「っつ・・・おい、ドクター。もう少し丁寧にやってくれよ」
「自業自得だな。塩をすり込まれないだけありがたいと思え」
「それでも医者かよ？」
トーヤのいささか荒い扱いと冷ややかな一言に、グローウォームはさすがに
抗議口調でぼやいた。グラシオコロシアムの医務室、グローウォームは治療を
受けていた。そこには彼の仲間達の姿は無く、代わりにリカルドが彼を見守っ
ていた。
先のぼやきからさして間を置かずに、トーヤは彼の治療を終えた。
「よし、終わったぞ。後はこの解毒剤を飲んでおけ。それで、しびれ薬は中和
出来る」
「サンクス」
そう言って小瓶を受け取ると、グローウォームはその中身を一気に飲み干し
た。空になった小瓶を口から離すと、彼は１つ息をついた。
「どうだ？」
「だいぶ楽になった。さすがだな」
グローウォームの賞賛に、トーヤは当たり前だとでも言うかのように肩をす
くめた。それに、彼には言っておくべきことがある。
「グローウォーム、言っておくが右腕は２週間ほど使うな。その間に使うと、
また傷口が開くかもしれん」
「分かった」
素直に頷くグローウォーム。そして、椅子ごとリカルドに向き直ると、仲間
達に向けるのとは明らかに違う視線を向けた。
「・・・で、おっさん、何の用だ？」
これに対し、リカルドは珍しくためらいを見せた。が、言わないわけにはい
かない。意を決して口を開いた。
「君は・・・あの少年−ケビン君が何故この大会に出たか、知っているかね？」
「ついさっき、エル達から聞いたよ」
手短な答え。それが今この場にエル達がいない理由であった。彼は、自分が
悪者扱いされていることを悟ると、すぐさまエル達にジョートショップに戻る
ように指示したのだ。無神経な、あるいは悪意に満ちた連中が、彼女達に詰め
寄るのを避けるためだ。
「それがどうかしたのか？」
「いや・・・それを彼が君の所に行った時点で、気付いていたのか気になって
ね」
その言葉に、グローウォームの瞳が冷たい光を放った。
「おっさん・・・あんた、ケビンに同情したから棄権したのか？しびれ薬のせ
いじゃなく」
「うむ・・・で、君は気付いていたのか？」
リカルドの再度の問いに、グローウォームは無傷の左肩だけ、器用にすくめ
てみせた。
「わけありだろうって事くらいは気付くさ。あんな真似をするんだからな」
「それでは、何故戦ったのだね？」
やや非難するように語気を強めたリカルドに対し、グローウォームは不思議
そうに問い返した。
「戦っちゃいけなかったのか？」
「？」
「俺はどうあっても優勝する必要があった。あいつもそうだった。だから戦っ
た。それだけだぞ」
「相手は子供だろう？」
「子供だろうと何だろうと、エントリーした以上、１人の選手だ。違うのか？」
「その通りだ。・・・だが」
「だが、あんな子供が、何か深刻な理由で戦っているのだ。引いてやるのが大
人の態度ではないか、か？」
リカルドが言わんとする事を、グローウォームは先取りして見せた。無言で
頷くリカルドに対し、彼は冷ややかに言い募った。
「そんな主張はな、別に勝てなくても構わない、そんな心構えで出ている奴の
たわごとだ。俺はな、戦うからにはどんな手を使ってでも勝たなきゃならな
いと思っているし、そうでまでして勝つ必要がないなら戦う必要もないと思
っているんだよ」
「では、君はそこまでして、どうして勝つ必要があるのだ？」
「決まっている。ジョートショップの、アリサさんの借金を返すためだ」
他に何があると思っているんだ？そう言い出しそうな口調で、彼は切り返し
た。
「でなきゃ、アリサさんは俺の保釈金のために路頭に迷うハメになるからな。
いくらなんでも、そうさせるわけには行かないだろうよ」
「それなら、君が無罪であることを証明すれば事足りるのではないかね？」
「すると何か？おっさんは、俺が無罪を証明出来る程度の証拠で、俺を逮捕し
たのか？」
「・・・・・・」
「違うだろ？なら、俺は１０万Ｇを稼ぐ以外に道はないだろうが。それも、あ
とたった３ヶ月で、だ。しかも、失敗すればやり直しはきかない。『来年勝
てばいい』っていう立場のあんたと一緒にするな」
「・・・・・・」
冷ややかなグローウォームの返答に、リカルドはしばし沈黙を保ったが、や
やあって呟いた。
「『衣食住足りて、人は礼節を知る』、か・・・」
「よく分かっているじゃないか」
「だとするなら、君は十分に足りているように思うがね？」
「あと３ヶ月で消え失せる程度のシロモノが『足りて』いるとでも言うのか？
ましてや、その時失うのは俺１人じゃない。アリサさんも道連れにするんだ
ぞ」
やや怒りを込めてそう言うと、グローウォームは確固たる決意を込めて言葉
