「？・・・何事だ？」
雷鳴山のふもとの森で、遠くからの爆発音を聞いたリカルドは軽く眉をひそ
めて呟いた。
「直ちに調べてきます。ヤン、ロバート、ジャクソン！一緒に来い！」
そう言ってアルベルトが３人ほど連れて行こうとすると、空から声が降りか
かって来た。
「その必要はありません」
ガサッ
「誰だ！？」
すかさず誰何したアルベルトが、声に続いて降ってきた人影にハルバードの
矛先を向ける。その人影が戦うつもりであったら、間違いなく先制の一撃を食
らったことだろう。だが、その人影に戦意はなかった。彼女は、降り立つと同
時にリカルド、ノイマンの両名に対して敬礼してみせたのだ。
「第二部隊のヒサメです。先ほどの爆発について報告いたします」
暗灰色の長い髪が風に舞う。だが、本人はそれを全く気にせず話を続けた。
「先ほどの爆発は、グローウォームさん他、ジョートショップの方々が戦闘を
行った結果です。別に問題はありません」
「どこが問題ないんだ、どこが！！」
思わずアルベルトが吠えるが、リカルドもノイマンも、そして当のヒサメも
落ち着いたものであった。その中で、ノイマンの視線を受けたリカルドが、他
の誰も気づかないほど微かな頷きを返した。
「アル、他の者を連れて先に行け。私はノイマン隊長と共に、彼女の報告を詳
しく聞く」
「は？しかし、隊長・・・」
「今はシャドウを捕らえるのが先決だ。そのためには、多数の人手がいる。彼
女の報告を聞くだけなら、我々だけで十分だ。急げ！」
「は、はい！」
リカルドの鋭い声に慌てて敬礼すると、アルベルトは他の団員を引き連れて
雷鳴山に急いだ。彼らが十分に離れたのを確認すると、リカルドはため息をつ
いて、ヒサメに相対した。
「それで、グローウォーム君が戦った相手は？」
「既にお察しの方かと・・・」
「ハメット・ヴァロリー・・・だな？」
今まで沈黙してきたノイマンが確認するように呟いた。そんな彼に、ヒサメ
は肩をすくめでもしそうな口調で頷いた。
「はい・・・ハメットさんが２０名以上の男を引き連れてグローウォームさん
を襲いました。結果は・・・まぁ、言うまでもないですね」
「だろうな。彼は歴戦の勇者だ。並みの者ではかすり傷１つ負わせられまい」
頷きながらのリカルドの言葉に、同じように頷きながらヒサメは続けた。
「ハメットさん以下、襲った人たちはせいぜい骨が折れた程度です。命に別状
はありませんから、放置しておいて問題ないと思います」
「そうか」
「それでは、私はこれで・・・」
ヒサメが２人に向かって一礼すると、リカルドが問いかけた。
「彼らの護衛に戻るのかね？」
その問いに、彼女は微かな笑顔を返して答えとして姿を消した。そんな彼女
を見送ったリカルドは、ため息を１つつくと、ノイマンの方に視線を走らせた。
「ノイマン隊長のご采配ですか、彼女は？」
「まさか。君と共に行動しながら、彼女を動かし彼らを護衛させるなどという
器用な真似など、私には出来んよ」
「そうですか」
頷きはしたものの、納得はしていない表情のリカルドは、それ以上何も言わ
ずヒサメが消えた方向を見つめていた。そんな彼の脳裏に、ふと、細身の、自
警団員らしからぬ穏やかな風貌の若者の姿が浮かび、そして全てがつながった。
（そういうことか・・・）
何故、ヒサメがグローウォーム達についていたのか、彼は納得した。そして、
苦笑が浮かんだ。確かにノイマンは彼女に指示を出してはいない。だが、彼女
をデアリングの側につけたのは彼である。「何もしていない」と主張するのは
図々しいと言える。だからリカルドは苦笑を浮かべたのだ。そんなリカルドの
様子に気付かぬふりをしながら、ノイマンはゆっくりと口を開いた。
「さて、我々も急いだ方がいいだろうな。若い者に全てを任せておくわけにも
いかないだろうしな」
「そうですね」
ノイマンとリカルドは、雷鳴山に急いだ。彼らは何より、シャドウを捕える
という仕事があるのだ。
一方、自警団以上にシャドウ逮捕に執念を燃やすグローウォームら、ジョー
トショップの面々は、既に捜索を開始していた。ハメット乱入前に打合わせた
通り、メロディとピートがシャドウの匂いを頼りに追跡し、その左右と後方を
残るメンバーで固めている。
だが、それも森を抜け、開けた岩場に出るまでの話だった。何故かと言うと、
