その日、グローウォームは、旧王立図書館で会ったエルと陽の当たる丘公園
に来ていた。
「あれ・・・？」
「どうした？エル」
「あそこにいるの、パティじゃないか？」
エルがゆび指した先には、いつもの白の上着が印象的なパティが木陰でくつ
ろいでいた。そんなパティも彼らに気付いたらしく、いつもの明るい笑顔と共
に手を振った。
「あれ？グロウにエルじゃない。散歩でもしてるの？」
「まあ、そんなところかな。マーシャルが休みをくれたのはいいけど、それく
らいしか、することなくてね」
「あはは、分かる分かる。あたしも休みをもらったんだけど、ここでボーっと
するくらいしか思いつかなくって・・・」
「それにしても、この面子が休みでそろうってのは珍しいな」
グローウォームの言葉ももっともだ。ジョートショップ唯一の正規従業員
（他の面々はあくまで臨時従業員）であるグローウォーム、さくら亭の看板娘
であるパティ、マーシャル武器店の唯一の従業員にして実質的経営者であるエ
ルの３人は、それぞれ店の仕事が忙しく、ほいほい休める立場ではない。
グローウォームやエルは週に一度くらい休みを取ることも出来るが、年中無
休のさくら亭で働くパティの場合は、それすらも難しい（本人が仕事の虫であ
るという面も働いているが）。だから、この３人が同時に休みであるというの
は、恐ろしくまれなのだ。
そんな何ということはない会話を交わしていると、突然すさまじい爆音が響
き渡った。それは、音というより衝撃波と言うのが正しく、真後ろから不意打
ち同然に食らったパティはそのショックで気絶してしまった。
「パティ！？」
「何なんだ、一体！？」
さすがに平静を保っていれるわけもなく、グローウォームもエルも口々に叫
ぶ。だが、彼らが周囲の一般人と異なるのはこの先の行動である。すかさず冷
静さを取り戻すと、行動を起こしたのだ。
「エル！パティの様子を見てくれ！！俺は爆発の方へ行く！！」
「分かった！気をつけろよ！！」
エルの声を背に受け、グローウォームは爆発が起こったと思える方へと駆け
て行った。が、走って行くにつれて、奇妙な事に気付いた。確かに派手な爆音
と衝撃波が起こったのに、周囲の木々には何のダメージも認められないのだ。
普通、これだけ派手に爆発すれば、枝の１本や２本は折れていそうなのだが、
それが全くないのだ。
（まさか・・・）
約１名、派手な爆発ばかり起こすくせに全く損害が出ないという、奇特な才
能の持ち主の姿が、彼の脳裏をかすめた。そんな彼にかけられた声は、その予
想の正しさを証明するものだった。
「あ、グロウ☆手伝ってよ！！」
「やっぱり・・・」
声をかけてきた少女−エンフィールド屈指のトラブルメーカー、マリア・シ
ョート−の姿を認めて、グローウォームが発した第一声がそれだった。
そんな彼に、マリアは頬を膨らます。
「なによぉ、やっぱりって？」
「マリア、１つ聞くが、さっきの爆発はお前の魔法か？」
「うん、そうだよ☆」
「やっぱり・・・」
明快な答えにため息をつく。毎度の事なのですっかり慣れたが、この大爆発
だけはカンベンしてもらいたいと思う。毎度毎度、後始末が大変なのだ。
「ったく・・・マリア、魔法の実験ならもっと人がいない所でやれと・・・」
「それどころじゃないんだってば！！」
こめかみを押さえつつお説教を始めたグローウォームを、マリアは大声で遮
る。続けて、一番重要なことを叫んだ。
「ここにシャドウがいたの！！だから、マリア、やっつけようと思って・・・」
「大技繰り出して、失敗したんだな？」
「うん・・・」
冷静な指摘を受けて、小さくなるマリア。そんな彼女に、グローウォームは
ため息が出る。マリアが、善意から魔法を使おうとしているのは分かる。それ
は分かるし、止めようとは思わない。だが、出来ればもう少し落ち着いて、物
を少し考えてから行動して欲しい。ほとんど脊髄反射の領域の判断で魔法を使
っては騒ぎを起こされるのは、遠慮したいのだが・・・。
と、頭の片隅で思いつつ、彼は同時に別のことを考えていた。
「・・・で、シャドウがいたって？」
「うん・・・両目を覆うような眼帯と黒い拘束服を着て・・・あそこにいたよ」
「・・・何を考えている？」
マリアの指した木を見ながら、グローウォームは呟いた。
シャドウは、既に「グローウォーム達が勝手に疑う相手」ではない。トリー
シャ誘拐、ならびに大武闘会における薬物散布／殺人未遂の犯人という、れっ
きとした犯罪者なのだ。それがこんな人が集まる場所に、そんな目立つ格好で
現れるとは、どういうつもりなのか？いや、そもそも、どうして自警団に見咎
められることなく来れたのか？そういった辺りを考えると、相当に怪しい。
そんなことを考えていると、目の前のマリアが抗議の声を上げた。
「ぶ〜☆何よ、マリアがせっかく捕まえてあげようと思ってやったのに・・・」
「え？」
「『何を考えている？』はないじゃない！」
ほっぺたを膨らましてにらんでくる。一瞬の間を置いて、グローウォームは
マリアが誤解していることに気付き、苦笑を浮かべた。
「ああ、違う違う、お前のことじゃない。シャドウのことだよ」
「え？シャドウの？」
きょとんとなってマリアが問い返す。それに対し、グローウォームが説明を
しようとすると、マリアにとっての天敵、エルがパティと共に姿を見せた。
「グロウ、ここにいたのか・・・って、やっぱりマリアか・・・」
「な、何よ！？やっぱりって！？」
かみついてくるマリアを無視して、エルはグローウォームに向き直った。
「さっきの爆発は、やっぱりこの爆裂お嬢の仕業か？」
「まあね」
色んな意味で沸き起こる苦笑の発作を押さえつつ、彼は頷いて見せた。
「マーリーアー。魔法の実験を街中でやらないでよ！危ないじゃない！！」
剣呑な視線でマリアを射抜きつつ、パティが叫ぶ。
「違うよ！マリアは・・・」
「じゃあ、この爆発は何なのよ！？」
容赦ない（まぁ、気絶させられたわけだから無理もないが）パティの追求に、
マリアはますます小さくなってしまう。そんな２人の間に、グローウォームは
さりげなく割って入った。
「まぁ、待てよパティ。マリアは別に実験していたわけじゃないんだ。シャド
ウを捕まえようとしたんだとさ」
『シャドウを！？』
エルとパティの声が見事にハモる。既に彼女達にとっても、「シャドウ」の
