「エル、ローラをドクターの所へ運び込め。クリス、ピート、テディはそのサ
ポート。アルベルト、お前は通路の罠を全部外して安全を確保しろ。ハメッ
ト、お前もだ」
一歩踏み出したグローウォームは、いたって平静な口調で矢継ぎ早に命じた。
ここはセント・ウィンザー教会の隠し通路の終着点、雷鳴山の火山噴火制御
装置が置かれている地下室。ローラの身体を見つけ、一番にこの地下室に到達
したグローウォーム達は、少しだけ遅れたアルベルトやハメット達と、雷鳴山
噴火事件（と、言うべきだろう）の元凶であるシャドウと相対していた。
「何だって！？」
「どうして、グロウさんを置いていかなきゃならないんスか？」
「しかも何で俺までついでに命令されなきゃならんのだ？」
「私も・・・でございますか？」
口々に反対の意を含んだ問いがなされるが、当の命令者は振り返りさえしな
かった。
「つべこべ言わずにさっさとやれ」
冷たく言い放ったが、それだけでは納得しないだろうと判断したか、淡々と
説明した。
「いいか、こいつの望みは俺に憎まれる事だ。そして、こいつはそのためにこ
こまでやった・・・もういい加減、こいつの馬鹿に付き合うのも嫌になった
んでな、ここでケリをつける」
「それと、俺達が引き上げるのと、何の関係があるんだ？」
「お前らがいたんじゃ、こいつは逃げちまう。俺と１対１なら、こいつは逃げ
ない。何故なら・・・」
グローウォームはシャドウに向け、薄く笑って見せた。
「１対１で逃げるような奴を、俺は憎んだりしないからだ。憎まれるには、こ
こで逃げるわけには行かない。そうだろ、シャドウ？」
「クックック・・・」
いきなり振られたシャドウは、薄笑いを浮かべて何も答えない。
「そういうわけだ。早くしろ」
「オレも残るぞ！！」
「僕も！！」
ピートとクリスが叫ぶが、エルと・・・意外なことにアルベルトに止められ
た。
「止めとけ、あいつが言った事、聞いていないのか？」
「でも・・・」
「信じてやりなよ。あいつがやるって言ったら、必ずやってのけただろ？それ
に、アタシ達がいたって邪魔になるだけだよ」
エルに静かな口調で諭されて、２人とも渋々ながらも納得した。
「よし！俺達は引き返して罠を解除、後続の隊との合流を図る。行くぞ！」
「ふむ、ここにお宝は無いとわかれば長居は無用でございます。私どもも引き
上げましょう」
アルベルトとハメットが引き上げると、ジョートショップの面々も引き上げ
にかかった。
「グロウさん・・・」
「心配するな。早くローラをドクターのところに連れて行ってくれ・・・」
「うぃっス・・・」
「心配しないで早く行け」
「グロウ、出来るだけ早く戻るから、それまでにしっかりケリをつけておけよ」
「ああ」
彼が頷くのを見て、エルもローラを肩に担いで、走り出した。
「行くよ」
そうしてエル達が出て行くと、部屋を沈黙がおおった。しばらくしてそれを
破ったのは、グローウォームだった。
「ようやく、何の気兼ねも無く差し向かいで戦えるな」
心底からの安堵を感じさせる、穏やかな声。それに対し、シャドウは嘲弄を
含んだ声を返した。
「クク・・・オレを相手に１人で勝てるつもりかよ」
「そういう台詞は勝ってから言うもんだ」
すまして応じると、グローウォームはゆっくりと構える。
「シャドウ、お前の知っている事、洗いざらい話してもらうぞ」
「お前が勝ったらなぁ！！」
嘲弄混じりに、シャドウは咆哮した。
一方、地下室を出たエルは、ローラの身体を担ぎ上げたまま、全力で通路を
駆け抜けた。
「急ぐよ！」
「えっ！？」
「早いとこ、ローラをドクターに預けて、あのバカのところに戻るんだよ！チ
ンタラしてると、おいて行くよ！！」
「は、はいっ！！」
運動が苦手なクリスも、頷いてその後を追う。
「お、おい！？」
「アルベルト！アタシ達は先に行く！！」
驚くアルベルトを無視して、エル達は先に通った通路へ走りこんだ。そんな
彼女達を見送ったアルベルトは呆れ半分に呟いた。
「どうせなら、後続の隊に任せりゃいいのに・・・」
後ろ頭をかきながら呟いたが、すぐに彼は自分のなすべきことに集中した。
彼には、修理を行う魔術師、技術者を安全に地下室に誘導するという、任務が
あるのだ。
そして、それから２０分後のジョートショップ。
バンッ！
「ドクター、いるかい！？」
ローラを担いだままの全力疾走という無茶を重ねてきたエルは、息を切らせ
ながらもそう叫んだ。
「何事だ？騒々しい・・・」
軽く顔をしかめたトーヤに、彼女はローラを彼の前に下ろした。
「これは・・・！？」
「ああ、あの地下通路にこいつの身体があったんだ。何とか戻ったはいいんだ
けど、いきなり苦しんで気絶しちまったんだ。とにかく見てくれ」
「分かった。そこのソファーに寝かせろ。後は俺がやる」
言われたエルは隣に来ていたリサを振り返った。
「リサ、悪いけど頼む。アタシはすぐに戻らないといけないから」
「戻る？・・・そう言えば、ボウヤがいないけど・・・」
リサが眉をひそめると、エルは継ぎ早に事態を話した。
「あの馬鹿、１人で地下室に残って、シャドウと戦っているんだよ！後は任せ
るから、アタシは行くよ！！」
「何だって！？」
「グロウさんが！？」
「ったく、また無茶な事を・・・」
リサが驚きの声を上げ、シェリルは不安の叫びを上げ、パティが呆れを込め
て呟いている間に、エルはジョートショップを飛び出していた。
「あ、エル、待ってよ！ボクも行く！！」
「私も！」
「トーヤさん、ここをお願いします」
エルに続いて、その場にいたほとんど全員がジョートショップから飛び出し
た。特にアリサは、顔を不安で真っ青にしている。
（・・・グロウクン、無茶をしないで・・・）
この件に関して悪い予感がしていたアリサは、半ば祈るように、内心で呟い
ていた。
一方、ジョートショップにいる面々の心配を一身に受けていた男は、あっさ
りとシャドウとの戦いに勝利を収めていた。
どこか力のないシャドウの剣撃を矛の柄で防ぐと、そのまま矛で新月刀を絡
め取った。
「ちっ！！」
素手になったシャドウは慌てて間合いを取ろうとするが、グローウォームは
その間を与えず肉薄し、矛の石突で思い切りよく腹を突いた。
ドカッ！！
「ぐうぅっ！！」
勢い良く吹っ飛ばされて、シャドウは壁に叩きつけられた。そのまま立ちあ
がることも出来ずに、半ば崩れ落ちるように座り込む。
「ここまで、だな・・・」
「・・・殺せよ・・・」
グローウォームの宣言を受けて、シャドウは低くうめいた。その一言に、彼
は素っ気なく肩をすくめると、やはり素っ気なく言い捨てた。
「今は殺さん。聞きたいことがあるからな・・・」
懐に手を入れ、何かを取り出しつつ続ける。
「聞き終わったら、雷鳴山の火口に飛び込むなりなんなり好きにしろ。止めは
しない」
そこまで言うと、急に腹立たしさを覚えたか、口調がきつくなった。
「自殺したいのなら、いちいち人の手を煩わせるな。迷惑だ」
「ちっ・・・そういう奴だよな、お前は・・・」
「どうとでも好きに思え。俺はやるべきことがあるんでね」
そう言うと、彼は取り出した水晶球を、親指で撫でた。
「こいつは封音球だ。お前の口から聞いたことを、これから録音させてもらう」
「くく・・・何が聞きたいんだよ・・・」
おそらくは嘲弄の色を込めての呟きであろうが、それを感じさせるには気力
がなさすぎた。それに対し、グローウォームは静かな迫力をたたえて問いただ
す。
「分かってるだろ。お前が俺に仕掛けた最初の事件だよ」
「・・・・・・」
「別に言いたくないなら言わなくてもいいがな」
素っ気なく言い足す。それに対し、シャドウは口元を歪めた。何か楽しげに。
「ああ、そうだよ。俺がやった。あのザルみてーな美術館から盗んで、お前の
部屋に置いてやったのさ。単純な奴らだぜ、簡単に引っかかりやがった」
「そうか・・・」
