで見せた。
「それじゃ、行こうか」
「はい！」
一度口に出したことで吹っ切れたらしいシーラが勢い良く立ち上がった。そ
んな彼女を視界の隅に認めながら、エルは心の中でだけ呟いた。
（案外、根性あるね・・・）
エルは、今までのマリアとの付き合いから「お嬢様」というものに偏見を抱
いていた。だが、少なくともシーラに関する限り、その偏見は当てはまらない
らしいと思ったのだった・・・
「えいっ！やっ！！たーっっ！！！」
シーラの気合の声が、マーシャル武器店の裏庭に響き渡った。その声に続い
て、サンドバックが揺れて鎖がきしむ音が鳴る。
エルに促されたシーラが、今までグローウォームやリサに教えられた事に従
ってローキック、続けてひじ打ち、そして大きなモーションの回し蹴りをサン
ドバックに叩きこんだ結果である。
そのサンドバックを押さえていたエルは、その強烈な手応えに軽い驚きを覚
えていた。
（意外に速い・・・それにパワーもあるじゃないか・・・）
こういうものは「ちょっと教えてもらって」という程度では身につかない。
毎日欠かさず鍛錬を続けなければ身につかないのだ。その点について疑問に思
ったエルは、シーラに訊ねた。
「シーラ、ひょっとして、こういう鍛錬を毎日やってないか？」
「え？あ、はい。毎日ちょっとづつ・・・グロウくんにもリサさんにも『毎日
やらないと、咄嗟の時に使えない』って言われたから・・・」
「なるほどね・・・」
「どうしたんですか？」
きょとんとした面持ちのシーラに、エルは軽く苦笑を浮かべた。
「いや、『ちょっと習った』程度にしちゃ、動きがいいと思ってね。今ので納
得した」
軽くウインクしながら応じると、そのまま続けた。
「これなら大丈夫か・・・」
「それじゃあ」
「勘違いするなよ。とりあえず、組み手をするぐらいはＯＫってだけなんだか
らな」
そう釘を刺すと、エルは軽く身構えた。
「ま、演武に出れるかどうかは、これからの組み手次第だな。試しにアタシを
攻撃してみな」
「エルさんを、ですか？」
「そ。アタシを攻撃する動きを見てから決める。いいな？」
「は、はい！」
頷くと、シーラは真剣な表情で教えられた構えをとった。大きく深呼吸して
意を決すると、おもむろに前へ出た。
「いきます！！」
叫ぶと同時に、まず蹴りを繰り出す。エルにそれをガードされるとすかさず
足を引き、その引いた勢いで回し蹴りを繰り出す。だが、これもしっかり防が
れてしまう。すると今度は大きく後ろへ跳んで間合いを広げる。軽く呼吸を整
える。
「いやぁぁぁっ！！」
そして、気合の声と共に再び攻めかかる。そんな事を何度か繰り返したが、
やがてシーラの方が息切れしてしまった。勢いが落ちた蹴りをエルに防がれる
どころか、逆に足を取られてしまったのだ。
「あっ！？」
「はい、ここまで」
驚くシーラの額を、エルは軽く突ついた。
「もういいよ。大体のところは分かったから」
「それじゃ・・・」
一度も攻撃を当てるどころか、こうもあっさり蹴りを押さえられてしまった、
と思っているシーラはすっかり気落ちして、暗い表情で次の言葉を待った。
「ま、ギリギリ合格だな。本当はもう少し鍛えないといけないんだけど、今日
だけなら大丈夫だろ」
「え！？」
驚いたシーラは思わず立ち上がってエルの顔を見つめた。
「どうしたんだ？」
「でも、私、一度もエルさんに攻撃出来なかったんですよ。全部防がれて・・
・」
「あのなぁ、アタシが格闘技を始めたのはアンタがピアノを始めたのと同じく
らいの頃だぞ」
呆れたようにエルが応じる。
「それなのに、始めて１年と経たないお前の蹴りを簡単に食らうわけないだろ
う」
エメラルド色の髪をかき上げつつ、さらに続ける。
「お前だって、ピアノの訓練をやったことがないアタシがいきなり難しい曲を
弾きこなしたりしたら、ちょっとショックだろうが？」
「それは・・・驚きますね、確かに」
才能だけでなく努力を重ねて、評価されるようになったシーラにとって、エ
ルの例えは分かりやすかったし理解も出来た。そんな彼女に、エルはあっさり
とした口調で言ってみせた。
