エンフィールド陸上大会へ向けての練習を終えたトリーシャは、グラシオコ
ロシアムの更衣室で着替えていた。調子よく跳べたので機嫌がいいらしく、軽
快な鼻歌など歌いながら着替えていた。
が、不意にその手が止まった。
「誰か・・・いる・・・？」
小さい声で呟く。だが、人気のない静かな更衣室では、誰の耳にも聞き取れ
るくらいはっきりと響いた。
しかし、返事はない。
ノゾキと思ったトリーシャは、腰に手を当て強い口調で言った。
「ちょっと！さっさと出てきてよ！ノゾキなんて趣味悪いよ！！」
「うひ？」
トリーシャの呼びつけを受けて、「それ」は姿を現した。
「それ」を見たトリーシャは、たっぷり５秒ほど沈黙したかと思うと、大き
く息を吸ってあらんかぎりの大声で悲鳴を上げた。
「キャーーーーーーーーーーーッッ！！」
「今・・・何か悲鳴が聞こえたような・・・」
エル・ルイスは、エルフ族の特徴である長い耳をピクピク動かしながら、呟
いた。
「悲鳴？」
「ああ、グラシオコロシアムの方から・・・」
エルにならって、仕事明けのグローウォームも視線をグラシオコロシアムに
走らせた。半秒で思考をまとめ、決断する。
「行ってみよう」
「ああ、トリーシャが心配だ」
エルの言葉に、グローウォームも頷いた。
二人が足早に近づくと、グラシオコロシアムから様々な悲鳴と怒号が漏れ出
ていた。それだけでエルの聴覚が間違っていなかったことを示していた。
「一体何があったんだ？」
「アタシに分かるわけがないだろ」
「そりゃ、そうだ。誰かいないかね・・・」
しごくまっとうだが、どこか抜けている会話を交わした二人の前に、グロー
ウォームの望んだ「誰か」が出入り口の１つから飛び出してきた。その「誰か」
は二人に気付くと、飛び出した勢いそのままに、グローウォームに抱きついた。
「グロウさん、怖かったよー！！」
「トリーシャ！一体何があったんだ！？」
「ちちち、痴漢！痴漢のモンスターが！！」
混乱のあまり、グローウォームの襟首締め上げながら叫ぶトリーシャ。しめ
上げられたグローウォームはたまらず懇願した。
「トリーシャ、頼む、手、放して・・・」
「少し落ち着けトリーシャ。グロウの奴をしめ落とす気か？」
さらに、エルが冷静に制止する。その声で、さすがにトリーシャも冷静さを
取り戻した。
「あっ、ご、ごめんなさい、グロウさん！大丈夫！？」
「花畑が見えるかと思った・・・」
小さく、それも口の中で安堵の呟きをもらすと、改めて事情を問うた。
「それより、一体何があったんだよ？そんなに焦って」
「あっ、そうだ！グロウさんとエルも手伝ってよ。ノゾキをしていたモンスター
を捕まえるんだ」
「ノゾキ？モンスターが、か？」
エルが思わず目を丸くすると、トリーシャはあっさり頷いた。
「うん、そう。女子更衣室に出たんだよ。ノゾキ以外考えられないじゃない」
「単に迷い込んだだけとか・・・」
そう言ってグローウォームも首をひねった。モンスターが女性の裸に興味が
あるというのは聞いたことがない。いや、一度だけ捕らえたことがあるものの、
そんなのは例外中の例外だと思っている。だが、トリーシャは断固として引か
ない。
「そんなことないよ！ボクが着替えている間、ずっと更衣室に隠れていたんだ
よ。ノゾキ以外にそんな事するヤツいないよ！！」
事情を聞くというよりは、「犯人はノゾキか否か」の議論に突入した三人の
頭上を、何かが飛び越えていった。それを見た途端、トリーシャが叫び声を上
げた。
「あーーーーーっ！！あいつだよ、グロウさん！ボクの着替えをノゾいたヤツ！」
「あいつが！？」
「逃がすか！！」
エルの驚きの声に、グローウォームの叫びが重なる。同時に、彼はいつもベ
ルトに挟んである手裏剣を投げつけた。別に命中を期待しての事ではない。彼
の狙いは、手裏剣をかわさせることで、エルが近づくまでの時間を稼ぐことで
あった。
