「それじゃ、グロウの無罪確定を祝って・・・」
「かんぱーい！！」
歓声と共に渡されたコップに満たされたジュースを飲み干す。いつもであれ
ば、多数の客でにぎわうさくら亭だが、この日はグローウォーム達の貸切にな
っている。もっとも、その事で不平をもらす者はいないだろう。何と言っても、
彼らの１年間の苦労が、報われたのだから・・・。
とは言うものの、「無罪確定記念」を口実に、ただどんちゃん騒ぎをしてい
る、という一面も否定出来なかった。次々と運ばれてくるごちそうを、すごい
勢いで平らげるピートや、ここぞとばかりにクリスにひっつく由羅がその証拠
だろう。
もっとも、その点についてあれこれ言おうとは思わないグローウォームであ
った。この１年、なんのかんのと言いながらも付き合ってくれた（付き合わさ
れることも多大であったが）のだ。文句を言ってはバチがあたるであろう。一
方で、その盛りあがりについていきかねるのも、また確かであった。
「・・・ったく、よく盛りあがるこった・・・」
呆れたように、エルは呟いた。本来、アルコール抜きのパーティとしてジュ
ースしか用意してなかったのに、いつの間にか（恐らくは由羅が持ちこんだで
あろう）酒が紛れ込み、結構な大騒ぎになってしまっていたのだ。まず、酔っ
たトリーシャが宴会芸の火吹き芸を見せようとして、油を一気のみして見事に
ダウン。続いてシェリルは椅子を相手に会話を始め、さらにマリアが魔法で花
火を打ち上げよう（屋内にもかかわらず！）として自爆するなど、狂乱の度合
いを深めつつあった。
幸運にも、アルコールを一滴も口にせずに済んだエルは、のびたトリーシャ
とマリアをパティが空けた部屋に放りこみ、自身は狂乱の会場から逃げ出すこ
とにしたのだった。
ジュースの瓶１本を右手に下げ、つまみを盛り合わせた皿を左手で支えなが
ら、静かで目立たない所を探していると２階へと上がるグローウォームの姿を
見出した。
（あれ、グロウ・・・あいつ、何してんだ？）
最初こそそう思ったものの、エルにはすぐ理解できた。要するに、自分同様
静かな場所を探しているのだ。
（ったく、いい度胸してるな。主役が敵前逃亡なんて）
そう思ったエルだが、彼女自身、敵前逃亡を決め込んでいる身なので何か言
うのは止めにした。その代わりに、彼の後を追ってやろうと思った。
（どうせ、目的は同じなんだし・・・別にいいよな）
何故か言い訳がましい事を思いつつ、グローウォームの後を追おうとすると、
そこへアリサが声をかけてきた。
「あら、エルさん」
「あ、アリサ」
「グロウクンの所へ行くの？」
「え！？いや、別にそんなわけじゃ・・・」
いきなり図星をさされて、思わず誤魔化してしまうエルを、アリサはいつも
と同じ温かい眼差しで見つめた。
「グロウクンなら、２階の２０５号室にいるわよ」
「そ、そうか。それじゃ行ってみるよ」
そう応じると、足早に彼女は２階に向かう。その背中を温かく見守りながら、
アリサはポツリと呟いた。
「あの娘なら安心ね、彼と一緒になっても・・・」
コンコン
「グロウ、邪魔するよ」
その声と共に、エルはドアを開けた。どうやら窓を開け放っているらしく、
ドアを開けた拍子に夜風が廊下にまで流れ込んできた。冷えた夜風は狂乱の会
場の熱気にさらされていたエルの肌を心地よく冷ました。そんな彼女の姿を認
めると、窓枠に腰掛けたグローウォームは笑いかけた。
「お前も逃げてきたのか」
「まあね。この騒ぎにはついていけないからな」
「同感同感」
大きく頷くグローウォームに、エルは半ば抗議口調で対応した。
「なに他人事みたいに頷いているんだ？大体、主役がこんなところに逃げ込ん
でいいのかよ？」
「いいんだよ。パーティの主役なんてごちそうのおまけみたいなもんだからな。