そこでシャドウの匂いが途切れてしまったからだ。
「どうやって逃げたのよ？こんな見とおしのいいところで」
パティの疑問ももっともだった。森であれば木に飛び移るとかすれば、匂い
を頼りにした追跡は困難になる。だが、開けた岩場では少々飛んだところでた
かが知れている。匂いも途切れるわけがないのだが・・・。
「魔法は使えないから、瞬間転移も出来ないし、地面に穴を掘って隠れるった
って時間がそうあったとは思えないし・・・」
エルも眉をひそめている。そんな中、グローウォームはピートと共に、注意
深く地面を調べていた。
「おい、グロウ。何かあったのか？」
アレフの問いに、グローウォームは地面を注視したまま応じた。
「飛んだり、穴掘ったわけじゃなさそうだ」
「あ？」
「奴が通った後、何かがこの辺を歩き回ったらしいな。それもかなりの数だ」
「何かって・・・何なの、グロウさん？」
クリスのもっともな問いに、グローウォームは頭を振った。
「分からないな・・・どうも色んなのが歩き回ったらしし。それも犬とかの動
物だけじゃなくて、魔物もいるみたいだが・・・」
「魔物！？」
さすがに驚くパティに対し、彼は黙って頷いた。その隣にいたピートは、観
察結果に対して思った事をそのまま口にした。
「なんかさぁ・・・これって、歩き回った後、さっきの森に向かって歩いてる
よーに見えるんだけど、そんな気しない？」
その言葉に、グローウォームとエルは互いの顔を見合わせた。
「なぁ、エル。思いっきり嫌な予感がするんだが・・・」
「アタシもだ。こいつは・・・」
「ぶ〜！２人で納得してないで、マリア達にも説明してよ！！」
「俺達はシャドウの罠にはまったかもしれない、ってことさ」
ゆっくりと立ち上がったグローウォームが、厳しい表情で森を見つめつつ説
明すると、その背後から彼の嫌な予感の正しさを証明する声が投げかけられた。
「その通り」
「！？シャドウ！」
パティとアレフが口々に叫び、戦闘態勢を整える。そんな彼らに、シャドウ
はいつもの口調で嘲って見せた。
「あんまりに遅いんでなぁ。１つイベントを用意してやったのさ」
そう言って指を鳴らすと、森の中から２、３０匹の野犬が姿を現した。
「やはり、な・・・だが、これだけじゃないんだろう？」
「ククク・・・さすが察しがいいねぇ」
グローウォームの言葉に、シャドウは嬉しそうに笑うともう一度指を鳴らし
た。
「！？」
開けた岩場、彼らの左右の地面が爆発でも起こしたかのように吹き上がり、
その中からゴーレムが姿を現した。
「それにおまけしてやるよ」
シャドウはさらに指を鳴らす。するとその前方に半透明の物体−スピリット
が出現し、さらに上空から半人半鳥の魔物、ハーピィが降下してきた。
「こいつらを、そこいらの連中と一緒にしないほうがいいぜ。なんせ、俺が力
を与えて、より強力になっているからなぁ・・・もっとも、おかげでまとも
にものも考えられない、俺の奴隷になっているがな。ヒャッハッハ」
「シャドウ、お前・・・！」
シャドウのやり口に、エルが怒りの形相で一歩踏み出した。と、そんな彼女
の前に左腕を出してグローウォームが止める。
「グロウ？」
「エル、お前は左手のゴーレムをやれ、ピートは右手のゴーレム。パティとア
レフは後ろを固めろ。マリア、メロディ、クリスは中央で待機。必要に応じ
て魔法で援護しろ」
そこまで一息に言うと、彼は皆を振りかえって付け加える。
「俺は正面のシャドウとスピリットにハーピィをやる。手の空いた奴は適当な
ところへ援護に行け。いいな？」
「・・・分かった」
シャドウに殴りかかりたくて仕方がないエルであったが、それでもグローウ
ォームの言いたいことを理解して頷いた。グローウォームと違い、エルは多数
の敵を同時に相手取ることに慣れていないのだ。
「ぶ〜☆なんでマリアにやらせてくれないの！？」
「まだ隠れていたら困るだろ？今回は我慢しろ」
グローウォームはそう言ってマリアをなだめると、ひたとシャドウを見据え
た。
「ＧＯ！」
その合図と共に、グローウォーム、エル、ピート、パティ、アレフの５人は
それぞれの方向へ突進した。
真っ先に敵にたどり着いたのは、１番足の速いピートだった。
「でぇぇぇーい！！」
ゴーレムめがけ、一直線に突っ込んだ彼は、その目前で地を蹴り、全長３メ
ートル以上あるゴーレムの眼前まで飛びあがった。そして、
