しばらくして・・・
「あ、リサ。お疲れさま、お茶をいれたとたわよ」
「ありがとう、パティ・・・ふぅ・・・」
「どうしたのよ、リサ。ため息なんかついちゃって」
「ああ、ちょっとね・・・男であるボウヤにあそこまで化けられると、ちょっ
と女としてのプライドが、ね・・・」
「ち、ちょっと、そんなに深刻にならないでよ。グロウがどんなに化けたって、
所詮は男なんだから・・・」
「ま、パティも実物を見たら分かるよ、私の気持ちも・・・」
半ばパティの言葉を遮るようにリサは言った。直後・・・
「由羅ーーーーーーっっっ！！何の真似だこれは！！」
グローウォームの怒号がこの木造の古い家に響きわたった。その場にいたほ
とんどの者が驚く中、リサだけは平然としていた。
「あ、ボウヤが起きたか・・・」
ポツリと呟く声は、荒々しい足音とにかき消された。それに続いて、由羅が
飛び込んできた。
「どうしたんだよ、由羅。そんなに焦って」
「あ、アレフクン、ちょうどいいわ、ちょっと盾になってくれる？」
「へ？」
「盾」の意味を理解しかねて、間の抜けた声を出したアレフだったが、すぐ
に理解できた。
「ゆ〜〜〜ら〜〜〜」
おどろおどろしい、それだけで相手を怯えさせるであろう程の怒気を含んだ
グローウォームの声がその場にいた一同の耳に入ってきた。ギョッとなって入
り口の方を振り返り・・・そこにいる人物を見て愕然となった。
「あ、あのさ・・・アンタ・・グロウ・・・なの？」
恐る恐る、絞り出すように問いかけたパティに、その人はこれ以上ないと言
うほどの仏頂面で答えた。
「他の誰に見えるんだよ」
「だ、だって、ほとんど別人じゃない！そのカッコ！！」
ちなみに、ここでその人物−すなわちグローウォーム−の姿形を説明すると、
栗色の髪は腰のあたりまで届き、体の線がはっきり見えないゆったりとした服
であるにもかかわらず、胸の膨らみがはっきりと見て取れる。そして、今でこ
そ仏頂面ではあるものの、全体的に精悍な印象を与える顔は、十分に美人と言
ってよかった。少なくとも、グローウォーム・グレイフォードという男を、そ
こから想像するのは不可能である。
「好きでしているわけじゃない！！」
「そりゃそうだけど・・・」
ぶすっとした表情で言い返すグローウォームに、さしものパティも反論でき
ない。かわりにトリーシャが感嘆の声を上げた。
「でも、本当に美人だよ、グロウさん」
「本当に・・・見事な変装ですよ」
「シェリル、トリーシャ、頼むから変な感心の仕方しないでくれ・・・」
「いやいや、本当に美人だぜ、グロウ」
アレフは見事なまでに「女性に接するときの態度」になってグローウォーム
のおとがいをつまんだ。
「こんな美人がすぐ側にいるとは、いままで気付かなかったな。どう？今夜あ
たり・・・」
ボグッ
「アホウな真似するな！気色悪い！！」
情け容赦のかけらもない一撃でアレフを殴り飛ばすグローウォーム。まあ、
無理もない。何せ、この格好でモンスターに迫られた経験を持っているのだ。
男に迫られれば拒絶反応の１つも出ようというものだ。
だが、そんな事情を知らないピートが、グローウォームの感情を逆撫でする
ような事を言った。
「うーん、でもホントにキレーだぞ、グロウ」
「まったくもって同感、お前がうらやましいよ」
「じゃ、試してみるか、お前ら？」
「へっ？」
グローウォームの低い一言に、思わず声をハモらせるアレフとピート。どう
いう意味か理解する間も、２人には与えられなかった。いきなりグローウォー
ムの腕が伸びてきて、アレフの首を捕らえる。同時に、ピートも後ろ襟をつか
まれてしまった。
「お、おい、グロウ、何の真似だ！？」
「なーに、お前達にも俺と同じように女に化けてもらうのさ。由羅、いいだろう？」
「いいわよぉ、アレフクンなんて、特に面白いかもね」