「だけどよ、どうして俺だって思った」
「確証なんてありはしないさ。ただ、お前は動機も能力も兼ね備えている。だ
から疑っただけさ」
「くく・・・どうだい？」
「何がだ？」
「お前が捕まったのが俺の差し金だって分かってよ・・・」
悪意を剥き出しにしたシャドウだが、グローウォームは平然としていた。
「別に。まぁ、嫌がらせとしては手が込んでいたな・・・」
と、呟いて、そこで気づいた事があるらしい。再び問いかける。
「だが、何故だ？何故、俺にその事を告げなかった？俺に憎まれたいのなら、
それが一番早いはずだぞ」
「くくく・・・分からないのかよ？」
「分かっていたら聞きはしない」
「お前を狙っている奴がいるからに決まっているだろう」
「ほう。それで納得がいった。美術館窃盗はお前だけの犯行じゃなかったか・
・・で、誰が黒幕だ？」
「教えてやらねーよ。まあ、この街の誰かだって事は教えておいてやるよ。せ
いぜい誰が黒幕か、疑いな」
「そうか」
あまりにあっさりとした口調で応じるグローウォームに、シャドウは不本意
さに口を歪めた。
「構わねーのかよ？」
「何がだ？」
「黒幕だよ」
「別に。教える気はどうせないんだろ？」
「・・・・・・」
黙りこくったシャドウに、グローウォームは淡々と語った。
「その黒幕とやらは、どうせまた俺を相手に何か仕掛けるだろう。その時、あ
らためて叩き潰す」
「くくく・・・果たしてそう上手くいくかな？」
「シャドウ、いまさら何を言っても無駄だぞ。さて、おとなしく捕まってもら
おうか」
「好きにしていいんじゃなかったのか？」
「あれは嘘だ。大体、お前を突き出さないと、俺は無罪にならないからな」
「ちっ・・・お前はそーいう奴だよな・・・だから嫌いなんだ」
「さっきから、俺のことを知っているような口を叩くが、お前は一体何なんだ？」
「分からねーか？」
「だから、分かっていたら聞いたりはしないと言っているだろうが」
明快な返答に、シャドウはしばし沈黙したかと思うと、再び口元を歪める。
「・・・俺は、お前だよ」
「何？」
「この街に着いたばかりの頃、馬鹿な刺客どもが襲ってきただろう？」
「ああ、あの連中か・・・」
「その１人に魔法をかけられただろうが？」
「あれか？あれとお前と、何の関係があるんだ？」
「あれは、お前の心から憎悪だの怒りだのを奪う魔法だったのさ」
「ふーん」
「奪われた奴らは直後に殺されていたから分からなかったらしいが、その憎悪
だの怒りだのは自分の意思を持ったのさ」
「それが、お前、か・・・」
「そうとも。そして、お前の憎悪だの怒りだのが、そのまま俺の力になるのさ」
「だから、俺の憎しみを買おうとしたか・・・」
「もっとも、お前にゃ無駄だったがな」
ここでシャドウは初めて苦笑を浮かべた。
「お前に何か仕掛けても、怒りは一瞬、後は戦意と義務感だけでかかってきや
がる。俺が今日までやってこれたのは、お前の周りがお前の代わりに怒りを
もってくれたからさ」
「なるほど。だから、大武闘会の時と、今日とで強さが違うわけか・・・」
「ああ、お前が周りの連中を全員追い出しちまった・・・おかげで俺は生まれ
たてと変わらねーくらい弱っちまったのさ・・・」
「それで、俺への解答は最後の悪あがき、か・・・」
「それも外れちまったがな・・・だから・・・俺は・・・もうもたない・・・」
「消える、か・・・」
「消えるわけじゃない。お前の中に戻るのさ。・・・だから、今回の盗み、ま
るきり無罪とは言えねーぜ、お前・・・それに、また何かあったら復活する
かもなぁ」
そう言うと、嫌らしい含み笑いを浮かべたまま、シャドウの身体は光となっ
た。
「！？」
グローウォームが目を細めた一瞬、その光は彼に向けて突き進み・・・いや
吸い込まれ、消えた。
「馬鹿な魔術師の愚行の結果にまで、いちいち責任を取れるか。馬鹿馬鹿しい」
呆れたように呟くと、封音球を親指で撫で、録音状態を解除する。それを懐
に戻しつつ、彼は再び呟く。
「何かあったら復活、か・・・それはありえないな、シャドウ。今の俺には、
あの人が・・・あいつらがいる」
（少なくとも、そいつらうちの誰かが死なない限り、お前の復活はない。いや、
影響を受けることすらない）
心の中で、そう付け加える。それが、彼の決別宣言だった。
グローウォームがさしあたっての決着をつけて一息ついた時、外で誰かの気
配がした。
バンッ！
「グローウォーム君、無事かね？」
勢い良く飛び込んできたのは、リカルドだった。どうやら先頭切って突破し
てきたらしい。抜き身の剣を手にしている。
これに対し、グローウォームは冷静に対応した。
「あのな、おっさん。俺が簡単にやられるように見えるのか？かすり傷１つし
ちゃいないよ」
「見事だな。君が１人で残ったと聞いて、急いで来たのだが・・・」
「そんなに信用ないか？」
リカルドの言葉に、さすがにため息をつく。そんな掛け合いをしていると、
さきほどのリカルドよりも大きい、と言うより騒々しい足音と共に、騒々しい
面子が駆け込んで来た。
「グロウ、無事かっ！？」
「グロウ！！」
エルを先頭に、ピート、パティ、アレフにリサが次々に問いかける。リカル
ドは１歩離れ、エル達にグローウォームを譲り、彼らを黙って見守った。
「グロウ、シャドウの奴はどうなったんだ？」
「逃げたよ。勝って、話を聞いて、捕まえようとしたところで転移された」
「グロウ、勝てたのか！？」
「へえ、やるじゃないか」
エルの感心の言葉に、彼は苦笑をもらした。
「何とかね。それより、何でパティやリサやアレフがここにいるんだ？」
「冷たい言葉だねぇ。エル達が、１人で残ったって言うから、みんな急いで駆
けつけて来たんだよ」
「そうよ！あたしやリサだけじゃないわよ、アリサおばさんまで心配して、こ
っちに来ているんだから！！」
「げ」
さすがにグローウォームの顔に冷や汗が伝う。そんな彼に、アレフが笑いな
がらとどめを刺しにかかる。
「ま、大人しく責められるんだな、グロウ」
「うー」
思わず頭を抱え込むと、そこへアルベルトが修理要員を連れて入って来た。
「隊長、お待たせしました。修理要員、全１０名を連れてきました！」
「よし、早速修理にかかってくれ」
「はい。お任せ下さい」
彼らの様子を見て取ったグローウォームは、皆に告げた。
「ここにいても邪魔になるな。俺達は上へ引き上げよう」
「やれやれ、やっと戻ってこれたな・・・」
「あ、グロウ☆」
「グロウくん、無事だったのね」
「居残り組」になったマリアとシーラが、地下洞窟から姿を現したグローウ
ォームの姿を見るなり、安堵の声を上げた。それに彼が何か反応を示すより早
く、そして激しい反応をアリサが示した。
「グロウクン、大丈夫！？怪我はない！？」
シーラやマリアを押しのけるように飛び出したアリサが、その勢いのまま彼
を抱きしめた。
「アリサさん・・・」
その表情だけで、彼は罪悪感にかられた。あの時、１人で残る、という選択
が最善のものであったのは疑う余地がない。だが、その選択が彼にとって最優
先で守るべきアリサを悲しませたとあっては、良心に痛みを覚えざるおえない
だろう。
「すいません、アリサさん・・・ご心配をおかけして・・・」
「そうよ・・・私・・・すごく心配したのよ・・・お願いだから、無茶をしな
いで・・・約束したでしょ・・・」
そこまで言ったかと思うと、彼女はその泣き顔を彼の胸に埋めた。
「ア、アリサさん！？」
「あ〜あ、泣かせちゃった」
「あ〜☆グロウ、いっけないんだ☆」
突然の事に戸惑うグローウォームに、ピートとマリアがからかい半分に非難
の声を投げつける。
「おいおい、俺のせいかよ」
反射的に抗弁する彼に、誰も味方してはくれなかった。
「他に誰がいるってぇのよ！？」
「アリサおばさん、本当に心配されてたんですよ」
「う・・・」
パティとシェリルの反論に言葉を詰まらせるグローウォームに、さらに追い
