３月２６日、深夜。何故か胸騒ぎを感じたアリサは、夜着のまま夜空を見上
げていた。
（何かしら・・・この嫌な感じは・・・）
そんな思いを抱く彼女は、ふと何かを感じて視線を動かした。その先には、
雷鳴山の山容が黒い影となって存在していた。
「あの山に・・・何かいるのかしら・・・？」
（そう何か・・・まがまがしい何かが・・・）
そんな思いが別の不安を呼び起こし、彼女は真剣に祈った。
（お願いです・・・どうか、彼に加護がありますように・・・）
始まりの終わり
「そ・・・そんな犯罪者の肩持つ奴等の言うことなんて聞いてられるか！！」
「そうかい」
恐ろしく冷えた声がグローウォームの口から放たれた。
ここはセント・ウィンザー教会の前。グローウォームとエル、シーラ、アレ
フの４人はカッセルの「今回の地震の原因はグローウォームにあると吹聴して
いる者がいる」という言葉を聞いて駆けつけ・・・、カッセルの言葉通りの光
景を目にすることになったのだ。
「全ての元凶はグローウォームにある」という老予言者の言葉を信じ、グロ
ーウォーム追放を主張する人々と、グローウォーム本人と彼に好意的な人々−
その場にいたエル達や、ローラ、由羅−との間でいくつかの言葉が投げ交わさ
れ、ついに冒頭の会話にいたったのだ。
そして、「そうかい」の一言を放ったグローウォームの雰囲気はガラリと変
わっていた。顔からは感情というものが消え、瞳からはいつもの明るさや優し
さが消えた。
「そこまで言うなら、俺はもう何も言う気はない。お前らの好きにするがいい」
グローウォームの静かな宣言は、あまりに静かであったがゆえに、その内側
に存在する苛烈さを感じさせなかった。
「だが・・・」
ある意味において、残忍なくらいの歓喜を見せた人々に、グローウォームは
すさまじい宣言を突きつけた。
「俺も好きにやる。俺を信じてくれる人のためにも、俺はこの街から出ていき
はしない。俺を追い出したければ、力ずくでやるがいい！！」
「なっ・・・！」
歓喜を見せた人々は驚いてグローウォームを見、そして背筋に悪寒が走るの
を覚えた。そこには、戦いとは縁のない彼らが見たことも無い気配をたたえ、
無表情に見据えているグローウォームがいた。人々が襲ってくるのなら、こと
ごとく返り討ちにしてくれる。そんな決意がにじみ出ていた。
人々はようやく悟った。この男はこの１年、ずっとこらえてきたのだ。なに
かにつけて犯罪者と呼ばれ、それに怒りを見せることさえ（再審請求のために）
こらえてきた。自分達の発言は、その自制する理性を弾け飛ばしてしまったの
だ、と。
人々の推理は、事象面においては正確だったが、その原因については誤って
いた。彼が怒りを見せたのは、自身に関しての事ではない。原因は、彼を弁護
してくれた人々への暴言、であった。
グローウォームに詰め寄る人々が、彼に味方するという理由だけで、他の意
見を持つ人を認めないのなら、この連中の意見を、こちらが認める必要も、ま
た、ない。強制的に己の意見を押しつけるなら、この連中を「敵」として対処
する。彼は、そう決めたのだ。
そして今、「敵」として静かな殺気をむき出しにしたグローウォームに、人
々は後ずさった。雷鳴山の噴火に対する不安と動揺があったとはいえ、謎の予
言者の言葉を真に受けるような人々だ。そんな人々が束になったところで、グ
ローウォームの苛烈さに抗しえるわけがない。
それを見て取った彼は、ゆっくりと一歩踏み出した。それにあわせて人々が
二歩下がる。その行動に、グローウォームはあるかないか分からないほどにう
っすらとした笑みを浮かべた。
「どけ」
その表情のまま、短く言い放つ。その一言で、グローウォームと予言者の間
に築かれた人の壁が割れた。肉食動物に襲われた草食動物に匹敵する、すばや
い逃げである。実際、人々とグローウォームの間には、草食動物と肉食動物の
間にある違いが存在する。いくら羊が群をなし、自暴自棄の蛮勇を振るおうと、
単身立ちはだかる狼の気迫に対抗できるわけはないのと同じように、彼らもグ
ローウォーム１人の気迫に対抗できないのだった。
「グロウ・・・！」
その尋常ならざる殺気に、一番慣れているはずのエルでさえ焦りをおぼえざ
るおえなかった。
（早まるなよ、ここでこいつらを殴ったら・・・！）
この１年近くの間で生まれ始めた「例の事件の犯人ではないかもしれない」
という意見が消し飛んでしまいかねない。そうなれば、再審における結審投票
で無罪を勝ち取れなくなってしまう。たとえそうはならずとも、傷害罪で逮捕
されれば同じ事だ。
そんな心配が、呼びかけるという形で思わず出してしまったエルに、グロー
ウォームは顔だけを彼女の方に向けてみせた。殺気を含んだ凄絶な笑顔。だが、
その中で目がけがいつもの理性と図太さを感じさせる光をたたえていた。「大
丈夫」と語るその目は、彼女に安心感を与える。
（大丈夫・・・なんだな）
心の中でだけで語りかけると、隣に立つアレフが冷や汗さえ流しつつ呟くの
が聞こえた。
「あいつ、大丈夫なのか？」
「エルさん、グロウくんを止めた方が・・・」
不安げな表情のシーラも、小声でささやきかけた。そんな２人に、エルは黙
って首を振ってみせた。
「大丈夫だよ」
「エル？」
「エルさん？」
「あいつが本気なら・・・とっくの昔に連中を殴ってる。何も言わないで・・
・シャドウの時だってそうだったろ？」
大武闘会でも、雷鳴山まで追いまわした時もそうだった。グローウォーム・
グレイフォードは、本気になればなるほど口数が少なくなり、その攻撃は容赦
ないものになる。そういう男なのだ。
その事を知っているエルは、落ち着いた態度で言葉を続ける。
「だから、わざわざ脅している間は大丈夫さ」
「・・・・・・」
「・・・信じているんですね・・・」
「え？」