そして、グローウォームはそれに成功した。
「うひーーーーっ！！」
かなり情けない悲鳴（としか言いようのない鳴き声）を上げて、そのモンス
ターは進路を右に変えた。直後、
「はぁーーーーーーっっ！！」
気合いの声と共に、エルの跳び蹴りがモンスターに襲いかかった。またまた、
情けない声を上げて、それをかわすモンスター。着地したエルは、先に地面に
着いた右足を軸にして膝蹴りをたたき込んだ。
「ひんひん」
蹴られた腹を押さえて後退するモンスター。そんなモンスターの背中に、グ
ローウォームは突進した。背後から飛びついてモンスターを取り押さえようと
したのだ。意図は悪くなかったが、第三者の介入を全く考慮に入れていなかっ
た。
「邪魔だ、グローウォーム！どけ！！」
嫌になるほど聞き覚えのある声と同時に、何か質量のあるものが空を切って
飛ぶ低いうなりが起こった。
「えっ！？」
慌てて振り返ったグローウォームは、そこで自分（正確には突進方向にいる
モンスター）に向かって飛んでくる槍を見つけた。
「だあぁぁっ！！」
慌てて横に飛んで槍から逃れるグローウォーム。さらにエルに向かって警告
を発した。
「エル！そいつから離れろ！！」
「え？・・・なっ！？」
間近でモンスターとにらみ合っていたエルも、飛んでくる槍を見てギョッと
なった。とっさに地面とモンスターを蹴って後ろへ飛ぶ。蹴られたモンスター
も２歩よろめいた。
そして、アルベルトの投じた槍は、ちょうどエルとモンスターがにらみ合っ
ていた場所、そのど真ん中−そのまま動かずにいたら、エルとモンスター、ど
ちらに命中してもおかしくないような−を貫き、地面に突き刺さった。
槍を外されたアルベルトは、グローウォームとエルにかみついた。
「てめぇら、邪魔するんじゃねぇ！！」
「それはこっちのセリフだ！！」
「アルベルト、アタシたちを殺す気か！？」
無論、２人とも遠慮なくかみつき返す。犬猿の仲の２人の大ゲンカが始まる
かと思われたが、トリーシャの叫びがそれを押しとどめた。
「エル！グロウさん！アルベルトさん！ケンカしてる場合じゃないよ！モンス
ターが逃げちゃうよ！」
その声を受けて、３人はモンスターの姿を探した。見てみれば、モンスター
は正門「祈りと灯火の門」へ向けて逃走していた。
「させるか！」
グローウォームはとっさに手にした２本の手裏剣を投げつけたが、これは外
れた。元々、手裏剣は「３本投げて１本当たれば上出来」とされている武器だ
から、無理もない。
手裏剣をかわして逃げるモンスターの前に、門番と自警団員、合わせて１０
名ほどが立ちはだかった。
「ひひーーーん」
モンスターは途方にくれた声で空を仰ぎ見た。諦めたか、そう思われたがそ
うではなかった。モンスターはエンフィールドの外壁（と言ってもせいぜい２
メートルにもならない柵のようなものだが）の上に飛び乗った。
「何ぃ！？」
思わず驚きの声を上げるアルベルト。グローウォームは拾い上げた手裏剣を
投げつけようとしたが、それよりも早くモンスターは外壁から姿を消していた。
「ちっ！」
グローウォームはいまいましげに舌打ちをもらした。彼の横に並んだエルが、
小さく呟いた。
「逃げ切られたな・・・」
「ああ・・・」
その後、この２人とアルベルトが聞くに耐えない大口論をやらかしたことは
言うまでもないだろう。
この「ノゾキ」事件から３日後・・・
仕事明けのグローウォーム、ピート、リサの３人はジョートショップで、ア
リサの手作りピザを食べていた。直径５０センチはありそうなピザは５枚あっ
たのだが、残り１枚まで減っていた。ちなみに、ピートとリサがそれぞれ１枚
半近く平らげ、グローウォームは１枚未満、アリサとテディにいたっては半分
も食べていない。２人の食べるスピードを見て、グローウォームは呆れたよう
に首を横に振った。
「２人ともよく食うなぁ。よくそれで腹を壊さないよな。いつも不思議なんだ」
