「そのしびれ薬を飲んだ身体で、私のゴーレムちゃんに勝てはしませんよ。今
　からでも遅くはありません、棄権なさったらいかがでしょうか？」
「断る」
　３回戦の相手、ゴーレムの飼い主ハメットの慇懃無礼な言い草に、グローウ
ォームは素っ気ない返事を返しただけだった。
「おやおや、私のゴーレムちゃんに負けて無様な姿をさらけだすよりは、そち
　らの方がよろしいかと思っての忠告ですのに、クックック」
「それなら、やってみせるんだな。俺は引くわけにはいかないんでね」
「相変わらず可愛げがないですねぇ〜。では無様な姿をさらけだしていただき
　ましょう」
　ハメットはそう言うと、ゴーレムの後ろへ下がった。
「ゴーレムちゃん、やっておしまい！！」
「ゴォーーーレェーーーム！！！」
「試合開始！！」
　ゴーレムの雄叫びと、審判の宣告の声が重なり、さらにそれらを切り裂くよ
うに、鐘の音が鳴り響いた。
　その音と共に、グローウォームは素早く身構えた。武器は主催者側が用意し
た木製の武器−彼は槍などの代わりを務める長い棒を選んだ−１つ。
　しかも、ハメットの言うとおり、彼の身体はしびれ薬に侵されている。はっ
きり言って、かなり不利なはずなのだが、グローウォームに焦りの色は見えな
い。身構えて、そのまま「待ち」の姿勢に入る。
　その行動に、ハメットは不審を覚える。
「・・・？何の真似です？かかってこないのですか？」
「ないな」
「ふん、あれだけ大口叩いておいて、そのざまとは情けないですねぇ〜」
「そっちの手の内は分かってるからな。殴らせて、疲れた所をカウンターで仕
　留める腹だろ？その手に乗るか」
　グローウォームは、ハメットの挑発を跳ね返すと、逆に挑発し返した。
「そっちこそ、かかってこないのか？それとも、しびれ薬飲んだ相手にすら手
　を出せない腰抜けなのか？」
　「腰抜け」のあたりをことさら大声で言う。この挑発にハメットは乗ってし
まった。怒りを示すかのごとく、白手袋に包まれた手を固く握ると、彼は厳然
と命令した。
「ゴーレムちゃん、行きなさい！あの男をギタギタにしてしまいなさい！！」
「ゴォーーーレェーーーム！！！」
　命令を受けて咆哮すると、ゴーレムはグローウォームに向かって、ゆっくり
と前進を始めた。
　ズシン、ズシン・・・
　並の人間なら恐怖のあまり逃げ出しそうな威圧感と共に鈍い地響きを立てつ
つ迫るゴーレムを見ても、グローウォームは身動き１つしない。慎重に相手の
動きを観察している。
　一方、ゴーレムは動かない相手に向かって無造作に前進を続け、彼を自分の
間合いに捉えた。同時に、
「ゴォーーーーレム！」
　咆哮。続けて、その左腕を横なぎにはらった。
「おっと」
　軽く後ろへ飛んで、その腕をかわすグローウォーム。続けてなされたストレ
ートを左に身体を滑らせることでかわす。さらに左手で叩き潰そうとしてきた
が、これも後ろへ飛ぶことで避けてしまう。
「うぬぬ・・・」
　１回戦、２回戦、共にその防御力と攻撃力で圧倒してきたハメットにとって、
翻弄されているという事実は我慢ならないものがあった。
「おい、何やっているんだ、ゴーレムの奴は。まるで当たらないじゃないか」
「所詮、でくのぼうだったって事だろ。これなら相手の勝ちだな」
「馬鹿、一度も攻撃してないじゃないか、それでどうやって勝つんだよ」
　観客席から漏れ聞こえたこの会話が、彼の我慢の一線を超えさせてしまった。
「何をしているのです！フルパワーで仕留めてしまいなさい！！」
「フル・・・パワーーーー！！！」
　ハメットの叱責にも近い命令を受けて、ゴーレムは右手を大きく振り上げる
と、今まで以上のスピードでグローウォームめがけて振り下ろした。
　ズドォォォン・・・・・・
　拳がフィールドにめり込み、土煙がその周囲に立ち起こる。そのすさまじい
パワーに観客も度肝を抜かれ、沈黙する。
　一瞬だがコロシアムを沈黙が包む。それを破ったのは勝ちを確信したハメッ
トの呟きだ。
「ふ・・・どうやら・・・」
　私の勝ちですね、と言おうとした時、もう１人の声が響いた。
「〈カーマイン・スプレッド〉！」
「何！？」
　驚愕の声をハメットは上げた。だが、驚いたのは観客も同じであった。
「グロウさん、一体どこに！？」