「だから、そんなことを気にするんじゃない」
「ええ、でも・・・」
まだ何か気になっているらしく、すぐに暗い表情に戻って口ごもってしまう。
「でも、何だい？」
「でも・・・私、結局、自分の身を自分で守れないんじゃないかって・・・」
どうやら、エルに全ての攻撃を軽々と防がれて、不安になってしまったらし
い。そんな風に深刻に考え込むシーラに、エルはため息をついた。
（謙虚って言うのか、自信がなさすぎるって言うのか・・・悩みすぎじゃない
のか？まぁ、マリアよりはマシだけど）
マリアみたいに根拠のない（絶無ではないのだが）自信に満ち溢れているの
も問題だが、シーラのように悩みすぎるのも別方向に問題がある。もっとも、
エルはマリアにさんざん迷惑をかけられたクチだから、同じ「お嬢様」でも正
反対のタイプというべきシーラに、いくらか好感を覚えてはいた。だから、こ
んなフォローの言葉も出る。
「なぁ、シーラ。今日アタシとやったのは、正面切っての殴り合いなんだぞ。
お前がグロウ達から教わったのは、全く別物なんだ。だから、気にするんじ
ゃない」
だが、それでもシーラの表情は晴れない。深刻な表情で、自分の不安を口に
する。
「でも、エルさん。もし、私の反撃で逃げずに向かってきたら・・・今の私じ
ゃどうにもならないような気がするんです」
「うーん」
この言葉に、エルも考え込んでしまった。確かに、シーラの指摘はありえな
い事ではない。下手な反撃がかえって相手の逆上を誘う場合もありえるからだ。
そうなった場合、確かに今のシーラでは厳しい戦いを強いられるだろう。
そこまで考えたエルは、彼女の不安を取り除くための方策を考え付き、それ
を口にした。
「シーラ、本当にそんな状況になっても、自分を守れるくらいになりたいか？」
「え？」
「お前にとっては厳しい訓練になると思うけど、それでもいいって言うんなら、
正面切っての戦い方の基礎的なところぐらいは教えるけど」
エルの言葉の意味を把握しきれず、シーラは最初何度かまばたいた。だが、
意味を理解すると一気に表情が明るくなった。
「本当ですか！？」
「嘘を言ったってしょうがないだろ。それより、訓練は厳しいけど、いいのか
い？」
念を押すようにエルが問うと、シーラは大きく頷いた。
「はい！お願いします！！」
「いい覚悟だ」
そう応じて、エルはニヤリと笑って見せた。
「えいっ！！やぁっ！！」
「隙あり！！」
シーラの繰り出して来た蹴りを軽く受け流すと、エルは体勢を崩したシーラ
の足を引っ掛け転ばせた。
「きゃっ！？」
「はい、勝負あり」
エルはごく静かな口調で宣告した。
「シーラ、まだ隙が大きいよ」
苦笑混じりに忠告する。
一通りの基本を教えたエルは、シーラに請われて組み手の相手をしていた。
無論、完全な初心者であるシーラと熟練者であるエルとでは勝負になるわけ
がない。その辺りはエルも承知していて、ある程度の手加減はしていた。そし
て、何故隙が出来たのかを説明することを忘れなかった。
そして、この組み手は大きな影響を２人に与えた。
１つは、シーラの技量の上昇。それが目的なのだから当然と言えば当然だが、
その上昇が尋常ではなかったのだ。２人が組み手を行ったのは、リヴェテス劇
場での打合せまでのほんの１時間だったのだが、そのわずかな時間で演武に十
分以上の技量を身につけたのだ。
もう１つはエルとシーラ、両者の間に信頼感が築かれたことである。無論、
シーラとパティ、あるいはエルとトリーシャの間にある信頼感には及ばないも
のの、何の関わりも持っていなかった最初に比べれば、大きな違いがあった。
このおかげで、その後行ったリヴェテス劇場での打合せと演武の練習は、極
めてスムーズに進んだのだ。
これが、「一件」発生前の状況であった・・・
「いよいよ、ですね・・・」
「ああ」
緊張の色がうかがえるシーラの呟きにエルは短く頷いた。目の前の幕が上が
れば、エルとシーラによる演武の始まりとなる。
演武用に銀糸をあしらった黒の武闘着を身にまとうエルは、隣のシーラほど
には緊張していない。いまさら緊張や不安を覚えたところでどうなるものでも