「そりゃそうさ。丈夫で頑丈がオレのとりえなんだぞ、グロウ」
「それに、せっかくアリサさんが焼いてくれたピザを残したら、もったいない
だろう、ボウヤ」
「まぁ、否定はしないけどさ・・・」
グローウォームは小さくため息をついて、手にしているピザをかじる。薄く
堅めに焼かれた生地が程良い歯ごたえを与え、チーズの味を引き立てている。
仕事明けの疲れた身にとって、アリサの手料理というのは下手なご馳走など
よりもよほど美味い、そうグローウォームは思っている。これに仲間達との他
愛ない会話が加わっている今の状態は彼にとって、「ありふれているけど貴重
きわまりない時間」なのだ。
が、好事魔多し。こんな時間に限って、厄介事は発生するものだ。
「グロウ！リサ！いるっ！？」
パティが息せき切って飛び込んできた。
「さくら亭にモンスターが現れたの！ちょっと来て！！」
「さくら亭に！？」
「ボウヤ、ピート、行くよ！！」
「まーかしとけ！」
「分かった」
ピートの威勢の良い声と、棒術用の棒をひっつかんだグローウォームの落ち
着いた声が重なる。
「早く来て！！」
「アリサさん、ちょっと行ってきます」
パティの半ば悲鳴のような叫びに促され、グローウォームたちはジョートシ
ョップを飛び出した。
「ボウヤ！私とパティでさくら亭に正面から飛び込むから、ピートと一緒に裏
口を押さえておくんだ！」
「分かった、挟み撃ちだな！ピート、行くぞ！！」
「おう！」
さくら通り−さくら亭を含めた様々な店が軒を連ねた商店街−に飛び出した
時、リサはグローウォームにそう指示した。瞬時にリサの意図を理解したグロ
ーウォームは、一方的に確認すると、ピートを連れて路地の方へ突進した。
一方、リサとパティの２人も、さくら亭に向かって走り続けていた。リサは
ともかく、パティはさくら亭とジョートショップの間を全力疾走で往復してい
るはずなのだが、よほどさくら亭が心配なのか、そのスピードは一向に衰えな
い。とはいえ、さすがに息が上がりはじめている。それに気付いて、リサが声
をかけた。
「パティ、あと少しだよ」
「分かってる！」
パティはキッと口を引き結ぶと、一気にスパートをかけた。その結果、２人
は短距離走さながらのスピードでさくら亭に飛び込んだのだった。
さくら亭の中は、すでに無人であった。その中で、モンスターが一匹、残さ
れた料理を幸せそうにむさぼり食っていた。その光景を見たパティの中で、何
かが音を立てて切れた。
「パ、パティ？」
夢遊病患者のような危なっかしい足取りのパティに、リサが呼びかける。だ
が、パティは全く聞こえていないのか、そのままの足取りでカウンターに近づ
く。そして、カウンター内のフライパンを手にすると、鬼気迫る表情でモンス
ターに殴りかかったのだ。
「出て行けー！こんの化け物ーーーっ！！」
「うひーーーーっ！！」
パティの気迫に押されるように逃げ出すモンスター。しかし、逃げた先には
リサがいた。
「はっ！！」
気合いと共にナイフを突き出す。この時、幸運がモンスターに味方した。逃
げるために別のテーブルに飛び移ったのだが、乗り方が悪かったらしくバラン
スを崩してそこから落ちてしまったのだ。当然、リサのナイフは虚空を切った。
「ちっ！」
舌打ち１つもらすと、いつの間にか逆手に持ち替えたナイフを勢い良く振り
下ろした。転倒した相手を突き刺そうというのだから、外しようもないのだが、
今度は奇跡がモンスターを救った。
転げ落ちたモンスターは、そのはずみで椅子を１つ壊しまった。その結果、
椅子の残骸がモンスターに覆い被さるように降りかかった。
ガッ
鈍い音と共に、リサのナイフが椅子の残骸に食い込んだ。
「この・・・一度ならず二度までも！」
「こら！逃げるな！！」
二度も攻撃をかわされて頭に来たリサと、とっくの昔に逆上しているパティ
は、逃げるモンスターを追って台所へ飛び込んだ。