討ちがかけられる。
「やっぱ、女性を泣かせちゃいけないよな、グロウ？」
「ちゃんとせきにんとって、なぐさめてくださ〜い」
アレフとメロディの言葉に、彼は無言で天井を仰ぎ見たが、元より分が悪す
ぎる。ため息１つつくと、彼は大人しく彼らの非難を受け入れた。
「分かったよ・・・あの、アリサさん・・・俺は無事だったんだし、約束通り
帰ってきたんですから・・・だからその、泣き止んで下さいよ・・・困った
なぁ」
恐らく、今まで誰も見たことがないほどに困り果てながら、不器用に彼女を
慰める。時々、視線をエルやリサに向けて視線だけで「援護射撃」を要請する
のだが、当然のごとく無視された。
「アリサを慰め、泣き止ませる」という、グローウォームにとって最も厄介
な難事業から、彼を解放してくれたのは仲間達ではなく、彼の対敵者である自
警団のリカルドだった。彼は教会へ姿を現すと、不安のあまり集まった群衆に
対し、高らかに宣言したのだ。
「みなさん、ご安心ください！街の危機は去りました！雷鳴山は火山活動を停
止し、再び長い眠りについたのです！」
ざわめいていた群集は、その言葉が浸透するまでの時間、沈黙したが、それ
が過ぎると歓喜を爆発させ、教会を揺るがさんばかりの歓声を上げた。
「静粛に！この街はある勇敢な青年によって救われたのです。その青年の名は
・・・」
リカルドは喜ぶ群集を落ち着かせるように呼びかけると、その場が沈黙に覆
われ、その注意が十分に引き付けられるのを待ってその名を告げた。
「グローウォーム・グレイフォード！！」
再び歓声が沸き起こった。最初との違いは、その歓声は一定の方向−グロー
ウォームがいる方向−に向けられているという点だけだ。もっとも、それだけ
でも向けられる方にとってはちょっとしたものだが・・・。
「うみゃーっ！！みんながこっちにくるぅ〜っ！！」
さすがに慌てるメロディに対し、それが持つ意味を理解しているエルは冷静
に、いやむしろうれしそうに呟いた。
「おっさんも粋なこと言うじゃないか」
「どっちっかって言うと、あざとい気もするがね」
そんな風に返すグローウォームに、彼らを送り出したカッセルが感嘆の念を
込めた声をかけた。
「グローウォーム！よくぞ無事に戻ってきたわい！」
「ご苦労様、グロウさん！ボクたちもすっごく心配したんだよ！」
「そうよぉ〜。みんない〜っぱい心配したのよぉ〜」
そしてトリーシャが喜びをあらわに、続く由羅はわずかな含みを感じさせる
声で、それぞれ彼に無事を祝う言葉をかける。そんな２人に続く形で、グロー
ウォーム達を送り出す際、その無事を祈った神父が祝いの言葉をかける。
「とにかく無事に大役を果たしましたね。おめでとうございます」
「ホントよくやったアルよ！」
が、今回の事件、単純に喜んでばかりもいられない。その事実を確認するか
のように、夜鳴烏雑貨店の店主が、いつもの大声を出した。
「これであのエセ予言者のせられて君を非難したヤツらも考えを改めるだろう」
「そうよ！そのエセ予言者はどこに行ったのかしら！？文句を言ってやらなき
ゃ！！」
あやしさ、という一点では大差なさそうに思える占い師が憤然と叫ぶ。だが、
グローウォームに着せられた濡れ衣の１つをはらす、いい機会であることは確
かである。
「あの予言者の正体はシャドウという男っス！」
その機を逃さず、テディが大声で事実を告げた。たたみかけるように付け加
える。
「その男こそ火山制御装置を壊して今回の事件を引き起こした張本人っス！」
一斉にどよめきが起こった。特に、グローウォームの追放を主張した人々の
間で、それは顕著だった。当然だろう、真犯人の讒言にまんまと乗せられ、危
うく無実の人間を追放するどころか、エンフィールドを破滅させるところだっ
たのだから・・・。
「すまん・・・わしらは間違っとった」
「ごめんよ・・・あんなヤツにだまされてひどいこと言ってよぉ・・・」
「礼を言わせてくれ。ありがとう、本当にありがとう」
「良かったわね、グロウくん」
口々に出てくる謝罪の言葉を聞いて、当の本人以上にうれしそうにシーラが
話しかける。だが、グローウォームはそれに対し、うっすらと冷たい笑みを浮
かべただけだった。それが人々の謝罪の受け入れを示したものかどうかは、い
ま１つ判別がつかなかったが、彼らを許すにしては、その笑みはいささか冷や
やかにすぎたかもしれない。もっとも、どう取られようが、彼は気にもしなか
ったであろうが・・・。
そんな彼に対し、リカルドがいたって冷静に話しかけてきた。
「どうやら街の人に受けた誤解は解けたようだな」
「おっさん、ずいぶんと大法螺を吹いたじゃないか。あれじゃあ、俺１人で事
件を解決したみたいに思われるぞ」
負けず劣らず冷静にグローウォームが応じたが、それに対し、まったく意外
な事にアルベルトが応じた。
「誰もそんなこと気にしやしねーよ。お前はホントによくやったんだ」
「あ〜っ！珍しくアルベルトさんが他人のこと誉めてる〜！」
「キャハハ！雨でも降るんじゃない？」
「あのなぁ！！」
トリーシャとマリアのあまりの言いぐさにアルベルトは噛み付いたが、２人
と同じ事を考えているのはまだ大勢いたのだ。
「いやいや、きっと明日は吹雪になるぜ」
「・・・それで済むか？俺は槍が降るんじゃないかと思うが・・・」
アレフが軽口を叩き、驚きのあまりとっさに反応できなかったグローウォー
ムが混ぜっ返す。トドメを刺したのはアルベルトが敬愛してやまないリカルド
の、この一言であった。
「ハッハッハ、アルもようやく大人になったってことだ！」
「隊長〜、そりゃないっすよぉ〜」
情けない口調でぼやくアルベルトに、その場の一同がどっと笑う。「お前ら、
笑うなぁ！！」と叫ぶアルベルトや、それにまとわりついておちょくる他の面
々から離れると、グローウォームはトーヤに付き添われたローラと出くわした。
既に話は聞いているらしく、彼女は彼の顔を見るなり叫んだ。
「グロウお兄ちゃん、おめでとう！」
その声は案外良く響き、ジョートショップの面々の注意を引いた。真っ先に
気づいたのは耳のいいシーラだ。
「あっ、ローラちゃん！！」
「ローラ！？お前、体は大丈夫なのか！？」
「うん、ドクターに注射を打ってもらったの、今日の夜ぐっすり寝れば明日に
は全快だろうって！」
明るく答えるローラだが、それがさらに別の疑問を呼び寄せた。
「・・・注射？注射１本で治るような病気なのか？しかも明日には全快って・
・・ドクター、ローラの病気って不治の病じゃなかったのか？」
グローウォームに疑問を向けられたトーヤは、いつもの淡々とした口調で説
明してやった。
「ローラの病は１００年前の世界では確かに不治の病だったかもしれんが、今
ではそれほど大した病気じゃないんだ」
「そうなんスか？」
テディの突っ込みに、彼は軽く頷いて付け加えた。
「ああ、ローラのご両親の願いが天に通じたワケだ。それが本当に幸せなこと
かどうかは別としてな・・・」
「そうね・・・結局両親とは二度と会えなくなっちゃったんだもんね・・・」
もし自分がそうなったら・・・と思うと、パティの声も沈みがちになる。だ
が、そんな沈んだ雰囲気を吹き飛ばすようにローラは明るかった。
「あたしなら幸せよ！だってそのおかげで、お兄ちゃんたちと出会えたんだも
の！」
「まぁ、ローラちゃんたら！」
考えようによってはマセた発言に、アリサが微笑みながら、たしなめるよう
な声を出す。が、ローラは全く気にしたように見えない。勢い良くグローウォ
ームに抱きつくと、高らかに宣言してのける。
「あたし、グロウお兄ちゃんのことだぁ〜い好きっ！」
「おいおい、その歳から二股がけはやめておけローラ。アレフみたいになると
悲惨だぞ」
彼女はデアリングが好きであることを承知している彼は、真面目くさった口