「ゴーレムの内懐だね。さっきの一撃の時、飛び込んだんだ」
　観客席で見守っていたシェリルの疑問に、エルが解説を付けて答えた。
　そう、グローウォームは先の一撃を交わすために、そして攻撃のために、相
手の内懐に飛び込んだのだ。そして、アレンジした呪文詠唱を終えると、右手
をゴーレムの表面にかざして〈カーマイン・スプレッド〉を発動させたのだ。
ただでさえ、高度な追尾能力を持つ魔法だ、この至近距離で外すわけがない。
狙い通りの場所に直撃し・・・爆発しないでその部分を加熱した。
　直撃を受けた部分は、岩で構成されているにもかかわらず、赤くなり、熱を
持っていた。
「もう一丁！」
　あらかじめ詠唱を終えていた同じ呪文を発動させると、同じ場所に直撃させ
た。すると今度は、岩が溶け始めた。溶けた岩は外へと流れ出ようとするが、
〈カーマイン・スプレッド〉の熱光線が持つ勢いに飲まれて逆に押し返される。
そして、溶けた岩が持つ高熱と、熱光線による加熱が相乗効果を招き、さらに
内部の岩を溶かし、細いトンネルを作り始めた。
　こうなると、岩の融解を止める術はない。トンネルも熱を吸い、輻射熱をも
って融解を手助けする。こうして、トンネルはゴーレムの内部へと突き進み、
やがて、人で言えば血管−それも大動脈−にあたる魔力回路の一部へたどり着
き、その熱で寸断した。
「これで、終わりだ・・・」
「ゴ、ゴーレムちゃん！早くその男を蹴り飛ばしなさい！！」
　焦るハメットが命令するが、忠実なはずのゴーレムは動かなかった。代わり
に、報告の無機質な声が流れ出る。
「魔力回路切断、機能、停止・・・」
「な、何ですって！？」
　ハメットは仰天した。ゴーレムは動かないのではなく、動けなくされてしま
ったのだ。ゴーレムの内懐から姿を見せたグローウォームは、淡々と呟いた。
「俺の勝ち、だな」
「こ、こんなバカな・・・私のゴーレムちゃんが負けるなんて・・・」
「だから言っただろ」
「く、悔しいでございます〜！」
　ハメットの半分泣きが入った叫びに、反応らしい反応を見せず、グローウォ
ームは審判に視線を走らせた。その視線で自分の役目を思い出した審判は、グ
ローウォームが入って来た方を示す左手を上げて宣言した。
「勝者、グローウォーム・グレイフォード！！」
　わあぁぁぁっ・・・
　観客席から一斉に歓声が沸き起こる。それを背に、彼はしびれる身体を無理
矢理引きずるようにして、控え室へと引き上げた。

「シェリル、行くよ」
　その光景を見届けたエルは、短く告げて階段を降りる。
「あ、はい。早く、グロウさんに〈ウンディーネ・ティアズ〉をかけてあげな
　いと・・・」
　グローウォームの身体から少しでもしびれ薬を抜くために、自然治癒力を高
める〈ウンディーネ・ティアズ〉を彼にかけるべく、彼女達は控え室へと急い
だ。

「ふぅ・・・」
「よぉ、薬盛られたにしちゃ、がんばってるじゃねーか」
　なんとか控え室に戻り、ソファーに寝転がろうとしたグローウォームの耳に、
あまり思い出したくない、だが、忘れようのない声が飛び込んだ。
「！・・・シャドウ・・・！」
　そう呟くと、グローウォームは再び戦闘状態へと戻った。いや、先ほどより、
よほど剣呑な状態に移行した、と言うべきだろう。
「何の用だ？」
「ああ、ちょっと一服盛って、せっかくの大会を盛り上げてやろうと思ったん
　だがなぁ」
「なるほど、しびれ薬を盛ったのはお前か」
「ああ。だが、いま１つ盛りあがりに欠けるんで、もっと面白いものを持って
　来てやったのさ」
「・・・何を企んだ？」
「今度は本物の毒をこの控え室中に撒いてやろうかと思ったのさ」
　グローウォームの顔から、表情というものが消えた。
「正気か？そんな事をすれば・・・」
「ああ、服やら武器やらに付着した毒が傷から入って、大騒ぎになるだろうな。
　どうせ、ここに来ている観客だって、命がけの戦いってのを期待してるんだ
　ろ？盛り上がっていいじゃねーか」
　口元に薄ら笑いを浮かべて、楽しげに語るシャドウ。そんな相手を見て、グ
ローウォームは１つの決意を固めた。
（この男を排除する。でないと、どこまでやるか、しれたもんじゃない・・・）
　単に自分の邪魔をするというにとどまらない、人が持つ一線を踏み越えた観