自分の取り分を確保したら逃げるに限る」
「ったく・・・」
悪びれぬ態度のグローウォームに、エルは呆れてため息をついた。そんな彼
女をよそに、グローウォームはコップにいっぱいの麦酒を一気に飲み干した。
そして大きく息をつくと呟いた。
「・・・終わったな」
「ああ、ようやく終わった」
グローウォームの言葉に、側に来たエルも頷いた。
「ありがとう、な・・・」
「え？」
唐突な謝礼の言葉に、エルは驚いて相手の顔を見つめてしまった。
「この１年、俺を信じてくれて・・・」
そう呟いたグローウォームの横顔は、何とも言いがたい、感謝と憂鬱とが入
り混じったものだった。
「何だって急に・・・」
「ん？考えてみたら、最後まで信じてもらえたのって、これが初めてでね」
「初めて？」
「ああ・・・考えてもみろよ、特に親しいわけでもないよそ者を１人差し出せ
ば助かる、なんて言われれば大抵の奴はためらわずに差し出そうとするさ」
いたって冷めた口調でグローウォームは言い放った。
「・・・誰も、お前を信じなかったのか？」
「言わなかったっけ？俺を信じてかばう奴は殺されたよ。大勢によってたかっ
てなぶり殺し・・・」
「グロウ・・・」
「だから、嬉しいんだよ。大した事を何もしてない俺を信じてくれたことも、
信じてくれたお前らを死なせずに済んだ事も、な・・・」
心底から嬉しそうに微笑みながらそう言うグローウォームに対し、エルは呆
れたように一言投げつけた。
「バーカ・・・」
「え？」
「まったく、お前って奴は・・・」
呆れたようにため息をつくと、エルはグローウォームの頬に手を当てると、
グイッと自分の方に向かせた。
「この１年、お前がどれだけの事をアタシ達にしたか、もう忘れたのか？シェ
リルにシーラ、リサやピート、今のあいつらがいるのは他でもなく、お前の
おかげだろうが？」
正面切って言い切られ、グローウォームは困ったように髪をかき回した。そ
うしているとエルはちょっとうつむいてポツリと呟いた。
「それにアタシにも・・・」
「え？」
「あの時・・・お前が奴を封印してくれなかったら・・・今のアタシは存在し
なかったんだぞ・・・」
そこまで呟くと、彼女は半ばにらむようにして顔を上げた。
「それでも・・・『何もしてない』なんて言うのか？これだけの事をしてくれ
た奴のことを信じられないなんて恥知らずみたいじゃないか」
「・・・・・・」
困惑の微苦笑を浮かべているグローウォームを見て、エルは大きくため息を
吐き出した。
「はぁっ、お前って、自分がした事が相手にとってどれだけ大事な事か、全然
分かってないんだな・・・まったく、だからお前はバカなんだ」
「その言葉は聞きなれたよ。俺は自分の得にならんことばかりするバカだと言
うんだろ？」
「そ・・・バカもバカ、大バカ」
「・・・あのな、普通、そこまで強調するか？」
さすがに不本意さを隠しきれず、グローウォームはぼやいた。だが、エルは
そのぼやきにまったく気付かずに言葉を継いだ。
「・・・アタシが魔法の使えないエルフでも、ガサツで嫌なことばっかり言う
奴でも、ぜんぜん気にしない、極めつけの大バカ」
いつもと全く違う何かを含んだ呟きに、彼は一瞬で表情から苦笑を消して彼
女を見やった。その視線の先にいるエルは、どこかはかなげな雰囲気をたたえ
ていた。
「そんなの・・・全然どうでもいい事だっていうふうに笑って・・・それなの
にいつも気にしているアタシはまるで間抜けみたいで・・・」
「・・・・・・」
彼女の態度と言葉に、グローウォームはどう応じたものか迷いただ黙って続
きを聞くしかなかった。
「ア・・・アタシ、恐かったんだ、あの時。もう人には戻れないんじゃないか
って・・・そう思った」