「オラァー！！」
気合と共にその顔面に蹴りを叩き込んだ。その反動でピートの身体は後ろへ
押され、結果的にゴーレムとの間合いを取る形になった。
だが、ピートの蹴りでも、ゴーレムにとっては大したダメージにはならなか
ったらしい。すぐさま反撃を開始してきた。
「コウゲキカイシ」
声と共に拳を振り下ろして来たが、ピートの目にはハエでも止まれそうなほ
どに遅く見えた。当然のごとくひょいとかわしてしまう。
「へへっ、遅い遅い」
と、楽しげに言い、ピートはさらに３回ほど攻撃させてやり、その内の最初
の２回は軽々とかわしてのけた。３回目にいたってはかわすどころか、その殴
りかかってきた腕を逆に伝って、再び頭に強烈な蹴りを叩き込んだ。
どうやら、ピートが一方的に翻弄しそうな気配である。
一方、森から出てきた野犬の群れと相対したパティとアレフは、完全な「膠
着状態」になっていた。野犬１匹１匹の能力では、パティやアレフにかすり傷
１つ負わせられないのだが、あまりに数が多いので、パティもアレフもあしら
いかねていた。
「あー、もう！次から次へとキリがないわね！！」
「とは言っても、この犬を殺したら、ちょっと気分悪いしなぁ」
ぼやくアレフの横手で、爆発が起こる。メロディの〈ヴォーテックス〉だ。
ぎりぎりまで破壊力を押さえているらしく、爆発の衝撃で気絶した野犬が何匹
か転がっているだけだ。だが、魔法はこれだけではなかった。クリスやマリア
の〈アイシクル・スピア〉も飛んできて、野犬達をぶん殴った（一般に使われ
るこれらの魔法は、致死性を持たないような呪文構成をしているためこうなる。
まともに使えば、完全武装の兵士の鎧を撃ち抜く）。
「マリアにまかせて☆」
「アレフ君、大丈夫？」
「メロディもたたかうのだ〜」
「どうやら、俺達が１番苦戦しているみたいだな」
「そりゃそうよ、数が多すぎるもの」
パティのぼやき通り、３人が加わっても、その数の差はあまり縮まらない。
こちらは、長い戦いになりそうであった。
正面のシャドウに向けて突撃したグローウォームは、パティ達とは別の意味
で苦労していた。スピリットはどうということはなかった。〈イフリータ・キ
ッス〉で魔力を付与した槍のひと薙ぎであっという間に消滅したからだ。問題
は飛行するハーピィであった。この魔物は、グローウォームが接近戦の構えを
見せると離れ、魔法／飛び道具（この場合、彼が持つ手裏剣）主体の射撃戦の
構えを見せれば急接近し、彼の攻撃を効果的に封じていた。グローウォームに
戦闘能力であれば何とかなりそうなものだが、飛べる、という能力は、彼ほど
の男にとっても軽くないハンデとなっていたのだ（確実にイニシアチブを取ら
れてしまうため）。
だが、いつまでもハーピィを相手にしているわけにはいかない。グローウォ
ームは、早く片をつけてシャドウを相手にせねばならないからだ。
（仕方がない、少し小細工するか・・・）
彼はあっさりと決断すると、軽く間合いを広げて呪文詠唱の構えを見せた。
直後、ハーピィは甲高い声を上げて降下、接近してくる。それを確認すると、
グローウォームは呪文の詠唱を止めて、接近戦を挑むかのように間合いを詰め
た。慌てたハーピィは急上昇して、その鋭鋒を避ける。だが、それこそがグロ
ーウォームの望みだった。
「〈アイシクル・スピア〉！」
先ほど接近する時に中断する真似だけをし、口の中で詠唱を続けていた魔法
を撃ち放つ。かわしたと確信し、反撃に転じようとしていたハーピィに、これ
を避ける術はなかった。
まともに氷の塊の直撃を食らいハーピィが墜落した時、グローウォームの左
手、エルが戦っている所で異変が発生した。
エルはピート同様、ゴーレムを相手にしていたが、素手でゴーレムをまとも
に相手取る事の無謀さを理解していたから、弱点を狙って攻撃したのだ。まず
魔力蓄積用魔法アイテムであるイヤリングから取り出した魔力で、〈イフリー
タ・キッス〉を自分の右腕にかけ、構造的に最も脆い顔面を狙って攻撃したの
だ。
「はっ！！」
気合と共にゴーレムの頭上へ飛び上がると、まず、強烈なかかと落としをゴ
ーレムの眉間に叩き込み、その一部を砕いてのけた。そして、続くストレート
の一撃をその砕いたところへ打ち込み、中に収められている制御系を破壊した