のあるこの男を放置すれば、いつか、自分にも害が及ぶ。それを回避するため
にも、グローウォームはシャドウを叩きのめす事を決めた。その結果、相手が
死んだとしても、やむおえない。そこまでの覚悟を決めて、彼は一歩前へ踏み
出した。
「ククク、残念、残念。せっかく試合を盛り上げてやろうと思ったのによぉ」
　薄笑いと共に、シャドウは少しずつ、彼から離れて行く。だが、グローウォ
ームも少しずつ間合いを詰め、相手が離れるのを許さない。そして、少しずつ、
だが、確実に緊張感が高まって行く。それが臨界点に達する前に、状況は一転
した。
「グロウさん、やったっスね！次は四回戦・・・ああっ！シャ、シャドウ！？」
　テディの叫びがシャドウの背後でおこった。その叫びは、後ろにいたエルや
リサなどを「戦闘状態」へ切り替えさせるスイッチとなった。
「クッ、性懲りもなくまた出やがったな！？」
　腰に下げた戦闘用ナイフを引き抜きながら、リサが叫ぶ。エルは無言で横に
動き、シャドウを半包囲しにかかる。その間にも、残りの面々が入ってきて、
包囲網に加わる。
「今度こそ逃がさねーぞ！！」
「うにゃーっ！！シャドウちゃんをつかまえるのだぁーっ！！」
　既に２度、逃げられた経験を持つピートや、話を何度も聞いたメロディなど
はやる気十分である。だが、グローウォームはそんな彼らを制するように警告
する。
「みんな、注意しろ、こいつは毒を持っている」
「何だって！？」
　さすがのリサも驚きざるおえない。
「ここでばら撒いて無差別殺人をやらかすつもりだったらしい」
「こいつ・・・どこまでやれば気が済むんだい！！」
　リサの顔に血が上り、怒りを示す赤に染まる。今にも飛びかからんばかりに
見えるが、その中では傭兵としての思考が駆け回っていた。やがて、彼女もゆ
っくりと横へ動き始める。ただし、エルとは反対方向である。包囲網をさらに
広げようとしたのだ。
「マリアにまかせて☆」
　一番最後に入ることになったマリアが、状況を見るなりそう言って、呪文の
詠唱を始めた。その時、ここでの騒ぎに気づいたアルベルトが、別の入口から
姿を現した。
「おい、グローウォーム！お前、何を・・・」
　この乱入者に、一瞬、そう、本当に一瞬だけ、彼らの注意がシャドウからそ
れた。だが、その一瞬でシャドウにとっては十分だった。彼は無造作に毒薬の
袋を、マリアめがけて投げつけたのだ。
「あ、〈アイシクル・スピア〉！！」
　突然の事に、マリアはとっさに詠唱半ばの呪文を発動させる。直後、氷の槍
が彼女の前に出現し、毒の袋に突き立てられる。通常の〈アイシクル・スピア〉
と何ら変わらない。詠唱を途中で止められたため、彼女が望んだ追加効果−袋
ごと氷づけにしてしまう−は得れなかったのだ。そして、その結果、粉末状の
毒は袋から漏れ、マリアにかかってしまった。
「きゃっ・・・！？」
「貴様！！」
　シャドウが投げつけた直後に、グローウォームは彼めがけて棒を繰り出した
が、その時には既に遅く、シャドウはアルベルトを半ば突き飛ばして通路へと
飛び出していた。
「な、何だあ！？」
　何が起こったのかさえ分かっていないアルベルトは、とっさの出来事に対応
も出来ず、見送ってしまった。
「ちぃっ！クリス、アレフ！マリアの手当てをしろ！！」
　グローウォームは鋭い舌打ちと共に、その後を追いにかかる。だが、アルベ
ルトに止められた。
「おい、一体何だってんだ？」
「邪魔をするな」
　短く言い捨てて、アルベルトを突き飛ばそうとするが、痺れ薬の効果か力が
足りず、逆に押さえられてしまった。
「おい！一体・・・」
「アルベルト、何しているんだ！シャドウが逃げるだろう！！」
　突き飛ばされそうになり、さすがに詰問しようとしたが、それよりも危機感
と焦りに満ち溢れたエルの叫びが響いた。途端に、彼の表情が「実戦」の緊張
感をたたえる。
「シャドウだと！？あいつまた何かしでかしたのか！？」
「今度は毒で無差別に殺そうとしたんだよ！おかげでマリアがあの有様だ！！」
「何だとぉっ！？」
「・・・手を放せ・・・」
　あまりに危険な事態に吠えたアルベルトに、グローウォームは低くうなった。
「何？」
「奴を追う邪魔をするな・・・！」