そこまで言うと、少し上体を起こして背筋を伸ばした。
「このまま、何もかもぶち壊して、アタシも壊れていくんだって・・・本当に
そう思ったんだ・・・」
「・・・だけどな、エル・・・あれからはもう、そんな夢は見ないだろ？」
「ううん、今でも見るよ」
「何！？」
予想と全く異なる、しかも洒落にならない事態を告げられて、さすがのグロ
ーウォームも目を剥いた。そんな彼を尻目に、エルは淡々と「夢」の内容を語
り始めた。
「アタシは・・・たいていデッカイ化け物になる。アタシが触れるものはみん
な凍りついていくんだ・・・」
グローウォームの視線にようやく気がついて、エルは彼の顔に視線を向けた。
「そして、だれもかれもみんな・・・アタシから逃げていく・・・」
「・・・おい、エル！」
「でもね、みんな逃げていくのに・・・どうしてなんだろ？１人だけ逃げない
奴がいるんだ・・・」
そのことを思い出してか、今まで憂鬱そのものの表情だったエルの顔が、少
しほころんだ。
「・・・そいつね、化け物のアタシに・・・なにもかもメチャクチャにしちま
アタシを見ても・・・平気で笑顔を見せるんだ・・・バカだなあ、エル。何
してるんだよ・・・って・・・そして・・・平気でアタシに触って・・・抱
きついて来るんだ・・・」
その間、聞き役に徹してきたグローウォームが不意にエルを自分の方に抱き
寄せた。
「・・・こんな 感じ、か？」
「うん・・・こんな感じ・・・かな」
最初こそ、突然のことに身体を固くした彼女だったが、グローウォームにこ
れ以上の意図がないと悟ると、緊張を解いて、彼の肩に頭を預けた。
しばらくそうしてグローウォームの腕の中の感触に浸っていたエルが、不意
に呟いた。
「ありがとう・・・」
「俺のこんなのでよければ、いつでもいいぞ」
抱きしめたまま、彼はそう応じた。そのまま、こちらも思わず本音を漏らす。
「お前を抱きしめてると、俺も結構落ち着くし・・・」
「人を抱き枕か精神安定剤あつかいするんじゃない、お前は」
エルはそう言ってみせたものの、口元が笑っていた。
「嫌か？」
「いや・・・悪くないから、いい」
そう言うと、エルは頭を預けたまま、そっと目を閉じた。しばらくそうして
いると、不意にある事を言いたい衝動にかられて、彼女は再び口を開いた。
「なあ・・・別に信じてくれなくてもいいんだけど、とにかく・・・聞いてく
れるかな？」
「ああ」
グローウォームは短く応じると、その先を促した。
「アタシ・・・アタシね・・・そのぅ・・・」
「うん？」
軽く首を傾げつつ、グローウォームは穏やかな表情で彼女を見つめた。
その視線に何か気恥ずかしさを覚えたエルは、彼の胸に半ば顔を押し付けた。
こうすれば、少なくとも顔を見られることはない。そうすることで、多少の勢
いをつけたエルは、本題を切り出した。
「本当は・・・みんな好きなんだ。おまえも、テディも・・・そう、あの小生
意気なマリアだって、本当は・・・みんな大好きなんだ」
「・・・・・・」
「それだけ、わかっておいて欲しくてさ・・・特にお前には」
そこまで言ったエルに、思いもかけない言葉が降ってきた。
「バカだなぁ、エル・・・」
「え？」
穏やかな、同時に苦笑の色を感じさせる笑みを含んだ一言に、エルは思わず
顔を上げてグローウォームを見つめた。そのグローウォームはエルの視線を受
け止めて、ゆっくりと口を開いた。
「そんなの、とっくに気がついてるさ。俺はもちろん、他のみんなもな。前に
も似たような事を言っただろうが」
「そ・・・そうか・・・」
「そうとも」
「アハ、なんだ・・・そうだったのかぁ！」
エルはほっとしたような、気抜けしたような笑顔を見せると、再びグローウ
ォームの肩に頭を預けた。そしてグローウォームも、そんなエルの頭を半ば抱
