ノイマンらが「山賊退治」のための検討を始めたその頃、団長室では、リカ
ルドが自警団団長、ウィリアム・ベケット相手に捜査状況の報告を行っていた。
だが、その報告を聞いているのはベケットだけではなかった。何故か、ショ
ート財閥の主席秘書、引退したモーリス・ショート会長から経営を委ねられた
ハメット・ヴァロリーが同席していたのだ。
表向きの理由は「凶悪極まりない今回の事件をどのように解決するのか見届
けたい」ということだが、リカルドは表向きの理由だけでも十分に危険なもの
を感じていた。スポンサーだからという理由だけで、捜査状況を知ることが出
来るというのは、司法機関としてはあまり健全ではない、そう感じたからだ。
そんな不快な思いを押し殺しながら報告を終えると、その不快感をさらに増
幅するかのように、ハメットが口を開いた。
「すると、犯人は今日逮捕した男なのですね？」
「差し当たり、彼が犯人でないという証拠は何１つない。と、いうことです」
慎重にリカルドは応じた。実際、グローウォーム・グレイフォードの容疑は
極めて濃厚であり、告発すれば間違いなく有罪判決が下る状況である。だが、
リカルドの理性も勘も、何かがおかしいとひっきりなしに警告していた。アル
ベルトに語ったように、あまりに符合が合いすぎる証拠も引っかかっていてい
た。あるいは何者かの謀略の可能性を考えなくはなかったが、断定するには根
拠が弱すぎた。いきおい、彼としては発言を慎重にせざるおえないのだ。
もっとも、ハメットにはそんな配慮を汲み取る義務はない。遠慮の無い疑問
をぶつけてくる。
「つまり何ですか？他に犯人がいる可能性があるとでも？」
「本人が一貫して犯行を否認しているので、その可能性も考慮せねばならない、
という事です」
「何を面倒な事を・・・そんなのは、苦し紛れの嘘に決まっているではありま
せんか」
「それを証明できますか？」
穏やかなリカルドの反問に、ハメットは言葉を詰まらせた。そんな事が捜査
については素人のハメットに出来るわけがない。無論、リカルドは承知の上で
言ったのだ。そして、続ける。
「証明できないのであれば、それは『決まっている事』ではないのです。少な
くとも人を裁く材料には出来ないのです。どうか、お間違いのないように」
「・・・・・・」
リカルドの静かな反論に、ハメットはいまいましげに黙り込んだ。口や態度
にこそ出はしてないものの、気配だけで分かる。だが、リカルドはそれを完全
に無視した。事件捜査には何人たりとも干渉させるべきではないと思っている
し、ハメットの決め付けてかかっている態度に危険なものを感じたからだ。
そんな事を感じる彼に、ベケットがいたってのんびりとした、あるいは危機
感の欠けた声で命じた。
「フォスター隊長、ご苦労様です。引き続き、捜査を行って下さい」
「はい」
リカルドは敬礼１つすると、団長室を退出した。ところで、リカルドもベケ
ットも、そしてハメットも千里眼の持ち主ではない。だから、廊下に出たリカ
ルドが呟くのを団長室に残った２人は見る事も聞く事も出来なかったし、その
逆に残った２人の会話をリカルドが知覚する事も出来なかった。もし、お互い
に知覚していれば、さぞかし厄介な事態を招き寄せたであろうが・・・
「何を考えている・・・」
第一部隊の部屋に向かう途中、リカルドはあごをなでつつ呟いた。無論、呟
きの対象はハメット・ヴァロリーである。リカルドには彼が何を求め、ここに
来たかある程度分かっていた。明快な形で口にしたわけではないが、彼はグロ
ーウォームの即時告発を望んでいるのだ、と・・・。言葉は上手く飾っても、
その裏側にあるものを見抜けぬほど、リカルドの観察眼は鈍くない。だが、そ
んなリカルドにも分からない事がある。それが「何故か？」なのだ。「何故、
そんな事を望むのか？」、それが分からない。
フェニックス美術館には、ショート財閥から寄贈された美術品もあるが、今
回の事件で盗難にあったものはない。だから「こちらの所持品を盗まれた」と
いう怨恨の線はない。単に今回の件で美術館の警備状態に不安を覚えたという
のなら、自警団に警備の強化を求めればいいだけの事だ。この方が、よほど自
然に受け入れられるのだが、何故・・・
「少し、調べる必要がありそうだな・・・」
もう一度呟くと、リカルドはいつの間にか止まってしまった足をふたたび動
かしはじめた・・・
一方、団長室に残った２人は、陰にこもった、そして深刻な会話を交わして
いた。
「ハメットさん。あんまり、こういう事に立ち会うのはご遠慮願いたいのです
が・・・」
「スポンサーが立ち会って、何がいけないというのです？」
ハメットの口調はいたって丁寧だが、同時に傲慢さを感じさせた。そんな彼
に、ベケットは困ったようにヒゲをしごきつつ、たしなめるように忠告する。
「普通の活動であればよいのですが、事が公権力である犯罪捜査となりますと、
ね・・・あらぬ噂が立ちますよ。『自警団はスポンサーの意向に沿った捜査
しかしない』とか『ショート財閥は事件の真相を捏造させている』とかのよ
うに・・・それは、お互いにとって、よろしくない事だと思うのですがねぇ」
「そんなもの・・・下衆の勘ぐりにすぎない事を気になさるとは・・・」
「それはあなたの考えでしかありません。それに、我々は法に忠実である事を
求められる番人でもあるのですよ。たとえどのようなものであれ、少しでも
疑われるわけにはいかないのです」
「それは所詮、表向きに過ぎないでしょう？」
明らかな嘲笑を込めたハメットの言葉にも、ベケットは好々爺然とした表情
を崩しはしなかったが、その瞳に抜き身の剣を思わせる剣呑な光が浮かぶ事だ
けは押えきれなかった。だが、気づいていないのか、それとも気づいていなが
ら自己の優位を確信しているので無視しているのか、ハメットは口調を変えず
に続けた。
「スポンサーに逆らわぬ方が、身の為だと思いますがね。飼い犬は飼い犬らし
く、飼い主の言う事を聞いていればいいのですよ」