「何言ってやがる！お前らシロートこそこっちの邪魔を・・・」
「文句は、そのシロートに捕まえろと言ったリカルドのおっさんに言え！！」
　大きくはないが十分に威圧的なうなり声を放つと、アルベルトの腕を振り払
ってシャドウが逃げ込んだ通路へと走り去った。
「邪魔だよ！！」
「ボサッっと突っ立ってんじゃないよ！！」
　エルとリサが続いて飛び出す。さらにピート、メロディ、パティ、シーラ、
シェリルがそれに続いた。
「おい！・・・って行っちまいやがった。ったく・・・」
　そうぼやくと、アルベルトは控え室の方に視線を走らせる。
「おい、ドクターを呼んでおくか？」
「お願いします！」
　珍しく、クリスが鋭い声で応じる。１つ頷くと、アルベルトはグローウォー
ム達とは反対方向へ駆けて行った。グラシオコロシアムに詰めているトーヤを
呼ぶのと同時に、シャドウを捕えるために動ける自警団員をかき集める必要が
あったのだ。

　一方、グローウォームは、シャドウを追ってコロシアムの外に来てしまった。
「もう、ここまで来ちまったか・・・どこだ？」
　素早く左右を見まわす。その姿はすぐに見つかった。コロシアム近くの芝植
えのところに悠然と突っ立っていたのだから、見落としようもないだろうが。
「シャドウ！」
「おやまあ！！絶対追いつかれねーと思ったのになぁ！！」
　ごくごく普通の足取りで近づいて来るグローウォーム、そして彼の後に続い
て現れた他の面々を確認したシャドウは、おどけた口調でわざとらしく驚いて
見せた。もっとも、気が逸る彼らに、気付く余裕はない。
「シャドウ！！覚悟しやがれ！！」
「あんたの悪行もここまでよっ！！」
　歩くグローウォームの脇をすり抜けたピートとパティが勢いよく言い放つ。
そして、息を切らせながらも彼に追いついたテディが歓声を上げた。
「やったっス！とうとうシャドウを追い詰めたっスよ、グロウさん！」
　が、そんな彼らに冷や水を浴びせるように、シャドウの嘲弄の声が響いた。
「ヒャッヒャッヒャ！何言ってんだテメェら？俺はわざと追いつかれてやった
　んだぜ？」
「何だってぇ！？」
「やはり、な・・・」
　カチンときたリサがいきり立つが、グローウォームは冷静だった。むしろ、
そうであることを予測していたかに見えるほどだ。ゆっくりとパティとピート
をの間を割って抜けると、シャドウに向かって語りかける。
「お前ほどの逃げ好きが、追いつかれるなんて考えがたいもんな・・・何が目
　的だ？」
「ここんとこ運動不足気味でね〜、グローウォーム、お前に少し相手してもら
　おうかと思ってなぁ！」
　とことん人を馬鹿にした口調と物言いに、気が長いとは言い難いパティやリ
サなどは一歩前へ踏み出す。そんな２人を、グローウォームは左腕を伸ばして
押さえると頷いた。
「いいだろう、相手になってやる」
「え・・・！？だ、大丈夫ですか！？その身体で１人でだなんて・・・」
「心配だわ・・・」
　しびれ薬が抜けていない事を忘れていないシェリルやシーラは不安げだ。エ
ルも顔にこそ出さないが危険を感じていた。
「グロウ・・・」
　彼女の呼びかけに、グローウォームは振り返ると、何事か目配せした。その
無言の合図の意味を理解したエルは、さりげなく、リサの袖を引く。
　それを確認すると、グローウォームはシャドウを正面から見据えた。
「さて・・・始めようか」
「ヒャーハッハッハ！いい度胸だ、来な！」
　そう言うと、シャドウは新月刀（シミター）を引き抜いた。

　シャドウが手にした新月刀の刀身が、陽の光を反射して白く光った。それが、
戦闘開始の合図となった。
　先に動いたのは、グローウォームだった。無論、彼は自分の状態が万全とは
程遠いことを知っている。だから、先手を取ったといっても、半分は相手にカ
ウンターをしかける隙を作るためのものでしかなかった。
「遅い、遅い、遅い〜！」
　そう叫んでシャドウが斬りかかってくる。だが、それはグローウォームの予
測範囲内だ。新月刀を棒で防ぐと、受け止めた点を中心に、棒を振るう。が、
シャドウもこの攻撃を予測していたらしく、後ろに飛んでかわした。
「クックック、甘いぜ。そんなヘロヘロな攻撃が当たるかよ」
　そうあざ笑うシャドウ。一方、無言のまま身構え、相手の出方を待つグロー