名は捕まえるべき相手として記憶されている。特に先日の大武闘会では毒物散
布（未遂で終わったが）の犯人として、自警団にも追われるようになっただけ
でなく、グローウォーム、エル、リサの３人の攻撃を跳ね除けた精強ぶりを見
せつけた相手だ。２人の顔に緊張が走る。と、同時に、呆れもする。
「あっきれたぁ・・・」
「お前、この間の戦いを聞いて、よく１人で戦おうって気になれたな」
パティの台詞もさることながら、何よりもエルに言われた事がマリアのしゃ
くに触った。ふくれっ面してエルにかみついた。
「な、何よ！マリアじゃ勝てないって言うの！？」
「この間、アタシとリサとグロウの３人がかりで戦って、それでも逃げ切られ
たんだぞ。グロウの奴は手負いだったから外すとしても、お前、自分がリサ
と１対１で戦って勝てると思ってんのか？」
マリアをたしなめる方が先、そう思っているエルは、あえて自分の名前を出
さなかった。それは的確に効果を発揮し、マリアは言葉に詰まってしまった。
いくらなんでも、「リサを相手に勝てる」とは言えないのであった。
「で、でも・・・」
「ま、無謀であった点は確かだろうな」
グローウォームが、マリアの頭に手を置きながら苦笑混じりにまとめてしま
う。その行動が、子供扱いされているように感じたマリアは不満げに彼を見上
げ、何か文句を言いたてようとするが・・・。
「真面目な話、逃げられた程度で済んで幸運だった。最悪、お前がさらわれる
事だってありえたんだからな」
「あ・・・！」
真剣な口調でそう言われ、エルもパティも、そしてマリアもはっとなった。
確かに、去年の９月にはトリーシャの誘拐に成功しているシャドウだ。いくら
ジョートショップでの仕事で戦闘能力も上がったマリアとはいえ、グローウォ
ーム、エル、リサの３人を同時に相手取ってのけるシャドウが相手では、誘拐
される可能性は甚大と言える。そうならなかったのは、確かに幸運と言うより
他にない。
自分がなしたことの危険さに気付かされ、さすがのマリアもうつむいてしま
った。そんな彼女に、グローウォームは軽い苦笑を浮かべて続けた。
「それに、魔法使いが正面切って戦うこともあるまい？そんなことをしたら、
呪文を唱えるヒマもないだろう？まぁ、そんなことより・・・」
グローウォームはため息をつきつつ肩をすくめてみせた。
「早いところ、ここを離れた方がいいだろうな。アルベルトがうるさいだろう
から・・・」
そこまで言いかけた時、突然、公園中に響いていそうな大声が彼らの耳に飛
び込んできた。
「グロウーーー！！」
「アレフ？あんた何でここに？」
駆け寄ってくるアレフの姿を見とめたパティが、驚きの声を上げる。が、彼
らの元に駆けて来て、肩で息するアレフにはその余裕がない。
「おい、グロウ！大変だ！！」
「どうした？またブッキングでもやらかしたか？」
エンフィールド屈指のナンパ師、アレフ・コールソンは、その軽薄さからは
想像できないほどに胆力がある男だ。そんな彼がここまで焦る理由を、グロー
ウォームは過去事例から考えて、冗談半分に呟いた。が、今日のアレフはそん
な冗談が通じなかった。
「そんなんじゃない！いいから来い！！」
「ちょっと待ちなさいよ！何があったか説明しなさいよ！！」
パティの叫びに、同感とばかりにエルも頷く。
「シャドウだよ、シャドウの奴が現れたんだ！」
「ええっ！？」
「またかい？」
パティとエルが驚きの声を上げる中、グローウォームは冷静に問いただした。
「場所は？」
「美術館の中だ。今、クリスが見張っている！！」
「美術館・・・？」
グローウォームは眉をひそめた。記憶違いでなければ、現在フェニックス美
術館は何かの特別展示を開催していて、自警団も警備に駆り出されているはず
である。そんなところへ指名手配中のシャドウが入り込んで、何の騒ぎにもな
らないはずがないのだが・・・。
だが、そんな疑念も、シャドウ逮捕に焦る仲間達の前には長続きしない。
「グロウ、なにボーッとしてんのよ！早く行かなきゃ！！」
「今度こそ、マリアの実力見せてあげるからね☆」
パティとマリアの台詞に軽い苦笑を浮かべると、彼はエルに声をかけた。
「エル、お前、確か魔法封じの札があるって言っていたな」
「『封魔符』か？ああ、あるけど取ってくるか？」
「頼む、途中でさくら亭を見て、誰かいたら美術館に来るように言ってくれ」
「分かった」
頷いたエルが走って行くのを見送ると、グローウォームは３人の方に向き直
り、落ち着き払った口調で言った。
「さて、行こうか」
一方、フェニックス美術館では騒ぎが起こっていた。大武闘会でシャドウの
姿を目撃した１人が美術館にいて、美術館の警備員に通報し、その警備員は自
警団に「シャドウ出現」の報告をした。そして、アルベルトがイノシシの勢い
で人並みを切り開いて駆けたからだ。だが、彼はそんな騒ぎに目もくれずに、
愛用のハルバードを突きつけ吠え立てた。
「シャドウ！誘拐未遂と毒物散布による傷害でテメェを逮捕する！覚悟しやが
れ！！」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出した周囲の人々とは対照的に、当のシャドウ
はちらりとアルベルトの方に顔を向けただけで平然としていた。
「ったく、無粋だねぇ・・・ゆっくり絵を鑑賞する風情ってものが分からない
なんてなぁ・・・」
「貴様ぁ！！」
喉の奥を鳴らすような笑いと共に投げかけられた一言に、アルベルトは沸騰
して斬りかかった。
アルベルトのパワーとスピードは、エンフィールドの戦士の中でトップラン
クに位置していると言って過言ではない。だが、戦いとは力押しだけで勝てる
わけではない。もし力押しだけで勝てるものなら、この世の中で最優秀の戦士
は象ということになるだろう。
そして、この時も「戦いは力押しだけでは勝てない」事を証明する事になっ
た。突進してきたアルベルトを、シャドウは軽く身をのけぞらせただけでかわ
すと、続けて迫ってきたハルバードの薙ぎ払いを、いつの間にか引き抜いた新
月刀（シミター）で受け止めてしまった。
「何っ！？この俺の攻撃を受け止めただと！？」
「クックック・・・お前、人の話をなーんにも聞いてねぇんだな・・・あの茶
番同然の武闘会の時、言っただろ。お前が俺に挑もうなんざ・・・」