調でもっともらしいことを口にする。言われた彼女も、真面目半分、おどけ半
分に首をひねった。
「うーん、それはちょっと嫌かなぁ・・・」
「おいおいおいっ！！」
引き合いに出されたアレフが抗議の声を上げる。そんな態度に微笑みながら、
ローラはグローウォームを解放した。
「ウフフ、じゃあ、あたしドクターと一緒に病院に帰るね！」
「じゃあ行こうかローラ。グローウォーム、明日は遅れるんじゃないぞ」
トーヤに促されると、一度は頷いてついて行った彼女だが、不意に振り返っ
て手を振った。
「みんなバイバ〜イ！また明日ね〜！」
「おー！また明日なー！」
「ばいば〜い！」
ピートとメロディの２人がそれに応じて手を振った。そんな２人を見ながら、
エルはポツリと呟いた。
「そうだな・・・とうとう明日になっちまったんだな・・・」
「明日」という言葉に何も思い当たらなかったグローウォームが小首を傾げ
て問いかける。
「なあ、明日は遅れるなってどういう意味だ？」
「ええっ！？明日が何の日か忘れちゃったのぉ！？」
この質問に、クリスが驚いて叫べば、テディも呆れて「明日」の意味を告げ
る。
「何言ってるっスか！？明日はいよいよ再審日じゃないっスか！」
「ああ、そう言えばそうだったな」
ポンと手の平を拳で叩きながら納得するグローウォーム。
「妙に忙しくてすっかり忘れてた」
「まったく、お前ってホント、肝心なところが抜けているよな」
呆れたように、だが、どこかおかしげに笑みを浮かべながらエルが混ぜっ返
す。パティなどは混ぜっ返すなんて程度では済ませない。
「あーあ、こんなんで明日は大丈夫なのかなぁ？」
あてこすり半分、心配半分な彼女の言葉に、明るくアリサが応じた。
「あら？何も心配いらないわ。だってみんなあんなに頑張ったんだもの！」
「そうだな・・・ボウヤはホントによくやったと思うよ」
一時期は彼の「捜査」に付き合った事もあるリサも、穏やかに頷く。だが、
グローウォームの表情は明るくはない。
「でも頑張ったかどうかで決まるわけじゃない・・・。明日、再審で無罪を宣
告されなければ、何の意味もないんですよ、アリサさん・・・」
「大丈夫っス！絶対何とかなるっス！」
弱気と取れなくはない彼の言葉に、テディが力強く応じ、さらにマリアなど
は呆れて叫ぶ。
「んもー！！なーに弱気なコト言ってんのよー！大丈夫に決まってるじゃない！」
前向きな、あるいはお気楽な言葉に、グローウォームは軽く肩をすくめて見
せた。
「そうだといいんだが、な・・・」
そんな彼に、アリサが「どんな根拠があるのか知りたくなる」ほどの自信を
もって断言した。
「大丈夫！何とかなるわよ！」
・・・そんな彼らを、離れたところから観察している男がいた。いたって地
味な格好のその男、デアリング・デッキサイドは彼らを、と言うより教会にい
る人々全員を注意深く観察していた。
（この調子なら、明日の再審は大丈夫だな・・・）
なんと言っても、グローウォーム・グレイフォードは街を救った英雄となっ
ている。その直前に彼を非難した事に対する後ろめたさからも、明日の再審の
投票で彼の無罪に票を投じる人々が圧倒的多数を占めるであろう事が予想され
た。
そんな事を考えていると、彼の側に暗灰色の髪の女性が姿を見せた。
「デアリングさん・・・」
「ヒサメか、どうだった？」
「はい、多少渋っていましたが、何とか取ってきました」
「そうか・・・」
デアリングはうっすらと笑みを浮かべる。これで手続きは終わったことにな
る。
「さて、それじゃ今から書類と戦うとしますか・・・」
「お疲れ様です」
にっこり笑って、ヒサメは手伝う意思がないことを表明した。そんな態度に、
デアリングは肩をすくめる。
「やれやれ・・・っとそうだ、ヒサメ、ノイマン隊長とフォスター隊長に連絡
して。明日、事を起こします、ってね」
「承知」
小さく頷くと、ヒサメは教会の人ごみの中へと姿を消した。それを見送ると、
彼は茶色の髪をかき回しつつ自警団事務所へと歩き出した。
（さてと・・・ケリをつけるとしますか。ねぇ、ハメットさん・・・）
「いよいよだな・・・」
役所のホール−今は審議場として多数の傍聴人兼陪審員達が詰めている−で、
グローウォームは低く呟いた。
雷鳴山の制御装置破壊未遂から一夜明けた今日、フェニックス美術館窃盗事
件に関する初審理（彼の保護者と言うべきアリサが行ったのは「再審請求」で
あるが、実質的には審理延長請求であり、被告人（この場合、容疑者）の抗弁
も含まれた本格的審理はこれが最初である）が始められたのだ。
まず、告発人−この場合、自警団第一部隊隊長のリカルド−の代理として、
アルベルトとその後の捜査にあたった第三部隊代表としてロビンが、それぞれ
逮捕状況や各種証拠を提示し、グローウォームが犯人であると主張した。
これらは仮審理（再審理＝今、行っている審理で被告人の無罪が証明できな
かった場合に、すぐ刑を執行出来るよう、あらかじめ処罰を定めるための審理）
でも行われていたが、それでも形式というものは踏まねばならないのだ。
告発側の主張が一通り終わると、今度は被告／弁護側の番である。
「被告人、グローウォーム・グレイフォード。告発状に異議はあるか？」
「あります。審理官殿、異議申し立ての許可を願います」
「よろしい、被告人の異議申し立てを許可する」
重々しい許可に、形式的な一礼を行うとグローウォームは舞台上の被告／弁
護側発言台に立った（省略したが、告発側発言台も同様に存在する）。
彼は、いつもと変わらぬ落ち着いた態度でゆっくりと話し始めた。
「まず、ここにいる皆様方に申し上げます。私、グローウォーム・グレイフォ
ードは、自警団が主張するようなフェニックス美術館への侵入も、美術品の
窃盗もしてはおりません。その点をご了承願いたい」
丁寧な言葉使いでそう語ると、その効果を確認するように、左から右−審理
官、対面にいる自警団、そして観客とでも言うべき傍聴人兼陪審員達−へと顔
を動かした。特に反応を示している人はいない。さしあたって、彼にはそれで
十分だった。再び口を開く。
「これから、その証明をしたいと思います・・・審理官殿、告発側に質問させ
て頂きたい」
「よろしい。質問を許可する」
その許可に、グローウォームは軽く一礼すると、告発側に視線を向けた。
「ではまず最初に、ご出席の目撃者の方たちにお伺いしたい。目撃した時、そ
こは暗かったですか？それとも、明るかったですか？」
目撃者のとして出席している６人が次々に答えた。要約すると、
「夜間ではあったが、ガス灯の光があったので、それなりに見えた」
というものであった。グローウォームは頷くと、さらに質問を重ねた。
「そこで見た『眼帯をした男』は間違い無く私だと、言いきれますか？」
その問いに、目撃者達は顔を見合わせた。だが、そのうちの１人が自信なさ
げに語った。
「はっきりとは言えないが、あなたが眼帯をしたら、よく似た外見になると思
います」
「そうですか・・・」
グローウォームは頷くと、今度は審理官に向かってかなりすごい要求をした。
「審理官殿、異議申し立てのため、一時退廷することを許可願いたい」
この要求に、審議場はどよめいた。
「お静かに！無論、逃亡のためではありません。あくまで、意義申し立てのた
めです。もし不安であるなら、自警団員の監視下においていただいて結構」
「しかし、その間はどうするのかね？」
「ここにいる・・・」
彼は隣に座る人を指した。
「エル・ルイスに任せたいと思います。許可いただけないでしょうか？」
「・・・・・・」
さすがに、とっさに許可する、しないを決められる事ではない。が、審理官
は１分近い熟慮の上、決断した。
「よろしい、許可する。ただし、自警団員２名と被告側弁護人１名の同行を命
ずる」
「許可いただき、ありがとうございます」
今度は心底の感謝を込めて、彼は一礼した。そして、自警団員２名と、アレ