のだ。もはや魔力を帯びた岩の塊と成り果てたゴーレムは、そのままの姿勢で
どうと倒れた。
ところで、素手で岩を砕くなどという真似をすれば、普通骨が折れるが、鍛
えられ、されに〈イフリータ・キッス〉の効果で護られていたエルの右腕は、
全くの無傷であった。つまり、彼女はかすり傷１つ負わずに、たった一度の攻
撃でゴーレムを叩き伏せたのだった。
「クックック・・・」
「！？」
近くに聞こえた含み笑いに、エルは驚いて飛びずさった。振りかえった先に
は、グローウォームが突進した先にいるはずのシャドウがいたのだ。
「お前・・・」
「あいつも手一杯らしいんでな・・・ちょっと遊んでもらおうか」
「何だと？」
険悪な表情でにらみつけると、シャドウは嬉しそうに言葉を継いだ。
「いいねぇ、その表情・・・もっと憎め、俺を憎んでくれ！」
エルはその言葉に悪寒を覚えた。「イカれてる」とか「狂っている」とか、
そんな表現では収まらない何かを、シャドウに対し覚えたからだ。
そんな思いを抱きつつ、無言でエルは身構えた。これに対し、シャドウは相
変わらず薄笑いを浮かべたまま、彼女を眺めている。
だが、先に動いたのはシャドウだった。だらりとした姿勢から、突然蹴りを
繰り出したのだ。エルはそれを腕でガードすると、一歩踏み込んで拳をシャド
ウの顔面に突き出した。シャドウはわずかに横へ滑ることで、その拳から逃れ
る。と、同時に、２人とも、飛びずさって間合いを広げる。
（こいつ・・・さっきより速くなっている！？）
エルは内心で驚きと焦りを覚えた。ほんの１時間前に戦った相手の能力が、
突然に上がるということはありえない。魔法でも使えば話は別だが、今のシャ
ドウは魔法を封じられているからそれもない。なのに何故、シャドウの動きが
速くなっているのか？彼女にはそれが分からない。だが、エルはいつまでもそ
の事にこだわりはしなかった。彼女は意を決して、先に動いた。
「いやぁっ！！」
声と共に、今度は蹴りを繰り出す。顔面目掛けてと見せかけて、その軌道を
急激に変えて腹部を狙ったのだ。だが、それすらもシャドウに防がれた。
「くっ・・・！」
足に伝わる鈍い衝撃に、エルはいまいましげに唸った。今の攻撃はそれなり
に自信のある攻撃だったのだが・・・。だが、そんな事を考えている場合では
ない。彼女はすかさず足を引き、シャドウの攻撃に備える。同時に、シャドウ
の突きが襲いかかってくる。その突きを、エルは左手で受け止め、すかさず手
首を返して受け流した。
ニヤッ
近くまで迫ったシャドウの顔に奇妙な笑みが浮かんでいた。何事かと、エル
は警戒したが、既に手遅れであった。
ヒュッ、パンッ！
シャドウの左手が突然動いた。と、同時にエルの顔面に何かが命中し、そこ
で弾けた。
「！？」
その何かから粉状のものが撒き散らされると、エルは目に強烈な痛みを覚え
て、目を開けていられなくなった。
「っつ・・・目潰し！？」
「ヒャーッハッハッハ、その通り！まんまとひっかかりやがったな！！」
嘲笑と共に、シャドウの拳がエルのみぞおちにめり込んだ。
グローウォームが知覚した異変とは、この事である。
左手を振りかえった彼が見たものは、腹部を押さえてうずくまるエルであっ
た。
その光景を見て、グローウォームは言葉を失った。だが、それも一瞬だった。
直後には、まるで弾かれたかのように突撃を開始していた。エルを見殺しにす
るわけにいかない以上、それはまっとうな行動だが、その速さが尋常ではなか
った。１０メートル近くあった距離を、半ば飛ぶように走ることでわずか３歩
で槍の間合いというべき距離まで詰めてしまったと言えば、その速度の尋常な
らざることが分かるだろう。そして、その勢いのまま、彼はシャドウに突きか
かった。
「！？」
横合いからの強烈な殺気。それに気づき、シャドウは反射的にエルから手を
放し、後ろへ飛んだ。直後、寸前までシャドウの頭があった空間をグローウォ
ームの槍が貫いた。
「グローウォーム！！」
シャドウがその名を叫ぶが、グローウォームは何も反応を示さない。ただ、
殺意だけを浮かべた瞳でシャドウを見据え、再び槍で突きかかった。
ビュッ、ビュビュッ！！
空気を切り裂く音と共に、グローウォームの槍がシャドウに襲いかかる。そ
の鋭い突きを、シャドウは辛くもよけ続けているが、さすがに反撃の余裕はな