「ヤダヤダヤダ、オレ、女の子になんてなりたくねーよー」
「ピート、何事も経験だ。ひょっとすると芸の幅が広がるかもしれないぞ」
穏やかな、いたって穏やかな笑顔でピートを諭すグローウォーム。だが、怖
いことに目が据わっている。さすがにそういった剣呑な雰囲気に気付いたのか、
ピートがやや顔を青くして尋ねた。
「ね、ねぇ、グロウ。ひょっとして、怒ってない？」
「全然。何で俺が怒らなきゃならないんだ、ピート？」
穏やかであるがゆえに怖い、そんな声で答えるグローウォーム。
ひょっとしたら、止めた方がいいのかもしれない。常識的かつ健気にもそん
な事を考えたクリスが、最大限の勇気を振り絞って呼びかけた。
「ね、ねぇ、グロウさん？」
「何だ、クリス？」
「えっと、あの・・・」
とっさに声をかけたものの、静かな怒りに燃えるグローウォームの顔をいざ
直視すると次の言葉が出てこない。どう言っていいのか分からぬまま口ごもっ
ていると、グローウォームがとんでもない事を言い出した。
「ああ、そうか、クリスだけ仲間外れじゃ不公平だもんな。由羅、クリスにも
化粧してやってくれないか？」
「まーかせて、お姉さん、気合いを入れて化粧してア・ゲ・ル。さっ、クリス
クン、一緒に行きましょ」
辺り一帯にハートマークをまき散らしていそうな甘い声を出すと、由羅はキ
ツネさながらのしなやかな動きで、あっけに取られているクリスを背後から抱
きしめた。そのおかげでクリスは正気に返ったが、無論、逃げ出すには手遅れ
であった。
「わわわっ、ゆゆゆ由羅さん、そんないきなり、抱きつかないでっ！うわぁっ！」
ジタバタと暴れるが、クリスの体力で由羅をふりほどけるワケもない。その
まま由羅に抱きかかえられてしまった。どこかが切れたとしか思えないグロー
ウォームの暴走を他の面々が呆然と見守る中、グローウォームと由羅は３人を
引きずって部屋を出ようとした。と、そこで、グローウォームがリサを振り返
った。
「ああ、ところでリサ。リサも当然、参加するんだよな、色仕掛け」
嫌だなんて言ったらこの場で化粧を落として帰ってやる、という気迫付きの
笑顔で言うグローウォームに、さしものリサもうなづきざるおえなかったのだ
った。
数十分後・・・
「お待たせ。ほら来い、お前ら」
グローウォームが（無論、女装したまま）顔を出した。片一方の手で誰かを
引きずっているようだ。
「往生際が悪いぞ、もうしちまったんだ。諦めて前に出ろ！」
思い切りよく引きずっていた相手を部屋の中に放り込んだ。
「うわっ」
放り込まれたのは、男装の麗人に見える人であった。よほどに恥ずかしいら
しく、帽子で顔を隠していたが、その行動が逆にその人物が誰であるかを教え
ていた。
「ひょっとして、アンタ・・・アレフ・・・？」
「は、は、は・・・」
引きつった笑いが、パティの推理の正しさを証明していた。彼女の隣に座る
エルが特大のため息をついた。
「なんか・・・どっと疲れたな、もう・・・」
「ボクも・・・」
トリーシャもうなづく。アレフ一人でこの有様であったのだから、リサにか
かえられたピートと、何とも複雑な表情でおずおずと姿を見せたクリスを見た
とき、エルはため息をつく気力も失せてちゃぶ台の上に突っ伏した。
ちなみに、各員の「女装」姿を細かく描写すると、アレフが「男装の麗人」
風の美女。ピートはマリアとよく似た印象を受ける「おてんばなお嬢様」風の
少女に、クリスはボーイフィッシュな女の子といった具合である。
「うふふ、どぉ？みんなの化けっぷりは？」
心底楽しげに笑う由羅に、エルは心底疲れた口調で呟いた。
「見事すぎて、頭、痛くなってきた・・・」
「まっ、大したもんよね。でも、マリアに任せてくれたら変身魔法であっとい
う間に・・・」
「あっという間に大爆発っていうのが、オチだろ、アンタの腕前じゃ」