そこでシャドウは受け止めていた新月刀を引き、力任せに押し込んでくるだ
けのアルベルトの体勢を崩した。
「１０年早いんだよ！！」
ドカッ！
「グウッ！！」
吠えると同時に体勢の崩れたアルベルトの胸にひざ蹴りを叩き込んだ。体勢
の崩れたアルベルトには、その衝撃に耐えることなど出来ず、あっけなく吹っ
飛ばされて壁に叩きつけられた。
「アルベルトさん！！」
「全員、かかれ！！」
少しだけ遅れて到着した他の自警団員達が、その光景を見てすかさず行動を
起こした。その数、６人。数の力で押し切ろうとしたのだが、彼らは、グロー
ウォーム到着まですら持ちこたえることが出来なかったのだ。
「うわ・・・」
近くの柱から戦いの様子をうかがっていたクリスは、思わず感嘆の声を漏ら
した。それほどシャドウの戦いぶりは圧倒的だった。ここまで圧倒的な戦いは、
団員の練習相手の仕事時に自警団相手にグローウォームが見せた戦いしか記憶
にない。と、言うより・・・
（なんだかあの戦い方、グロウさんに似てるけど・・・）
クリスがそう思った時、自警団員をＫＯしたシャドウの顔が彼の方へ向いた。
（！？）
その気配に、クリスは全身が凍りついたような感触を覚えた。そんな彼に、
シャドウは薄笑いの気配を含んだ声を出した。
「安心しろよ、お前にゃ手を出さねぇよ」
「え・・・？」
「どうせこれからグローウォームの奴に知らせに行くんだろ？それとも、別の
奴がもう知らせに行っていて、お前は見張りか？」
その問いに、クリスは答えない。うかつに答えると危険だ、という思いと、
シャドウに対する恐怖とが、彼の口に鍵をかけていた。そんな風に黙っている
クリスに、シャドウは楽しげな笑いを喉の奥から漏らした。
「ダンマリか・・・まぁ、いいさ。お前がここにいるなら、いずれ奴も来るだ
ろうからなぁ・・・」
「まったくもってその通り」
「！？」
「グロウさん！！」
突然割り込んだその声に、クリスはほっとして振り返った。そこには、当の
グローウォームの他、息を弾ませているパティ、マリア、アレフの３人がいた。
「間に合ったぜ」
「今度こそ、マリアの魔法でやっつけてやるんだから！！」
「覚悟なさい、シャドウ！！」
意気込む３人とは対照的なまでに、シャドウは冷静だった。
「元気がいいねぇ・・・」
人を食った笑いを浮かべて呟く。そこで、あることに気がついた。
「ん？いつも側にいるエルフの女がいねーじゃねーか。どうしたんだ？」
「別に・・・いつも一緒にいるわけじゃないさ」
軽く肩をすくめて答える。余計なことを言う気はないから必要最小限以下の、
素っ気無い回答だ。そんな素っ気無さが気に食わないのか、シャドウは軽く鼻
を鳴らす。そんな相手に、グローウォームの方が逆に聞いてきた。
「こっちこそ聞きたいな、シャドウ・・・お前、何の為にここに来た？」
「別に大した理由なんてねーよ。ただ、絵を見に来ただけだぜ・・・」
「へぇ・・・それはそれは・・・」
「ったく・・・俺が絵を見るのがそんなにおかしいかね」
ごくごく普通の口調での会話だが、その中にも斬りつけるような剣呑なもの
が込められている。そして、グローウォームは最も重要な質問を投げつけた。
「その辺は構わんが、お前、どうやってここに入った？」
「あん？ごく普通に、正面から入ったぜぇ」
「ほう、指名手配犯のお前が、自警団まで警備についているここに、正面から、
か？」
強調するように短く区切りながら問い詰めると、シャドウは口元を嘲弄の形
に歪めて答えた。
「連中の目がふし穴だってことだろ？大体、お前みたいな窃盗犯を放っておく
ような間抜けどもだぜ、ヒャハハハハ！！」
「何ですってぇ！？」
「窃盗犯」の一言に激発したパティが一歩進み出て噛みつく。だが、それ以
上は当のグローウォームの左腕に止められて出来なかった。
「パティ、マリアを連れて奴の後ろへ回り込め。逃げ道をふさげ。ただし、逃
げ出さない限り手を出すな」
そのグローウォームは、落ちついた口調で指示を出した。
「アレフ、クリスは俺の後ろを固めろ。俺を抜けて逃げようとしたら体当たり
してでも止めるんだ」
そう言うと、彼は気絶している自警団員の腰から剣を引き抜いた。
「ナイフで新月刀と渡り合うわけにはいかないからな・・・１つ借りるぞ」
「ちょっと、グロウ。まさかあんた・・・」
不審を覚えたパティの問いに、彼はあっさりと肯定して見せた。
「俺がやる。手出しはするな」
「そ、そんな！さっき、６人をあっという間に倒しちゃったんだよ！！」
驚いてクリスが叫ぶが、グローウォームは平然としていた。
「それくらいなら、俺も出来る。それにな、頭が良くて素早い動きの出来る奴
は、敵が多い方が有利になる時があるのさ」
そう説明すると、彼は仲間達に笑顔を見せた。
「安心しろ。今日は一服盛られたわけじゃない。簡単に遅れを取ったりはしな
いさ。だから、安心して回りを固めろ。でないと、俺もやりずらいからな」
意思の固さを見て取ったアレフが、ため息まじりに頷いた。
「分かった、任せる」
「頼む」
短く応じると、グローウォームはゆっくりとシャドウとの間合いを詰めにか
かった。その後ろでは、パティとマリアがシャドウの背後へ出る通路を求めて
走っていった・・・
ゆっくりとだがシャドウとの間合いを詰めにかかるグローウォームに、シャ
ドウは得意の神経を逆なでする笑いを浮かべて話しかけた。
「ククク・・・怒ったのか？」
「何が？」
「さすがにふてぇなぁ・・・さすが窃盗犯だぜ」
「そう思いたければ思っていろ。それで俺がどうかなるわけじゃない。それに、
どんなに言おうが、犯人だと思う奴は考えを変えないからな、言うだけ無駄
だ。それに、言うのも飽きた」
グローウォームは素っ気無く言い捨てる。その言葉に、シャドウは不審な口
調になった。
「じゃあ、何で俺と戦おうってんだ？」
「決まっている、お前が邪魔だからだ」
呆れるくらい明快な返答であった。
「仕事の邪魔、周囲の迷惑・・・それに、俺の邪魔が目的なんだろ？俺にとっ
ては、それで十分戦う理由になる」
「なるほどなぁ・・・」
「納得したか？じゃあ、始めよう」
宣言すると同時に、グローウォームの動きが一変した。いきなり床を蹴って
間合いを詰める。続けて、借り物の剣をシャドウめがけて突き出す。シャドウ
はその突きを新月刀の峰で受け流す。そのまま反撃に出ようとするが、それよ