かった。だが、このままでも押し切られる。そのことを理解しているシャドウ
は、グローウォームの足を止めるべく、いつの間にか手にしていた剣で槍を受
け止めた。
「ちぃぃっ！！」
グローウォームの口から舌打ちの音が漏れる。これで、今まで握っていた主
導権を失ってしまったからだ。彼は主導権を取り返そうとすかさず行動をおこ
したが、それよりもシャドウの方が速かった。シャドウは、思い切り良く地面
を蹴りつけ、砂礫をグローウォームの顔面に飛ばしたのだ。
ジャリッ！
「！？」
とっさに目を閉じたグローウォームに、シャドウの剣が下方からすくい上げ
るように襲いかかってきた。
「あの世に行きなぁ！！」
「断る」
シャドウの咆哮に、グローウォームの素っ気無い声が応じる。直後、シャド
ウの剣は、グローウォームが繰り出した槍の柄によって止められてしまった。
そして、止まったと思う間もなく、シャドウは槍の石突で殴り飛ばされていた。
「ぐうぅっ！！」
うめきながら転がる。さらに意図的に余計に転がって、シャドウはさらに間
合いを広げた。
「グローウォーム、てめぇ・・・」
「覚悟はいいか、シャドウ？」
冷ややかに言い、槍を構えなおすグローウォーム。憎悪とかいった感情を一
切感じさせない表情のグローウォームを、シャドウは憎らしさより、いまいま
しさを込めた視線でにらみつけた・・・
この２人の戦いを冷たく見下ろす視線があった。その持ち主は、遠距離から
鹿などの素早い動物を仕留めるための長い銃身を持つ猟銃を、腹這いになって
構えていた。隠蔽のための典型的姿勢だ。
その姿勢で、その男は猟銃の狙いをシャドウの頭に合わせていた。実はそう
してからかなりの時間（と、言ってもせいぜい数分だが）が経っていたのだが、
一発必中を期して発砲を控えていたのだ（まぁ、そうでなくとも狙撃というも
のは初弾必中を要求されるものが）。
その忍耐がどうやら報われそうであった。今、シャドウはグローウォームと
にらみあい、動きを止めている。絶好の的といえた。
（よし）
彼は内心でだけ頷くと、引き金にかけた指に力を込め・・・
グッ
・・・たその時、いきなり銃身を思い切りつかみ上げられた。驚く間も与え
られず、彼は明後日の方向に発砲する羽目になった。
ズダァーーン・・・
（なっ！？）
驚きつつも、彼は慌てて起き上がり後ろへ飛んで、突然現れた妨害者との距
離を取った。そこでようやく彼は妨害者の正体を知ることが出来た。そこには
しわの多い老人が１人、剣を手にして彼をにらみつけていた。
「カール・ノイマン・・・」
「ほう、私のことを知っているとはな・・・」
少し感心したように呟くと、名前を呼ばれた老人、カール・ノイマンは猟銃
の持ち主の正面に立った。
「さて、何のつもりか、話してもらおうか」
「くっ・・・」
ノイマンに問われて、男は一歩下がった。別に威圧されたわけでもないのに、
言いようのない圧迫感を受けたのだ。
「逃げるな」
短い、必要最小限の命令に、男は金縛りにあったかのように動きを止めた。
まるで首を締め上げられたかのように顔を歪めたかと思うと、男は突然叫び声
を上げた。
「うわあぁぁぁぁっ！！」
同時に銃口をノイマンに向けた。それと同時に、ノイマンが動いた。影さえ
捉えることの出来ない速さで一瞬だけ動いたかと思うと、また動く前と同じ姿
勢に戻っていた。その直後、持っている猟銃に異変が起こった。
「わぁあっ！？」
驚きの声が男の口から漏れ出た。銃身の半ばあたりから、突然２つに折れた
のだ。その切断面は恐ろしくきれいで、ノイマンがその剣で斬ってのけたのだ
ということが見て取れた。
「さて・・・まだやるかね？」
「ひいぃぃっ！」
全く先ほどと変わらない落ち着ききった声に、男は悲鳴を上げて逃げ出した。
その場にいた他の者のことも気に留めず、ひたすらに逃げていった。
その後姿を見送ると、ノイマンは軽く息をついて剣を収めた。
「やれやれ、騒々しいことだ」
「無理もないと思いますよ。・・・ですが、あのまま見逃してよいので？」
その場にいた他の者の１人、リカルドが呆れ半分に問いただすと、ノイマン
は軽く首を捻った。
「まぁ、問題はないと思うが・・・気になるのなら、君の部下に尾行させては
どうかね？」
「そうします。ヤン！あの男の後を追うんだ。気づかれないようにな」
「はいっ！！」