フの計３人を連れて、彼は退出した。
「それでは代理指名を受けたエル・ルイス、発言台へ」
「ああ」
審理が始まる前に、グローウォームから頼まれていたエルは、あっさりと頷
くと発言台に立った。
「それじゃ、っと・・・」
ポケットからメモを取り出し、エルは読み上げた。
「これから、３人の男が入ってきます。あなた方が目撃したのはその内の誰か、
お答え下さい」
彼女はそこで審理官に目を向けた。
「すまないけど、部屋を暗くしてもらえないかな？目撃した時と、同じ状況に
したいんだ」
「よろしい、許可する。部屋を暗くしたまえ」
審理官の命令で、部屋が暗くなる。すると、グローウォームが退出したドア
が開けられた。一瞬、開いたドアから入って来た光が、審議場にいる人々の目
を責めた。が、それも長くは続かない。その光を背に、何人か入って来たから
だ。
彼らが入り終わると、再びドアは閉ざされ、審議場を闇が覆う。すると、そ
のドアの辺りに光球が浮かび上がった。その光に、入って来た者達が照らされ
る。先頭は魔術師らしいフード付きローブを着た者。高齢らしく、腰が曲がっ
ていおり、フードをかぶった顔は見えない。続いて自警団員とアレフ。その後
ろにはエルが言った男達がいた。目撃証言と同じ格好をして・・・。
彼らが、被告／弁護側発言台の横に並ぶと、エルは皮肉っぽく問いかけた。
「さっ、誰を見たのか、教えてくれないか？」
そう問われて、彼らは戸惑った。入って来た３人は、当然ながら同じ格好を
している。体格も似たり寄ったりだ。何よりも、この状況下で目撃したのは、
１年前のほんの一瞬なのだ。彼らは、互いの顔を見合わせながら、やがて思い
思いの男達を指した。当然、３人全員が指された。それを確認したエルは、軽
く頷くと、審理官の方を向いた。
「部屋を明るくしてくれ」
「承知した」
審理官が頷くと、カーテンが開けられ、光が射し込む。明るくなった室内に
エルの声が響く。
「さて、それじゃあ、その眼帯を取ってくれ」
言われた男達が、一斉に眼帯を外す。途端に、ざわめきが起こった。その３
人の中には、グローウォームはいなかったのだから、当然だろう。
「グローウォームの奴はどこへ行きやがった！？」
真っ先に吠えたてたのは、当然と言うかアルベルトだった。さすがに審理官
も落ち着いてはいられない。
「代理人、被告人はどこへ行ったのだ？速やかに連絡を取りたまえ！」
「まさか、逃がしたんじゃないだろうな！？」
アルベルトは今にも告発人側から飛んできそうな勢いだったが、そんな火を
吹いたイノシシでさえ瞬時に鎮火させるほどに冷静な声が、ざわめくホールを
圧して響き渡った。
「逃げちゃいないよ」
その声は間違いなく、グローウォームのものであった。それは、いつの間に
か背筋を伸ばしたローブ姿の者から発せられていた。その人物は、ゆっくりと
フードを引きおろしつつ、穏やかに告げた。
「ここにいる」
フードを引きおろすと、そこにはグローウォームの、精悍な顔があった。ホ
ールを満たしていたざわめきが、沈黙にとって代わる。そんな沈黙の中、グロ
ーウォームは悠然と一礼して、審理官に話しかけた。
「さて、発言台に戻ってもよろしいでしょうか？」
「あ・・・う、うむ、許可する」
あっけに取られていた審理官は、自分を取り戻せぬままに頷いた。グローウ
ォームは穏やかに微笑むと、エルに代わって発言台に戻った。
「さて、これで、目撃証言がいかにあてにならないか、お分かりいただけたか
と思います」
グローウォームの言葉にざわめきがおこる。中でも「あてにならない」と言
われた目撃者達は憤然と立ちあがりかけた。そんな彼らに、グローウォームは
押さえるように手を上げて見せた。
「落ち着いて。別にあなた方を非難しようとするわけではありません」
そう言われて、目撃者達は立ちあがって文句を言おうとした、その姿勢のま
ま固まった。
「ですが、１つだけお伺いしたい。あなた方は、『眼帯をした男を見た』とだ
け証言した・・・間違いありませんね？」
どちらかと言えば確認の色合いが強い質問に、彼らは毒気を抜かれたように
唖然としたまま頷いた。それを見たグローウォームは、穏やかな微笑みを浮か
べて、やはり穏やかに告げた。
「あなた方に聞きたい事は以上です。ありがとうございました」
そう言われると、目撃者達は何も言えない。唖然としたまま、座りなおした。
そんな彼らを視界の隅にとどめつつ、グローウォームはロビンとアルベルトの
２人をしっかと見据えて、言葉を続ける。
「さて、今度はあなた方、自警団に証言の事をお聞きしたい」
「どうぞ」
「目撃者はそこにいる方だけですか？」
「・・・？質問の意味が見えないのだが・・・？」
ロビンが軽く眉を寄せて聞き返すと、グローウォームは言葉を加えた。
「つまり、あなた方が立会いを求めた証人はそれで全員であるか、欠席者はい
ないかと問いたいのです」
「それであるならお答えします。立会いを求めた証人の内、４名がなんら返事
を出すことなく、この場にも来ておりません」
「その４名の名前を教えていただきたい」
「・・・？まぁ、いいでしょう」
そう言うと、ロビンはその４名の名前を告げた。その名前に、グローウォー
ムは頷いた。
「実に興味深い事実です」
彼は、自分に視線が集中するのを確認した上で続きを語った。
「何故なら、その４人だけが、目撃証言において『グローウォーム・グレイフ
ォードを見た』と、名前を上げているからです」
ざわめきが起こった。ただし、それは疑問の声で構成されていた。
「その４人は仮審理の場にも姿を現さなかったのではないですか？」
「・・・何が言いたいんだ？」
今度は唸るようにアルベルトが問いかけた。が、グローウォームは答えない。
「聞いているのはこちらですがね。それに、答えてくれないと、教えようもな
い」
「告発側は答えるように」
「分かりました・・・確かに、この４人は欠席してます」
「どうも」
「おい、何が聞きたいのか答えろ！」
アルベルトの叫びに、審理官は軽く眉をひそめた。秩序を乱すなと言いたい
ところだが、その前に肝心のグローウォームが話し始めたのでやめにした。
「いいだろう。この４人について追跡調査を行ったところ、この４人は全員、
エンフィールドから姿を消しているのです」
ざわめきが大きくなった。途端に、審理官は木槌を打ち鳴らす。
「静粛に！」
「何故、彼らは姿を消したのか？そもそも、何故、彼らは『私』という人間を
識別出来たのか？出席している６人には出来なかったというのに」
彼は一度口を閉ざすと、軽く息をついて、先を続けた。
「彼ら４人が目撃したと主張する場所を調べてみましたが、ここに出席してお
られる６人が目撃した場所と、明るさにおいて大差ない場所でした。なのに
何故、彼ら４人は『私』だと断言できたのでしょうか？」
この場にいる人、全てが、彼に注目していた。そんな中で、彼は自らの見解
を口にした。
「私は、彼ら４人は結託して、あるいは何者かに示唆されて、私を見たという
虚偽の証言をしたのではないか、そう推理します」
再びざわめき。そんな中で、アルベルトが憤然と食ってかかった。
「何、言ってやがる！そんなのタダの偶然かもしれねぇだろうが！！」
だが、この程度の反論でどうかなるグローウォームではない。悠然と肩をす
くめて見せた。
「１人ならたまたま、２人なら偶然、奇跡が起これば３人くらいはありえるか
もしれないが、４人が４人とも揃っていなくなった、となれば、これはもう
作為を感じるべきだろうよ」
さらに付け加える。
「それに、それぞれの証言を思い出してもらいたい」
グローウォームは、一枚のメモを手にした。
「ここにいる６人は、揃って『眼帯をした男』を見た、と外見だけを証言して
いるのに、欠席した４人は『グローウォーム・グレイフォードを見た』と、