りも早く、グローウォームの剣が下方からすくい上げるように襲いかかってき
た。
「くっ・・・！！」
うめき声と共にシャドウは身をのけぞらせ、その切っ先をかわした。と、同
時に新月刀を振るって、グローウォームの体勢を崩しにかかる。斬りつけたば
かりのグローウォームには、それを受ける術もなく、シャドウの思惑通り、体
勢を崩して避ける以外になかった。シャドウは一歩後ろへ踏み出して、グロー
ウォームは大きくとびずさって、それぞれ体勢を立て直す。先に立ち直って攻
撃してきたのは、シャドウだった。やはり、踏み出すだけで済んだ分、立ち直
りが早かったのだ。グローウォームに突進しながら、新月刀を振り下ろす。そ
の一撃を、グローウォームは剣で受け止め、横へ流した。
２人の戦いはほぼ互角であり、どちらが勝つか、にわかには判断がつかなか
った。かつてエル、リサの２人の攻撃を軽々とさばいたシャドウが相手とは思
えない状況であった。その最大の理由は、１対１の戦いだからである。実のと
ころ、グローウォームが語った通り、シャドウにとっては（そしてグローウォ
ームとっても、だが）複数の敵がいてくれた方が、小細工がしやすくて戦いや
すいのだった（混乱させたりといった事がしやすいため）。ところが、１対１
の戦いでは、そんな小細工の余地はない。単純に技量の優劣だけで勝敗が決し
てしまう。そうなると、技量差のあまりない２人の場合、簡単には決着がつか
ないのだ。
かくして、２人の戦いは微妙なバランスを保ったまま続くことになった。
「おーい、アレフー！クリスー！」
均衡状態におちいった２人と戦いに変化をもたらしたのは、この声だった。
元気のかたまりのような赤毛の少年が駆け込んで来たのだ。
「ピート！？」
「待たせた、シャドウはまだいるか？」
続いてメロディを連れ、何やら布で包んだ長い棒を携えたエルが姿を見せる
なり、そう聞いた。
「ああ、あそこでグロウの奴と戦っている。それよりエル、何か持って来たの
か？」
「ん？ああ、『封魔符』のことか？ここにあるけど」
そう言って、エルは１枚の護符を見せた。特に際だった特徴もないいくつか
のルーンと模様が書き込まれた護符である。
「それで、奴の魔法を封じれるのか？」
「ああ。奴の身体に、魔力を込めて張り付ければな」
アレフの問いかけに、エルはあっさりと頷いて見せた。
「でも・・・グロウさん、あんなに動き回っているんだけど・・・」
不安げに、クリスが戦っている２人を指す。確かに、緩急はあるにせよ、２
人の動きは決して止まらない。今もゆっくりとではあるが、円を描くように動
いている。それを見たエルは、あっさりと断言した。
「不意をついて動きを止めるしかないだろうな」
そう言うと、彼女はメロディを手招きした。
「メロディ、お前にこれを任せる。シャドウの動きが止まったら、身体のどこ
でもいいから、この護符を貼りつけろ。そして、呪文を使うつもりでこう詠
唱するんだ・・・」
メロディに封魔符を手渡すと、その力を発動させるためのキーワードを教え
た。重要な仕事を任されたメロディは嬉しそうに頷いた。
「うみぃ、わかりました〜」
「クリス、お前は魔法で援護。奴が気付いたら〈シルフィード・フェザー〉を
メロディにかけるんだ。ピートはアレフとここで待機。奴が逃げてきたら殴
ってでも止めろよ」
エルはそう指示を出すと、間合いを計る２人に視線を転じた。仕掛けるタイ
ミングを見極めなければならないからだ。
「ククク・・・ギャラリーが増えてきたなぁ」
「らしいな」
シャドウの言葉に、グローウォームは面倒くさげに応じた。直後、何度目に
なるか勘定する気のなくなった攻撃を再開する。一瞬にして間合いを詰め、斬
りかかる。
キンッ！
澄んだ音と共に、グローウォームの剣をシャドウの新月刀が食いとめた。そ
のまま足を止め、つば迫り合いに持ち込む。
「よし、メロディ、行くぞ」
その光景を見たエルはすかさず行動を起こした。足音に注意してシャドウの
死角から滑るように近づく。そして、メロディも足音に注意して（もっとも、
彼女の足では、そんな注意も不要なのだが）エルに続く。そのエルは、メロデ
ィとシャドウの距離が十分縮まったと見ると、突然、グローウォームのいる方
向−当然、シャドウの視界内−へと走り出した。続けて、呼びかける。
「シャドウ！」
「！？」
シャドウが、そしてグローウォームが突然の声に驚いて振り返り、そして図
ったように同じタイミングで後ろへ飛んで間合いを広げる。それを確認したエ
ルは、いつの間にか手にした何かをシャドウの顔面めがけて投げつけた。
「ちっ！！」
軽い舌打ちと共に、シャドウの新月刀がきらめき、その何かを切り払う。そ
の直後、その正体を知った彼は思わず叫んでいた。
「ボールだとぉ！？」
そう、エルが投げつけたのは野球用のボールであった。硬球であったから、
ぶつかればそれなりのダメージになったであろうが、所詮はボールである。シ
ャドウが叫んだのも無理はない。
そして、シャドウが叫んだ時、エルの細工は終局にさしかかっていた。
「〈シルフィード・フェザー〉！！」
「ふみゃーーっ！！」
クリスの呪文詠唱と、メロディの叫びとが続けて起こり、がら空きになった
シャドウの胸に猫を連想させるメロディの手が封魔符を貼りつけた。直後、閃
光がこの空間を埋め尽くした。
「うわっ？なんだなんだ！？」
「ちょっとぉ、何なのよ、この光！？」
アレフとパティが口々に叫ぶ内に、その光は収まった。
「上手くいったね」
「やりやがったな。魔法封印の札か！」
「その通り、これでいつもの転移魔法は使えないよ」
吠えるシャドウに、エルはニヤリと笑って見せた。と、同時に素早く動いて
未だ視力が回復していないメロディを拾って、シャドウからの距離を取った。
「そういうわけだ。グロウ、後はしっかりやれよ」
「了解」
エルの台詞に、グローウォームは軽く頷いた。剣を正眼に構え、滑るように
前へ出ると・・・
「マリアにまかせて☆」
一番聞きたくなかった声と台詞がその場に響いた。
「マリア、よせ！」
「バカ、マリア！でしゃばるんじゃない！！」
グローウォームが叫び、エルが罵倒混じりの怒鳴り声を上げた。が、エルに
言われれば、マリアはムキになる。
「ぶー☆でしゃばりかどうか、見てなさいよ！」
瞬間的にふくれっ面になったかと思うと、すぐに目を閉じて精神を集中し、