ウォーム。
（やっぱり、無理があるか・・・）
　瞬発的なスピードや力は何とか出来るが、それを持続させることが出来ない。
こうなると、先の対ゴーレム戦同様のカウンター狙いで戦うしかないが、シャ
ドウはそう甘くはないであろう。
「どうした、かかって来いよ」
　薄ら笑いを浮かべて、挑発するように手招きするシャドウ。それに対し、グ
ローウォームは冷ややかに応じた。
「嫌だね、こっちは疲れているんだ。運動したけりゃ、そっちから来い」
「ヒャハハ、それでカウンターをかけて俺を仕留めようって腹だろ？見え見え
　だぜ」
　シャドウの返事を聞いて、グローウォームは苦笑した。そんな彼に向けて、
シャドウはもう一言投げつける。
「そんなら、俺は帰ろうかなぁ。どうせ、お前相手じゃなくても運動は出来る
　し・・・」
「ずぼらな奴だ、ったく・・・いいだろう、行ってやろう」
　シャドウの言葉が本気であることを見ぬいた彼は、ぼやき半分に呟いた。そ
して、呟くと同時に大きく一歩踏み込んだ。
「！？」
　突然、恐ろしく低いところから足めがけて襲い掛かってきた棒をかわすため
に、シャドウは軽く後ろへ飛んだ。それが、グローウォームの狙いだった。彼
はさらに一歩踏み込み、シャドウの鳩尾へ掌底突きを叩きこんだ。
「はっ！！」
「ぐうっ！」
　グローウォームの気合の声とともに、シャドウが後ろへ飛ばされる。もっと
も、後ろへ飛ぼうとしていたから、大したダメージにはならなかった。さすが
に２、３歩よろめきはしたが、うずくまったりはしない。が、とっさに反撃す
る事も出来なかった。そこへグローウォームの猛攻が襲いかかった。突く、な
ぎ払う、振り下ろす、振り上げる。これら４種類の動作が様々な組み合わせで、
一瞬の遅滞もなくシャドウに襲いかかる。一方のシャドウも新月刀を巧みに操
ってそれを防いだ。
「やばいわよ、あれは・・・」
「えっ・・・どういうこと、パティちゃん？」
「グロウさん、まだしびれ薬が抜けてないはずなんです。それなのに、あんな
　激しい動きがいつまでも出来るわけないんです！」
　シーラの疑問に、シェリルが答えた。その言葉通り、グローウォームに限界
が訪れた。
　何度目かの横薙ぎの一撃をシャドウに弾き返されたのだ。その衝撃でグロー
ウォームの態勢が崩れる。そこへ、シャドウの新月刀の切っ先が繰り出される。
「オラオラオラァ！！」
「くっ・・・」
　グローウォームも棒のリーチを活かして、何とか防いだが、しびれ薬に侵さ
れた身体では、長くは続かなかった。シャドウの繰り出した何度目かの突きが、
彼の右肩を捉えた。
「っつ・・・」
「グロウさん！！」
「グロウ！！」
　今までグローウォームが一撃食らう姿など見たことがないシェリルやパティ
が青ざめて悲鳴を上げる。が、彼はこたえたふうでもなく、至近距離にいるシ
ャドウに向けて左肩からタックルをかける。
「なっ！？」
　思いがけない突撃に、シャドウはグローウォーム共々転倒する。その隙にグ
ローウォームが立ち上がれれば形勢逆転も望めたのだが、先に立ちあがったの
は体調がいいシャドウの方だった。
「てめぇ、よくも！！」
　今まで見せたことのない怒りを見せて、シャドウは未だ起きあがれない彼を
蹴りつけようとする。その時、その場にいた者のうち、１人を除いた全員が忘
れていた人々の声が響いた。
「させるかぁーっ！！」
「このぉ！！」
　エルとリサの２人が、シャドウの背後から襲いかかった。そう、グローウォ
ームがエルにした合図とは、この事だったのだ。無論、打ち合わせをしていた
わけではないが・・・。
　最初は、彼らが戦っている背後へ回り込んで奇襲をかけて、シャドウを捕え
るつもりだったのだが、今やその目的はグローウォームの援護になっていた。
　第一撃はエルの正拳突きだった。速さといい鋭さといい、パワーといい、生
半可な技量の持ち主なら、その影さえ捉えられないほどの一撃だったが、シャ
ドウはそれを左手だけであっさりと受け止めてしまった。
「な・・・！？」
　渾身の、それも背後からの一撃をあっさりと受け止められ、エルは絶句した。
その隙に、今度はリサがナイフを２本投げつけた。これもあっさりと防がれる