ポツリとなされた呟きに、エルは軽い困惑を浮かべてシーラを見た。そのシ
ーラは尊敬の念と羨望とが入り混じった表情で続けた。
「だって、あんなグロウクンを見ても『大丈夫』って言えるなんて・・・」
「そうそう。ずいぶんとあいつの事を信用しているんだな」
「・・・別に、信用してるわけじゃ・・・」
なんとも言いがたい表情で、ポツリと呟くエル。
（信用してるわけじゃない。ただ、アタシは『知っている』だけだ。あいつが
そういう奴だって・・・）
本当にそうなのか分からぬままに、彼女はいつの間にかうつむいていた顔を
上げた。すると、グローウォームが例の予言者のすぐ前に立ち、詰問するのが
目に入った。
「一体、何の真似だ？いや・・・それ以前に何者だ？」
「我は名も無き予言者！！お前を誰よりよく知る者！！」
「俺はお前なんて知らんよ。そんなに俺の事を知っていると言うのなら、名乗
ってみたらどうだ？」
「ふ・・・我に名乗る名など無い・・・」
「そりゃまた都合のいいこった」
グローウォームの声に冷ややかさと、明らかな軽侮の色がにじみ始めた。
「特に『予言』なんてものをやる奴にはな。名前も告げずに好き勝手言って、
間違いであっても追求される前に姿を消す。勝手に信じた奴が悪いってわけ
だ」
冷ややかに言い捨てられた予言者は、人の神経を逆なでする笑い声を上げた。
「ヒャッヒャッヒャ・・・その辺の占い師と一緒にするでないわ！我はお前の
事を良く知っておるぞ！例えば、お前が盗みを働いたことなどな！！」
「何よ！それは自警団が着せた濡れ衣じゃない！！それでよく『知っている』
なんて言えるわね！！」
アレフよりもシーラよりもエルよりも、そして当のグローウォームよりも、
ローラが強烈に反応した。予言者の言葉に勢いづいて彼らに詰め寄ろうとした
人々も、その強烈さに止まってしまった。さらに、教会から現れた男達の雰囲
気に、人々は完全にのまれ、身動きさえ出来なくなってしまう。
そんな人々に一切構わず、突然に姿を見せた男−リカルド−はわずかな苦笑
を浮かべてローラを見つめた。
「我々が着せた濡れ衣とは手厳しいなローラちゃん」
「オレ達は証拠があったからグローウォームを捕まえたんだ。別に証拠をでっ
ち上げて捕まえたわけじゃないぜ」
続けて現れたアルベルトも肩をすくめて見せながらそう言った。そんな２人
を見て、エルは少し皮肉っぽい口調で端的に評した。
「唐突なご登場だな」
今朝方からずっと地震や雷鳴山の火山活動による被害復旧に追われているは
ずの自警団の人間が教会にいて、しかもその近くで起こった騒動にタイミング
よく介入するなど話が出来すぎている。その辺を皮肉混じりに指摘したつもり
だったのだが、リカルドはそれに気づいてさえいないかのように平然と予言者
を鋭く見据えた。
「そこのご老人、あまり根も葉もないことを吹聴し続けるようなら騒乱罪で逮
捕しますがよろしいかな？」
「そうよ！そんなヤツ逮捕してちょうだい！」
リカルドの威圧も、ローラの弾劾も、この予言者には何の影響も与えなかっ
たらしい。平然と無視して、人の不安を煽るように言い放った。
「我は名も無き予言者・・・。我の言う事を信じねばこの街は滅びるのみ・・
・ヒャッヒャッヒャ！」
言い終わるやいなや、予言者はローブをひるがえし・・・それが地面に落ち
た時には姿を消していた。
「なんだぁ！？き、消えやがった・・・！？」
「どこに逃げやがったんだ！？」
驚くアルベルト。そして、さすがに怒りを隠せず、苛立たしげにそのローブ
を引っつかむアレフ。そんな彼の隣で、由羅は感心したかのように目をみはっ
て呟いた。
「あらぁ、見かけによらず器用な人ねぇ〜？」
「なるほどね・・・そういう事か・・・」
そんな彼女の聴覚が、グローウォームの呟きを捕らえた。もっとも、かろう
じて、であり他の事に気を取られている他の面々が聞き取ったようには見えな
い。
由羅がつかみどころのない不思議な表情のままグローウォームを見つめたが、
彼もまた何か考え事をしているらしく、無言で空を見詰めているだけだった。
その向こう側では、リカルドが自警団第一部隊隊長という役職にともなう責務
を果たすべく、人々に向かって説得しているところだった。
「みなさん、あの老人は、全て根も葉もないということは、我々の追及に何１
つまともな反論が出来なかったということで明白！」
ごく自然な説得力が込められた態度と口調で、彼は続けた。
「あのような虚言を信じ、軽はずみな事をしなうようにしていただきたい！」
だが、言葉という毒はそう簡単に抜けはしない。その証拠に、先頭切ってグ
ローウォームを弾劾した男が、不満たっぷりに反論する。
「だけど現に地震や雷鳴山の火山活動再開という災厄が・・・」
「それらの自然活動とグローウォーム君とは、何の関係もありません」
あっさりと一蹴され、男は不満を爆発させた。グローウォームをゆび指し、
リカルドに向かって叫ぶ。
「だけど、こいつが怪しいって捕まえたのは自警団じゃないか！！」
「その件とこの件は無関係だ。いつまでもそんな馬鹿なことを言っていると、
あんたも騒乱罪でしょっぴくぜ？」
「そ、そんな無茶な・・・」
「自分達の味方」と信じ込んでいた自警団員に「逮捕」を示唆され、男は絶
句した。同時に、あちこちで不平と不満の声が上がる。自分達は正しい事をし
ているのに、何故自警団は邪魔するのか？そんな声だ。
そんな彼らに向かって、グローウォームは冷ややかに言い放った。
「そんなこと、今ごろ気づいたのか。自警団はいつだって無茶苦茶だし、そう
だから、俺がこうして苦労してるんだろうが」
「な・・・」
絶句する彼らに、グローウォームはとどめを刺した。
「もっとも、お前らの方が自警団以上に無茶だがな」
グローウォームにしてみれば、「目撃証言と盗品の存在で逮捕／告発した自