呪文の詠唱を始める。それを聞いたグローウォームとエルは、真っ青になって
叫んだ。
「バカお嬢！こんなところでそんな呪文を使うな！！」
「パティ、マリアを止めろ！！」
「止めろ、って・・・どうやって！？」
グローウォームの指示に、パティは思わず叫び返した。これがグローウォー
ム相手であれば、ためらわずに殴ってでも止める。だが、自分より年下のマリ
アとなると、とっさに思いつかないのであった。そして、迷っている内に、マ
リアの呪文は完成した。
「・・・天と地の精霊に命ずる！汚れし者に聖なる裁きを！〈火炎地獄〉！！」
ガラガラガガーーーーン！！
轟音と共に雷が天井と床の間をはね回った。続けて、屋内であるにもかかわ
らず雨が降る。
「うわっ！？」
グローウォームはとっさに剣を捨てて、雷が自分に落ちるのを避けねばなら
なかった。それはシャドウも同じで、新月刀を捨てて自己の安全を確保してい
た。
「あれぇ？」
「・・・おい、これのどこが『火炎地獄』なんだ？」
にらまれたら凍えてしまいそうな冷たい目で、エルはマリアを見下ろした。
そのマリアも、さすがに笑顔が引きつっている。一方・・・
「おいっ！どうして『火炎地獄』が雷と雨になるんだ！？」
「俺に聞くな！マリアに聞け！！」
思いっきり雨が襲いかかってくるアレフの叫びに、こちらはシャドウとの格
闘を演じるグローウォームが叫び返す。
その声を聞きつけて、あっけに取られていたパティが我に返った。
「マリア！早くあれ止めて！！」
「う、うん。え、えい！」
両手を広げて降りしきる雨に向けて魔力を解放すると、今度はマリアの意志
通りに雨と雷を止める事が出来た。雨がやむと、美術館の惨状が目の当たりに
なった。天井と床は雷撃の影響でひびが入り、あるいは黒く焦げ、床はびしょ
濡れになっていた。不幸中の幸いは、展示されていた絵画等は盗難防止を兼ね
た保護ケースに入れられていたことだろう。
「見事なもんだな」
マリアの上げた「戦果」に、エルは皮肉をたっぷり込めて呟いた。反射的に
カッとなったマリアは、キッとエルをにらみつける。
「な、何よ！ちょっと間違えただけじゃない！！今度こそ、やってやるんだか
ら！！」
「まだやるのか？こりもせず」
「やめといたほうが・・・」
エルに続いて、パティも脱力した声で止める。もっとも、これで止まるくら
いなら、彼女が「爆裂魔法お嬢」などと言われるわけもないのだが・・・。
「・・・天と地の精霊に命ずる！汚れし者に・・・」
ボカッ！！
「〜〜〜〜っ！！」
が、今回はエルに殴られたせいで、マリアは詠唱を止めて頭を抑える羽目に
なった。そんなマリアに、エルは苦りきった口調できつい一言を投げつける。
「いい加減にしろ！反省と進歩のない奴だな」
「なんでマリアの邪魔するのよ！この暴力エルフ！！」
「お前が何も考えずに魔法を使おうとするからに決まっているだろ」
マリアの不満にも、エルは小揺るぎ１つしないで、あっさりと言い返した。
「お前、今使おうとしたの、火炎系の広域攻撃魔法だろ？それも、効果が無差
別に及ぶ」
「そうよ！それがなに！？」
「そんな呪文を使ったら、シャドウと戦っているグロウの奴も巻き添えになる
だろうが」
「うっ・・・」
「ついでに、この辺にある絵も燃えるだろうな。お前、あの呪文を使う時、そ
こまで考えたか？」
「ううっ・・・」
エルの容赦ない追及に、マリアは冷や汗だらけになりながらのけぞった。
「あ・・・だからさっき、『マリアを止めろ』って言ったんだ」
「ああ、グロウの奴を吹き飛ばされるなんてゴメンだからな、アタシは」
沈黙したマリアに代わってパティが納得の表情で言うと、エルもそう応じて
頷いた。
そんな会話を交わしている間にも、グローウォーム対シャドウの殴り合いは
続いている。お互い、何発かもらったもののクリーンヒットには程遠く、戦闘
能力は全く低下していなかった。
やがて、お互いの攻防の結果、両者の腕が奇妙に絡まった。直後、グローウ
ォームが仕掛けた。
「はぁーーーっ！！」
絡まったを幸い、シャドウの身体を担ぐように持ち上げ、投げる。その過程
で絡まった腕が解け、シャドウの身体は宙を飛んだ。が、シャドウは空中で体
勢を立てなおし、危なげなく着地してのけた。
それを見たエルが、すかさず前へ出た。
「エル？」
「アタシが出る。ここで待ってろ」
そう言って一歩出ると、何かを思い出したらしくマリアを振り返った。
「マリア、魔法は絶対に使うなよ」
「絶対」の部分に力を込めて言うと、今度こそシャドウに向かって行った。
迫りつつ、呼びかける。
「シャドウ！！」
驚いて振り返る顔に向けて、スマッシュを打ち込む。だがそれは、シャドウ
が身体をのけぞらせることでかわされてしまった。もっとも、それは予想済み
だ。
「選手交代。アタシの番だよ」
宣言と同時にシャドウの足を狙ったローキックを繰り出す。今までグローウ
ォーム相手に殴り合いをしていたシャドウは、この急激な戦術変化に対応出来
なかった。避ける間もなくきれいにヒットする。もっとも、これだけでは致命
傷にはならない。ローキックというものは、何発も叩き込まねば効果を発揮し
ないものだからだ。無論、エルもそれは承知している。ヒットを認識すると同
時に繰り出した右足を動かし、先ほどヒットさせた相手の左足を右足で払いに
かかった。
「ちぃっ！！」
忌々しげな舌打ちと共に、シャドウは後ろへ軽くステップせねばならなくな
った。そこへ、エルの掌底突きが迫る。彼は、それを身をかがめて避けた。続
けて右アッパーをエルのあご目掛けて繰り出す。命中より、それを避けるため
に間合いを広げてくれる事を期待してだったが、彼にとっては残念な事に、エ
ルは身体を軽くひねっただけで、突き上げられた拳を避けてしまった。
「もらった！」
渾身のひじ打ちをがら空きの首目掛けて叩き込む。かがんでいるシャドウに
はかわしようがない、そして致命的な一撃であった。だが・・・
ボムッ！！
ひじ打ちがシャドウの首にヒットすると同時に、そのシャドウの身体が風船
のように破裂すると、辺りに煙が立ち込めた。
「なっ！？」
「『身代わり人形』か！！」
「ヒャッハッハ、その通り！」
グローウォームの声に、シャドウの嘲弄混じりの声が響き渡る。
「なかなかのモンだったぜ、お２人さん。だがなぁ、生憎時間切れだ」