が、彼女に動揺はない。元より、命中するとは思っていない。近づくまでの時
間稼ぎだ。そして、自分の望み通り、間合いの中にシャドウを捉えると、リサ
はナイフを突き込んだ。
　キンッ！！
「馬鹿な！？」
　今度は新月刀で受け流された。当事者も信じられなかったが、周囲の人々は
もっと信じられなかった。エルの拳とリサのナイフ、それを片手で受けてしま
う者がいるとは・・・。だが、信じられようが信じられまいが、この光景は確
固たる現実である。
「ヒャーハッハッハ、甘い、甘いぜぇ！！」
　２人がかりならなんとかなる、と思った判断の甘さをあざ笑うと、シャドウ
は拳を捕らえたエルにひざ蹴りを食らわせた。
「グッ・・・！」
「死にやがれ！！」
　さらに、トドメとばかりに空いた左手を握ったが・・・。
「！？」
「ボウヤ！？」
　今まで転倒していたグローウォームが、びっくり箱の仕掛けのように跳ね起
き、無言でエルを殴りつけようとしていたシャドウの頭をつかみ、地面に叩き
つけた。
「グロウ！」
　突然の復活に驚いたエルが呼びかけるが、グローウォームは何も言わない。
ただ、闘う狼のような光を瞳に宿して、シャドウを見据えるだけだ。一方のシ
ャドウも負けてはいない。叩きつけられた直後であるにもかかわらず、その体
勢のまま、グローウォームを蹴りつけて間合いを取り直す。
「やりやがったな、テメェ！！」
　新月刀を構えて斬りかかる。目標であるグローウォームは動かない。それど
ころか、がっくりと膝をついてしまう。エルを救うためになした一連の行動で、
体力を使い果たしたかに見えた。これでは結果は見えている。だが、そうはさ
せじと、リサが動いた。
「させないよ！！」
　シャドウの前に立ちはだかり、その切っ先をナイフで受け止める。そのまま
つばぜり合いに持ち込もうとしたが、シャドウはそれを避け、彼女の側をスラ
イディングしてすり抜けた。
　しかし、リサも歴戦の傭兵である。それであきらめたりはしない。スライデ
ィングをかけた結果、体勢を崩したシャドウ目がけて蹴りを放つ。だが、シャ
ドウは転がってリサの蹴りをかわしただけでなく、新月刀を振り上げ、リサを
のけぞらせる事に成功した。
「くっ・・・」
　その隙にシャドウは起きあがり、再びグローウォームに向かうが、今度はエ
ルが妨害する。
「はあっ！！」
　肩から突っ込み、自らの身体を盾として隠した右の裏拳を叩き込む。最初に
受け止められたスピードを考慮にいれての一撃だ。だが、最初の攻撃の時より、
シャドウのスピードは上がっていた。裏拳の一撃を身をかがめてかわし、その
まま地面を一転してすり抜けようとする。が、起きあがる一瞬を狙ったエルの
回し蹴りがシャドウを襲う。だがそれすらも、シャドウに読まれていたようだ。
エルの蹴りは、シャドウが身体を開いてしまうことで、あっさりかわされたの
だ。
　こうしてリサとエル、２人の「防壁」を突破したシャドウは、その勢いを維
持したまま、グローウォームに突きかかった。一方、受けるグローウォームは
膝をついたまま、だが、しっかりと身構えている。あれなら致命傷を受ける心
配はないだろうが、逆に確実に一撃を食らうであろう事も想像出来た。
「グロウ！！」
「ボウヤ！！」
　エルとリサが叫ぶ。もう叫ぶ以外の事が出来ないからだ。一方、見守るしか
ない他の面々は、顔をこわばらせて、声を出すことさえ出来ない。そして、当
のグローウォームは、迫り来る切っ先をにらみ据える。黙って斬られるつもり
はない。タイミングを計って、その切っ先を跳ね上げてやるつもりだった。
　だが、彼が事を起こすより早く、ハルバードの矛先が新月刀の刀身の下に滑
り込み、一瞬後に新月刀を跳ね上げてしまった。
「だらしねーぞ、おめーら！３人がかりで何やってやがる！！」
「アルベルト・・・？」
　元より体調不良のグローウォームは、ハルバードの持ち主の名を口にする以
上の事は出来なかった。だから、アルベルトは、彼の状態も考えずに豪語した。
「こんなヤローはオレ１人で倒してやるぜ！シャドウ、次の相手はオレだ！」
　言葉と共に突きかかる。そのハルバードの矛先を新月刀で弾き返すと、シャ
ドウははっきりとした嘲弄の言葉を叩きつけた。
「ヒャーハッハッハ！何、寝言を言ってやがる。オメーがオレの相手なんざ、