敬礼して走り去るヤンの姿を見送ると、ノイマンはグローウォーム達がいる
下方に視線を送りつつ呟いた。
「さて、どうしたものかな・・・」
時間を少しだけ戻す。ノイマンの阻止によって狙撃をまぬがれたグローウォ
ームとシャドウは、それぞれ別の岩影に駆け込んだ。無論、グローウォームは
未だ視力の回復しないエルの手を引き、仲間達に森に隠れるよう指示して、シ
ャドウは全ての野犬と魔物達のコントロールを放棄した上で、だ。
そして、
「お前の仕業か！？」
「てめぇの差し金か！？」
駆け込んだ直後、２人とも同時に叫んだ。
『！？』
お互いの叫びに、２人は思わず顔を見合わせた。２人とも、お互いの叫びが
示唆する１つの事実に気付いたのだ。すなわち、「この狙撃未遂はグローウォ
ーム、シャドウ、どちらの指図によらない、第三者の仕業である」という事実
に・・・
（どういう事だ？）
グローウォームは考えざるおえない。この狙撃は、シャドウがグローウォー
ム達を狙ったものではない。もちろん、グローウォームがシャドウを狙ったも
のでもない。で、ある以上、第三の勢力が行ったことになる。
（では、誰が？）
自警団ではない。彼らなら、犯人を捕らえる事を望む。問答無用で
殺害するような真似はしない。なら、ハメットのような賞金目当てのものか？
それもありえない。シャドウの賞金は生きて引き渡すことが前提である。殺し
てしまっては意味が無い。では、グローウォームを狙う者が行ったのか？これ
もなさそうである。彼を狙うなら、もっとましなタイミングがあるだろう。少
なくとも、こんな偶然に頼ったとしか思えないタイミングと場所は選ばないだ
ろう。
（それでは・・・）
一体、誰が？思考がふり出しに戻ってしまった彼の耳に、シャドウの呟きが
滑り込んできた。
「くそっ、あの野郎。やりやがったな」
「あの野郎？」
ようやく視力が回復し始めたエルが、ポツリと呟く。
「奴にも色々あるんだろう」
グローウォームが、狙撃出来そうな場所を探しつつ応じる。と、この場所を
見下ろせる場所に、１人立っているのが見えた。
（あれか？）
そう判断したグローウォームが観察するまでもなく、彼の判断が誤りである
ことをその人物が自ら告げた。
「我々は自警団だ！」
「ノイマンおじいさん！？」
さくら亭で会ったことのあるパティが驚きの声を上げる。彼女が知る限り、
ノイマンは「自警団のご隠居さん」であり、第一線に立つような年齢の人では
ないはずだからだ。
そんな彼女の驚きをよそに、ノイマンの声は続いている。
「先ほどここで狙撃をしようとした者はすでに排除した。安心してもらいたい。
そしてシャドウ。お前には誘拐と殺人未遂で逮捕状が出ている。おとなしく
縛についてもらう」
「ヒャーッハッハッハ！俺が捕まってやるとでも思ってるのか！？」
「思わない。だが、目の前のグローウォーム君、さらに私のそばにいるリカル
ド・フォスターを向こう敵に回して、勝てるとでも思っているのかね？」
いたって静かなノイマンの問いかけに、シャドウは含み笑いを浮かべた。
「クックック・・・勝つってのは無理だろうなぁ・・・だがよ、逃げることな
ら出来るんだぜ」
「へぇ、封魔符を張りつけられて、どうやって逃げる気なんだい？」
視力が完全復活したエルが、挑発的な口調で応じる。だが、シャドウはさら
に挑発的に応じてみせた。
「あん？これのことか？こんなものはなぁ・・・」
ベリッ！
「最初から効いちゃいないんだよ」
「な！？」
人の力では絶対に剥がす事の出来ない封魔符をあっさりと剥がされ、さすが
のエルも絶句した。グローウォームは険しい表情で一歩進み出る。
「お前は一体、何なんだ？」
「ヒャッハッハ、それくらい自分で考えな！」
そう応じると、シャドウの身体が揺らいで、消えた。
「くそっ！結局、あいつに遊ばれただけかよ！！」
それを見たアレフが、悔しそうに地面を蹴った。一方、グローウォームは特
に悔しそうな素振りも見せず、黙ってノイマンを見上げた。その視線に気づい
たノイマンは、こちらも黙って敬礼して見せる。それに対し、グローウォーム
は軽く肩をすくめて視線を外した。
「気に入らないな」
「何が？」
「さっきの銃声さ。一体、どっちを狙ったんだか・・・」
呟きを聞きつけたパティに、グローウォームは反射的な答えを返した。そん
な彼に、エルは同感とばかりに頷いた。