「なんですてぇ！？この魔法も使えない暴力エルフ！！」
にらみ合いを始めた２人を、グローウォームすら見捨てて、次の話に移った。
「さて、今度は色仕掛けの方法なんだか・・・」
「おい、グロウ。お前、本当にやる気かぁ！？」
「当たり前だろ、アレフ。でなきゃ、相手が引っかかんないんだから」
「ま、そう言うわけだから、ボウヤ、例を見せてやりなよ」
「何で俺なんだよ？リサがやれよ、リサが。少しはそういうのに慣れただろ。
それとも、まだ、俺以下の色気しかないとか？」
「言ったね！あれから少しは修行したんだ！見ててごらん！！」
叩きつけるように言うと、リサは胸に手を当てたかと思うと、よろめくよう
にグローウォームにもたれかかった。
「ああ、急に胸が・・・」
「どーして棒読みになるかなぁ」
「でも、ブリキの人形の動きはなくなったから、すごい進歩よね」
グローウォームがため息混じりに呟くと、由羅が８割方本気の口調で感心し
ていた。
「そんなに言うならボウヤがやりな！」
言いたい放題の２人に怒ったリサが、そっぽを向く。
「え、ちょ、ちょっと？リサ、リサさん、リサ先生ー」
「バカだね、お前。いくらなんでも、そんな本当の事を・・・」
「なんだってぇー？」
リサがすごい形相でアレフをにらみ付ける。もはやリサの説得は不可能、と
判断したグローウォームはあきらめの表情を浮かべた。
「おーい、エル。ちょっとこっちに来てくれないか？」
「なんだよ」
マリアとのにらみ合い（まだやっていた）を一方的に切り上げて、エルはグ
ローウォーム達の中に入ってきた。
「悪い、色仕掛けの見本を見せなきゃならないんで、ちょっとそこに立ってい
てくれないか？」
「ここか？」
エルが確認すると、グローウォームは軽く肯いた。
「ああ。じゃ行くぞ・・・あぁ・・・」
不意に声色を使って、グローウォームはエルによろめきかかった。驚いて彼
を支えるエル。
「おい、グロウ？」
「ごめん・・・なさい、エル・・・急に・・めまいが・・・」
苦しげなあえぎと共に、潤んだ目で見上げるグローウォーム。その表情は奇
妙に色気があり、並の男なら何の疑念も抱かずに介抱しようとするだろう。
「ふーん、大したもんだね。お前、案外、役者の才能あるんじゃないか？」
「そうか？」
本気で感心したエルに、グローウォームは、先ほどまでの艶やかさをかけら
も感じさせないケロリとした表情で返した。そのあまりに急激な変化に、周囲
の人がついていきかねた。
「グ、グロウさん、今の・・・演技だったの？」
「ああ。クリス、分からなかったか？」
「す、すごい演技力。私もぜんぜん分からなかった・・・」
「シーラの言うとおりよ。真に迫っていたものね」
パティが頷きながら言う。その言葉に、グローウォームがため息混じりに応
じた。
「こんな演技力、あっても何の役にも立たないだろ。俺は男を口説く気はない
んだから」
「あー、で、何、俺にそれをやれっての？」
アレフの疑問に、グローウォームは、ある意味無情とも言える一言を放った。
「当たり前だ。何のための女装だ？」
「オレ、グロウの真似なんてできねーよー」
「別に仮病でもいいぞピート。お前に俺の真似をしろとは言わん」
「じゃー、俺も・・・」
「お前はやれ、アレフ！」
「ちょっと待て！何でピートはよくて、俺はダメなんだ、グロウ！？」
「自室の鍵をくれるほどの女の子が１０人以上もいるくせに、色仕掛けのこつ
を知らないとは言わせんぞ！」
「あー、アレフ、あきらめてさっさとやりな。でないとボウヤがこの話から降
りるよ」
不毛の言い合いを続ける２人を見かねて、さすがにリサが止めにかかる。そ
の一言を聞いて、グローウォームがニヤリと笑った。
「そうだな。特にアレフはやりたくないようだし。でも、それなら、当然、別
の作戦を出してくれてもいいよな」