グローウォームとピートが裏口にたどり着いたのは、ちょうどこの時である。
中の騒々しさを耳にしたピートは、感心したように呟いた。
「派手にやってるなー、２人とも」
「モンスターも気の毒に・・・」
それを受けたグローウォームの声も、どこかしみじみとしている。彼は、モ
ンスターが怒り狂ったパティによってボコボコにされているであろうと、思っ
ていた。だから、迂闊に突入するよりは、このまま裏口から逃げて来るであろ
うモンスターを待ちかまえる作戦をとった。
「ピート、モンスターが飛び出して来たら、２人がかりで取り押さえるぞ」
「オッケー」
ピートがどこか楽しそうな声で応じると、２人の耳に何かが逃げてくる足音
が飛び込んできた。
「来るぞ！」
素早く身構える２人。と同時に、（彼らにとっては）意外と元気なモンスター
がドアをぶち破るようにして飛び出してきた。
この時のモンスターの視界を説明しよう。でないと、この後のモンスターの
行動を理解しずらいだろう。
モンスターから見ると、右手に棒を持った男（グローウォームの事）がいる。
だが、左手には何も見えなかった（実はピートがいるのだが）。当然、モンス
ターは何もいない（ように見える）左側へ逃げ出した。
「ピート、止めろ！」
「よっしゃあ！！」
グローウォームが叫び、ピートがつかみかかる。だが、モンスターの逃走を
止めるにはあまりにもピートは軽かった。つかみかかるどころか逆にはじき飛
ばされ、向かい側にあった樽に激突した。
「アイテテテテ・・・」
かなり強烈に激突したにもかかわらず、ピートは頭をさすりながら樽の残骸
から身を起こした。意外に元気そうな事を確認したグローウォームは、即座に
モンスターに意識を集中し、棒で打ちかかった。が、とっさの事なので姿勢が
悪く、あっさりとかわされた。
そこで、グローウォームは思い切った行動に出た。かわされたのを幸いとば
かりに、棒高跳びの要領でモンスターの頭上を飛び越えたのだ。そして、呆然
と見送るモンスターの目の前に着地、すかさず間合いを取って身構えた。これ
で、モンスターは逃げようとしていた出鼻をくじかれた。慌てて振り返れば、
そこにはさくら亭から飛び出してきたパティとリサ、そして復活したピートが
いた。これで、逃げ場はなくなった。
「これでもくらえーっ！」
気合いの声と共に、リサが突きかかった。これでしとめた、誰もがそう思っ
た。だが、人間達の期待は、またまたうち破られる運命にあった。
「ひひーん」
ほとんどやけっぱちだったのだろう。モンスターはさくら亭に突進すると、
さくら亭の２階の壁に飛びついた。すかさず壁を蹴って、今度は向かいの建物
の屋根に飛び乗った。
「すげーっ」
「うそっ！？」
「そんなっ！？」
ピート、パティ、リサの３人がそれぞれ驚きの声を漏らす。そして、グロー
ウォームは忌々しげに呟いた。
「逃げ切られたか・・・」
「ちょっとぉ、逃がしてどうすんのよ！？このままじゃ、被害が増える一方よ！！
どう、始末をつけんよ！？」
パティが、冷静に見えるグローウォームに不満を爆発させた。遠慮会釈ない
文句に、グローウォームはたじたじになりながらも言い返す。
「俺に怒ったってしょうがないだろう。こんなの、本当は自警団の仕事なんだ
から。文句はアルベルトあたりにでも言えよ」
「今、あたしの目の前にいるのはあんたなんだから、しょうがないでしょ！！
言い訳の前に、あいつをとっつかまえるいい作戦でも考えてよ！」
「あのな・・・」
はっきり言って不条理極まりないパティの文句にグローウォームはため息を
もらした。こうなったパティに何を言おうが無駄である。黙って愚痴の聞き役
になろうとあきらめたグローウォームに代わって、リサが発言した。
「１つだけ・・・１つだけ策があるにはあるけどね・・・」
「策？」
「リサっ！策って何よ？策って！？」