「ふん、よく言うよ。やばくなったから逃げるだけのくせに」
鼻を鳴らしたエルが冷ややかに言い捨てると、グローウォームも頷いた。
「同感だな。そんな程度で俺にちょっかい出そうなんて、身の程知らずもいい
ところだ」
「・・・・・・」
ごく短い間だが、沈黙が辺りを満たした。それを破ったのは、シャドウの何
とも言いがたい声だった。
「言いやがったな・・・」
「それがどうした？」
シャドウの声が微妙な危険性を帯びていることに気付いたが、グローウォー
ムはそれでも平然と切り返した。
「いい度胸だ。なら望み通り勝負してやるよ・・・」
「きゃあぁーーーっ！？」
「パティ！？」
突然上がった悲鳴に、グローウォームは煙の向こう側にいるはずのパティに
視線を向けた。
「クックック・・・この女を預かるぜ。助けたけりゃ、あの雷鳴山って山まで
追って来るんだな」
タッ
シャドウの宣告に続いて小さい足音。だが、グローウォームにはそれで十分
であった。
「逃がすか」
短く呟き、足音の方へ走り出す。
「あ、おい！？」
「エル！裏口に行け！奴が逃げられるのはそこだけだ！！」
グローウォームの行動に気付き慌てるエルに、彼はそう指示した。正面入口
は自警団なり美術館の警備員なりが押さえているであろう。そして、シャドウ
もその事は予測しているだろうから、逃げるにはそうするしかない、と予測し
ての事だ。瞬間的にそれを理解したエルは、煙の向こうにいる彼の影に頷いて
見せた。続いてきびすを返すと、振り返って呼びかけた。
「マリア、早く来い！置いて行くぞ！！」
「ちょ、ちょっと待ってよ！なんにも見えなくて、ケホッ、ケホッ」
マリアがせき込むのを背中に聞きながら、エルは先ほど置いた細長い包みを
拾い上げた。
一方、自警団事務所では、第一部隊隊長、リカルド・フォスターが出動準備
を進めていた。
「美術館周辺に警戒線を敷くんだ。奴に行動の自由を許すな」
「はいっ！」
指示を受けたヤンが敬礼して飛んでいく。そんな慌ただしい中、悠然とした
態度で第三部隊隊長、カール・ノイマンが姿を見せた。
「フォスター君、いいかね？」
「ノイマン隊長？どうなされたのです？」
ノイマンの姿を見たリカルドは驚きの声を上げた。なぜなら、既に「最前線」
から退いて久しいはずのノイマンが、軽装ながら鎧に身を固めていたからだ。
「何やら厄介事が起こったと聞いたのでな・・・年不相応に血が騒いだ、とい
うところかな？まぁ、猫の手くらいにはなろうと思った、と理解してくれる
と助かる」
穏やかな笑みと共にそう語ると、彼は後ろに従っていた第三部隊隊員の方を
振り返った。
「君達はこれよりフォスター隊長の指示で動くように」
「分かりました」
一同を代表してロビンが頷いた。続けてリカルドを見ると、彼は敬礼した。
「第三部隊１２名、これより、フォスター隊長の指揮下に入ります」
「了解した。諸君らには発見の報告あり次第、その場に急行してもらう。しば
らく待機しているように」
「了解！」
その声を受けると、リカルドとノイマンは連れ立って廊下に出た。
「ノイマン隊長、何故、わざわざこのような事を・・・？」
リカルドは真剣な、そして押さえた口調で問いかけた。包囲網を敷き、発見
した場所に人を送り込む、それだけなら、第一部隊の人間だけで事足りる。わ
ざわざ第三部隊が出てくる必要など、どこにもない。
その程度の事は簡単に理解できるはずのノイマンが、わざわざ出てきたとい
う事は、何か理由があるはずだ。そう思っての問いかけであった。
その問いに対して、ノイマンはこう答えた。
「少し、気がかりなことが出てきてのだ。まさかとは思うが、用心するに越し
た事はないからな」
「気がかりなこと？」
おうむ返しに呟いたリカルドは、ノイマンの顔をじっと見つめたが、その表
情から読みとれそうな事はないと判断すると、肩をすくめて第一部隊の部屋に
戻った。彼は指揮を執るために、そこにいる必要があるのだ。
その背中を見送ったノイマンはため息まじりに呟いた。
「中途半端に若い連中は何かと厄介事を起こしてくれる・・・」
そして、自分が身につけている鎧に、懐かしさと、それを超える憮然とした
何かを込めて見つめると、リカルド同様、第一部隊の部屋に向かった。
一方、ある屋敷では・・・
「現れましたか・・・」
仕立ての良いスーツを着た男が、ある報告を受けていた。その男は振り返る
と命令を下した。
「私達も行きますよ。自警団やあの男よりはやく奴を『始末』するのです！」
「わ、分かったんだな」
報告した男は、そう言ってあわただしく部屋を出て行った。報告者がいなく
なると、スーツを着た男は部屋の片隅に視線を向けた。
「聞こえましたね？」
「ああ」
その片隅から、短い声が応じた。
「聞いた通りです。速やかに奴を『始末』してきてください」
「分かった・・・報酬はしっかり頼むぜ」
そう告げると、その声の主は足音も立てずに部屋を後にした。
「シャドウ・・・余計な真似をしなければいいものを・・・己の愚かさを恨む
がいい」
そのシャドウは、パティを抱えて逃走中であった。その後ろにはグローウォ
ームがピタリとついて、離れずにいる。
（くそっ、なんて足してやがる）
いまいましげに、グローウォームは舌打ちした。
鎧とか武器とか、追跡にあたって不利になる装備をほとんど持っていないグ
ローウォームと、パティという「荷物」を抱えているシャドウの間に、スピー
ド差は全く見られない。これはある意味、異常と言うべき状態である。
グローウォームは確実にパティ奪回を行えるまで、「見失わないこと」を目
的に追っていたが、それでもかなりのハイペースで走っていたのだ。そんなペ
ースで走っていながら、シャドウの足は衰える気配さえない。グローウォーム
でなくとも、舌打ちの１つもしたくなるであろう。
（エル達は残した目印に気づいたかな？・・・）
その一方で、彼はそうも思っていた。木の幹に切り付ける、手裏剣を突き立
てる等して痕跡は残しておいたが、果たして気づいただろうか？絶対の自信は
ない。
そう思っていると、シャドウが不意に足を止めて振り返った。
「やるじゃねーか。ぴったり張り付いて離れないとはな・・・」
「そうかい？パティを抱えたお前に追いつけないあたり、かなりなまったと思
っていたんだがな」