「それに、何のために、ってのもあるね」
「ああ・・・ひょっとすると、俺は何か見落としているのかもしれないな」
今まで彼は、自分が何者かに命を狙われるという可能性を排除して考えてい
た。だが、現に狙われた。シャドウ狙いという可能性の方が高いが、そうと決
め込んで仲間達の命を危険にさらしてしまう愚行をしたいとは思っていない。
そうである以上、彼としては用心せざるおえなかった。
「警戒しておくとするか・・・」
半分以上、口の中でなされた無意識の呟きを、隣にいたエルは敏感に聞き取
っていた。
「何か言ったか？」
「いや、別に・・・」
反射的に、彼はありきたりの、そして説得力に欠ける返事を返した。そして、
納得していないエルの問いかけの視線にも気づかぬまま、彼はシャドウが消え
た場所を見つめていた。不意に１つため息をつくと、仲間達の方に視線を転じ
た。
「さて、ここは自警団に押し付けて帰るとするか」
引き上げていくグローウォーム達を見ながら、ノイマンはポツリと呟いた。
「話には聞いていたが・・・見事な逃げ足だな」
「ええ、とても人間技とは思えません」
何時の間にか横に来ていたリカルドの声に、ノイマンはそう応じる。
「あるいは、本当に人間ではないのかもしれん」
「あのような存在に何か心当たりが？」
「いや・・・ただそう思っただけだ。いずれにせよ、まともな手段では捕らえ
ることはかなうまい」
「だからといって、手をこまねいているわけにはいきません」
強い口調で訴えるリカルドに、ノイマンはようやく視線を走らせた。
「分かっている。あの男は危険だ。その程度は分かるつもりだ。それに、放置
するわけにいかない事もな。だが、追い掛け回すだけが捕まえる方法でもな
いだろう」
「と、言いますと？」
「相手の行動を分析するのだ。何故、奴はわざわざここまで引き回して罠を張
ったのだ？フェニックス美術館からずいぶんと距離があるここへ」
婉曲的な表現であったが、リカルドにはそれで十分だった。
「調べてみますか、この山を・・・」
「ひょっとすると、我々が知らない存在が、隠れているのかもしれないな、こ
の山は・・・」
別に予言のつもりではなかったが、結果的に予言となるノイマンの発言であ
った。無論、この時点で、彼らもそんなことを予想してはいない。
これ以降、リカルドはエンフィールドの歴史に関わる部分まで調べていくこ
とになる。
シャドウ追跡行のあった日の夜。
「何ですって！？」
ある家の応接間の中央に立つ、仕立の良いスーツに身を包んだ男は絶叫した。
それに対し、絶叫させるにいたった家の主の声は冷ややかであった。
「言った通りだ。ハメット・ヴァロリー、君を本日付けでここにおける役職を
解き、退会を命ずる。分かったら、例の石を置いて速やかに退出したまえ」
「一体、何故・・・」
「やりすぎたからだ。君がショート財団の力だけを使って事をなしているうち
は我慢出来た。だが、ここの力を無断で使い、彼らを抹殺しようと企てたの
まで許すわけにはいかない」
主は、逆らいがたい威圧感のある視線でハメットをにらみすえると、さらに
言葉を続けた。
「君は自分の計画を重んじるあまり、ここの存在を危険にさらし、あまつさえ
その存在意義を踏みつけにしたのだ。エンフィールドの平和を裏から支える
べきここの力を用いて、何の罪もない市民を狙うとは、何を考えているのだ！」
「馬鹿な！たかがよそ者ではありませんか！？」
「君もよそ者だったな、ハメット君」
「く・・・」
冷ややかに言い返され、ハメットは仮面の奥の目つきを険悪なものにしたが、
主は平然たるものだった。いや、むしろ鋭さが増した視線で彼を見据えた。
「いずれにせよ、これ以上言葉を重ねても妥協点が見つかるとは思えないので
な。速やかに石を置いて出ていってくれないか？」
「後悔しますよ、必ず・・・大体、私が何のために・・・」
言い募ろうとしたハメットに対しもはや興味をなくしたらしい主は、軽く手
を振った。すると、脇からがっちりとした体格の男が音もなく滑り出たかと思
うと、無造作にハメットに近づき腕を動かした。
「全く、うるさいんだよ、お前。おとなしく出て行けってんだ」
そう言って何かの石をハメットの前にかざした。それを見た途端、ハメット
は驚いてスーツの内ポケットをまさぐった。