グローウォームとパティが、ずずいっとリサに迫る。迫られたリサは、何と
も言い難い複雑な色合いの視線でグローウォームを見ながら言った。
「いや、ひょっとしたら、引っかかるかもしれないっていう程度なんだけど・・・」
「それでもいいから、教えて、リサ！！」
「いや、これはパティがやるには危険すぎる。ボウヤが最適任なんだけど・・・」
「俺？」
「でも、ボウヤは嫌がるだろうしねぇ・・・」
ため息まじりにリサが呟いた。その表情はいくらかの忌々しさも含まれてい
るようだった。だが、これ以上あのモンスターを野放しにしてなるものか、と
堅く決意しているパティにその事に気付けというのは、無理な注文であろう。
「グロウの事なんて、どうだっていいわよ！いいから教えて！！」
「あのさぁ、パティ・・・」
ことさらのんびりとした口調で、グローウォームが口を挟んだ。途端に、パ
ティが怖い表情で彼をにらみ付ける。
「リサの策が何であれ、モンスターを捕まえるかどうかの話は明日、皆がそろ
ってからにしない？」
「そんな悠長なことを言っている場合！？」
「下手に追いかけ回しても、逃げられるだけだぞ。たった今、体験したろ？」
「う・・・」
「だから、捕まえるなら、皆でしっかりと罠を張ってからにしよう。リサの策
はその時になってから聞いても遅くはないさ。それにさくら亭の後かたづけ
もあるだろ？」
「そりゃあ、そうだろうけど・・・」
「俺達も手伝うからさ」
「俺達？」
リサが聞きとがめると、グローウォームは平然とのたもうた。
「当然、俺とリサとピート。他に誰がいるんだ？」
「えーっ！？オレもやんの？」
「帰ってもいいかどうかは、俺じゃなく、パティに聞いてみな」
この一言にピートが何も言い返せず、さくら亭の後かたづけを手伝ったのは
言うまでもない。
さて、翌朝・・・
「皆、集まったな。それじゃ今日の仕事の説明をしよう。今日は、役所、さく
ら亭、その他の店から依頼された、モンスター退治をやる。至急ということ
なんで、今日はこの依頼だけをこなすから、そのつもりで」
そこまで言うと、グローウォームは集まったメンバー１０人（ゲーム設定を
無視していますがご了承下さい）＋何故かここにいるトリーシャにモンスター
による被害をまとめた書類を渡した。
「今までの所、被害はノゾキが３件、盗み食いが４件、押し入っての食料強奪
が２件。負傷者は今のところ一人も出ていない」
「ほら！グロウさん、ボクが言った通り、アイツ、ノゾキだったじゃない！」
「悪かった、俺が悪かった」
トリーシャの文句に、グローウォームは疲れた口調で頭を下げた。このまま
放っておくと、話が無制限に脱線しかねない。それを止めるのは、いつものご
とく、シェリルとクリスの２人である。
「トリーシャちゃん、そんなにグロウさんを責めたら・・・」
「ね、ねぇ、グロウさん。それで、どうするの？」
シェリルにたしなめられて、トリーシャの追求がなくなったのを確認したグ
ローウォームは、クリスの質問に答えた。
「あ、うん、それでだな、こいつは４月の半ばに俺とリサで捕まえたモンスター
と同じような奴だと思うんだ」
「どんなモンスターだったの、グロウさん？」
「平たく言えば、『食い気』と『色気』のモンスター」
「ふみ？メロディ、よくわからないですぅ〜」
「もっと分かりやすく言うとね、ピートやリサ並に食い地が張っていて、アレ
フ並に女好きな奴って事」
「よくわかりました〜」
「ちょっとまて、グロウ！」
納得するメロディの声に重なるように、アレフが抗議の声を上げる。ピート
も続いて文句を言う。
「オレ、いくらなんでも、盗み食いなんてしねーぞ！！」
「俺だって、ノゾキなんてした事はないぞ！」
「ああ、そうだっけ？でも、夜這いは山ほどやったことがあるだろう？」
ケロリとした表情で、アレフに言い返すグローウォーム。途端に、シーラが
ジト目になった。