ないし、失敗したとしてもそれは自分やシーラのせいではない、と割り切って
いたからだ。
だが、白地に赤をあしらった武闘着を着ているシーラにはそんな達観は存在
しない。失敗したらどうしよう、という不安で一杯であった。
そんな不安を全て見抜いたわけではないが、それでもシーラの緊張を感じ取
っていたエルは、彼女を肘でつついた。
「エルさん？」
「そんなに堅くなるなよ。そんなんじゃ、出来るものも出来なくなるぞ」
そうささやくが、シーラの緊張はとけない。そんな彼女の態度に、エルはた
め息をついた。続けて、おもむろにシーラの耳元に口を寄せる。
「安心しな。失敗なんて、アタシが絶対させないから」
「え？」
驚いたシーラが顔を上げると、目の前に不敵な笑みを浮かべるエルの顔があ
った。
「あんたがどんなことをしても、アタシがフォローしてやる。だから安心して、
思いきりやりな」
グローウォームが時々見せる、揺るぎ無い自信といくらかの茶目っ気を感じ
させる光をたたえてエルがのぞきこんでいた。
「エルさん・・・」
その瞳を見ている内に、シーラの緊張もようやくとけてきた。
（教えてくれたその人が側にいるなら・・・大丈夫、よね）
そう内心で呟くと、彼女は安心の微笑みを浮かべて頷いた。と、その時、舞
台のすそが騒がしくなった。
「ん？」
「何かしら・・・？」
エルが左手を、シーラが右手を見ると、それぞれの視界に覆面を被った男達
が姿を現した。
「！？」
「あんたら、何の真似だい！？」
驚きと恐怖のあまり声も出せないシーラの代わりに、エルが鋭く詰問する。
それに対する男達の返答はいかにも悪人的な代物だった。
「お前に用はない。用があるのはそっちのお嬢さんだ」
「・・・・・・」
怯えてエルの背中に隠れる彼女に、男はニヤニヤ笑いを浮かべた。
「シェフィールド家のお嬢様だな。俺達と来てもらおうか」
男の口調と笑いにさらなる恐怖を覚えたシーラは、エルの背中にしがみつき
ながら、震える声で呟いた。
「い、嫌・・・」
「嫌だってさ。ま、あんたみたいな馬鹿、アタシもごめんだけどね。顔を洗っ
て出直してきな」
冷ややかな態度のエルに言い捨てられ、たちまち男達は沸騰した。
「てめぇにゃ聞いてねえだよ！引っ込んでな！！痛い目にあいてぇのか！？」
そんな彼らに、エルは思わず吹き出した。
「何、笑ってやがる！！」
「ああ、悪い悪い。『痛い目にあわす』なんて冗談言うから笑えてね」
「このアマ・・・！」
怒りが頂点に達した１人が、ナイフを光らせて突きかかった。それに対し、
エルは特に動かなかった。動かなくても十分だったのだ。彼女は見た目無造作
にナイフを持つ腕を掴むと、やはり見た目無造作に男を投げ飛ばしたのだ。
「！！？」
驚く男達に、エルは嘲弄を叩きつけた。
「こんな程度でよくもまぁ『痛い目にあわす』だの言えたもんだね。この程度
なら１４の子供でも勝てるよ」
嘘は言っていない。ただ、「１４の子供」と言った対象が、いささか常識外
れの強さを誇るピート・ロスであることを言わなかっただけである。だが、こ
んなことを言われて平静でいられるほど、男達は寛大−もしくは鈍感−ではな
かった。残る全員が沸騰して襲いかかってきた。
「殺す！！」
「シーラ、舞台の奥へ行きな！！」
「は、はいっ！」
それを見たエルの指示に従って、舞台の奥へと走るシーラ。当面の安全圏に
たどり着いた彼女が振りかえると、エルは既に男達との戦闘に突入していた。
戦いにおける勝敗は数において決定される。これは戦いにおける永遠の公理
である。だが、双方の実力差があまりにありすぎたり、多数の側が冷静さを欠
いていると、この公理はあっさりと破られる。リヴェテス劇場の舞台で繰り広
げられていた乱入した誘拐グループの男達とエルの戦闘は、まさにこの例に該
当する戦闘であった。
男達は冷静さを欠き、素早いエルの動きに混乱を重ねるばかりであった。
「ふん、つまらん。もう少し強くないと、やってられないね」
エルの評価に男達はますます逆上し、さらに翻弄される羽目になるのであっ