「それも、所詮は表向きの事でしかありませんね」
ベケットのさりげない一言に、今度はハメットが鋭い視線でにらみすえる番
だった。
つばぜり合いのような緊迫感が室内を満たす。このつばぜり合い、どちらか
と言えばベケットの方が有利に進んでいた。元より彼とハメットの間には親子
ほどの年齢差が存在する。さらに戦場を往来した（すなわち、命に関わる修羅
場くぐり抜けた）経験すら持つベケットの気迫に抗するのは、容易な事ではな
い。むしろ、ハメットはよく健闘している方であった（褒め称えるべきかは別
として）。
が、先に引いたのは有利なはずのベケットだった。彼はついと視線を外すと、
いつもの好々爺然とした口調で語った。
「いや、少し言葉がすぎましたね・・・全く、何故こんな事を言わなくてはな
らないのか・・・」
軽く首を振ると、もうその瞳から剣呑な光は消えていた。
「ま、まったくです。一体、どういう・・・」
「おや、もう３時ですね」
団長室の置かれた柱時計の重厚な鐘の音を聞き、ベケットは呟いた。この一
言で、ハメットは出鼻をくじかれた。彼はショート財閥の経営を任された者と
しての仕事があり、３時とは、自警団事務所にいても仕事に支障をきたさない
限界の時間なのだ。
「くっ・・・仕方がありませんね。仕事があるのでこれで失礼しますよ！」
半ば叫ぶように言うと、ハメットは仕立ての良いスーツにふさわしい、高そ
うな革靴の踵をことさらに鳴らしつつ、団長室を出ていった。
それを見送ったベケットは、苦笑混じりに首を振り、窓を開けた。半分は自
分のせいであるが、陰険な空気が充満している。換気しないと息がつまりそう
であった。
「全く、しかたのない人ですね・・・」
窓から流れ込む新鮮な空気を感じつつ、彼は呟く。無論、「しかたのない人」
とはハメットの事だ。だが同時に、彼もまたリカルドと同じ事を考えていた。
（うーん・・・いつもの場所で考えますか・・・）
そう決めた彼は、秘書的な役目を務める団員に陽の当たる丘公園に行く事を
告げてから出かけた。
（バイロン隊長に頼むしかありませんかね・・・）
そんな事を考えながら・・・。
翌日、自警団第二部隊隊長、サウル・バイロンは団長室に呼ばれ、ベケット
に何事かを示唆される・・・。
グローウォーム逮捕の翌日の夕方。アリサはひどく疲労のにじむ表情でジョ
ートショップのソファーに座り込んでいた。組み合わせた両手を額にあて、ひ
じをテーブルについている。彼女にしては、ひどく珍しい姿勢である。さらに
珍しい事に、彼女は何度もため息をついていた。もう、自分でも何度ついたか
分からないほどだ。それほど、彼女の苦悩は深刻であった。
この日１日かけて、アリサはフェニックス美術館窃盗事件に関する証言を聞
きまわり、さらにグローウォームの保釈金として必要な１０万Ｇを集めるため
にエンフィールド中の銀行にあたったのだった。
だが、どちらもかんばしい結果を得る事は出来なかった。証言については、
いみじくもカール・ノイマンが語った通り、人望はあるが捜査については素人
の彼女に覆せるものではなく、金策については、そもそもあてが無かった。ジ
ョートショップの経営者といっても、１０万Ｇを簡単に用意出来るほどの蓄え
も、借りれるほどの資産も持っていない（銀行から金を借りるには、借入れ額
以上の資産を持っている必要がある）のだから・・・。
パティやトリーシャら、アリサやグローウォームを慕う者達が手伝いはした
ものの、アリサ同様、こういった事については完全な素人である以上、どれほ
ど熱意があったとしてもどうにもならなかった。
そんな彼女達も、夕方にはアリサに「もう遅いから」と言われ、不安はいく
らでもあったものの、彼女に言い諭されて帰っていった。
そして、その後テディにも「１人きりにして欲しい」と言って、居間に残っ
たアリサは、苦悩の無限回廊に落ち込んでしまった。グローウォームを助ける。
それは彼女にとって当然の事であった。「決して１人きりにはしない」、彼女
が彼とした唯一の、そして唯一であるがゆえに守らねばならない、それが約束
だった。それに、彼女の思考回路には「約束を破る」などという代物は最初か
ら存在しない。だが・・・
（どうしたらいいの？）
今のままではグローウォームの無罪を証明するのは不可能である。しかも、
保釈を申請する事すらままならない。保釈金の１０万Ｇなど、たとえジョート
ショップの土地と建物を売り払ったとしても、用意できないものなのだから。
である以上、彼を助ける手段はもう彼女には思い付かない。だからと言って、
見捨てる事も出来ない。どうすることも出来ない状況で、それでも思い付くは
ずのない方策を求め、彼女は悩み続けていた。
それを断ち切ったのは、事務所の方のカウベルの音であった。軽快な音に続
いて、初めて聞く男の声がした。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか？」
礼儀正しい、だが、どこか耳障りな声。その裏側には、どこか追いつめた獲
物をなぶるかのような嫌な優越感が存在していた。それを感じ取れるくらいに
は平静さを保っていたアリサだったが、同時にそれが何に起因するのかを考え
る事が出来ないくらいに悩んでいた。それでも応対に出るため、穏やかな表情
を作って事務所に向かう。そこには、仕立ての良いスーツを着た声の主がいた
・・・。
同時刻、自警団事務所において、リカルドも悩んでいた。その中身は「グロ
ーウォームを告発すべきか否か」。明日−厳密には拘束から７２時間と礼状に
あるため明後日の早朝だが−には彼の拘留期限が切れてしまう。今日の捜査で
新たな証拠は何も（目撃証言は出たが、あまり意味のある証言はなかった）見
つかっていないから、拘留期限の延長を申請するのは不可能。そのため、告発
しない限り、グローウォームを釈放せざるおえなくなる（告発した場合、「被
告人の逃亡を防ぐため」、という理由で、拘留が認められる）。そうなった場