　１０年早いんだよ！！」
「ああ！？何だとぉ！？」
「それになぁ、今日の遊びの時間はもう終わりだ」
　喉の奥で笑って見せると、シャドウは、ようやく立ちあがったグローウォー
ムに話しかけた。
「グローウォーム！頑張ったご褒美にいいことを教えてやろう」
「・・・・・・？」
「いいこと・・・？」
　その言葉に、グローウォームは無言で眉をひそめ、エルは反射的に呟いた。
自分に反応したことを確認したシャドウは、相変わらず薄笑いを浮かべて続け
た。
「オレは最近ある山で、とんでもないモノを見つけたんだが・・・」
　そこまで言うと、シャドウは声の調子を一変させ、狂人もかくやという調子
の外れた態度で豪語した。
「いずれ、それを使ってこの街を恐怖のどん底に叩き落してやるぜ！！楽しみ
　に待ってな！！！ヒャーハッハッハ！！！」
　そして、その姿は蜃気楼のように揺らいで・・・消えた。その姿を見るのは
２度目のはずのアルベルトは、未だ信じがたい、とでも言うようにあえいだ。
「き、消えやがった・・・！」
　その言葉でテディ達も我に帰って、グローウォームに駆け寄ってきた。
「グロウさん、大丈夫っスか！？」
　その問いに、グローウォームは微かに笑って見せた。
「ああ、大丈夫だ。見た目ほどひどい傷じゃないんだ・・・しかし・・・シャ
　ドウのヤツ、また何か企んでいるみたいだな・・・」
「とんでもないモノって何なんスかね・・・？」
　もっともなテディの問いに、グローウォームはさらにもっともな答えをもっ
て応じた。
「俺に見当がつくわけないだろう。雷鳴山か西の山か・・・」
「いつか山狩りでもした方がいいかもね・・・」
「そうだね・・・」
　エルが呟くと、リサも同意した。２人とも、この一戦でグローウォームと同
じ見解に達していた。あの男は危険で、手段を選ばず捕えるか、殺すかするべ
きだ、と・・・。
　顔を見合わせる３人。そこへ、
「グロウさん、のんきに考え込まないで下さい。早く、その傷を治療もしない
　と・・・」
　不安のあまり、涙声になっているシェリルが訴えた。
「ああ、そうか・・・」
「『ああ、そうか』じゃないわよ！ほら、早く戻る！！」
　あまりにのんきな反応に、パティが爆発してグローウォームの背中を押し始
める。
「お、おい・・・」
「四の五の言わずにさっさと戻るの！なんだったら、アンタを気絶させて、引
　きずって欲しい！？」
「分かった、分かった。頼むから、そう急かすなよ・・・」
　パティの剣幕に押されたグローウォームは、苦笑混じりにぼやいて見せた。
コロシアムの入口に来たとき、彼は何とはなしに立ち止まって振り返る。
「魔法班を呼べ！周囲を捜索するんだ！まだ遠くへは行ってないはずだ！！」
　その視界に、アルベルトが指示を出しているのが見えた。毒物散布の未遂、
さらにトリーシャ誘拐の犯人を、みすみす取り逃がす気はないらしい。だが、
（無駄だな）
　彼はそう思った。ああいうタイプは、事を成したらすかさず逃げる。それも
遠くではなく、どこかにまぎれる形で。今から捜索したところで、おそらくは
追いつけまい。
　もっとも、彼がそれを、アルベルトに告げる義理はないので、黙って控え室
へと向かった。

「あ、グロウ☆」
　戻ってきたグローウォームを、意外に元気なマリアが笑顔で出迎えた。が、
その笑顔もグローウォームの怪我を見た途端、真っ青になった。
「グロウ！どうしたの、大丈夫！？」
「心配するな。かすり傷みたいなもんだ・・・それより、お前は大丈夫か？」
　彼に水を向けられると、マリアは明るく頷いた。
「うん☆ドクターが診てくれたけど、あの毒、傷口から入らないと役に立たな
　いんだって。念のためって、ドクターに注射してもらったし」
「そうか・・・」
　頷くと、彼は無造作にソファーに座り込んだ。そんな彼にクリスが不安げに
近づく。
「グロウさん、本当に大丈夫なの？」
「心配ない。クリス、それより手当てをするから手伝ってくれ」
「う、うん！！」
　勢いよく頷くクリス。
　そして、グローウォームは、服を濡らす血がまだ乾いてないことを確認する
と、無造作にそれを脱ぎ捨てた。すると当然、傭兵という職業柄、鍛えられた
身体があらわになる。