「当然」の部分に特に力を込めて言う。そんなものあるはずもないアレフは、
黙って両手を上げた。
「・・・わかった、やる。やるから、そんなにネチネチ言うなよ」
「いつまでもゴネるからだ。さっさとやれ」
グローウォームの冷たい一言を受けて、アレフも目一杯の「色仕掛け」を試
みる。
「ああ！胸が！」
いささか芝居がかった、大仰な仕草でアレフは胸を押さえてうずくまる。だ
が、人の心配を誘うには十分であった。由羅が身を乗り出して喜びの声を上げ
る。
「おおっ！なかなかいい線いっているじゃない。意外な逸材、発見ってとこね」
「そ、そうかな・・・」
照れくさそうにそれだけを返すアレフ。隣で熱心に観察していたビートが楽
しそうに言う。
「あれでいいんなら、オレもやるー！・・・わぁ！頭が！！」
「ねぇ、いつから仮病大会になったのかなぁ？」
「俺に聞くなよ、トリーシャ」
ある意味、的確な評価を下したトリーシャに、グローウォームもため息をも
らす。そんな会話を繰り広げている間に、「色仕掛けの特訓大会」は山場を迎
えた。
「さぁて、と、最後は・・・」
「えっ、あ、あの・・・」
「オネーサン、おいしいものは最後にとっておく主義なのよねぇ。ねぇクリス
クン？」
「いいいい、いや、ボボボ僕はいいですよぉ〜」
迫る由羅から少しでも距離を置こうと後ずさるクリス。そんな彼を見て、由
羅は実に楽しげな微笑みをたたえた。
「うふふ、そ〜ねぇ〜。みんなの前でやるなんて恥ずかしいわよねぇ。それじ
ゃ、２人だけで特訓しましょうかぁ」
「あー、クリス。由羅先生はお待ちかねだ。早くやらないと、本当に２人っき
りの特訓をする羽目になるぞ」
「わわわ、分かりました。やりますから、そんなにちちち、近づかないで」
グローウォームの、半ば脅しに近い催促を受けて、クリスは半分悲鳴にのよ
うな声を上げた。由羅の視線に対する恐怖と恥ずかしさとで、ガチガチに固い
表情で、前のめりに倒れるふりをする。
「ああ・・・」
「あぁ、クリスクン！その表情、お姉さんたまらないわぁ！」
うっとりとした表情でずずずいっと迫る由羅。そんな彼女から慌てて逃げよ
うとして、クリスはしりもちをついてしまう。当然、由羅との距離も（逃げれ
ないのだから）縮む。
「あわわわわ・・・」
「それでね、それでね。こう、肩の辺りをちょっとはだけると、もっといいわ
よぉ」
「ななな、何で、服を脱がそうとするんですかぁ！！」
華奢でなで肩気味のクリスの肩に指を滑らせ、肩をむき出しにする由羅。ク
リスの必死の抗議も何処吹く風である。と、言うか、瞳がすでに煩悩色に染ま
っている。
「いいのよぉ、アタシに全てを委ねて・・・」
「ウォホン」
さすがに見かねて、グローウォームがわざとらしい咳払いをしてみせる。こ
れには、煩悩暴走状態の由羅も気付いて我に返った。
「アラ、そう言えばお邪魔虫がいたんだっけ。ホホホホホ」
「ホホホホホホー？」
由羅の真似をしてメロディも笑う。そんな彼女に、すでに「おとーさん」状
態のグローウォームが真面目に言い聞かせた。
「いいかい、メロディ。由羅から色んな事を教えてもらうのはいいけれど、あー
ゆー所だけは教わっちゃいけないよ」
「そーなんですか？」
「そうなの」
グローウォームは真顔で肯くと、皆に向き直った。
「んじゃ、そのまま練習やっといて、俺はちょっと準備しておくから」
かくして、大騒動と言った方が良さそうな練習の果てに、男４人の女装を用
いた、「最凶」の囮作戦が発動されたのだった・・・・
グローウォームとエルの２人組は、誕生の森をゆっくりと歩いていた。エル
の手には、マーシャルから強引に借り受けたモンスター探知機がある。今、探
知機はガ・・・ガ・・・というごくわずかな反応を示すだけである。
「なかなかいないな・・・」
グローウォームはため息をもらす。