警団」より「得体の知れない予言者の予言を信じて追放しようとする民衆」が
まともであるとは思えないのであった。
グローウォームの剛毅で冷ややかな態度に、人々は追及の手を伸ばすことが
出来なくなってしまった。そんな彼らを一顧だにせず、グローウォームはリカ
ルドに向き直った。
「ところでおっさん達は何でここにいるんだ？」
てっきり被害復旧か雷鳴山の状態調査にあたっていると思っていたグローウ
ォームは、いたってまっとうな質問をぶつけた。
「うむ、我々は神父さんから依頼され、教会の地下室の調査をしていたのだ」
「どうしてまたそんなところを調べてたっスか？」
テディの質問に、彼はあごを撫でつつ答えた。。
「うむ、実は昨夜の地震で地下室の壁が一部崩壊してしまったのだが・・・そ
の崩壊部分の奥に、謎の隠し通路が発見されたのだ」
この回答を聞いて、途端に慌てたのはアルベルトだ。
「ダ、ダメですよ隊長！民間人のこいつらに、そんなことをペラペラ言っちゃ
あ！」
あわを食ったその抗議にも、リカルドは動じなかった。逆に部下をなだめに
かかる。
「アル、お前は黙っていろ。グローウォーム君だって、あれだけのことを言わ
れたんだ。名誉挽回の機会を与えてやってもよかろう」
「う・・・、ま、まあ仕方がないですね・・・」
敬愛するリカルドにそう言われると、アルベルトも強くは言えない。だが、
それだけで不満は消えない。その不満は、ごく自然にグローウォームに向けら
れた。
「よかったなあ、グローウォーム！隊長が慈悲深いお人でよぉ！」
「何だとぉ！？」
その言い草に、アレフが応戦の気配を見せ、エルとシーラは眉を寄せたが、
当のグローウォームには何の影響も与えなかった。それでもうっとうしいと見
え、冷ややかに言い返す。
「別に、お前に恩着せがましく言われる筋合いはない」
この反撃にカッとなったアルベルトが、何か怒鳴ろうとしたが、それよりも
早くグローウォームがリカルドに説明を求めたせいで出来なかった。
「で、一体どういう事なんだ？」
が、リカルドの口から出てきたのは、説明ではなかった。
「とにかくグローウォーム君。この件については後で詳しく説明するつもりな
のでジョートショップで待機しておいてくれ」
「それは、ジョートショップへの依頼か？」
語気鋭くグローウォームが質す。
「依頼というなら従うが、そうでないなら従う義理はないな」
自警団員でもない彼らが、理由無くリカルドの命令を受けねばならない義務
は、確かにない。その点を端的に示した言葉と言える。が、こんな態度がアル
ベルトの精神を逆なでする。自分も相手の精神を逆なでしていることをきれい
さっぱり忘れて、アルベルトが食ってかかろうとするのだが、それよりも早く
リカルドが口を開いた。
「君達への依頼と考えてもらって構わない。本来であれば正式に依頼を行うべ
きなのだが、この状態だ。その点は容赦して欲しい」
「ふーん・・・」
何か物問いたげにリカルドの顔を見やったが、断るべき何かを見出せなかっ
たらしい。１つ頷くと承諾した。
「いいだろう。受けておく」
「すまない。おそらく君たちの助けも必要となるだろうと思っていたからな」
落ち着いた態度でそう語ると、今度は軽く会釈した。
「それでは我々は地下室の調査を再開するので失礼する」
言うと同時に、教会へと姿を消す。と、そこで何かに気づいたアレフがその
背中に質問をぶつける。
「あ、ちょ、ちょっと待てよ！！雷鳴山があんな風になったのと教会と、何の
関係があるんだ！？おい、教えろよ！！」
この質問に、エルもシーラもはっとなってリカルドとアルベルトの背中に視
線を向けた。だが、２人も聞こえていないのか、それとも話すわけにいかない
ので聞こえないふりをしているのか、この質問に答えようとはしなかった。
「一体、どういう事なんだよ？」
答えを得られなかったアレフが、誰にともなく問いかける。エルもシーラも
困惑する中、由羅だけはいつもの落ち着いた態度を保っていた。
「何か大変なことみたいねぇ〜。あらもうこんな時間？あたしそろそろ帰るわ。
じゃあねぇ〜」
「ああ」
こちらも冷静さを保っているグローウォームが短く頷く。もっとも、彼女の
行った方向が、彼らに告げた行き先とは反対方向であることに気づかなかった
あたり、グローウォームも注意力が別方向を向いているようだが・・・。
「さてと・・・」
ジョートショップに帰ろうか、と言おうとしたところに、しばらく黙ってい
たローラが話しかけてきた。
「・・・ねぇ、グロウお兄ちゃん。ちょっとあたしの話を聞いてくれる？」
「どうしたの？ローラちゃん」
ローラにしては珍しい、深刻な、そして迷いを含んだ表情と口調に、シーラ
の方が先に反応した。
「聞いて欲しい事があるの・・・」
「聞いて欲しい事？」
グローウォームも小首を傾げる。そんな彼に頷いて見せると、ローラは半ば
は自分に説明するように、途切れ途切れに話し始めた。
「実はね・・・、あたし地震が起きてからずっと・・・何か・・・懐かしいよ
うな気配を感じるの」
「懐かしい気配ねぇ？」
アレフも話をうながすように、首をひねる。
「うん。うまく言えないんだけど・・・どこかで眠っているあたしの身体があ
たしを呼んでいる・・・、そんな感じがするの・・・」
「すまない、ローラ・・・よく理解できないんだけど・・・」
要領のいい、とはとても言えない説明に、グローウォームも困惑気味に首を
傾げる。だが、困惑しているのはローラも同じであった。どうにも説明出来ず
に黙り込んでしまう。
「ローラ？」
「ううん！いいの忘れて！ごめんね、変な話しちゃって・・・」
彼の呼びかけに、弾かれたようにローラは、明らかに無理を感じる明るさを
見せながら言うと、勢いをつけて教会へと飛んで行った。
そんな彼女の態度に首をひねっていると、今度はテディが今後の行動予定を
尋ねかけた。