名前しか上げていない、つまり、どんな格好だったかには一言も言及してい
ないんだ。さっきの実験でも分かるだろうが、あんな目立つ眼帯をしていた
はずなのにね」
ここで、グローウォームは微かな笑みを浮かべた。
「あるいは、単なる邪推かもしれない。だが、こうして邪推を成立させる余地
があると言う事自体、証言がいかに曖昧かを示していると考えます。つまり、
自警団が私を犯人と断じた証言は、証拠として不十分なものなのです」
穏やかな断言に、さきほどよりは声量をおさえたざわめきがおこる。だが、
そのざわめきは、圧倒的な声量を持つアルベルトの怒号によってかき消された。
「じゃ、じゃあお前の部屋から出てきた美術品はどう説明する気だ！！お前以
外の誰がお前の部屋に入り込めると言いやがるんだ！？」
「心得がある奴なら誰にでも入り込めるだろうな」
驚くほどあっさりと、グローウォームは言い返した。
「別にジョートショップは、罠を張り巡らせた侵入困難な建物じゃない。あく
まで普通の家で、それ以上のものじゃないんだ。だから、誰かが侵入しよう
と思ったら、それほど苦労しないで入り込めただろうな」
そう言ってアルベルトを黙らせると、彼は審理官の方に向き直った。
「以上より、私を犯人とする証拠、そのほとんどは私個人を特定しうるもので
はない、と申し上げます。なのに何故、私を犯人として断罪されるのでしょ
うか？」
そこまで言うと、グローウォームは審理官だけでなく、傍聴人全員を見渡し
た。
「私は、以上より証拠不十分をもって自分の無罪を主張するものです」
そう宣言すると、あからさまな嘲笑が審議場に響きわたった。
「まったく馬鹿馬鹿しい、そんな程度で無罪を主張するなんてあつかましいに
もほどがあります」
人々の視線がいっせいに発言者に集中する。その先には仕立てのいいスーツ
に身を包み、白い仮面で顔を覆った男−ハメットがいた。
「傍聴人！勝手に発言してはいかん！！」
審理官が鋭い叱責の声を飛ばすが、ハメットは止めなかった。
「大体、今までこの男が言いたてた『証拠』とやらは、『自分以外の犯人がい
る可能性』を示しているだけではありませんか。『自分が犯人ではない』と
いう証拠は何１つ示していないくせに、無罪を主張し、あまつさえ陪審投票
まで請求するとは厚顔無恥にもほどがあります。このような恥知らずには投
票など無用です。即刻、処罰を・・・」
「いい加減にしたまえ！それ以上、許可なく発言をするなら法廷侮辱をもって
陪審権の剥奪と退廷を命じますよ！！」
「審理官殿、お待ちください」
我慢の限界に達した審理官の叫びに、グローウォームが穏やかに異議を唱え
た。
「あの男と少し話させていただいてもよろしいでしょうか？」
「む・・・被告人が希望するならいいが・・・」
「ありがとうございます」
丁寧に一礼すると、彼はハメットに向き直った。
「さて、と・・・どういうつもりか聞かせてもらおうか、ハメット？」
それまでの穏やかな態度を一転させて、グローウォームは冷たい口調で問い
かけた。それに対し、ハメットは傲慢とも言える尊大な態度で応じた。
「どういうつもりですと？言うまでもありませんね。どう見たところで有罪の
男を、直前に街を救った功績で無罪にしてはならないと言いたいのですよ」
「お前、耳が悪いのか？俺は盗みなんぞしてないと言ってるだろうが」
「あなたほど、物が見えていないおバカではありませんよ。引っ込んでなさい」
負けず劣らず冷たい口調で言い返すと、ハメットは会場全体に向けて語り始
めた。
「よろしいですか、みなさんは今、この男の主張を聞かれ、無罪かもしれない
と思い始めているかもしれません。しかし、この男がやったのは自警団の捜
査にケチをつけただけ。自分の無罪を証明するものは何１つ示していないの
です。大方、そんな証拠は何１つないのでしょう」
「・・・・・・」
ハメットの独演に、グローウォームは面倒くさげに黙っている。これを自分
に都合良く解釈したハメットはさらに調子に乗り始めた。
「これに引き換え、有罪を証明するものはてんこ盛り・・・これが再審でなけ
れば、ハイ有罪、それで終わりです。そんな程度で陪審投票するなど、時間
の無駄ですからねぇ、ゲラゲラゲラ！」
品のない笑い声を立てたハメットは、それに気づいて口元を押さえた。
「おっと・・・」
そんな彼に冷や水のごとき声が投げつけられた。
「あるといや、あるんだがな・・・」
「何ですと！？」
「だから、俺以外の、真犯人がいるっていう証拠が、あるにはあるって言った
んだ」
「で、でたらめもほどほどにしなさい！！大体、そんなものがあるなら、何故、
最初から出さなかったのです！？」
思いがけない反撃に上ずった声を上げるハメットに、グローウォームは笑い
出したくなるほど冷静に応じた。
「『でっち上げだ』と決め付けられたらそれまでの証拠なんでな、使う気にな
れなかっただけだ」
肩でもすくめそうな口調であっさりと言い返され、ハメットは呆然となって
二の句が継げなくなった。そんな彼に、グローウォームはさらに告げた。
「この封音球にな、途中まで追い詰めた真犯人との会話が録音されている。お
前の欲しがっている『証拠』としちゃ、十分だろ？」
グローウォームはそこまで言うと、封音球に録音された会話を最大音量で再
生した。
『くく・・・何が聞きたいんだよ・・・』
『分かってるだろ。お前が俺に仕掛けた最初の事件だよ』
『・・・・・・』
『別に言いたくないなら言わなくてもいいがな』
『ああ、そうだよ。俺がやった。あのザルみてーな美術館から盗んで、お前の
部屋に置いてやったのさ。単純な奴らだぜ、簡単に引っかかりやがった』
「馬鹿な！！あの男がそんなことを言うはずがありません！！でっち上げもた
いがいにしなさい！！」
ハメットが上げた罵声に対して、グローウォームはつまらなそうに応じた。
「だから、でっち上げだって言われたらそれまでの証拠だってあらかじめ言っ
ておいただろうが。もう忘れたのか？」
そして、その目に鋭い光を宿して言葉を続けた。
「ところで、こっちから１つ聞きたい事があるんだがな、ハメットよ」
「うるさいですねぇ、何ですか一体！？」
「何でお前は、俺が相手をした奴のことを『あの男』って言ったんだ？犯人を
知っているわけでもあるまいに」
「！？」
一瞬にして、審議場の空気が凍りついた。グローウォームの言葉を翻訳すれ
ば「犯人を知っていながらそれを隠しているのではないか？」となるからだ。
「うう、うるさいですねぇ！ただの言葉のあやですよ！！」
グローウォームに追求され、ハメットはわめき散らす。そんな彼をじっと見
つめていたアリサは首を傾げつつつぶやいた。
「あの人・・・私にお金を貸してくれた人だわ」
「お金って・・・グロウさんの保釈金の１０万Ｇッスか？」
「ええ・・・ちょっと距離があってはっきり見えないけど・・・あの声は同じ
人よ」
頷いたアリサに、テディは珍しく反論した。
「ご主人様、それはおかしいッス。あの人はグロウさんの仕事や捜査をいっつ
も邪魔していたッスよ」
「そうよ、それなのに、グロウの保釈金を貸してくれるはずないわ」
ハメットに対する怒りの余波で、きつい口調でテディに同意するパティ。隣
のリサも眉を寄せる。
「何だか、妙な話になってきたね・・・」
「グロウ！」
「グロウさん！！」
アリサの証言が持つ意味に真っ先に気付いたエルとシェリルが同時に叫んだ。
その声に、グローウォームは振り返りもせず頷いた。
「分かってる」
彼女達だけに聞こえる声で応じると、彼は一転して引きしまった表情でハメ
ットを見据えた。
「ハメット、もう１つ聞きたいことが出来た」
「何です、うっとうしい」
いらだっているハメットは、グローウォームの声の変調に気付かずに、そう
応じた。
「お前、アリサさんに俺の保釈金、１０万Ｇを貸したそうだな」
「・・・何のことです？」