３つの組に別れて、魔術師組合で探してみるといいと言われた誕生の森に入
ってから、１時間が経過している。ちなみに各組は、アレフ、クリスにシェリ
ル、マリア、トリーシャの「クリスが怯えない」女性達を直衛につけている組、
リサ、ピートにパティ、シーラ、メロディの３人を付けた組、そして、最後が
それぞれの戦闘能力が一番期待できるグローウォーム、エルの組となっている。
「簡単に見つかるくらいなら、苦労しないよ」
「そりゃ、まぁ、そうだけどね・・・」
エルの素っ気ない返答に、グローウォームは肩をすくめて見せた。何のこと
はない、彼はさっさと片を付けて、化粧をはじめとする女装一切を解いてしま
いたいだけなのだ。
意外にも、グローウォームのその要求は、もうすぐかないそうであった。
ガガガガガッッ・・・・
「！！」
「来た！！」
グローウォームが喜びの声を上げ、エルはさっと緊張して探知機のスイッチ
を切った。これは、探知機の反応音をモンスターに聞かれないための措置だ。
「エル・・・」
「分かっている。上手くやれよ」
小声で短い会話を交わすと、２人はあらかじめ打ち合わせておいた芝居を始
めた。
「アタシ、のどが乾いたな」
「あっちの方に小川が・・・」
「そっか、じゃあ、ちょっと行ってくる。ここで待っててくれ」
エルはそう言ってグローウォームから離れた。グローウォームの方は黙って
頷くと、そのまま手近な木にもたれかかった。いかにも、退屈そうに待ってい
るように見えるが、その実、彼は注意深く辺りの気配を探っていた。
（とっとと出てこい。きっちりとふんじばって、悪さ出来ないように役所に突
きだしてやる）
そんな物騒な考えはかけらほども見せず、グローウォームは「退屈している
美女」の演技を続けていた。
不意に、何かが草を踏み分ける微かな音がした。エルではない。エルなら、
今頃、適当な場所に隠れているはずだ。つまり、他の誰か、ということになる。
その誰かは、彼が気付かなかったと思ったらしい。さらに大胆に忍び寄ってく
る。グローウォームは微かな笑みを口元に刻んだ。
（バカが。気付いているんだよ）
心の中でだけ呟きつつ、グローウォームはわざとゆっくりと振り返った。振
り返った先には、グローウォームが待ち望んでいた、例のモンスターが立ちす
くんでいた。彼の笑みはますます大きくなった。実際、歓声を上げたい気持ち
を必死で押さえねばならないほど、グローウォームは喜んでいた。
一方、モンスターはどうするべきか、迷っていた。が、どうやら居直ること
にしたらしい。鼻息も荒く、見た目だけは美女のグローウォームに向けて突進
した。
ピーーーーーーッ！！
モンスターの突進を軽くかわすと、グローウォームは用意しておいた呼び子
を思い切り吹き鳴らした。もちろん、これもマジックアイテムの一つである。
鳴らすと、単に音を出すだけでなく、同調している他の呼び子も鳴らすという
機能を持っている。広範囲の探索を多人数で行う時によく用いられるアイテム
だ。
派手に鳴った呼び子に肝を潰したらしい。さっきまでの勢いもどこへやら、
モンスターは泡を食って逃げ出した。
「逃がすか！！」
グローウォームがいつもより多く持ってきていた手裏剣を投げつける。そし
てすかさず肉薄する。一撃加えて捕らえようとしての事だが、これが裏目に出
た。
「なっ・・・・！？」
突進を開始したグローウォーム目がけて、突っ込んでくるモンスター。意外
極まりない相手の行動に驚き、グローウォームは思わず突進にブレーキをかけ
る。そこに生まれた隙をついて、モンスターは彼の横を通って逃走した。
「何をやっているんだ、お前は！？」
「仕方ないだろう、エル。こっちに突っ込んでくるなんて、思ってもいなかっ
たんだから」
一応は抗弁するグローウォーム。が、エルの怒りが収まりそうにもないのを