「グロウさん、この後どうするっスか？言われた通りジョートショップで待機
するっスか？」
「戻るさ。一応『依頼』だからな」
グローウォームは、一切の感情を見せずに、短く応じた。
同時刻、ショート邸。
「何ですって！？」
ショート財団の主席秘書にして実質的経営者であるハメット・ヴァロリーは、
驚きの叫びを上げた。
「何かの間違いではないのでしょうね！？」
「はい、間違いありません。第一部隊隊長、リカルド・フォスターは被害復旧
に人手を取られた分の埋め合わせに、ジョートショップに協力を要請。グロ
ーウォーム・グレイフォードはこれを承諾しました。おそらく、教会地下室
で発見された地下迷宮の探索を行わせるものと思われます」
「何という真似を・・・」
ハメットは忌々しげに歯軋りした。その音は、仮面ごしに聞こえるほどだ。
だが、その忌々しさも無理はない。一切の取引を拒否するアリサ・アスティ
アからジョートショップの土地を奪い取るために彼が行った謀略は、グローウ
ォーム・グレイフォードが有罪になってくれなくては意味がないのだ。彼が有
罪になれば、アリサに貸した保釈金分の１０万Ｇは返済不能になり、ハメット
は合法的に土地を手に入れることが出来るが、そうでなければ去年の３月に起
こしたフェニックス美術館窃盗事件に始まる全ての出来事は彼にとって無意味
と化す。
そして、彼が無罪になるには再審時の陪審投票で全投票の８割が無罪票でな
ければならない。常識的に考えて、そんな事があるはずないと、ハメットはた
かをくくっていたのだが、こうなると話は別である。一歩間違えれば、グロー
ウォーム・グレイフォードはにわか仕立ての英雄となり、陪審投票で無罪を勝
ち取ってしまいかねない。
（それが狙いか、リカルド・フォスター！？）
内心で、ハメットは唸り声を上げた。リカルドがこの事件に不審を覚えて、
その捜査が第三部隊に引き継がれた後でも独自に調査していることはハメット
も知っている。だが、その調査はハメットに及んでこないので、放置しておい
たのだが・・・。どうやら、リカルドは冤罪の危険を回避するために、間接的
にグローウォームを援護するつもりらしい。
（おのれ、身勝手な真似を・・・）
自分のことを棚に上げて怒りをぶつける。そんなハメットに、報告者は判断
を請うた。
「それで、どうします？」
その一言で、ハメットの脳裏に悪辣な考えが浮かんだ。低い、そして不気味
なものを感じさせる笑い声と共に、彼は呟いた。
「クックック・・・何の事はない、好機ではありませんか・・・」
「は？」
「直ちに迷宮探索の準備を整えさせなさい！私達も行きますよ！！」
「はっ！」
報告者は慌てて一礼すると、その部屋を飛び出した。
「そうですとも・・・地下迷宮の探索中に事故死することなんて、珍しくもあ
りませんよねぇ・・・クックック」
追い詰められた、そう思ったハメットには、２月にデアリングの行った「警
告」も、かつて属した組織の長が行った「警告」も、何の効果もないのであっ
た。
ショート邸には広めの庭があり、何本か木も植えられている。それらの木は
かなりの大きさを持っており、人が隠れるのにちょうど良かった。今もその中
の１本に、暗灰色の髪の女性が取りついていた。
「人は・・・かくも醜くなれるものなのかしら・・・」
その女性−第二部隊のヒサメ−はポツリと呟いた。先ほどからのハメットと
報告者の会話を、彼女は一字一句漏らさずに聞きとっていたのだ。思わず、そ
う呟くのも無理はないだろう。
だが、そうしてばかりもいられない。彼女は誰にも気づかれずにそこから離
れると、役所へと向かった。そこでは、デアリングが情報処理能力を買われて、
様々な報告を処理しているはずだった。
「・・・で、話って何だい？」
デアリングは一通りの報告を処理を終えて、ローラの話に耳を向ける余裕を
作り上げていた。
「うん・・・あのね・・・」
彼女は教会の前でグローウォーム達に話した事を、もう一度デアリングに語
った。
「なるほどね・・・」
「ねぇ、デアリングお兄ちゃんはどう思う？」
真剣なまなざしで見つめられ、デアリングも考え込んだ。彼もかなり大量の
考えるべき事があったが、それでも「無罪を勝ち取らない限り明日がない」グ
ローウォームよりは思考能力に余裕があった。だから、ある１つの結論を引っ
張り出せた。
「・・・その地下迷宮に、君の身体が隠されている。そういう事じゃないかな？」
「えっ・・・！？」
「私がその迷宮を見たわけじゃないから、はっきりと断言は出来ないけど・・
・可能性は高いと思う」
目を輝かせたローラに、彼は慎重に言葉を継いだ。
「ねぇ、それ本当、お兄ちゃん！？」
「あくまで推測だよ、ローラ。調べてみないと、はっきりとは言えない」
彼女をなだめるように、穏やかに語るデアリング。だが、それで落ち着ける
ほど、彼女は大人では−あるいは老けては−ない。
「ねぇ、お兄ちゃん！それなら今すぐ調べてよ！！」
「落ち着いて、ローラ」
ずいっと迫ってきた彼女を落ち着けるように、触れるはずのないその頭を撫
でるように手を動かす。
「私は、無理だよ。今は他にやるべき事があるから・・・」
泣きそうなローラの顔をのぞきこみながら、彼は続ける。
「君の身体は地下迷宮がある限り探すことが出来る。でも、今やっている事は、
今だけしか出来ないんだ。今やらないと手遅れになるんだ。もし逆だったら、
私は君の身体を探しに行っただろうけどね・・・」
「お兄ちゃん・・・」
「お取り込み中、申し訳ありません」
響きのいい女性の声が、２人の間に入って来た。
「ヒサメかい？どうしたの？」
「実は地下迷宮の件で報告があります」
「何かあったの？」
片手で去ろうとするローラを押さえつつ、彼は先を促す。そんな様子を捉え
つつ、彼女は報告を始めた。