合、グローウォームは自分で無罪を証明するために動き始めるだろう。だがそ
れは、リカルドにとって、許容できないものなのだ。
それというのも、この一件が見た目以上に根の深いもののように、リカルド
には思われたからだ。そんな一件に、無罪を証明するため「だけ」の捜査を別
口で行われると、いらぬ対立を招き、結果的に真相を闇の中へ隠す事になりか
ねない。
だが、それを回避するためにグローウォームに捜査をするなと言っても、そ
れは無駄であろう。彼は、自分、あるいはその周囲に対し害を加えようとする
存在を黙って見ているような真似の出来る男ではない。必ずその存在を見つけ
だし、徹底的に叩きつぶすであろう。困ったことに、グローウォームはそれを
可能とするだけの能力を持っている男なのだ。
だからリカルドは悩んでいる。このまま彼を釈放し、事件の真相が闇に消え
る危険を冒すべきか、それとも冤罪の危険を冒してでも彼を告発して時間を稼
ぎ、真相を明らかにすべきか・・・。
夕日が西の大地の下に沈む、その直前まで悩んだ末、リカルドは決心した。
「アル、美術館窃盗事件の犯人として、グローウォーム君を明朝告発する。役
所の審理部（こちらの言葉に言い換えれば裁判所にあたる）に提出する手続
き書類の準備をしてくれ」
夕日の投げかける光の最後のひとかけらを、その横顔に受けつつ、そう命じ
た。
真相を取り損なうくらいなら、濡れ衣を着せたという罵倒や汚名の方がまし
だ。彼はそう決意した。無論、濡れ衣を着せられている間にグローウォームが
受けるであろう精神的苦痛を考えると心が痛むが、その汚名は晴らす事が出来
る、彼はそう考えていた。
「上手くいったみてーじゃねーか」
薄暗い部屋の中、その男は半ば揶揄するように言った。いや、おそらく本気
で揶揄しているのだろう。その口元に薄笑いを浮かべていることから見ても、
誤りとは言えまい。そんな神経を逆なでする声に、仕立てのよいスーツを着た
部屋の主は冷ややかな反応を返すのみであった。顔を相手に向けさえしない。
「何の用なのです？もう、あなたの目的は達成されたでしょう」
「そうつれない事言うなよ。せっかくあんたの手伝いをしてやったのによ」
揶揄の中に、どこか嘲りの色を込めて言い返す。その言葉に部屋の主は鼻を
鳴らす事で応じた。そして続ける。
「その『手伝い』分の報酬は渡したでしょう。この上、何が欲しいのです？」
「別にあんたから何かもらおうなんて思っちゃいないさ・・・」
男の口調に、どこか危険なものを感じた部屋の主は初めて相手の顔を正面に
とらえた。
「一体・・・」
「ただちょっと、あいつと遊びたいんでね。あんたに言っておこうと思っただ
けさ」
この言葉を聞いたとたん、部屋の主は冷静さを失った。「あいつ」が誰か、
察しがついたのだ。
「馬鹿な事を！そんな事をしたら・・・駄目です、それだけは許しません！！」
叩き付けるような叫びに、男は満足げな笑みを浮かべた。どうやら部屋の主
の、この反応を見たかったらしい。男はのどの奥で声無き笑いを漏らすと、相
変わらず揶揄する口調で返した。
「別にあんたに許してもらおうなんて思っちゃいないさ。お互い、何の用もな
いしな・・・クックック・・・まぁせいぜいがんばんな」
「だ・・・」
「あばよ」
部屋の主が男を取り押さえるべく人を呼ぼうとした時、その声を遮るように
男は短い別離の言葉を投げかけ、かき消すように姿を消した。まるで、最初か
らいなかったかのように・・・
「・・・妙な夢だったな・・・」
逮捕されてから３日目の朝、グローウォームはそう呟いて目を覚ました。
何か妙な夢を見た気はするのだ。だが、どんな夢だったかは覚えていなかっ
た。妙な男達が何か話しているのは覚えているのだが・・・。
他に考える事も無い（事件の事は情報が少なすぎて考え様がなかった）ので、
ぼんやりと天井を見上げつつ夢の事を考えていると、仏頂面のアルベルトが来
て、表情にふさわしいぶっきらぼうな口調で告げた。
「出ろ。釈放だ」
「釈放」の一言を、グローウォームはにわかには信じられなかった。拘留期
限は今日いっぱいあるはずである。
（なのに、なんだって釈放するんだ・・・？）
わけが分からぬまま首を傾げ、とりあえず思い付いた可能性を口にする。
「釈放って・・・真犯人でも捕まったか？」
「そんなわけねえだろ！保釈金が支払われたんだよ！さっさと出ろ！！」
苛立たしさをそのまま声にしたかのような怒声に、グローウォームはますま
す分からなくなった。
（俺に保釈金を支払ってくれる人なんていたかね・・・）
支払おうという意志と支払う能力、どちらか一方ならともかく、両方を兼ね
備えた人など、心当たりはない。その事実が、彼を警戒させる。
「・・・保釈金って、誰が支払ったんだ？」
慎重に、静かに問いただす。眼光も一気に鋭くなったが、いらついているア
ルベルトはその事に気づかない。それどころか、彼にとっては自明の事実に対
する質問に瞬間的ながらも噴火した。
「アリサさんに決まってんだろ！」
「あの人はそんなに金を持ってないぞ」
「そんな事はアリサさん本人に聞け！！さっさとしろ！出たくないのか！？」
「分かった、分かった、そう急かすなよ」
（このイノシシに聞こうと言うのが、そもそも間違い、か・・・）
本人が聞いたら激怒ものの一言を内心でもらしつつ、彼はゆっくりと立ち上
がった。その時、その「イノシシ」アルベルトが呟くのが聞こえた。
「ったく、アリサさんも何だってこんな奴に・・・」
かなりの小声ではあったが、グローウォームの耳にはそれで十分であった。
だが・・・
「おい、アリサさんが何で俺なんかに保釈金を支払うのか分からんっていうの
は、俺も全く同感だ」
珍しい事に、彼はアルベルトの意見に全面的に賛成した。
（本当に、何でだろうな？俺はあの人から借りてばかりで、何１つ返しちゃい
ないのに・・・）
驚くアルベルトを無視して、彼はそう思っていた。もっとも、アリサが聞い
たらこう言ったに違いない。