た。だが、落ちついて考えれば、シーラを誘拐するのにエルと戦う必要などど
こにもない。シーラの身柄を押さえて、その身命を盾に取ればいいのだ。その
単純な事実に気がついた１人が、注意深くシーラの背後に回り込み、襲いかか
った。
「きゃああぁっ！」
どかっ、げしっ、げしっっ！！
直後、絹を裂くようなシーラの悲鳴と共に、その１人が沈没した。
「う、嘘だろ・・・」
シーラの悲鳴に驚いて振りかえったエルは、思わず呟いて呆然となってしま
った。彼女は見たのだ。シーラの背後から襲いかかった男が、シーラの肘鉄を
食らい、さらにむこう脛を蹴り飛ばされたあげくに渾身の回し蹴りでＫＯされ
てしまうのを。
そんな光景を見れば、呆然となってしまうのも無理はない。それは誘拐グル
ープの男達もご同様であった。
「シ、シーラ？」
「は、はい？」
「今の・・・お前がやったのか？」
驚きのあまり、エルは目撃したばかりの出来事について問いただしてしまっ
た。その問いに、シーラは頬を赤く染めて頷いた。
「え、ええ。思わずやっちゃったんですけど・・・」
「いや、見事な連続技だったけどね・・・」
恥ずかしそうな彼女に、エルは冷汗をひとすじ垂らしながら応じた。なんと
はなしに、間の抜けた空気が２人の間に流れる。無論、誘拐グループの方に、
こんな空気につきあう義理はない（目の前の事態が持つ意味を理解していない、
とも言えるが）。エルが動きを止めたのを幸いとばかりに襲いかかってきた。
「ちっ！」
舌打ち１つすると、エルは右手から迫ってきた１人に蹴り飛ばす。左手から
迫るもう１人の攻撃は横滑りでかわそうとするが・・・
「エルさん、危ない！！」
その動きを察知するほどには経験を積んでいないシーラが叫んだ。そして・
・・
（いつまでもじっとしてちゃ、ずっと守られてばかり・・・そんなの、嫌！）
その想いがシーラを突き動かした。その想いのままに彼女は突撃し・・・見
事な飛び蹴りで相手を舞台から叩き出した。
「シーラ！？」
「エルさん、私も戦います！！」
確固たる決意を秘めた表情で宣言するシーラに、エルは穏やかに確認した。
「いいのか？」
「はい・・・だって私、守ってもらうために戦い方を教えてもらったわけじゃ
ありません！一緒に戦いたいんです！！」
この言葉に、エルはわずかに瞑目すると穏やかな笑顔を浮かべた。
「そうか・・・じゃ、こっちの３人は任せる。思う存分にやりな！」
「はい！！」
エルの言葉にシーラは嬉しそうに頷いた。何より「任された」ことが嬉しい
のだ。
「行きます！！」
そして、シーラは３人と相対すると元気良く突撃した。不幸なのは突撃を食
らった３人である。誘拐対象であるはずの「深窓の令嬢」から元気一杯に突撃
される、という想像を絶する事態に彼らは混乱するばかりだった。
「うわわわわ・・・」
意味をなさない声を上げ、数歩あとずさり・・・そこでシーラの蹴りを食ら
ってあっけなく倒された。
一方のエルはというと、シーラの相手となった３人以外の全員を相手に縦横
無尽の戦い振りを見せていた。なにしろ、護衛対象という足かせと思っていた
シーラが、実は戦力として数えられる（つまり、心配の必要がない）存在だっ
たのだ。余分な配慮無しに戦えるのだから、先ほどとは比べ物にならないほど
のハイペースで相手をＫＯして回った。結果、シーラが３人倒す間に、エルは
誘拐グループのリーダー以外の全員を倒したのだった。
「くっ・・・」
失敗を悟った誘拐グループのリーダーは２人に背を向けて逃げ出した。だが、
あまりに遅きに失した判断だった。
「エルさん！１人逃げます！！」
「逃がすか！シーラ、行くよ！！」
「はいっ！！」
エルとシーラは逃げるリーダーに追いすがると・・・
「これでも食らいな！！」
「やあぁぁぁっ！！」
２人同時に飛び蹴りを放ち、その背中を蹴りつけた。
「うわあぁぁぁっ！？」
リーダーは体勢を崩しながら、舞台のすそに飛び込み・・・
「わぎゃあぁぁぁっ！？」
ドン、ガラガラガラガラ・・・
そこに用意してあった大道具に押しつぶされた。
「ふん、逃げ切れると思っていたのかね」