「どうやら地下迷宮の探索にグローウォームさんが参加するようです」
「えっ！？グロウお兄ちゃんが！？」
「間違いないね？」
「はい、最新の情報です。教会にいったん集まってから、出発するものかと・
・・」
「なるほど。なら話は早いね、ローラ」
「あたし、教会へ行ってくる！！」
叫ぶが早いか、ローラは役所の壁をすり抜けた。
「やれやれ・・・」
デアリングは苦笑すると、ヒサメに視線を転じた。
「報告はまだあるんだろ？」
「はい、どうやらハメット氏も地下迷宮探索に動くようです」
「・・・まずいな。私達も教会に急ごう」
「はい」
同時刻、ジョートショップ。
「今帰りました」
「わっ！？何かあったんスか！？」
「由羅？なんでここにいるんだ？」
帰ってくるなりテディが驚いき、エルが尋ねたのも無理はない。ジョートシ
ョップの中には、いつものメンバーのみならず、トリーシャや由羅、あげくに
マーシャルだのトーヤだのまでがいたのだから・・・。
そんな人ごみをぬうようにすり抜けて、アリサが彼らを迎えた。
「お帰りなさい」
「すみませんアリサさん、雷鳴山がああいうことになって、地震の原因究明ど
ころじゃなくなりました・・・」
グローウォームが頭を下げると、テディがフォローするかのように報告した。
「しいて調査結果をまとめると、地震はご主人様の言う人為的なものではなく
雷鳴山の火山活動再開の前兆ということっス・・・」
「そう・・・」
アリサは穏やかに頷いた。何か気になるところはあるが、当面は納得するし
かない、そんな表情だ。そんな表情が引っかかりはしたものの、グローウォー
ムはもっと気になることがあった。彼はそれを尋ねる。
「それよりアリサさんは無事だったんですか？」
その問いに、アリサは見る者に安心を与える温かい笑みを浮かべて頷いた。
「私は大丈夫よ。ほら、街中のみんながここへ集まってくださったから」
「みんなアリサさんを心配して集まってくれたんです」
「そうか・・・」
シェリルが嬉しそうに付け加えると、グローウォームはほっとして息をつい
た。そんな彼に、今度はアリサが表情を曇らせて尋ねた。
「グロウクン・・・、教会の前では大変な目にあったそうね？」
「ええ・・・」
「あなたたちのこと街中でウワサになってるアル」
マーシャルが、いつもの態度からは想像もつかないほど真摯な口調で語った。
「ヘンな老人がグロウさんを災厄の元凶て言ったらしいアルね？」
「ああ、そいつに言わせれば、俺はこの世の災厄の権化で、破滅をもたらす極
悪人なんだとさ」
「グロウくん・・・」
「そんな・・・ひどい・・・グロウさんをそんな風に言うなんて」
自嘲混じりのグローウォームの言葉に、シーラは落ち着けるように声をかけ、
シェリルは泣きそうになってしまった。
「な〜に弱気になってんのよ！そんな予言、うそっぱちに決まってんじゃない！」
「そうそう。私をさしおいて予言をするなんて１００年早いわ！」
あきらめるという言葉から最もほど遠いマリアが力強く断言し、水晶の館の
占い師もキッパリ言い放つ。アテにならない事ではマリアの自信と同レベルの
彼女だが、この時この場で言われると、多少なりとも説得力を持つ。
そして、そんな２人以上に説得力をもつ言葉を、日頃は愛想のないトーヤが
語る。
「雑音には耳を傾けるな。後で後悔するのはその老人の言葉を真に受けてお前
を罵ったヤツらさ」
「頑張るのよグロウクン！他の人たちにはあたしがよぉ〜く言っといてあげる
からぁ！」
由羅が茶目っ気たっぷりの、いつもの口調で言いながらグローウォームの肩
を力強く叩く。
「頑張って！！グロウさん！！」
「ありがと、な・・・」
一番近くに来て、明るく励ますトリーシャの頭に、彼は手を乗せてその髪を
クシャリとかきまわす。それが彼の謝礼の代わりと分かったトリーシャは、ど
こか嬉しそうに笑顔を見せた。
「ほら、そろそろシャキッとしなよ、ボウヤ」
いつの間にか彼の後ろに来ていたリサが、平手で彼の頭をはたいた。そんな
手荒い励ましに、グローウォームは口に出しては何も言わなかったが、ただ、
はっきりと、自嘲とは違う種類の笑みを浮かべていた。
「まったく・・・おちおち落ち込ませてもくれないのな、お前ら」
「そりゃ、お前みたいな奴が落ち込んでも、全然似合わないからな」
実も蓋もない一言で、彼のぼやきを一蹴してみせるエル。
「どーせ・・・って、それどころじゃなかった！！」
エルのとどめで、グローウォームは多少なりともいつものペースを取り戻せ
たらしい。目前に迫った危機をようやく思い出した。
「それよりもみんな早く避難しないと危ないぞ。いつ雷鳴山が噴火してもおか
しくないらしい」
それに対するアリサの答えは、いつもの彼の冷静さをしのぐのではないかと
思えるほど、落ち着いた、穏やかなものであった。
「今からどこへ逃げろっていうのかしら？」
小首を傾げて彼女は続ける。
「そりゃ運がよければ安全なところまで避難できるかもしれないけど・・・」
「そうある・・・みんなこの街捨てるコトできないアル！！」
一同を代表するかのようにマーシャルが言う。これを聞いたグローウォーム
は、呆れて呟いた。
「おいおい・・・それじゃ、俺のことを心配してる場合じゃあ・・・」
「この中にグローウォームさんはおられますか！？」
彼の声を遮るように、ジョートショップの中に自警団員が駆け込んで来た。
「ここにいる」
これあることを予測していたグローウォームが手を上げて応じる。それを認
めた自警団員は彼に向かって敬礼しながら用件を告げた。
「リカルド隊長がお呼びです！至急教会までおいでください！」
「そうか。だけど・・・」
グローウォームは迷った。アリサ達の安全を確保しないまま、リカルドの依
頼を受けるべきか否か、判断がつかない。彼としては、アリサの安全を優先し
たいのだが・・・。
そんな迷いを、アリサが力強い声で断ち切りにかかった。