「アレフ君・・・もしかしてこの間の『お告げ』も・・・」
「おい、グロウ！話を進めろ！！」
アレフが強引に話をそらしにかかる。エルもエメラルドの色をした髪をかき
上げつつ、呆れたように言った。
「いつまで馬鹿話を続ける気なんだ？」
「そうだな、エル。ここいらで、こいつをおちょくるのは止めにするか」
「あのな・・・」
アレフはものすごくもの言いたげにグローウォームに視線を走らせたが、当
の相手はそれを無視して真面目な口調になった。
「で、だ。同じであれば、前回、魔術師組合で聞いた作戦を使えば捕らえられ
ると思うんだが・・・リサ、昨日、何か策があるような口振りだったけど、
何か策があるの？」
「言っていのかい、ボウヤ？ボウヤが後悔する事になると思うんだけどね・・・」
「いいから、言ってくれ。やるやらないは、その後で決めりゃいい」
「じゃあ言うけど・・・この間のように、ボウヤが女装して色気の罠を・・・」
「却下する」
みなまで言わせず、グローウォームは言い切った。
「だから言ったろ、後悔するって」
そう言って、リサが苦笑する。グローウォームは完全な仏頂面になってうめ
いた。
「同じ罠に引っかかる奴なんて、よほどの馬鹿だけだ。大体、あんなこと、２
度もやってたまるか」
「あの女装って・・・」
恐る恐る、といった雰囲気でシーラが会話に加わろうとする。その問いに、
リサはにこやかに微笑んで、丁寧に解説した。
「ああ、ようするにね、ノゾキをするスケベなモンスターを捕まえるのに、ボ
ウヤが女装して囮になったのさ」
「しょうがないだろ！あの時、由羅に向かって『嫌だ』なんて言ったら、リサ
だって降りただろ！！」
「ま、そりゃそうだけどね。でも、あの時の化けっぷり、なかなか見事だった
じゃないか。モンスターもあっさり引っかかった」
「リサ〜、それ以上・・・ぐぇっ」
剣呑な表情でうなり声を上げるグローウォームの口を、いつの間にか背後に
忍び寄ったアレフがふさいだ。そして、実に楽しげに、こう言った。
「それで、その辺の事情って奴を詳しく聞かせてくれないか、リサ」
「ああ、それで、女装したボウヤと私とで、囮になったんだが・・・ああ、
思い出しても腹が立つったらありゃしない！結局、あのモンスター、ボウヤ
の方にすり寄ってきたんだよ！」
「つまり何？グロウの方が色気があったって事？」
「そう！」
楽しげに問うアレフに、リサは苛立たし気に叫んだ。
「グロウさんが？ホントかなぁ？」
「とっても信じられないわ。こいつがリサ以上に女らしく見えるなんて」
「私も信じたくはないんだけどね」
「スゲー、オレも見てみてーなー」
懐疑的なトリーシャとパティに、リサはため息混じりに同意する。ピートに
いたっては無責任に感心している。と、そこで、グローウォームがアレフの腕
を振りほどいてかみついた。
「ええーい、好き勝手ぬかすな！好きで化けたわけでも、好きでモンスターに
すり寄られたわけでもない！！」
「そうは言うけどね、ボウヤ以外、誰が囮になるって言うんだい？」
「何で俺なんだよ！こんなに女の子がいるのに！？」
「グロウったらひっどーい！」
「見損なったッス」
「グロウ、お前、女の子を囮にするってのはいけないぜ」
「う・・・」
順に、マリア、テディ、アレフの発言。ある意味においてもっともな抗議に、
グローウォームは言葉を詰まらせた。それでも、もう１回「女装」するのが嫌
なグローウォームは、必死になって言い立てた。
「そ、それじゃあ、食い物を囮にすれば・・・」
「言っておくけど、さくら亭を罠に使うなんて言ったら、アンタ、ただじゃ置
かないからね」
「あう・・・」
半分だけ読まれて、グローウォームは頭を抱えた。そんな彼の背中を、リサ
が笑いながら叩いた。
「あきらめな、ボウヤ。さしあたって、これでやろうじゃないか」
「冗談じゃない！あんなことをもう１回やるなんて嫌だぞ、俺は！！」
「仕方ないだろ、他に人がいないんだ」