ハメットはとぼけたが、その前に置かれた沈黙が全てを物語っていた。
「とぼけるな。たった今、アリサさんが証言してくれたよ。お前が１０万Ｇ貸
した人間だとな」
「だからどうしたと言うんです？」
「おかしな話じゃないか。金なんてものは返ってくる見込みがあるから貸すも
んだ。と、いうことは、だ。お前はアリサさんに貸した−俺の保釈金である
１０万Ｇが返ってくると判断していたことになるな」
「・・・・・・」
「だが、ジョートショップはどんなに頑張っても１年で１０万Ｇも稼げるよう
な店じゃない。と、なると俺が無罪を勝ちとって、保釈金を取り戻さない限
り、１０万Ｇは返せない」
そこでグローウォームは意味深な笑みを浮かべた。
「なのに、お前は俺を犯人だと言いたてる。まるで俺が犯人になって、保釈金
が戻らず、１０万Ｇが返済されない方がいいかのようにな」
「・・・何が言いたいのです？」
絞り出すようなうなり声で、ハメットは問い質した。それに対し、グローウ
ォームは軽く肩をすくめた。
「そこまで俺に言えってのか？面倒くさい奴だな」
軽口でも叩くような口調でそう言ったかと思うと、一転して真剣な口調に変
わった。
「つまりはこういう事だよ。ハメット、お前は真犯人を知っていながらそれを
告げず、俺を犯人にしたてあげてアリサさんからジョートショップの土地を
奪い取ろうと目論んだのではないか、ということだ」
直後、ハメットが笑い出した。狂笑と言う方がふさわしいかもしれない。あ
まりに異常な笑いに、周囲の人が不快げに身じろぎする。それが不意に止んだ
かと思うと、すさまじい怒声が轟いた。
「ふざけるのもたいがいにしなさい！！私が何故そんな真似をしなければなら
ないのです！！人をそこまでおとしめてまで無罪になりたのですか！？」
一気にまくしたてると、審理官の方を見て、さらに言い募った。
「審理官！この男を名誉毀損で・・・」
「そこまでだ、ハメット！」
ヒステリックなものさえ感じさせるハメットの声を、いともあっさりと打ち
消すほどの重厚な声が審理場に響き渡った。
「お父さん！？」
「リカルドおじさん・・・」
トリーシャとシェリルが声の主の名を口にする。審議場の最後列に姿を見せ
たリカルドは軽く頷く以上のことはしなかった。代わりに動いたのは彼の影か
ら姿を見せたデアリングであった。
デアリングは１枚の紙を広げると、落ち着き払った声で宣言した。
「ハメット・ヴァロリー。あなたを逮捕します。容疑は窃盗教唆、およびフェ
ニックス美術館窃盗事件に関する証拠の隠滅と捏造。同事件に関する捜査妨
害。そして、謀殺未遂です」
審議場を、この日何度目かの沈黙が覆った。ほとんどの者は突然の出来事に
ついけいけず、目を白黒させていたのだから当然だ。そんな沈黙を打ち破った
のは、ハメットの口から出た恫喝そのものの怒声であった。
「何のつもりだ、リカルド！！私に逆らうと自警団をクビにするぞ！！」
横暴そのものと言っていいハメットの怒声も、リカルドには何の感銘も与え
なかった。彼はその恫喝を鼻先で笑い飛ばすと、ふてぶてしさすら感じる冷静
さをもって対応した。
「お前がショート財団をクビになる方が先だ」
リカルドの台詞に含まれていた固有名詞に、グローウォームは首を傾げた。
「ショート財団？そいつは・・・」
「パパの会社だ！」
彼の言葉を、マリアが途中から受けついだ。そんな彼らにリカルドは重々し
く頷いた。
「その通り、ショート財団はマリアちゃんのお父さん、モーリス・ショート氏
が代表を務める財団だ。もっとも、モーリス氏はすでに経営の一線から引退
され、主席秘書であるハメットに運営を一任しているがね」
「そんな奴が、なんでわざわざこんな真似をするんだ？」
グローウォームが呆れ半分の口調で問うと、今度はデアリングが応じた。
「今さっき君が言ったじゃないか。ジョートショップの土地が目的だよ」
「それは分かっている。分からんのは、どうしてそこまでしてジョートショッ
プの土地が欲しいのかってことだ」
「ああ、それについては順を追って説明するよ」
真相追求だか軽口の応酬だか分からなくなりかけた会話を、デアリングはそ
う言って引き戻した。同時に表情も鋭さを含んだものに切り変わった。
「そもそもの原因は今から２年前、ショート科学研究所の地下室である実験が
成功したことにある。その実験とは・・・」
そこでデアリングは一瞬だけメロディに視線を走らせた。もっとも、本当に
一瞬であったので、それに気付いたものはいなかったが。
「試験管の中から人工的に人間を生み出す、いわゆる人工生命体の製造」
声どころか物音１つしない審議場に、その声は葬儀の鐘の音のように響き渡
った。そんな墓場の沈黙を破ったのは、震えるシェリルの声だった。
「あの・・・デアリングさん、その人工生命体って・・・その、外の環境でも
生きていけるんですか？」
「そうよ、今まで魔法でも同じ事をやっても、結局成功しなかったんだから」
シェリルの言葉に勇気づけられたのか、マリアも疑問を投げかける。
実際、２人の言う通りで、昔から人工生命体−人の手で生命のないものに生
命を吹き込んだ存在−の創造は研究されてきた。だが、そのいずれも失敗に終
わっているはずだった。生み出すことには成功したものの、極端に脆弱で短命
だったり、あるいは理性も何もない白痴だったり、凶暴に過ぎて手におえなか
ったりと、およそ「生命体」と言えないシロモノだった（余談だが、この研究
の結果、魔法による品種改良技術、すなわち魔法生物の創造技術が確立された）。
そんな、長い間一度も進展を見なかった研究が、いきなり成功したというのは、
確かに信じがたい。
だが、そんな思いをあっさり覆す事実を、デアリングは穏やかに告げた。
「出来たんだよ。どういう事をやったのかははっきり明記されていないけどね。
ショート科学研究所の報告書では、彼女は人間とほとんど同等の−記憶力、
魔力等は人間を上回るほどの能力を発揮。性格等はも温順だって事になって
いるね」
この説明の最中、メロディが何かに怯えるようにアリサの袖を強く握った。
「？・・・メロディちゃん、どうしたの？」
「メロディ、こわいですぅ・・・」
わずかに震えて、しがみついてくるメロディの頭を、アリサは優しく撫でた。
「大丈夫。みんなここにいるから・・・私も、グロウクンも、みんな・・・」
その一言が効いたのか、震えはおさまったメロディだがアリサを放しはしな
かった。そんな２人に視線を向けながら、デアリングは話を続ける。
「この報告をハメットが受け取った時、生み出された人工生命体は逃走してい
たが、彼はその人工生命体に商品価値を見い出した」
「そんな命を売り物にしようとしたっスか・・・」
「外道が・・・」
テディが蚊の鳴くような細い声でうめき、グローウォームは侮蔑の念もあら
わに吐き捨てた。
「全く、同感。なお救いがたい事に、ハメットはそんな命を大量生産しようと
したんだよ。そこいらの玩具や道具と同じようにね・・・」
デアリングの声も、明らかに暗さを含んでいた。
「とんでもねぇ野郎だな」
「・・・」
アレフが本物の怒りを込めてハメットをにらみつける。それに対し、ハメッ
トは何の反応も見せなかった。
「だが、ここで問題が発生した。当時の研究施設では大量生産はおろか、人工
生命体を確実に生み出すことさえ出来なかった。ハメットは人工生命体『生
産』のノウハウ確立の研究を指示したが、逆に研究所から研究用の施設を拡
充してくれという要求を返されたのさ」
「え？ショート科学研究所の施設じゃ不十分だったの？結構大きな研究施設だ
って聞いていたけど・・・」
「ショート科学研究所は総合的な研究施設でね。大抵の事は出来るが、細かい
部分ではどうしても不足が出てくる。ましてや、偶然生まれた人工生命体を
確実に作れるようにするには専用の施設が必要だ、と研究者達は主張したん