「いってらっしゃいグロウクン。私たちのことは気にしなくていいわ」
「ですが・・・」
それでも迷う彼に、今度は鋭い声で叱咤した。
「早く教会へ急いで！この街の存亡はあなたたちにかかっているのよ！」
「それって・・・一体、どういう事です？」
アリサの突然の変化に、ただ戸惑うしかないグローウォームは、そう問うし
かない。それはエルも同じだった。
「話が見えないんだけど・・・？」
「もう、グロウさんもエルもいちいち立ち止まらないで！」
せかすようにトリーシャが叫びつつ、２人の背中をグイグイ押す。さらにド
アを押さえるパティが叫ぶ。
「早く教会へ行くわよ！ほら、グズグズしない！！」
「な、何なんだ、一体・・・？」
ワケが分からないながらも外へ出ようとすると、アリサが呼びとめた。
「あ、ちょっと待って！」
「何です？」
「はい、これ」
「アリサさん、こいつは・・・」
彼女が持ってきたのは彼がジョートショップに居着いて以来愛用の皮製の肩
当てと手甲、それに彼が持っていた矛だった。
「持って行って。ひょっとすると、必要になるかもしれないから・・・」
「・・・分かりました」
彼女の表情に半ば押されるように、彼は袋に入った肩当てと手甲を受け取り、
この１年、使わずにいた矛を手にした。
「ほら、グロウ！早くしなさいよ！！」
「いま行くよ！！」
パティにそう返すと、何か引っかかる物を感じながらも、待っている仲間達
の所へ急いだ。
アリサの言葉に疑問を感じながらも、自警団員８名に付き添われて（そうし
なければ、グローウォームの事を「災厄の元凶」と信じ込んでいる住民とのト
ラブルは避けらなかったであろう）教会に到着したグローウォームは、リカル
ドの姿を認めると、さっそく用件を聞きにかかった。
「おっさん、来たぞ。俺達に何の用なんだ？」
「おせーんだよ！何ノタノタしてやがる！！」
苛立っているアルベルトが噛みつく。だが、グローウォームは小揺るぎ１つ
しない。
「そりゃ、引き止めておかなかったお前らが悪い」
「何だとぉ？」
イノシシらしく沸騰しかけたが、それが噴出する前にリカルドがグローウォ
ームを迎えた。
「君達、よく来てくれた。実は君達に折り入って頼みたいことがあるのだ」
「何だ？」
「教会の地下室で発見された隠し通路に関することなのだが・・・詳しくはこ
こにいるカッセルさんから話してもらおう」
リカルドが身体をずらすと、その後ろに、老木を思わせるカッセルがいた。
「グローウォーム、わしが今日お前たちに話した火山制御装置のことは覚えて
おるか？」
「ああ」
言葉少なに頷くと、カッセルは彼らに、とんでもない言葉の爆弾を投げつけ
た。
「実はな、地下室で見つかった隠し通路は火山制御装置へと続く通路かもしれ
んのじゃ」
「ええっ！？あれはただの伝説だっておじーさん言ってたじゃないっスか！？」
爆弾に真っ先に反応したテディが思わず叫ぶ。そんなテディに、カッセルは
重々しく頷いて見せた。
「わしもさっきまではそう思っとったのじゃ・・・通路の入り口にある石碑に
刻まれた銘文を読むまではな・・・」
「なんて書いてあったんだ？」
グローウォームが問いただすと、カッセルは目を閉じ、半ば詠うように告げ
た。
「石碑にはこう書かれておった。『神ここに眠る。永久なる神の眠りを妨げし
者には死を与えん』とな・・・」
「神・・・？」
「『神』とはたぶん雷鳴山のことじゃ。おそらく制御装置により火山活動を封
じたことを『眠る』と表現したのじゃろう」
淡々と説明するカッセルに、さらなる解説をテディは求めた。
「じゃあ『死を与えん』っていうのはどういうことっスか？」
「事前調査では通路内のいたるところに巧妙なトラップが仕掛けられている事
が判明した。おそらくそのことを指すのだろう」
これはカッセルではなくリカルドの発言。これを聞いたシーラが、戸惑いつ
つも、事実の確認をとる。
「じゃ、じゃあ火山制御装置って本当に実在しているってことなんですか？」
「そういうことになるな」
リカルドが頷く。だが、テディは今朝方カッセルに手厳しく言われた事が尾
を引いているらしく、納得しがたいとばかりに反論する。
「でも・・・、そもそもホントに火山制御装置があるんならどうして雷鳴山は
火山活動を再開してしまったっスか？」
テディの質問に、カッセルは真っ白なひげを引っ張りながら説明した。
「ふむ・・・、リカルドによると何者かが既に制御装置を発見し、それを破壊
した可能性があるということじゃ」
「はぁ？どういうことだそりゃ？」
アレフが首をひねった。今まで誰も知らなかった装置のはずなのに・・・、
というわけだ。そもそも、この男、こういう方面にはまったく頭が働かない。
そんな彼に、リカルドはゆっくりと説明を始めた。ただし、間接的に。
「うむ、実は封鎖されて久しい、つまり密閉された遺跡内に魔物が存在してい
たのだ」
「謎かけはいい。結論だけ言え」
グローウォームが素っ気無く切り返す。実際、長々と説明している余裕はな
い。リカルドは頷くと、結論を急いだ。
「つまり、この遺跡には、我々が知らない、魔物達が侵入出来る入口が存在す
る、ということだ。その入口から何者かが侵入し、制御装置を破壊した・・
・まぁ、逆に、入口を見つけた何者かが魔物を引き入れたのかもしれないが
・・・そういう風に考えるべきだろう」
「なるほどな・・・」
納得のいったアレフが頷く。その隣で、エルが事態を要約した。
「つまり、アタシ達に出来ることは、その制御装置を見つけて修理するしかな
いってことか・・・」
「しかも、いる可能性の大きい侵入者を排除して、ね・・・」
グローウォームが呟く。
「その通りだ。事は急を要する。そこで、２手に分かれて突入、捜索を行うつ
もりだ」
リカルドが、自分の構想をグローウォームらに告げた。