「私は貸しているつもりなんて、全然ないのに・・・」
自警団事務所の洗面所で２日間で伸びたひげを剃り、多少なりともさっぱり
したところへ、アルベルトがグローウォームの腕をつかんだ。
「おい。お前に１つ言っておく」
「何だ？」
いきなり腕をつかまれたグローウォームは、友好的とは程遠い口調で応じた。
そんな彼の鼻先にアルベルトは指を突きつけつつ、宣言した。
「俺はお前が犯人だと確信しているんだ。いいか、この先少しでも怪しい真似
をしてみろ、即座にとっ捕まえて牢屋に叩き込んでやる」
好戦的で挑発的な宣言に、グローウォームは肩をすくめてみせた。
「止めとけ、アルベルト。無駄な努力の現物見本になるのがオチだぞ」
心からの忠告ではあったが、アルベルトは聞くつもりはないらしい。そんな
アルベルトを見据えつつ、彼は言葉を続けた。
「それより、俺からも言っておく。・・・俺の邪魔をするな。俺はこれから真
犯人を探さなきゃならん。その邪魔をするなら、誰であっても容赦はしない。
いいな」
静かな声、いつもと変わらぬ表情の中、その灰色の瞳だけが刺すような光を
放っている。自分より頭１つ分は小さい男の、その瞳がもたらす気迫だけで、
アルベルトは気圧された。
「・・・・・・」
「それより、アリサさんはどこにいるんだ？」
ほんの一瞬だけ瞳が隠れたかと思うと、次の瞬間にはいつもの穏やかな、そ
してどこか茶目っ気を含んだ光を、その瞳はたたえていた。その豹変ぶりに、
アルベルトは毒気を抜かれる思いと、さらなるいまいましさを覚え、荒っぽく
ある方向をゆび指した。
「あそこだ。とっとと行け！」
「ああ、そうする」
グローウォームは落ち着いて応じると、それ以上は何も言わずに立ち去った。
「ったく、あの野郎・・・」
いまいましさが未だ消えないアルベルトは、苛立たしげに舌打ちした。そこ
へ、彼が敬愛してやまないリカルドが声をかけた。
「アル、１つ頼みたい事があるのだが、いいか？」
一方のグローウォームは、内心で微苦笑を浮かべていた。
（全く、俺も短気だな・・・）
アルベルトの挑発的な宣告にのって、思わず剣呑な部分を見せてしまった。
エンフィールドに居着く前ならともかく、居着いた後ではこれが始めてだ。
（いらない喧嘩を売っちまった。まぁ、あのイノシシも売りたがっていたし、
別に問題ないだろうが・・・）
とっくの昔に油を注がれきっている火に、さらに油を注いだところで確かに
大して影響もないだろう。
そんな事を考えながら、アリサ達が待っているはずの外へ出た彼は、その明
るさに目がくらんだ。２日間、地下牢の暗さに慣れた目には、朝の日はまぶし
すぎた。目を細めて光に慣らそうとしていると、彼の耳に、もっとも聞きたか
った声が届いた。
「グロウクン・・・」
声のした方へ顔を向けると、まぶしさのせいで白く染まった視界に、いつも
の茶色を主体にした落ち着いた雰囲気の服を着たアリサが浮かび上がってきた。
「アリサさん・・・」
心底の安堵を込めてその名を呼ぶ。
（ようやく帰ってこれたな・・・）
しみじみとそう思う。それと同時に、アリサに迷惑をかけた事に思考が走り、
罪悪感が湧き起こる。どう謝罪したものかと思うより早く、謝罪のために口を
開くグローウォーム。だが、そんな彼より早く、アリサは彼に駆け寄り、矢継
ぎ早に聞いてきた。
「グロウクン、大丈夫？何かひどい事をされなかった？」
彼の存在を確認するかのように、その腕を軽くつかむ。言葉同様の不安げな
表情を少しでもやわらげたくて、そして、いつもの笑顔を見たくて、彼はこと
さらに悠然たる態度をとって見せる。
「大丈夫ですよ、アリサさん。俺はこの程度でどうかなるほどヤワじゃありま
せん」
その言葉に、ようやく微笑みを浮かべるアリサ。そんな彼女に、グローウォ
ームは地下牢を出て以来の疑問を質した。
「それよりアリサさん、保釈金を払ったって事ですけど、そんな金がどこにあ
ったんです？」
「それなんだけど・・・」
表情を曇らせつつ、口ごもるアリサ。その態度に、思わず表情を固くするグ
ローウォームに、テディの能天気な声が答えを告げた。
「ご主人様は、ジョートショップの土地と建物を担保にして借金をしたっス」
「な・・・！？」
「テディ！」
その答えに思わず絶句するグローウォーム。そして、アリサは不似合いな叱
咤の声を上げた。
「アリサさん、本当ですか？」
まっすぐに彼女を見つめつつ、問いかける。そんな彼に隠すのは無駄と見た
か、彼女は軽く目を閉じるとゆっくり肯いた。
「ええ・・・保釈のためには１０万Ｇ必要だったから・・・」
「なんて無茶な事を・・・」
グローウォームは空を仰いで嘆息した。無茶とか無謀とかいう点ではあまり
人の事を言えた義理ではない男だが、今回ばかりはその権利を持っていると言
えるだろう。何故なら、
「そんな事をしたら、アリサさんはジョートショップを・・・」
失ってしまうからだ。それも自分を助けるため、となれば、彼がその責任を
感じるのは無理もない。事実を知って沈痛な表情になる彼に、彼女は急いで補
足を入れる。
「大丈夫よ、グロウクン。この街には再審請求っていう法律があるの」
そしてアリサは、再審請求の内容を、順を追って説明した。本来は、重臣が
謀略で失脚し、国政を混乱させる事の無いように制定された法律である事、そ
れが現在、一般にも請求可能になっている事、そして・・・
「その再審理での陪審投票で、無罪を勝ち取れば、保釈金は返還されるの。こ
れなら、問題ないでしょう？」
「そりゃ、俺が無罪を証明できればの話です。もし、出来なければ・・・」
「あら、グロウクンは盗んでなんかないんでしょ？だったら、大丈夫。絶対、
証明できるわよ」
いつの間にか、いつもの笑顔になって、アリサは穏やかに断言した。そう言
われたグローウォームは頭を抱えてしまった。
いつもの事だが、どうしてアリサはいつもうまくいくと自信を持っていられ
るのだろうか？彼が彼女に対し抱く疑問はいくつかあるが、これはその最たる