「き、貴様・・・返せ、それを返しなさい！！」
「うるせぇんだよ。言われただろ、解任だって。これ以上何か言うなら、俺が
お前を放り出すぜ？」
男の陽性な、だが皮肉の酸味がかけられた口調で言い放つと、ハメットは主
に向けたのと同じ、いや、それ以上に険悪な視線を男に向けたが、彼は平然と
していた。
やがて、ハメットも、一切の抵抗が無駄を悟ったらしい。いまいましげな視
線で部屋にいる者全員を切り裂くと、捨て台詞を放った。
「いいでしょう。あなた方、ご老体だけで好きにするといいでしょう。ですが、
絶対に後悔しますよ！」
荒々しい足音ともに出て行くハメットが視界から消えると、主は大きなため
息をついた。
「お疲れですか？」
「ああ・・・何だか急に年を取った気がするな・・・」
主は、隣に来た男にそう頷いて見せた。それを見て、その男は微かに憂いを
浮かべた。
「彼の言う通り。本当に我々の考え方は古いのでしょうか・・・彼こそが正し
くて・・・」
「そんなことはない！いや、あってはならない！無実の罪で断罪し、その犠牲
の上に何かをなすという事が当たり前など事は！！」
主は突然激しい口調で叫んだ。その激しさに、男も驚いて固まる。だが、す
ぐに主は疲れたように、その身をソファーに沈めた。そして、半ばは自らに言
い聞かせるように呟く。
「いついかなる時代でも、そんな事を当たり前と思ってはいかんのだ・・・」
「ですが、彼は本当にやってしまうかもしれませんよ」
「やれはせんよ」
ここで初めて主は笑みを浮かべた。
「あの若いのに思い知らせてやろうではないか。ご老体に出来ることを」
それは、凄絶なまでの凄みを感じさせる笑みだった。
このシャドウ追跡劇の翌日から、ジョートショップの空気は少し変わった。
何よりもグローウォームが剣を腰に下げるようになった。いままでは、ベルト
に手裏剣を挟んでおく程度だったことを考えれば、かなりの武装強化と言える。
ハメットの襲撃やシャドウの待ち伏せもさることながら、狙撃されかかった、
という事実が彼の警戒心を煽ったのだ。
そして、彼の仲間達も武装を固めるようになった。別にグローウォームから
説明されたわけではない。だが、彼の持つ雰囲気が変わったことや、一連の事
態を見聞きして、皆、感じ取るところがあったのだ。
エルはいつもの紺色の武闘着の下に手甲をつけ、そして、目立たないように
ナイフを持つようになった。
シーラはいつものスカートを止めスラックスをはき、さらにエルからマジッ
クアイテムである手袋で手を守るようになった。
リサはエル同様、さして目立つ変化はなかった。ただ、ジャケットが長袖の
ものになっただけだ。だが、そのジャケットに鎖が編み込んであったから、防
御面ではかなり強化されていた。
戦いにもっとも縁がないクリスでさえ、自分の身長より長い杖を持ち歩くよ
うになった。もっとも、その杖は殴打用ではなく、呪文詠唱補助アイテムとし
ての色合いが強かったが・・・。
こうした「武装強化」により、ジョートショップの雰囲気はやや剣呑なもの
になったが、彼らの警戒心が決して誤りではないことは、翌２月において証明
されることになる。
・・・水面下に隠れた「事実」が浮き上がり、彼らに対し牙を向こうとして
いた。
ＥＮＤ
後書き
ああ、間に合った・・・と、いうわけで、「追跡者たち」をお届けします。
シチュエーションとしてはオーソドックスなアクション物のつもり・・・で
すが、どんなもんでしょうね？
元イベントはパティのテーマ別イベント４「ＳＨＡＤＯＷ」です。これをメ
インイベントに移植したようなものです。実際、対シャドウがメインのストー
リーと考えるとこのイベントの方がメインらしく見えるもので・・・（と、い
うか、パティのイベントに思えない、というのが正解か・・・）
そんなわけで、先の「牙、振るう理由」と似ているなぁ、と思っても御容赦
のほどを・・・；
さて、フェニックス美術館の件もようやくあと２話分（デアリングの謀略戦
と、ラスト）になりました。これに外伝的なシーラ＆エルのＳＳを書く予定で
す。
あとちょっと（でも、今年一杯かかるだろうなぁ；）なので、よろしくお付
き合いください。
それでは、こんなところで。
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松