「グローウォーム君達とアルのチームは委細構わず最深部に行き、火山制御装
置を確保して欲しい。この他に３チーム突入するが、彼らは各所の罠を解除、
ルートの安全確保を第一に行動してもらう」
ある意味で、人質救出作戦と同じである。最優先で確保すべきもの（この場
合は火山制御装置）を確保する隊と、人質を捕えている犯人（この場合、通路
内の罠）を逮捕する隊とに分けて解決しようというのと同じである。
「分かった。人選はこっちでやるぞ」
グローウォームは頷くと、そう告げた。
「うむ・・・」
リカルドが頷くのを見て、リサが問いかけた。
「で、どう別けるんだい、ボウヤ？」
「狭い通路に大勢で行っても仕方ないだろう。少数精鋭でいく。俺にエル、そ
れにピートに魔法要員のクリスってところだな」
「はぁ！？本気かい！？」
「あの・・・私じゃ、頼りになりませんか・・・？」
リサの抗議と、泣き出しそうなシェリルの言葉を聞いて、彼は苦笑を漏らし
た。
「まさか、お前達、居残り組にも重要な役目があるんだ」
そう言うと、グローウォームは淡々と、だが沈痛なものを感じる声で「役目」
を告げた。
「ジョートショップに戻って、アリサさんを守ってくれ」
「お、おい？」
「バカな奴らが血迷ってアリサさんを襲わないように、守ってくれ・・・」
「グロウくん、いくらなんでも考えすぎじゃあ・・・」
「前に俺が同じような状態に陥ったとき、俺をかばってくれた人は逆上したバ
カどもに殺されたよ」
あまりに淡々と語るので、かえって反論が出来なくなった。
「アリサさんを頼む・・・行って帰ってみたら家が消えてました、ってのは、
もうゴメンだ」
「・・・分かった、アリサさんの事は任せな。怪我ひとつさせない」
「頼む」
リサの肩をポンと叩くと、グローウォームはいつもの穏やかな表情に戻って
呟いた。
「さて、急ごうか」
「あっ！待って、グロウお兄ちゃん！あたしも連れてって！」
「ローラ！？ムチャ言うなよ！あっ、コラ！ついて来るなって！」
まとわりつくローラを払いのけようとするが、精神体のローラを物理的手段
でどうかしようというのが間違いである。彼女は悠然と彼の周りを遊弋する。
「あたしなら平気よ！実体がないから何があっても大丈夫！」
「ったく、しょうがないな・・・」
やけに強気なローラを見て、グローウォームは説得をあきらめてため息をつ
いた。
「決まったかね？それでは、急ごう」
そこでピートが何か思いついたのか、リカルドに明るく問うた。
「なあなあ、おっさんも中に入るのか？」
「うにゃ〜！リカルドちゃんもいっしょにいこ〜よ〜！」
メロディも純粋な気持ちで誘う。そんな彼女に、リカルドはわずかに苦笑し
てみせながら、首を振った。
「いや、私はこれから科学研究所や魔術師組合の人たちに協力を要請せねばな
らんのでな」
「どうしてっスか？」
テディの疑問に、リカルドはあっさりと応じた。
「もし火山制御装置を見つけても我々では修理できんだろうからな」
「あ、そうっスね」
「とにかく、君達は先に行って火山制御装置を確保、その後、余裕があるなら、
そこから隠し通路内に安全なルートをつくってもらいたい。要請が済みしだ
い私も後を追う」
リカルドの指示に、その場にいる者、全員が頷いた。と、そこへその場に全
く合わない人物−スーツ姿のハメット・ヴァロリー−が姿を見せた。
「お待ちください。私達も火山制御装置とやらを見つけるのをお手伝いさせて
いただきましょう」
「おいおい、何言ってんだお前？隊長、こんなヤツらほっときましょう！」
呆れたようにアルベルトが言うが、ハメットはそんな彼など眼中にないらし
く、直接リカルドに向かって問いかけた。ただ、その口調はどこかめねつける
ようないやらしさがあったが・・・。
「リカルドさん、よろしいですね？」
「・・・うむ、しかたあるまい。ただ命の保証はできませんよ」
「た、隊長！？」
全く予想しなかったリカルドの言葉に、アルベルトは仰天した。が、ハメッ
トは一向に構わない。
「ククク、結構、結構。では行きましょうか、みなさん」
「ハメット、お前どういうつもりなんだ？」
不審というより、率直な疑問にかられてグローウォームが問うと、ハメット
はいつもの「丁寧で耳障り」な声で応じる。
「もしかしたら通路のどこかに大変な財宝が眠っているかもしれませんからね。
そう考えるともう、クックック・・・いや失礼」
「それだけの理由でこんな危ない橋を渡ろうってのか！？」
「ウッヒャー！スッゲー根性してんなぁ！！」
「バカもここもでくると尊敬に値するね・・・」
あきれ果てた様子のリサとグローウォーム。一方のピートは感心している。
そんな彼らに、リカルドが話しかけた。
「ああ、グローウォーム君、ちょっと来てくれ」
「何だ？どうかしたのか？」
「少し話がしたいのだが・・・」
「いいのか？急ぐんだろ？」
「我々が話す時間くらいは噴火を待ってもらうさ」
「ま、いいだろう」
とんでもないリカルドの発言に、特に突っ込むでもなく彼は頷いて、仲間達
から離れた。十分に距離が取れたと見ると、彼は改めて問いただした。
「で、いったい何の用だ、おっさん？」
その問いに振り返ると、リカルドはじっとグローウォームは見つめた。
「グローウォーム君、とにかく頑張ってくれたまえ。今やジョートショップだ
けでなく、この街の存亡も君たちの活躍しだいなのだ」
「ゲキを飛ばす相手を間違えちゃいないか？そのセリフはアルベルトに言って
やるべきだろうよ」
街の存亡など知ったことではない男に対してとしては、最も不似合いな言葉
に、グローウォームは苦笑混じりに切り返した。もっとも、その程度でひるむ
リカルドではない。あごを撫でつつ話を続けた。
「まあ、君がどう受け取ろうと自由だが・・・今の状況を打開しないことには
明日の再審請求の投票すら実施されないということを覚えておきたまえ」