ものだった。
もっとも、いつまでもそうしてはいられない。どれほど望んでいない、はっ
きり言えば不本意な状況であったとしても、それを理由に何もしないでいれる
ほど、彼の境遇は甘くない。何もしなければ、彼は犯罪者にされ、アリサは土
地と家を失う。アリサの提供した「手段」を実行し、成功する以外に道はない
のだ。
そうと決まると、彼の決断は早い。今すぐ実行可能で、自分の無罪と、何よ
りジョートショップの生き残りに必要な手段を、実行する事にした。
「取りあえず、人を集めましょう」
「集めてどうするっスか？」
「俺の捜査の手伝いや、俺がいない間の仕事を手伝ってもらう。何にせよ、俺
１人でやれる事には限界があるんだ」
かくして、方針は決まったのだった。
「よう、グロウ。もう釈放されたのか？」
エレイン橋。人柱とされた少女の名をつけられた橋の上で、グローウォーム
は声をかけられた。
「ああ、アレフか。『とりあえず』ってのがついてはいるが、なんとかな」
彼はエンフィールド１のナンパ師として知られる男に、そう返した。こんな
返答では、当然疑問を招く。アレフも首を傾げる事になった。
「とりあえず、って・・・何だそりゃ？」
「ああ、それがな・・・」
グローウォームは手早く事情を説明した。それを聞かされたアレフは珍しく
も難しい表情で聞き返した。
「それじゃ、このままお前が犯人って事にされれば・・・」
「俺はこの街から追い出される。それはいいんだが、アリサさんがジョートシ
ョップを失う。こいつが大きく問題なんだ」
グローウォームも真剣な口調で肯いた。この同意の仕方に、アレフは彼とし
ては不似合いな事に、トレードマークの帽子ごと頭を抱え込んでしまった。
「お前なぁ。お前がここを追放されるのだって、十分に問題なんじゃないのか？」
「俺は元より根無し草だ。アリサさんに恩を返さなきゃならないからここに居
着いているというだけでな。追放されても、根無し草に戻るだけさ」
恐ろしく冷め切った事を言ってのけると、その事に反論される前に、誰も反
論出来ない事を付け加える。
「だが、アリサさんはそうじゃない。あの人がジョートショップを失うような
事態は、絶対に回避しなきゃならないんだ」
「ああ、そうだな。俺に何か出来る事はあるか？よかったら手伝うぞ」
力強く肯いたアレフに、テディが驚きの表情を浮かべた。
「アレフさん、一体どういう風の吹き回しっスか？男の人に力を貸すなんてし
ないって、いつも言っているじゃないっスか」
「ふっ、甘いなテディ。このままじゃ、あの美しいアリサさんまで難儀する事
になるんだぞ。俺がそんな事、見過ごせると思うか？」
「アレフさんらしいっスね・・・」
「それでいいんじゃないのか？これで、俺のために、なんて言い出したら、明
日から一週間、嵐になるぞ」
真面目くさった表情で肯きつつ、これまた真面目くさった口調で評するグロ
ーウォーム。実にどっちもどっちな男達である。まぁ、こんな男達だからこそ、
性格的に合う部分が無くとも、うまくやっていけるのであろうが。
その後、アレフも人手を集める事、後でさくら亭で落ち合う事を決めて、そ
れぞれの心当たりに相談を持ち掛けるため、いったん別れた。
「ふーん、そんな事がねぇ・・・」
逮捕から、エレイン橋におけるアレフとのやり取りまでを聞かされたエルは、
気のない口調で呟いた。
ここはマーシャル武器店。アレフと別れたグローウォームが真っ先に訪ねた
「心当たり」がここで働くエル・ルイスだった。もっとも、エル本人は、興味
がないようだが・・・。
「ま、がんばりな」
「それだけっスか？」
「アタシには関係ないだろ？」
「相変わらず冷たいお言葉っスね・・・」
テディが抗議半分、嘆き半分に呟く。かなりきつい一言だが、彼女は気にす
る風でもなく、軽く鼻を鳴らすだけで受け流した。
あまり「いい雰囲気」とは言えないこの状況下でも、グローウォームは構わ
ず話を進める。
「『関係ない』と言った直後に言うのも何なんだが・・・」
軽く身を乗り出しつつ、言葉を続ける。
「手を貸してもらえないか？礼はするから」
「手を貸せ、って・・・アタシにか？」
「お前に向かって『マーシャルの手を貸せ』とは言わないぞ、普通」
「ま、そりゃそうだけどね。お前にねぇ・・・」
エメラルドグリーンの髪をかき上げつつ考え込む。それを拒絶ととったテデ
ィが泣きそうになる。
「ダメっスかぁ？」
「どんなに客のいない店でも、仕事はあるんでね」
皮肉をたっぷり込めた視線でテディを一瞥する。来る早々、「相変わらず客
のいない店っスね」と言われたのをあてこすっているのだ。もはや半ベソ状態
のテディを無視して、エルは考え込んだ。
「うーん・・・自警団の連中、相手にするのは面白そうなんだけどな・・・」
はっきり言って、エルと自警団の仲は悪い。日常茶飯事であるマリアとの喧
嘩にからむ、様々な事に対する態度の違いが、両者の対立を生み出している。
だから、自警団を向こう敵に回すのは一向に気にならないのだ。
「アタシがいなくなると、この店、３日としないでガラクタだらけになるから
なぁ」
エルが気にしているのはこっちである。実際、彼女がこの店に来たばかりの
頃は、夜鳴烏雑貨店の地下倉庫なみに雑然としており、武器をもっとも必要と
する自警団員でさえ、必要がない限り近寄らない店だったのだ。それ以外の一
般市民がどうであったか、言うまでもない。そんな店なので、彼女としてはあ
まり長い事ほったらかしにしたくないのだ。
そんな彼女の悩みを解決する声が、地下倉庫へと続く階段からかけられた。
「エルさん、心配ないアルヨ。この店はワタシに任せて、安心してジョートシ
ョップの手伝いするヨロシ」
『マーシャル！？』
２人と１匹の声が見事にハモる。声の方を振り返れば、そこには華奢という
より貧相な上半身をさらした痩身の男がいた。彼がこの店の主人にして格闘オ
タク、マーシャルである。
「どう聞いても、グロウさんの方がワタシより大変アルネ。エルさん、手伝う
ヨロシ」