見て、彼は話をそらす事にした。
「あ、そ、それよりも、早くあいつを追わなきゃ。確かあっちの方には・・・」
「トリーシャ達がいる」
そのトリーシャ達は、呼び子の音のした方へ走っていた。最初に異変に気が
ついたのはクリスだった。
「あれ？」
「どうしたんだ、クリス？」
「うん・・・なんだか、呼び子の鳴る間隔が短くなったような・・・」
「クリスの気のせいじゃないの？ビクビクしてるからぁ」
「マリアちゃん、それはクリス君にわるいんじゃ・・・」
「ねぇ、ボクに見せてよ」
そう言って身を乗り出すトリーシャ。クリスから呼び子を受け取ると、耳元
に近づけて神経を集中した。注意して聞いてみると、あることに気がついた。
「音が大きくなってる・・・？」
「え？それって、どういうこと？」
わけがわからず、質問を発するマリア。答えたのはシェリルだ。
「それって、グロウさんとエルさんもこっちに来ている、という事なんじゃあ？」
「ってことは・・・・」
アレフが一筋の冷や汗を垂らしつつ呟いた。
「グロウの奴、モンスターを追いかけてこっちに向かってるのかぁ？」
「ひひーーーん」
アレフが叫ぶのと同時に、当のモンスターが突っ込んできた。
「どわわわわっ！？」
「うわぁぁぁぁっ！！」
「きゃあぁぁぁっ！！」
アレフはあわてて飛び退く。クリスも飛び退こうとしたのだが、失敗してシ
ェリルとぶつかり、２人してもつれるように倒れてしまった。対象的なまでに
果敢に反撃したのはトリーシャだった。
「えいっ、トリーシャチョップ！！」
いつもと異なり、手加減なしのチョップを脳天に打ち込んだ。
ドスッ！！
見事に命中して鈍い音を立てたが、エルやリサに比べれば非力な彼女に一撃
必殺を求めるのは酷である。食らったモンスターは頭を抱えて転げ回っただけ
であった。そこへ、マリアが追い打ちをかけた。
「マリアにまかせて！え〜い、〈る〜ん・ばれっとぉ〜〉！！」
マリアの〈ルーン・バレット〉ならぬ〈る〜ん・ばれっとぉ〜〉は、どうい
うわけかマリアの手元で爆発を起こし、その爆炎からさらに火の玉がいくつか
飛び出してモンスターに直撃、そこでも派手に爆発を起こした。
「きゅう〜〜〜☆」
真っ黒になって気絶するマリア。同様に真っ黒になったモンスターは、こん
な物騒な連中の所にいたくはない、そう思ったのであろう。大慌てで逃げにか
かった。
「あっ、逃げるな！！」
そう叫んで追いかけるトリーシャ。ようやく起きあがったクリスとシェリル、
今まで何もしなかったアレフがそれに続く。気絶したマリアは当然のごとく、
おいていかれそうになったのだが、幸か不幸か、そうはならずに済んだ。
「うひ・・・」
数歩逃げたところで、何かに怯えたかのようにモンスターが足を止めた。そ
の前方に、剣呑きわまりない気配を辺り一帯にまき散らしているリサがいた。
よく見ていると堅く握られた両の拳が震えている。
「あ、あの・・・リサ・・さん？」
おそるおそる、と言った感じでトリーシャが声をかけたが、リサは全く聞い
ていないようであった。
「どうして・・・」
リサは拳同様に震える声で呟いた。その声は戦闘とは無縁のトリーシャやシ
ェリル、あるいはリサと一緒に駆けつけたパティやシーラですらはっきりと分
かるほど、殺気に満ちあふれていた。メロディなどはすっかり怯えてシーラに
しがみついている有様だ。
そんな殺気にモンスターも怯えたらしい、ジリジリと後ずさっていく。が、
逃げることは出来ない。何しろ、ちょうどリサが爆発して、モンスターに殴り
かかったからだ。
「どうして、いつもいつもボウヤの所に行くんだい！！？」
「ひひーーん」
リサのストレートを顔面に食らい、悲鳴を上げるモンスター。あわてて、一
番おとなしい「女の子」に見えたクリスの背後に隠れようとする。