今の今まで会話に加わらなかったエルが、いつの間にやらグローウォームの
背後に立っていた。驚いたグローウォームが振り返るより早く、エルの腕が彼
の首と肩とに巻き付いた。
「おっ、おい、エル！？」
「悪いな、グロウ。リサとパティに頼まれてな」
「なっ・・・」
エルの一言を受けて、グローウォームは近過去を思い返していた。確かに今
日、エルは珍しくリサ、パティの２人と一緒に来ている。その事実と、エルの
言葉とから、急速に１つの結論を導き出す。
「リサ〜、お前、最初っから俺を囮にするつもりでいたな〜！」
「悪いね、パティに今日中に捕まえろって、きつく言われたんでね」
「大方、今までのツケを帳消しにするって言われたんだろ！」
「ああ、うるさい！とにかく、そういうワケだから、おとなしく囮になりな、
ボウヤ」
「冗談じゃない！絶対にならないからな！！」
言うが早いか、グローウォームはエルの腕から逃れようと必死で身をよじった。
「あ、こら、暴れんな！大人しくしてろ！」
「勝手を言うな！放せ、エル！」
「うるさいなぁ、少し静かにしてな」
エルは眉をしかめて呟くと、首に回した腕に力を込める。途端に、グローウ
ォームの身体から力が抜けた。
「エル・・・放・・・せ・・・」
ほとんどささやき声で一言いうと、グローウォームはそのまま気を失った。
「グロウさん、大丈夫！？」
「エルさん！グロウさんに何を！？」
「大丈夫、気絶しただけだよ。すばらくすりゃ、目を覚ますさ」
何のことはない、エルはグローウォームの頸動脈を押さえただけなのだ。力
の抜けたグローウォームの身体を肩に担ぎ上げると、エルはリサの方に視線を
走らせた。
「ところで、いいのか？こいつ、カタがついたら、お前に絶対に報復するぞ」
「ま、それは事件解決の功績を全部ボウヤに譲る事で勘弁してもらうさ」
「上手くいけばいいけどね・・・」
苦笑混じりに言うリサに、エルは空いている肩だけを器用にすくめて見せた。
「おねーちゃん、ただいま〜」
「おかえり〜、早かったのね・・・って、あら、みんな一緒なの」
メロディの保護者（本当にその責務を果たしているかはかなり疑問があるが）
である由羅が部屋から顔を出した。その顔を認めたクリスが、ほとんど条件反
射的にシーラとシェリルの背中に隠れようとする。無論、それを見逃す由羅で
はない。
「あらぁ、クリスクンも一緒なのぉ。おねーさんうれしいわぁ」
「わわわっ、ゆゆゆ、由羅さん、いきなり迫って来ないで！た、助けてアレフ
君！！」
「これも仕事だ、我慢しろ。いい機会だから、少し女性に免疫付けたら？」
クリスの悲鳴に、アレフはからかうように言った。いつもなら、ここでグロ
ーウォームが混ぜっ返して事態の収拾を図るのだが、あいにく彼は今、気絶し
てエルに運ばれている身である。そんなわけで、今回、事態の収集に当たった
のはリサである。彼女は軽く咳払いすると、こう言った。
「ああ、由羅、クリスを追いかけ回すのはそれくらいにして、こっちの話を聞
いてくれないか？」
「何かしら、話って？」
「実は、仕事の都合でボウヤが色仕掛けをする事になったんだ。もう一回、ボ
ウヤに化粧してやってくれない？」
「え、何？また、やるの、あれ」
「そ、またやるの。だから遠慮なく、徹底的に化けさせて」
「いいわよー。グロウクンって、元がいいし、化粧のノリもいいから、やって
て楽しいのよねー。じゃ、そこのお嬢さん。グロウクンを運んでくれる？メ
ロディ、アタシの部屋に案内してあげて」
「はーい。エルちゃん、こっちですぅ」
「邪魔するよ」
「あ、そうだ。リサも手伝って、お化粧」
「わ、私がぁ？２人がかりでやるもんじゃないだろう、化粧なんて」
「違うわよ、徹底的に化けさせるんでしょ？だったら、服まできっちり変えて
あげないとね・・・ウフフ、楽しみだわぁ」
その一言に、その場にいた一同は思わず背筋が寒くなった。