「何のかんのと上手い事言っちゃいるが、要するに、またぞろガラクタを買い
込む隙を作ろうって腹だな？」
「そそそ、そんな事ないアルヨ、ワタシはグロウサン、ホントーに大変だろう
と思ってアルネ・・・」
（じゃぁ、何で目をそらす？）
ダシにされているグローウォームは、思わず突っ込みを入れる。声に出さな
いのは、そうして話をややこしくしたくなかったのと、どうせエルも気づいて
いるだろうと判断したからだ。事実その通りで、エルは長々と言い訳を続ける
マーシャルに対し、きっぱりと宣告したのだ。
「マーシャル、分かっているとは思うけど、もしもアタシがいない間に使えな
いガラクタを買ってきたら・・・」
語尾に、握りもしないのに指が鳴る音が重なる。これで相手が普通に服を着
ていれば、その襟首を締め上げているところだ。
「わわわ、分かっているアルヨ。あ、ワタシ、まだ倉庫の整理をしないといけ
ないアルヨ。これで戻るアルネ」
「あ、待て、こら！」
そそくさと階段を降りるマーシャルに叫ぶが、その姿は地下倉庫の闇に消え
てしまっていた。仕方なく、舌打ち１つで追求をあきらめるエル。地下倉庫は
ちょっとした迷宮になっているので、探しに行くのも大変なのだ。
「ったく、どうしてこういう時の逃げ足だけは速いんだ？」
「そりゃあ、エルさんに捕まったら、どうなるか分からないからっス」
うかつな口を叩き、一瞬後に殴られるテディ。一発殴って気はおさまったら
しい、エルは手をはたきながらグローウォームに向き直った。
「ま、マーシャルの方も問題ないようだし、アタシでよけりゃ手伝ってやるよ」
「ありがとう、エル」
「その代わり、高くつくからな。覚悟しとけよ」
「はいはい、給料ははずむよ」
ニヤリと笑うエルに、グローウォームは悠然と応じてみせた。
「なぁ、グロウ」
細かい事は、他に何人か集めてからさくら亭で話す。そう言われて行動を共
にする事になったエルは、その路上で彼に問いかけた。
「ん？」
「お前、最初からアタシの所に来るつもりだったんだろ？」
「ああ、そうだけど？」
「何でアタシなんだ？お前の無罪を信じて手伝ってくれる奴なら、他にいくら
でもいるんじゃないのか？シェリルとか、トリーシャとか・・・」
「うーん、まぁ、確かにシェリルやトリーシャ達なら無条件で手伝ってくれる
だろうけどね・・・」
問われたグローウォームは否定できずに苦笑した。が、その口調とは裏腹に、
彼女達に頼むつもりは最初からなかったらしい。それ以上は賛意を示そうとは
しなかった。
「でもなぁ、あいつらに『真犯人を捕まえるのを手伝ってくれ』とは言いづら
いだろ？荒事に向いてないし」
「まぁ・・・そうだね」
今度はエルが否定出来ずに苦笑する番だった。
シェリルとトリーシャ。確かに、彼に好意を持つこの２人なら、その場で手
伝う事を承諾するであろう。だが、彼女達は「真犯人を見つけ出して、力ずく
で捕らえる」という荒事に向かない。性格的に向かないのだ。グローウォーム
にしても、あえて彼女達を危険にさらす気はないのだろう。
そこまで察知したエルだが、そうなるともう１つ分からない事が出てくる。
「じゃぁ、どうしてアタシならいいと思ったんだ？」
「お前の腕なら、一緒に捕まえに行く事になっても安心できるからだけど？」
確かにエルの戦闘能力は高い。生まれついて魔法が使えないという、そのエ
ルフ族としては異様と言っていい能力の欠落を補うために、彼女は体を鍛え、
戦う為の技術を身に付けた。
俊敏と評されるエルフ族の中でも特に俊敏だったエルである。腕力と技術を
身に付けてしまうと、そこいらのチンピラは無論の事、しっかりとした訓練を
受けた兵士でさえ、彼女に勝てなくなってしまった。
だから、そういう意味では確かに妥当な人選と言えなくはない。だが、彼女
はまだ、引っかかる何かを感じていた。別に悪い事ではなさそうだが、何か隠
されている気がして仕方がなかった。
「お前、本当にそれだけなんだろうな？」
「う〜ん・・・まぁ、後は、信用しているから、としか言えないんだが・・・」
グローウォームは困ったようにそう答えた。そんな彼に、何かもの問いたげ
な視線を投げかけるエル。そんな会話を交わしながら、２人はさくら亭のドア
をくぐった。
「いらっしゃーい・・・って、グロウ！？あんた、釈放されたの！？」
２人の姿を認めたパティは、思わず驚きの声を上げてしまった。
「へえ、ずいぶんと早いじゃないか？どうしたんだい？」
「グロウさん！よかった・・・無実が証明されたんですね」
リサは軽い驚きを込めて問いかけ、シェリルは喜びで泣き出しそうになりな
がら彼の手を取った。
「いや、その・・・喜んでくれているところ悪いんだけど・・・」
「こいつ、保釈されただけだよ」
苦笑混じりの彼の言葉を、エルが先取りする。その言葉に、シーラが首を傾
げた。
「保釈？釈放じゃなくて？」
「ああ、そのあたりは今から説明するよ。ちょうどいい具合に、リサもいるし
・・・」
そこまで言った時、彼の言葉を断ち切るようにパティが何かに反応した。
「来るわね・・・」
彼女にしては珍しい、低い声。だが、グローウォームにはそれで十分だった。
グローウォームは無言で、そしてさりげない動作でドアを開けると、騒々しく
赤い何かが飛び込んできた。
「わあぁっ！！」
どうやら、ドアを開けるという行為をブレーキ代わりにするつもりだったら
しい。そのドアを開けれらたそれは、勢いを殺せず見事につんのめった。その
まま顔から床に激突すると思われたその直前、グローウォームの腕がそれをす
くい上げた。そして、彼は腕全体てをしならせてそれの勢いを殺した。
「大丈夫か、ピート？」
「へへへっ・・・ありがとう、グロウ」
彼に抱きとめられたそれ−ピートは照れくささをごまかすように頭をかきつ
つ礼を言った。そんな彼を降ろしてやりながら、グローウォームは真面目くさ
った口調でたしなめる。
「少しは加減しろ。でないと、パティが恐いぞ」
「ちょっと！何よ、その『恐い』っていうのは！！」