「わあぁぁぁっ、こっちに来ないで！！」
悲鳴を上げて逃げ出すクリス。それを見ていたリサの中で、最後の一線が切
れた。
ぷちっぃ
「どこまでバカにすりゃ気が済むんだい！？」
叫ぶと、逃げるクリスなど目もくれず、リサはパンチの連打−いわゆるラッ
シュ−を浴びせかけた。ストレートからボディブロー、アッパーまで各種おり
まぜて殴り続ける。モンスターは悲鳴すら上げることも出来ない。一同が声も
なく見守っていると、かなりのんびりした声がした。
「やぁ、リサが派手にやっているなぁ」
「グロウさん！？」
トリーシャとシェリルが振り返ると、マリアをおぶったグローウォームとあ
きれ顔のエルがいた。
「リサの奴は、なんだってあんなに暴れ回っているんだ？」
「それがね、エル・・・」
トリーシャが困惑気味に事態を説明する。それを聞いたグローウォームはさ
もありなんとばかりにうなづいた。
「あー、やっぱりそうなったか・・・」
「読んでいたのか、グロウ？」
「どうして、なんですか？」
「前に同じ事になった時、リサの奴、怒ってモンスターをズタボロにしたんだ
よ。まぁ、今回は誰か巻き添えになっている訳でなし。気の済むまでやらせ
ていいんじゃない？」
「でも、あのままじゃ、あのモンスター、死んじゃうんじゃない？」
「止めた方がいいような・・・」
トリーシャとシェリルの２人の意見を受けたグローウォームは、軽く肩をす
くめた。
「殺したって、死にゃしない気がするけどね。ま、いいか」
「どうするんだ？」
エルの問いに、彼は実行で答えた。
「おーい、リサ。殺すんじゃないよー」
「うるさい！構うもんか！！」
「一応、生かして捕らえろってお達しなんだ。殺すと報酬がフイになっちまう
んだ。断るんなら給料減らすぞー」
「わかったよ・・・それじゃ、これで・・・トドメ！！」
「ひーーーーーん」
あまりに悲痛なモンスターの悲鳴に、その場にいた何人かは思わずモンスター
に同情した。
かくして、エンフィールドの一部の人々を恐れさせた事件は解決した。
が、これにはさらにおまけがついた。またまたモンスターを突き出した謎の
美女（言わずもがな、グローウォームの女装）の事が話題になったのだ。いわ
く、「モンスターが現れるたびに、そのモンスターを退治する謎の美女は一体
誰だ？」この話題には、女の話なら必ず乗ってくるアレフですら加わらず、そ
のことが逆に話題になった。
ちなみに、リサはこの話題が消えるまでの間、グローウォームに昼飯をおご
り続けたことを付け加えておく。
ＥＮＤ
後書き
ようやく終わりました。「モンスター・アゲイン」をお送りいたします。前
作の倍以上の長さになっていますが、私が話を書くと大体こんなもんです。根
気よくおつきあいいただければ幸いです。
元ネタは・・・言うまでもありませんね「煩悩もんすたー」です。一同の色
仕掛けがあまりに面白くって。特に「お兄ちゃん」マリアと意外に演技力のあ
るパティの色仕掛けは秀逸でした（この部分を声つきで聞きたいという意見に
は、全面的に賛成ですね。笑い転げただろうな、絶対）。
山場は、「女装したグローウォーム」の描写部分です。しかし、書いてみて
しみじみ思うのですが、このテのものは絵にした方がインパクトありますねぇ。
誰か書いてくれないものですかね、イラスト（無理だよ）。
一応、メイン１０人を全員出すために、ゲーム設定を無視してジョートショ
ップのメンバーはグローウォーム込みで１１人となっています。そうでないと、
シーラみたいに他キャラとのからみがほとんどないキャラは出番がないので・
・・出しても、会話に加わらなかったけど、シーラ・・・。
逆に、放っておいても会話に加わってくれたのがパティとトリーシャ。楽で
したね、この２人が会話に加わっているときはスラスラ書けた。
感想、ご意見などは掲示板へどうぞ
松