くように何度も撫でた。
しばらくそうしていると、階段を上がってくる軽快な足音が２人の耳に入っ
た。それほど大きな音量ではなかったが、この２人の耳には十分聞こえるので
あった。
「グロウ・・・」
「ん・・・」
エルのささやきの意味を汲み取ったグローウォームは、小さく頷いてエルを
放した。少し距離を置いて、何事もなかったかのようにコップをつかむと、計
ったかのようにパティが姿を見せた。
「まったく、主役がこんなところに逃げないでよね。そろそろお開きにするか
ら、下に降りて挨拶して」
「今の今まで俺抜きでも問題なかったんだろ？俺抜きで閉めてもよかったのに」
「そういうわけにはいかないわよ！一応、あんたが主役なんだから！最後くら
い、ちゃんとやんなさいよ！！」
「分かった分かった、行くから拳を握って袖を捲り上げるのは止めてくれ、怖
いから」
一瞬後、彼はパティにどつき倒された。
「馬鹿な事言ってないで、さっさと来る！みんな待っているんだからね！！」
「分かった分かった。すぐに行くから、ちょっと待ってろ」
「急いでよ！・・・全く・・・」
あれこれと文句を言いながら降りていくパティの姿が見えなくなると、グロ
ーウォームとエルは、何とはなしに互いの顔を見やり・・・ちょうど目が合い、
２人そろって口元をほころばせた。
「さて・・・行こうか？」
「ああ」
グローウォームに続いてエルも立ち上がると、２人並んで下へと向かった。
これが、２人の長い付き合いの「始まりの終わり」であった。もっとも、そ
れとエルが自覚するのは、１０年以上後の話である・・・
ＥＮＤ
付記 アリサ・アスティア さくら亭、玄関口にて
エルを見送ったアリサは、風に当たりに１人外へ出た。
その時、ちょうど良いタイミングで横合いから風が吹き付けてきた。だが、
期待していたものより風が強かったため、彼女は思わず声を漏らした。
「あ・・・」
風で乱れた髪をかき上げた時、彼女の背中に悪寒などという表現では収まら
ない寒気が走った。
「まだ・・・何かいるの・・・？」
昨夜感じたものと全く同じ感触に、彼女はそう呟いた。
目を病んだがゆえに、気配というものに敏感なアリサだからこそ気付きえた
わずかなものであった。だが、そのわずかなものに、憎悪、嘆き、怒り、そし
て圧倒的なまでの狂気が存在していた。
「駄目よ・・・」
その気配のする方に顔を向けつつ、彼女は呟いた。
（出てきては駄目・・・少なくとも今はまだ・・・）
この一連の事件で発生し、出てこようとするもの。それは、この後しばらく
続くエンフィールドの混乱、その最後を飾ることになる。昨日アリサが感じた
のはまさにその「始まり」であり、たった今感じたのは「始まりの終わり」で
あった・・・
後書き
松です。「始まりの終わり 後編」をお届けいたします。
やっと終わったぁ！
これが現在の率直な感想です；
何せ、書き始めてから１年以上かかっちゃいましたからねぇ；
＃たったこれだけの文量なのに；
しかも、何かあちこち消化不良気味・・・いえ、グローウォームとエルの仲
ではありません。こちらはちゃんと恋仲になる話を別途用意しているのですが
・・・；
どうも、文章がおかしい、と思えていたり；調子が戻ったら、改訂版でも書
こうかなぁ；
さて、内容はエルのクライマックス、グローウォーム版。本編よりはちょっ
と振る舞いが大胆ですが；（抱きしめてるし；）
なにはともあれ、ひとまずは完結です。と言っても、続きはまだまだあるの
ですが；
＃大体、伏線張りまくりだし、グローウォームとエル恋仲にしないといけない
＃し；
それでは、こんなところで。
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松