「まあまあ、パティ」
反射的にかみつくパティを、リサが苦笑まじりになだめる。が、それをぶち
壊すかのように、ピートがとどめの一言を放った。
「パティなんていいからさー、今度の事件の事、教えてくれよー」
「何、ですってぇ〜！」
険悪を飛び越え「きれちゃった」モードに突入したパティが、その過ちをピ
ートにさとらせる間も与えず彼に対しスリーパーホールドを決めた。
「くっ、苦しい、苦しい！ホントに首が絞まってるよ！！」
「うるさーい！！あたし、もう手加減なんてしないからね！！」
「成仏しろよ、ピート・・・」
グローウォームはポツリと呟いた。
そんなささいな事件の後、グローウォーム以下、エル、シェリル、シーラ、
パティ、リサ、ピート、テディは１つのテーブルを占領して、この事件の概要
をグローウォームの口から説明してもらった。
昨日の早朝に事件が発覚し、証言から自分が疑われた事。さらに家宅捜索で
自分の部屋から心当たりのない盗品が出てきた事。これらの証拠から、自警団
は自分が犯人だと判断し、結果、身に覚えのない窃盗の罪で逮捕された事。だ
が、アリサが借金をしてまで保釈金を用意し、さらに再審請求により１年間の
審理延長手続きをしたおかげで、保釈され一時的な自由を得た事。だが、その
ためにアリサはジョートショップの土地と建物を担保にしたため、自分が無罪
を勝ち取るか、１年で１０万Ｇ稼ぎ出さない限り彼女は土地と建物を失ってし
まう事。また自分の無罪が証明されなければ、エンフィールドから追放される
か、終身刑が下るであろう事・・・。
これらの説明を聞き終わると、一同、状況の深刻さに黙り込んでしまった。
中でも、シェリルは泣きそうになっていた。
「ひどい・・・グロウさんは何も悪い事してないのに・・・こんなにいい人な
のに、犯罪者扱いされるなんて・・・」
「いや、その・・・」
シェリルに思われるほど「いい人」じゃないと思っているグローウォームは、
反応に困って首筋のあたりを右手でかいた。
（ひどいって、言われてもなぁ・・・現にそうなったんだから、仕方ないじゃ
ないか）
そんな事を考える彼が、明らかな苦笑の色を含む声で彼女をなだめるように
話し始めるようになるまで、きっかり１秒を必要とした。
「その辺はとりあえず置いといて・・・このひどい事態を何とかするためにみ
んなの力を借りたいんだけど・・・」
「何を手伝えばいいんですか？私、何でもやります！」
どこか暴走しているんじゃないかと思えるほど気合の入ったシェリルに、彼
はちょっと押されながらも、思った事を口にする。
「いや、そんなこぶし握って気合を入れなくてもいいんだけどね・・・」
頬のあたりに汗を一筋流しながら、言葉を続ける。
「みんなには、俺の代わりにジョートショップの仕事をして欲しいんだ」
「ジョートショップの？」
彼の身に降りかかった事態との関係が見えず、小首を傾げるシーラ。彼女の
隣に座るパティは、いつものように語気を強くする。
「ちょっと、今、大事なのはあんたの無実を証明する事なんじゃないの！？」
「それは楽な事じゃないぞ。何のかんの言っても、自警団のそろえた証拠を、
ひっくり返すだけの証拠を用意しなきゃならないんだからな。それも、ほん
の何人かで」
パティ達がじっと見つめる中、グローウォームは淡々と説明を続ける。
「多分、１年がかりで『自警団の用意した証拠は俺を犯人とするには不十分』
という程度の証拠をそろえて、審理の場で争うのが精一杯だろう」
そこで一息つくと、彼は一同を見回し、「理由」を話し始めた。
「だが、それだけで確実に無罪が証明できるとは限らない。一歩間違えれば、
やっぱり俺が犯人だ、となってこの街から追い出される」
「おいおい・・・」
呆れたように、たしなめるように上がったリサの声を無視して、彼は続ける。
「だが、そんな事態になっても、ジョートショップが、アリサさんが住むあの
場所が奪われる事はない。そんな保障が欲しいんだ」
「あたし達に、借金分のお金を稼いで欲しいって事？」
パティの疑問形でなされた回答に、グローウォームはゆっくりと肯く。
「そう。ジョートショップが借金のカタに取られずに済むのなら・・・俺も安
心して犯人探しに専念できる。そのためにも・・・頼む」
心の底から絞り出したかのような、ある種の悲痛ささせ感じる声。そして何
より、この男がアリサの事を大切に思っているか、痛感させる声だった。そん
な彼に、真っ先に応じたのはシェリルだった。
「はい・・・それで、グロウさんが安心出来るなら・・・私、頑張ります」
「まぁ、あんたがそこまで言うんなら・・・」
とはパティの言。その後を受けたのはリサだ。
「手伝ってあげるよ。このままじゃ、アリサさんも気の毒だしね」
「私も・・・アリサさんにいつもお世話になっているし、グロウくんにも色々
助けてもらっているから・・・少しでも力になりたい」
「・・・・・・」
「どうしたんだ、グロウ？」
「いや、協力をもちかけておいてなんなんだけど・・・」
グローウォームは難しい表情になっていた。
「みんな、自分の方は大丈夫なのか？パティはさくら亭、シェリルは授業があ
るし、シーラはピアノの稽古があるんじゃないのか？」
「そりゃ、あるけど。でも、今のあんたが心配する事！？」
呆れたようにパティが叫ぶ。思わず、シーラがなだめにかかる。
「パティちゃん、落ち着いて」
「大丈夫ですよ、グロウさん。授業の方は、多少欠席しても問題にはなりまん
から・・・」
「こんな状況だもん。さくら亭はバイトでも雇ってもらって、穴を埋めてもら
うわよ。アリサさんの事なら、父さんも母さんも納得してくれるだろうから」
「私も・・・ママに頼んでみる・・・最後のお願いって言えば、多分、通して
くれると思う」
「最後のお願いっスか？」
彼女の言葉に引っかかったのはテディだけだった。それ以外の面々は、目前
のあまりに大きすぎる事態の対処に気を取られ、シーラの台詞の細かいところ