こちらも立ち止まって応じるグローウォーム。すり足でシャドウとの間合い
を詰めていく。
「で、止まったのはどういうわけだ？」
「いやあ、これから山登りをしようと思ったんだが、こいつが邪魔でねぇ。お
前に任せようと思ったのさ。そら、受け取りな」
そう言うと、シャドウは無造作に抱えていたパティを投げつけた。
「な・・・！？」
さすがのグローウォームも、慌てて彼女を受け止める。
「貴様・・・！」
「ククク・・・怒ったか、嬉しいねぇ。もっと怒れ、俺を憎みな！ヒャッハッ
ハッハ！」
狂ったように笑うシャドウ。それを見たグローウォームはベルトに挟んだ手
裏剣を抜いた。
「俺を殺したいか？なら、あの雷鳴山って山まで追ってくるんだな。そうした
ら、相手になってやるよ」
「待・・・！くそっ！」
背を向けるシャドウを追おうとして、腕の中にいるパティの事を思い出した
グローウォームは一歩踏み出しただけで足を止めた。まんまとしてやられた。
シャドウはパティを「解放」することで身軽になり、そしてグローウォームの
足を止めたのだ。この場に気絶したパティを放置するわけにもいかない以上、
グローウォームはこの手に乗るしかないのであった。
彼は、この日２度目の舌打ちをすると、未だ目を覚まさないパティを横たえ、
彼女の容態を調べにかかった。
「雷鳴山、か・・・」
「はい、奴はそう言っていました」
報告を受け、フェニックス美術館に出向いたリカルドの呟きに、アルベルト
はそう言って頷いた。
真っ先にシャドウにのされたアルベルトだが、別にずっと気絶していたわけ
ではない。グローウォームとシャドウとの戦い半ばで目を覚ましていたのだ。
隙あらばシャドウに飛びかかってやろうと狙っていたのだが、彼の自覚以上に
ダメージが大きく、他の自警団員に神聖魔法をかけられるまで起きあがること
さえ出来ないという有様だったのでその機を逸したというわけである。もっと
も、そのおかげで貴重な情報を入手できたわけだが。
「よし、第一部隊、および第三部隊は美術館周辺の包囲網を縮小し、雷鳴山の
捜索を行う。ただし、シャドウを発見しても、その報告と追尾のみに行動を
とどめること。捕縛を挑むことは厳禁とする」
あごから手を離したリカルドの命令を受けて、何人かが伝令として走り出す。
それを見送ると、彼はアルベルトの方を向いた。
「アル、お前も行けるか？」
「もちろんです！こんな程度でまいってなんかいられません！！今度こそ、あ
の眼帯野郎をふんじばってみせます！！」
「そうか・・・では、我々も雷鳴山に向かう！」
こうして、自警団もまた、雷鳴山への追跡を開始した。
その頃、グローウォームが残した痕跡とメロディの嗅覚を頼りに追跡を続け
ていたエル以下の６人は、ようやくグローウォームに追いついた。
「やれやれ、ようやく追いついたよ」
「来たか・・・思っていたより早かったな」
エルの声に感心と安堵を込めて呟くと、グローウォームは立ちあがった。
「クリス、パティを見てくれ。脈拍と呼吸は問題なさそうだから大丈夫だとは
思うが、念のために頼む」
「ぼ、僕がぁ！？」
「他に人がいない。いいから早くしろ」
半ば悲鳴じみた声を上げるクリスに、グローウォームは素っ気無く言い捨て
たが、それでもクリスはためらいを見せる。
「で、でも・・・」
だが、グローウォームはそれをピシャリと遮って断言した。
「いくら女が苦手でも、看病までやだと言うようじゃ、問題がありすぎるぞ」
「・・・う、うん・・・」
かなりおっかなびっくりではあったが、それでもパティの側に寄って、クリ
スは改めて脈を取り、呼吸の確認を始めた。
（やれやれ・・・）
グローウォームが内心でため息をつくと、エルが問い掛けてきた。
「グロウ、一体何が起こったんだ？」
「シャドウの奴を追ってここまで来たが、奴はここでパティを解放して逃げた。
雷鳴山で待っているとは言っていたがな」
余計な主観を一切排除し、事実だけを語る。それを聞いたエルが苦い口調で
応じた。
「嫌な手を使うね・・・」
と、その時・・・
「う、うぅん・・・」
不意にパティが声を漏らして身じろぎした。その動きに、クリスは驚いて伸
ばした手を引っ込めた。
「うわぁっ！？」
「きゃっ！？な、何！？・・・って、クリスじゃない？ここは？」
声に驚いて意識が一気に戻ったパティは、目をパチクリさせた。その疑問に
答えたのは、グローウォームの冷静な声であった。
「ここは雷鳴山のふもと。シャドウがお前をひっさらい、俺に追われて、ここ
でお前を解放した、というところだ。事態がのみ込めたか？」
「あ、うん・・・」
まだ少し呆けた表情ながらも、彼女はこくりと肯いた。そんな彼女に、グロ
ーウォームはさらに付け加えた。
「クリスに礼を言っておけよ。気を失ったお前の面倒を見てくれたんだからな」
「そうなんだ・・・ありがとね、クリス」
と笑顔を見せたパティだが、当のクリスはそれどころではない。さきほどの
驚きが未だ収まらず、パニック状態の彼はフードをかぶって小さくなったまま、
あとずさった。
「あああ・・・」
「ちょっとぉ、そんなに怯えて逃げないでよ。傷つくわねぇ」
いくらか苦笑をにじませて言うと、ちょっと眉を上げてクリスを軽くにらん
だ。
「それとも、あたしはそんなに怖いわけ？」
ずいっと迫る、と言うには目元にも口元にも笑みが浮かんでおり、パティの
冗談であることは一目瞭然だ。だがこの手の表情は、クリスの一番嫌な記憶−
３人の姉の事−を彼に思い起こさせ、ますます怯えさせる結果になった。いよ
いよ震え出したクリスにアレフが救いの手を差し伸べた。
「まぁ、今のパティは確かに怖いかもな」
「アレフ！」
ボカッ！！
容赦ない鉄拳をアレフに見舞うと、パティはクリスに見せたのとは全く異な
る、つまり本物の怒りの表情でにらみつけた。
「あんまりバカ言ってると、殴るわよ！」
「殴る前に言ってくれないかなぁ、そういうことは」
痛む後頭部を押さえながらアレフがぼやくと、グローウォームが笑いながら
まとめにかかった。
「お前ら、どつき漫才はそこまでにしておけ。それよりシャドウだ」
この一言を聞いた途端、アレフは表情を真剣なものに改めた。
「おっと、そうだったな。で、どうする？」
「パティも大丈夫のようだし、こう分けよう。メロディとピートは奴の匂いを
追っていく。その右側を俺、左側をエルが、それぞれ捜索しながら進む。パ