大道具が崩れる音にかき消されたリーダーの悲鳴を聞いて、エルは馬鹿にし
きった口調で言い捨てた。その隣のシーラは興奮覚めやらぬといった面持ちで、
彼女に話しかけた。
「やりましたね、エルさん」
「まぁね。それより、お前の方はいいのか？」
「ええ。戦っている内に、何だかワクワクしてきちゃって、楽しくて仕方ない
んです」
「あ、そう・・・」
（おいおい、大丈夫かよ・・・）
弾んだ口調で語るシーラに、エルは一抹の不安を覚えた。そんな彼女の不安
を余所に、シーラは今まで見せたことがない活力に満ち溢れた笑顔を浮かべて
いた。
かくして、シーラは鮮烈すぎる「初陣」を飾ったのだった。
さて、その後・・・
「えいっ！やっ！たあっ！！」
ドカドカドカッ！！
第一撃のひざ蹴りをみぞおちに叩き込み、その足を相手のひざにかける。続
く第二撃はそのひざを足場に、相手のあごにひざ蹴りを打ち込む。そのままの
勢いで頭上に出ると、両足をそろえてかかとを後頭部に叩き込み、シーラは宙
を飛んだ。手入れの行き届いた黒髪が、きれいに舞った。
「Ｏｈ、Ｍｙ ｇｏｄ・・・」
呆然とした呟き共にアッシュが倒れ込むのと同時に、シーラは着地した。
「ア、アッシュ選手ダウン！シーラ選手の勝利です！！」
わあぁぁっ！！
歓声が上がると、シーラは控え室の方を向いて、喜びもあらわに大きく手を
振りながら呼びかけた。
「エルさーん！見ててくれましたかー？」
そのエルはと言えば、同じように付き添いで来たグローウォーム共々、頭を
抱えていた。
「嘘だろ、おい・・・」
「シーラがこんなに強くなるなんて・・・」
グローウォームの呟き通り、シーラはわずか１ヶ月ほどで、信じられないほ
どの急成長をとげた。どれほどの成長か、と言えばその１ヶ月前まで戦いと無
縁の彼女が、闘技場常連のアッシュを無傷で倒してしまうほどに、である。
原因は、あの一件以来芽生えた格闘技への興味である。彼女は興味のおもむ
くままにエル、グローウォーム、リサに格闘技に関するあれこれを聞いて回り、
自分の技としてしまったのだ。元々、才能があったのだろう。その才能を日々
の鍛錬で磨き上げた結果、シーラの戦闘能力はピートと同じくらいにまで成長
してしまったのだ。
まぁ、強くなってしまったこと自体は問題ではないのだが、その強さを休日
の闘技会で試し始めたのが問題となった。つまり・・・
「シーラのご両親にどう言ったもんだろうねぇ」
というわけである。他人事のようなグローウォームの言葉に、エルは白い目
でにらみつけた。
「他人事みたいに言うんじゃない。ジョートショップでの責任者はお前だろう
が」
「何を言っているんだ。シーラを『ピアニスト』から『格闘家』に仕立て上げ
たのはお前だろう？」
「いーや、お前がアタシとシーラを組ませなければこんな事にはならなかった」
真面目な顔で責任のなすりあいを始めたグローウォームとエルの背後では、
シーラが無邪気な笑顔で報奨金を受け取っていた。
こうして「格闘家シーラ」は誕生したのだった・・・
ＥＮＤ
後書き
松です。「かく誕生せり」をお届けします。
うー、長かった；何せ前作「追跡者たち」が２０００年１月発表ですからね
ぇ；なんと７ヶ月の間隔が開いた勘定になります；
まぁ、ほとんど執筆不能状態が４ヶ月以上続いたってのはあるのですが；
おかげで、勘が鈍ること；すっかり書き方を忘れていて、途中から文体が変
になっているような気がしてなりません；
中身は宣言通りの「格闘家シーラ」誕生編(笑)です。
まぁ、某所では暗殺者だとか言われていることを考えれば、まぁ可愛いもん
ではないでしょうか(^^;
ちなみに、作中でシーラが着替えた服はデット・オア・アライブ２のレイフ
ァンのコスプレです。（だから髪をダンゴにしたんです）
さて、フェニックス美術館窃盗事件編はデアリングの謀略編とラストの事件
解決編を残すのみとなりました。
・・・今年中に終わるかなぁ；
それでは、こんな所で。
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松