にまで気を回す精神的余裕などなかったのだ。それに、引っかかる暇さえ、彼
らは与えてもらえなかった。
「まーかしとけ！なんか、すっげぇ楽しそう！」
「楽しそうって・・・」
「ピートぉ、『楽しそう』なんて言っている場合じゃないでしょ！！」
珍しく非難する風のシェリルの呟きと、明快な非難の色が込められたパティ
の叫びが重なった。グローウォームにいたっては、ひたすら苦笑するしかなか
った。
「まぁ、やる気があるのはいい事と思っておくか・・・」
「やる気だけってのも考え物たぞ。『あの』マリアを見りゃ分かるだろ」
「何か言った、エル！？」
勢いよくドアが開け放たれたかと思うと、エンフィールドきっての自爆魔法
少女マリア・ショートが駆け込んで来た。
「一体、どういう耳をしているんだ？」
「俺に聞くなよ・・・」
呆れたように髪をかき上げるエルに、グローウォームはため息まじりに応じ
る。そんな彼に、マリアは弾むような声で話しかけた。
「ね、ね、アレフから聞いたんだけど、グロウ、困ってるんだって？」
「ああ。手伝ってくれるのか？」
「うん☆マリアにまかせて」
自信たっぷりに語る彼女に、思わずとげとげしい口調でエルが問う。
「おい、マリア。お前、本当にこいつの立場が分かっているのか？」
「暴力エルフより分かってるもん。要するに、真犯人をマリアの魔法で倒しち
ゃえばいいんでしょ☆」
「全っ然、分かってないじゃないか・・・」
「ぶー☆なによ！」
あっさりと否定され、むくれるマリア。そんな彼女ににらみ付けられても、
エルは平然とやり返す。
「大体、お前の魔法なんかで捕まる犯人なんているわけないだろ。自爆したあ
げく、みんなの足を引っ張るのがオチだよ」
「そんなことないもん！今日だって、新しい魔法を覚えたんだから！！」
「覚えただけだろうが、お前の場合」
険悪な表情で、エルが決め付ける。
物理魔法と錬金魔法の２つは、きちんと発音（詠唱ではない）さえ出来てい
れば発動させる事が可能である（神聖魔法と精霊魔法はまた異なる）。極端な
話、詠唱時の発音を教え込んでやれば子供でも発動させる事が可能なのである。
マリアの「覚えた」はまさにそのレベルなのだ。別に詠唱時の発音の意味を
分かっているわけではない。これではまともに発動する可能性が低いのも当然
と言えよう（異国語の歌を歌えるからと言って、その異国語で会話が出来るわ
けではないのと同じ理由）。
無論、多少の知識があるマリアにしてみれば、エルの評価に納得いかないの
は当然だろう。
「ぶー☆そんなに言うなら、今日覚えた魔法で・・・」
「やれるもんならやってみな」
対抗するマリアをさらに挑発するエル。それを見たグローウォームは、最悪
の事態を避けるために、素早く２人の間に割って入った。
「２人とも、そこまで。それ以上やるんじゃない」
『だってこいつが！』
思わず声をハモらせて抗議する２人。そんな２人を引き分けつつ、彼は苦笑
混じりになだめた。
「だから、止めろって。これ以上やったら、ここを壊すだろうが」
「う・・・」
「あ、ああ・・・」
「さくら亭破壊の可能性」を示唆されて、さすがの２人も勢いを殺しざるお
えない。そこへ、彼はさらに追い討ちをかける。
「それにマリア。魔法ってのは、ほいほい使うものじゃない」
「う・・・でもぉ」
「本物の魔法使いは魔法を見せびらかしたりしないものだぞ」
反論出来ずに黙り込んでしまったマリアから、今度はエルに視線を向ける。
「エルもエルだ。怒る気持ちも分かるが、ちょっと大人げないだろう」
「あ、ああ。まぁ、分かってはいるんだけど・・・」
「我慢できない、か・・・」
グローウォームの言葉に黙って肯くエル。
「魔法なんて気にしちゃいけないって、分かってはいるんだけど・・・」
「『魔法なんて』って何よ！？」
「お前の行動見ている限り、魔法『なんて』で十分だと思うんだけどね」
「だからやめろっての」
またにらみ合い始めた２人をもう１回引き分けつつ、グローウォームは誰に
も気づかれないようなため息をついた。
（ひょっとして・・・俺は無罪証明より、はるかにとんでもない厄介事を背負
い込んじまったんじゃないか？）
彼の脳裏を、そんな思いがよぎった。この予感は、後でアレフがメロディと
クリスを連れてくるにおよんで、確固たるものになり・・・そして笑えない事
に、完全な的中を見せる。彼が、この後の１年でこの協力者たち１０人がもた
らす「厄介事」に対して割いた時間は、「無罪証明」のために割いた時間をは
るかに上回ったのだから・・・。
こうして、騒動の幕は開けた。いかなる閉幕を迎えるのか、それをこの時点
で予見しえる当事者は誰もいなかった・・・。
ＥＮＤ
後書き
松です。「騒動の幕開け」をお届けします。
中身は悠久本編のオープニング、主人公逮捕編とその後の仲間集めを、周辺
関係者視点込みで書いたものです。もっとも、自警団ばっかりですけど、周辺
と言っても・・・。
それにしても、かなりミステリやサスペンスものの世界になった気が・・・
いえ、本物のミステリやサスペンスと比べたら、お話になりませんがね；でも、
一応それらしく伏線は張ったつもりです・・・かなりバレバレの気もしてたり
しますが(^^;
あまりにそんな世界に突入したもので、最後の最後で反動が来ました（笑）。
いえ、話としては予定通りだったのですが・・・。
今回最大の不安は冗長になってないかと言う事。世界設定やら歴史やら、法
律システムやら入れたいものを片端から詰め込んだもので。（しかも、これで
もかなり削り込んだ方です；本当はもう少し細かく書きたかったのに）
ところで、「私的時系列表」を見ている人ならお分かりかもしれませんが、
このＳＳ、当初は「始まりの終わり」というタイトルでした。その後、色々と
考えるうちに「始まりの終わり」ではしっくりこなくなったので、「騒動の幕
開け」に変わったのです。「始まりの終わり」は悠久本編ラストイベントＳＳ
で使う予定です。
それでは、こんな所で。
感想、ご意見などは掲示板へどうぞ
松