ティ、アレフ、クリスはメロディとピートのの後を、少し離れてついていく。
何かあったら合図して知らせて、そこへ集合する・・・ってところだな」
「合図して知らせるって・・・どうやって？」
クリスの当然の疑問に、グローウォームは無意識に空を見上げつつポケット
の中を探り始めたしばらくして、「回答」となるものが見つかったらしい。
「あったあった」と呟きながら、バトンのような円筒状のものを取り出した。
「これを使う。こいつは魔法アイテムで、中央の封を切って空へ投げると、し
ばらく浮きながら赤く光る。合図としては十分なはずだ」
グローウォームの説明に納得はしたものの、別の疑問が浮かんできたパティ
は、率直にそれをぶつけた。
「いつもいつも不思議なんだけど、どうしてあんた、そんなに魔法アイテムを
持っているわけ？」
「備えあれば憂いなし、って言うだろ？常に備えているだけさ」
ケロリとした口調で応じると、グローウォームはニコリを微笑んで見せた。
「さて、他に質問はないか？ないなら、これで行こ・・・」
「ちょーっと待っていただきましょうか」
いささか耳障りな、そして聞き覚えのある声が響き渡った。グローウォーム
達が声の発生源の方を振り向くと、そこには怪しい仮面をかぶった、仕立ての
いいスーツを着た男−何かにつけ彼らに絡んでくる男、ハメット・ヴァロリー
−が手下２人を連れてきていた。その姿を確認した途端、既に何度か対面した
ことのあるピートが食ってかかった。
「何だよー！またノコノコと出てきやがって！！」
「うるさいお子様ですねぇ・・・少し黙ってなさい」
うっとうしそうに言い捨てると、ハメットはいつものように一方的に宣言し
た。
「あなた方が追っているシャドウとかいう男は私どもが捕えさせていただきま
す。速やかにお引取りください」
「何、好き勝手言ってやがるんだ！」
「どういうつもりよ！？」
アレフとパティの抗議にも、ハメットは傲然としていた。
「あの男の首にかかっている賞金は、あなた方にはもったいないというだけの
話ですよ。分かったら、速やかに従っていただきましょうか」
それに対し、グローウォームは肩をすくめて見せると、素っ気なく返した。
「以前にも言ったが、お前の指図なんぞに従う義務はないな。別に邪魔はしな
いから、賞金目当てに好きなだけ探せ」
「クク・・・さすがあの大武闘会で子供相手に戦う前科者、聞き分けのない・
・・」
この一言に、当のグローウォーム以上に彼の仲間達が怒りを覚えた。が、ハ
メットはそれを無視して話を続けた。
「もう一度だけ言って差し上げましょう。先ほどの命令を速やかに実行して、
この場を立ち去りなさい」
「何でお前なんぞの言う事に従わなきゃならんのだ？」
グローウォームは心底不思議そうに問い返した。これは、全くの彼の本音で
あった。自警団のように権限があるわけでも（もっとも、グローウォームは権
限がある相手の命令でも平気で無視するが）、アリサのように自ら従うことを
選んだ相手でもない人物から、指図されるいわれなどどこにもないはずだ、と
いうのが彼の考え方なのだから・・・。
もっとも、そんな彼の考え方など、ハメットの知った事ではない。ハメット
にとっては、自分の指示に従わないというだけで十分に実力行使の理由になり
えた。それでも、戦闘の時間が惜しいので（ハメット自身にしてみれば親切す
ぎる事に）最後通告を出すことにした。
「そうですか・・・あくまで私に逆らうと言うのですね。ならば・・・」
「なら、どうする？ハメットよ」
相手の言葉を遮ってグローウォームが問う。表情も口調も、不遜で不敵なも
のになっていた。つまり、グローウォームはハメットがどう出るか察知し、そ
れに対抗するべく必要な状態に切り替えたのであった。
それに対するハメットの回答は、短い一言でなされた。
「こうします」
言葉と同時に右腕を振り上げる。直後、グローウォーム達を包囲するように
２０人近い男達が茂みや木陰から姿を現した。手には殴打用のブラックジャッ
ク（革袋に砂などを詰めた殴打用武器）があった。
「ふん、ようやくお出ましか・・・２０人ちょっとってところだな」
「２４人だ」
鼻を鳴らしたエルの呟きに、グローウォームは静かに補足を入れる。輪形陣
を組む彼らに、ハメットは嘲笑に近い声を投げつけた。
「おとなしく帰っていればよかったのですよ。己の判断を呪いなさい」
「３０人にもならない人数で、か？お前の方こそ、自分の読みの甘さを呪った
方がいいぞ」
「ふん、たわごとを・・・」
グローウォームの朗々たる反撃を、ハメットは鼻先で笑い飛ばした。そんな
やり取りの間に、エルはそっとグローウォームの袖を引っ張った。
「グロウ・・・」
「何だ？」
エルに合わせて、グローウォームも小声で応じる。すると彼女は細い包みを
後ろ手に渡した。
「前にアタシが作った槍だよ。他にすぐ出せるのがなくてね・・・お前、使え
るだろ？」
「ああ、ありがたく使わせてもらうよ」
そう言って、彼はその包まれた槍を受け取った。その槍をしっかりと握りつ
つ、彼は事態打開に必要な人物に話しかける。
「マリア」
「え？なに？」
「俺が合図したら俺の後ろにいる連中を魔法で吹き飛ばせ」
「え、いいの？」
マリアの瞳が嬉しそうに輝いた。
「ああ、好きにやれ。頼むぞ」
「任せて☆えーと・・・」
嬉々として呪文詠唱を始めるマリア。何しろ、グローウォームの公認で魔法
が使えるのは珍しいのだから無理もない。
一方、自己の優位を確信しているハメットは、含み笑いなどしながら右腕を
振り下ろした。
「行きなさい！」
「マリア、やれ！」
「うん☆えーい、〈爆炎地獄〉！！
ドッカァァァン！
マリアの呪文は無事、成功して、グローウォームの背後から襲いかかろうと
していた一団を爆風でなぎ倒した。
同時に、ハメットの手下である細身の男はピートによって、巨漢の方はエル
によって、それぞれノされてしまった。そして・・・
「ハメット！」
「？」
突然のエルの呼びかけに振り向いたハメットが見たものは、エルによって投
げつけられた手下の巨漢の姿だった・・・
巨漢の下敷きになってハメットが気絶すると、残る者たちは浮き足立った。
結局、ハメット達を片付けたエルとピートが手を出す間もなく、彼らはグロー
ウォーム１人の手により片付けられたのであった・・・。
後編へ続く