だよ」
クリスの問いに、デアリングは穏やな微笑みを浮かべて説明する。続けて、
彼はアリサの方へ視線を向けた。。
「その研究者達が施設の土地として最適である、としたのが、アリサさん、あ
なたの土地なんです」
「私の・・・ジョートショップの土地ですか？」
「そうです。グローウォームがジョートショップで住み込み店員を始めるまで
何度かあなたの土地を買い取りたい、という話が持ちかけられたはずですが
・・・」
「ええ・・・でも、あの家を離れたくなくて、全てお断りしましたよ」
「その断った話全てに、ハメットは関わっていたんですよ。そして、断られた
ハメットはあなたから土地を奪うことを考えた。彼にとって、あなたの感情
など、どうでもよかったんです」
デアリングの一言に、何人もの罵声がハメットに向けられた。そんな中、グ
ローウォームは考えをまとめた。
「やれやれ、やっと話がつながった。つまり、こいつはジョートショップを破
産させるために小細工を繰り返したわけだな？」
「そういうこと」
軽く頷いて見せると、デアリングはハメットを見つつ、淡々と語り始めた。
「彼が行った事を順番に並べるとこうなる。まず、シャドウという男と結託し、
シャドウにフェニックス美術館から美術品を盗ませ、グローウォームの部屋
に置かせた。そして、ハメットは偽の証人を仕立て上げ、その偽証人にグロ
ーウォームが犯人だと思わせる証言をさせ、自警団が彼を逮捕するように誘
導した」
ここで１つ息をついた。
「無論、逮捕されたグローウォームをアリサさんが見捨てるはずはない。どう
にかして助けようとするアリサさんにハメットは近づき、彼女に『再審請求』
という方法を提示し、その実行に必要な１０万Ｇを貸し付けた。１年後に返
せなければジョートショップの土地と建物を明渡すという条件でね」
「アリサさんに選択肢はなかった。この条件で１０万Ｇを借りなければ、グロ
ーウォーム君は断罪されてしまうのだからな」
デアリングの説明を、リカルドが引き継いだ。
「これで舞台は整った。偽の証人を彼の手の届かない所へ逃がし、ジョートシ
ョップが１０万Ｇ稼がないように注意していれば、後は１年後の今日を待つ
ばかり・・・そのはずだったのだ」
「だが、ハメットにとって計算違いが多発した。第一に、グローウォームの無
実を信じる人が意外に多かったこと。ハメットにとっては１０人も手伝う人
が出るとは思わなかったんだ」
再びデアリングが説明を始める。
「第二は、ジョートショップへの依頼が減らないまま人手が増えたことで、１
年で１０万Ｇを稼ぎ出しそうになったこと。第三は自警団内部でもグローウ
ォーム犯人説に疑問を抱く人間が出始めたこと・・・特に第二と第三の計算
違いは、ハメットの計画を根本から揺るがす大問題だったんだ」
そこまで言うと、デアリングはハメットを見据えた。
「そこでハメットは策を弄した。自警団に対してはスポンサー企業の立場を利
用し捜査に圧力を加えた。一方、ジョートショップに対しては活動の妨害や
噂のでっち上げ、果てはジョートショップを手伝う人に対する暴行にまで及
んだ。君達も心当たりがあるんじゃないかな？」
被告席の方を見ながらそう言うと、アレフが珍しい事に真剣な怒りをたたえ
てハメットをにらみつけた。
「なんて野郎だ」
「だが・・・全ての策は失敗した。ジョートショップは１０万Ｇを稼ぎ出した。
そして、自警団はあなたを逮捕出来るだけの証拠と証人を集めた・・・さて、
何か言う事はありますか？」
デアリングに問われ、ハメットは不遜な態度で鼻を鳴らした。
「ふん、知りませんね。大体、どこにそんな証拠があると？彼の件がでたらめ
だとするなら、そんな程度の捜査能力なら、私の件もでたらめでないと言え
るのですか？」
「・・・しぶとい・・・」
ハメットの態度に、デアリングはポツリと呟いた。無論、簡単に罪を認める
とは思っていなかった。だが、予想以上にふてぶてしく、しぶとい。
（さて、どの方法でとどめを刺してやろうかな・・・）
そんな事を考えていると、どうやら最初から切り札を用意していたらしいリ
カルドが思い出したかのように口を開いた。
「ああ、そうそう。この計画をモーリス氏にお話したところな、このような真
似をするとはけしからん、と大変ご立腹の様子だったよ・・・」
この台詞を聞いた途端、ハメットは目に見えて狼狽した。
「そっ、そそ、そんなっ！私は全て財団の、会長のために・・・会長と財団の
ためと思ってこの計画を実行したというのに！！」
直後、今までのざわめきが一気に静まった。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「へぇ、それはそれはご愁傷様、人工生命体量産計画の失敗を心から同情させ
てもらうよ、ハメット」
グローウォームの皮肉たっぷりの一言で、ハメットは自己の失言を悟り、さ
らに狼狽の度合いを深めた。
「はうっ！しまった！！」
「アンタ・・・ひょっとしてものすごくアタマ悪い・・・？」
その態度を、エルは呆れ果てた表情と口調で辛辣に評した。デアリングも同
感とばかりに頷いた。
「ショート財団の実質的経営者っていう偉いさんになって、何でも出来ると思
うような御仁だ。確かに頭が良いとは言えないな」
そこで表情を変えると、彼はハメットに宣告した。
「たった今、あなた自身から犯行を行ったことを証明する言葉を聞かせていた
だきました。この場にいる全員が証人です。逃れる道は無きものと覚悟され
たい」
「お、おおお、お前ら・・・き、汚いぞ！！」
ハメットの罵倒に、デアリングは軽く肩をすくめただけだった。リカルドに
いたっては冷厳に無視した。
そんな彼らをさらに口汚くののしろうとすると、その背後にすっと人影が現
れた。その人影は無造作にハメットの腕をねじり上げると、素っ気無く言い放
った。
「諦めるのだな、ハメット・ヴァロリー」
「ノ、ノイマン・・・？」
「もはや言い逃れは出来ん。これ以上、見苦しくあがくな」
「き、貴様・・・」
うめき声を絞り出したハメットに、ノイマンは何事か耳打ちした。
「！？」
その途端、ハメットは罵りと抵抗を止めた。そればかりか、一切の望みを断
たれたかのように膝をついたのだ。突然の変化に戸惑う人もいたが、それも長
くは続かなかった。ノイマンが再び口を開いたからだ。
「ロビン、この男の連行を頼む」
「あ・・・はい！」
弾かれたように飛んできたロビンにハメットを預けると、ノイマンは審理官
に向き直ると老齢とは思えぬ朗々たる声を出した。
「審理官、自警団はグローウォーム・グレイフォードへの告発を取り下げます」
「あ、ああ。了承する」
デアリングによる突然のハメット逮捕宣言。それに伴うフェニックス美術館
窃盗事件の真相暴露がたて続けに発生し、あっけに取られていた審理官は、ノ
イマンにそう宣言され、ようやく我に返った。そして、グローウォーム達が望
んでやまない宣言を発した。
「告発の取り下げと、ハメット・ヴァロリー逮捕により、被告の無罪が確定し
たものとし、被告に支払われた保釈金の返還を決定する！」
直後、被告側を中心にどっと歓声が沸き起こった。
フェニックス美術館窃盗事件は、こうしてその幕を下ろしのだ。
後書き
松です。「始まりの終わり 中編」をお届けします。
よーやく、フェニックス美術館窃盗事件が解決です。
まぁ、あんまり本編と違いが出るわけでもないのですが（おひ）。
それでも、本編と違って主人公が落ちついている理由とか、反撃とかは盛り
込んだつもりです。
ちなみに、陪審投票は行わないまま終わりました(笑)。やったとしても、グ
ローウォームの無罪は確定したでしょうけどね(爆)。
さて、残りは後編・・・さくら亭での宴会他、事件後始末編です。
それでは、こんなところで。
感想、ご意見などは掲示板へどうぞ
松