「噴火でこの街が吹っ飛んだら、再審も逮捕もありゃせんだろうが。・・・ま、
アリサさんが家を失うのは困るから、せいぜい努力するがね。別におっさん
に言われる義理はないな」
素っ気無く言い捨てる。そこへテディが呼びかけてきた。
「グロウさーん！まだっスかー！？」
「話はそれだけか？」
「うむ・・・引き止めてすまなかった。そろそろ突入しないとな・・・」
「ああ・・・」
色々と不満はあったが、時間がないのも確かな事実であった。グローウォー
ムは反応を頷くだけにとどめて、仲間達の所へ戻った。
「なあ、おっさん何だって？」
「がんばれだとさ。俺に言ってどうするんだか・・・」
アレフの問いに、彼は呆れ半分に答えた。
「何だ、そりゃ？」
一同、わけが分からない。激励するなら、アルベルトに対して行うべきだ。
ことさらに、グローウォームを激励する理由など、リカルドにはないはずだが
・・・。
彼らにも、そして、この会話の最中、グローウォームとリカルドの２人に視
線を集中していたアルベルトやハメット達にも、その理由は分からなかった。
そして、２人に気を取られていたために、教会にデアリング・デッキサイドが
やってきたことも、いつの間にか姿を消したことにも気付かなかった。
それは、かなり大きな意味を持っているのだが、それを察知できた者はいな
かった・・・。
リカルドがグローウォームと話すために、仲間達から引き離した時間までさ
かのぼる・・・。
デアリング・デッキサイドは、ヒサメを連れてこっそりと教会にやって来た。
そして、そこにいる第一部隊支給の鎧を着用した自警団員の１人に近寄ると、
彼に耳打ちした。
「シグレ」
その団員が顔を上げると、金色に変わりつつある赤毛が落ちかかってきた。
「デアリングさん、どうしたんです？」
驚きこそないものの、意外さを禁じえない表情で鎧を着たシグレは、そう尋
ねた。そんな彼に、デアリングは珍しく急いで指示する。
「ちょっと厄介事が起こってね・・・シグレ、今からハメットさんに張り付け。
誰か・・・特にグローウォーム達に手を出すようなら遠慮なく阻止しろ」
「いいんですか？」
「構わない。恐らく、魔法の遠距離攻撃で彼らを抹殺しにかかるだろう。それ
を阻止するんだ」
「・・・そこまで・・・」
シグレは絶句した。いかにこちらが追い詰めつつあるとはいえ、容疑者を殺
害する、などという事までやるだろうか？そんな疑問を抱いていると、デアリ
ングが、珍しく急かした。
「信じられないのは分かっている。だが、手遅れになっては遅いんだ。急いで
くれ」
「分かりました」
シグレは小さく頷いた。デアリングの下についてから半年、彼の指示に根拠
が無かった例を、シグレは知らない。多少、分からないところはあったが、今
回の指示もまた、十分な判断あっての事だろうと思ったのだ。そして、彼はさ
りげなくどこかへと姿を消した。
「これで大丈夫だろう・・・」
デアリングはそう呟くと教会を出た。出たところで、後に続くヒサメが問い
かけた。
「それで、この後どうします？」
「役所に戻るよ。大仕事が残っているし・・・」
わけもなく空を見上げたデアリングは、そこまで言って何かを思い出したら
しい。急に視線をヒサメに転じた。
「あ、そうだ。一仕事頼まれてくれないかな？」
「何でしょうか？」
「ハメット氏の逮捕状を取ってきてくれないか？私はこの噴火の応急対策って
いう大仕事があるから」
デアリングにとってフェニックス美術館窃盗事件はすでに終結している、そ
のことを示す言葉に、ヒサメは軽く頷いてみせた。
さて一方、教会では、首をひねるグローウォーム達を、リカルドが促した。
「そろそろみんな出発してくれ。くれぐれも足を引っ張りあうことなどないよ
うにな・・・」
「それは、こいつらに言ってください、隊長」
不本意だと言わんばかりにアルベルトがグローウォームとハメットを指す。
「心外ですねぇ、犯罪者と同じように扱うなんて。この犯罪者さえ、外せば、
調査は順調に進むんじゃないですかねぇ」
当てこすられたハメットもまた心外だとばかりに、グローウォームを当てこ
する。そのグローウォームは素っ気無く肩をすくめてみせた。
「お前らがちょっかいを出さなけりゃ、何も起こらんさ。・・・それより、先
に行くぞ」
態度以上に素っ気無く言い捨てると、グローウォームは隠し通路の入口へ足
を向けた。これにアルベルトとハメットの２人は慌てた。
「あっ、待ちやがれ！抜け駆けは許さんぞ！！」
「お宝は私のものですよ！！」
口々に叫んで、彼の後を追う。そんな彼らに、いつの間にかリカルドの隣に
来ていた神父が祈りの言葉を呟いた。
「勇敢なる彼らに、神のご加護があらんことを・・・」
その言葉を背中に受けて、彼らは隠し通路に突入した。その中で何が待ち受
けるか、彼らは未だ知らない・・・。
後書き
松です。お待たせしました。「始まりの終わり」前編をお届けします。
ぎりぎりですが、３月中にお届けできて幸いです。
中身は・・・「ほとばしる悪意の果てに」のグローウォームバージョン。
ついでに、アリサさんの不安やら、ハメットがわざわざ割り込んできた理由
やら、自警団側の動きやら、ローラのことやら付け加えてあります。
ちなみに、「前編」とあるように、これはまだ続きます。割振りとしまして
は・・・
・前編 導入部
・中編 フェニックス美術館窃盗事件解決部
・後編 さくら亭での宴会
となっています。後編は完全にこちらのオリジナルです(笑)。
中編は途中まで書いてありますが・・・さて、あがるのはいつになるやら；
＃これだって、一通りは書き上げてあったのに、上がったのは３月末日・・・；
それでは、こんなところで。
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松