『きゃっ！！』
「へ？」
　突然上がった短い悲鳴に、グローウォームが顔を上げると、シェリル、シー
ラ、マリアの３人が、仲良く並んで彼に背を向けているのが見えた。
「３人共、どうしたんだ？」
「ななな、なんでもないのっ！」
「そうそう☆」
　シーラとマリアが同時に答えるが、声の調子で動揺が手に取るように分かる。
「何でもって・・・」
「グ、グロウさん、お願いですから服を着て下さい！」
「服を着ろと言われてもなぁ・・・」
　半分悲鳴のシェリルの願いを聞いても、グローウォームとしては困惑するし
かない。
「服を脱がないことには手当てが出来ないんだが・・・」
「いえ、ですから・・・」
「いーかげんにしなさい！！」
　あくまで真面目なグローウォームの後頭部を、パティが勢い良くぴっぱたい
た。手首のスナップがよくきいた平手打ちに、彼は思わず後頭部を押さえてし
まう。その耳元にパティは口を寄せた。３人には聞こえないように声を抑えて
話しかける。
「あんたねぇ、いくら上半身だけとはいえ、男の裸を見せられて、シーラやシ
　ェリルやマリアが平気なわけないでしょ！！」
「そういうもんか？」
「そういうもんよ」
「でも、お前は平気じゃないか」
「あたしはさくら亭で慣れただけよ！！」
　夜遅くまで営業するさくら亭では、酔っぱらいが来ることも珍しくないし、
酔った勢いで服を脱ぐ奴だっている。そんな所でずっと働いていれば、多少の
事では動じなくなるであろう。
　そんなパティの言葉を受けて、彼はしばらく首を傾げたかと思うと、１つ頷
いて３人に声をかけた。
「なぁ、悪いんだけど、ジョートショップから替えの服を取ってきてくれない
　か？『汚しました』って言えば大丈夫だろうし・・・」
「あ、はい！それじゃ、すぐ取ってきます！」
「あ、私も！！」
「行ってきまーす☆」
　急いでそう言うと、３人とも慌てて控え室を飛び出した。
　パタパタパタ・・・
　そんな足音さえ立てながら駆けていく。その後ろ姿が見えなくなると、グロ
ーウォームは軽く首を振った。何か口の中で呟くが、それは誰にも聞き取れな
かった。はっきり聞き取れたのは、今すぐ行う必要のある治療がらみのことで
あった。
「さてと、血を落とさないとな。パティ、濡らしたタオルを持ってきてくれ」
「オッケー」
「クリス、包帯とガーゼはあるな」
「う、うん。あるけど・・・」
　彼の怪我と出血だけで卒倒しそうなクリスは、それでも控え室の救急箱を見
せた。
「ガーゼは多めに出してくれ。それと止血用の紐も」
　軽く頷いて、さらに指示を出す。そこへパティが戻ってきた。
「お待たせ！タオル持ってきたわよ！！」
「ありがとう」
　水を張った手桶と一緒に差し出されたタオルを、彼は礼を言って受け取る。
無傷の左肩にそれを引っ掛けると、クリスから受け取った紐を使って、右肩の
付け根をきつく縛る。これで一応は、右腕への血の流れが止まる。もっとも、
この状態を長く続ければ腕が腐ってしまうから、手早く作業せねばならない。
まず、傷口のまわりについた血をタオルでふき取る。続いて薬用アルコールで
傷口を消毒する。
　この間、タオルやアルコールを含ませた脱脂綿が、何度か傷口に触れたはず
だが、グローウォームは軽く顔をしかめただけで、何も言わなかった。
　消毒が済んでしまえば、後は治療魔法（いわゆる神聖魔法）で傷口をふさい
で終わりである。クリスの〈ホーリー・ヒール〉で傷口をふさぐ。もっとも、
この手の魔法は、あくまで「傷口をふさいで止血する」のが役目である。小さ
い怪我ならこれで十分だが、今回のような刀傷はこれだと「ふさいだだけ」と
なる。下手な衝撃を与えようものなら、たちまち傷が開いて出血してしまう。
（ちなみに、〈ホーリー・ヒール〉クラスなら骨を繋げる事も可能だが、あく
まで繋ぐだけ、である。さらに上位の〈ディヴァイン・シャフト〉クラスにな
ると、骨が折れていようが、内臓がはみ出ていようが一瞬で治せるのだが、魔
力消費の大きさと、習得の難しさから使う事は滅多にない）
　後は、傷口に保護用のガーゼをあて、包帯を巻けば応急処置終了である。

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