を続けた。
「俺はあの人に恩がある。そして、何１つ返しちゃいないんだ。なのに、仇を
返すような真似が出来るか。何としてでも、俺はあの借金を返す。例えどん
な罵倒を受けようと、だ」
「・・・そうか・・・」
グローウォームの宣告に、リカルドはため息混じりに頷いた。
ちょうどその時、外で観衆のブーイングの声が起こり、何事かと思う間もな
くパティが医務室に飛び込んできた。
「グロウ、大変よ！！」
「何だよ？さくら亭に強盗でも現れたか？」
「そんなことじゃないわよ！表彰式にシャドウが現れたのよ！！」
「何だと？」
「シャドウ」の名前を聞いた途端、彼の表情が険しくなった。
「今、表彰台の上でケビンから賞金を奪って・・・」
「分かった。他の連中は？」
「さっきの控え室！みんないるわ！！」
「よし、すぐ行こう」
「おい、グローウォーム！！」
「ドクター、悪い。小言は後で聞くから」
トーヤの声に、軽く頭を下げると、グローウォームはパティを追って飛び出
した。
「ヒャーッハッハッハ！弱い、弱い、弱すぎるぜぇ！！こんなガキが優勝者と
は笑わせてくれるぜぇ！！」
ケビンの首をつかんで持ち上げているシャドウは、もう一方の手で賞金の袋
を掴み、あざ笑った。
「な、何なのだ、君は！？」
しりもちをついたままながらも、大会運営委員長は指をつきつけ、非難の色
を込めて問いただした。
「俺の名はシャドウ。破壊と混乱の化身だよ」
「な・・・」
「ちょいと気に入らない事があってなぁ、この大会を滅茶苦茶にしてやろうと
思ったのさ」
「な、何が気に入らないんだ！？」
「何もかもさ。ろくすっぽ戦ってもいないこのガキが優勝ってのも、このガキ
にも、ついでに観客どもにもなぁ！！」
シャドウは冷たく笑うと、皮肉をたっぷり込めた口調で続けた。
「こんないたいけな子供が、訳ありで出場しているんだ。そんな子供に棄権を
申し込まれたら、受けてやって当たり前、断る奴は悪魔だ、って考えている
ような善人ぶった観客どもが特になぁ！俺はそんな考えが嫌いなんだよ！！」
途端にブーイングの嵐が巻き起こるが、シャドウは小揺るぎ１つしない。明
らかな嘲弄の形に口を歪めると、やはり嘲弄を込めて宣言した。
「くっくっく、威勢がいいねぇ・・・だったら俺と勝負してみたらどうだ！？
誰でも、何人でも相手になってやるぜぇ！！」
咆哮すると、窒息寸前のケビンを放り捨て、腰のサーベルを引き抜いた。そ
して、ねめつけるような声で続ける。
「もっとも、勝負するからには相応に覚悟してもらうぜぇ。負けたらなぶり殺
しにしてやるから、そのつもりで来な！！」
その宣告を受けて、観客は途端に静かになった。誰も動かない。血気走って
飛び出そうとした者も、その場で凍り付いたかのように動きを止めた。
「どうしたどうしたぁ！？誰も出ねぇのかぁ！？大した奴らだなぁ、群れて罵
倒することは出来ても、戦うことは出来ねぇってんだからなぁ！！」
グローウォームが仲間達と合流したのは、この強烈な嘲弄が放たれた時であ
った。
「また、ずいぶんと吠えているな」
「グロウさん！！」
彼の声を聞いた途端、シェリルが明るい表情で振り返った。そんな彼女に、
彼は穏やかな笑みを浮かべる。
「待たせた。で、状況は？」
「見ての通りだよ。シャドウの奴、楽しそうにしているよ」
親指で、表彰台の方を指しつつリサが応じる。その様子を見て、軽く頷くと、
今度はエルが問いただした。
「どうする？」
怪我をしたばかりだし、自警団に任せるか？という意味の問いに、グローウ
ォームは軽く首を振った。
「いや、ここで見逃す義理はないだろうよ。あいつを相手にする機会は、そう
ないだろうからな」
「でも・・・大丈夫なの？」
心配げなシーラの問いに、グローウォームは苦笑して見せた。
「まぁさすがに、１人でやるのは無理だろうね。でもまぁ、作戦を立てれば、
何とかなるだろうな」
「作戦って・・・何か策でもあるのか？」
「ああ。聞いてくれ・・・」
グローウォームは、自分の作戦を皆に語った・・・。
その５分後、グローウォームは行動を起こした。
「よぉ、シャドウ。ずいぶんと大口を叩くじゃないか」
ゆっくりと近寄りながら、グローウォームはいたってのんびりと声をかけた。
「ほーう、誰かと思えば・・・俺が斬った肩はもういいのかなぁ？」
「ああ、この街には名医がいるからな。少なくとも、お前と戦える位には回復
したさ」
悠然と応じると、彼は微かな笑みを浮かべて続けた。
「さて、シャドウ・・・望み通り相手になってやろう。かかって来い」
のこぎり状の刃を持つナイフ−ソードブレイカーと呼ばれる−を左手に握っ
て身構えた。
「くっくっく・・・意外だったなぁ。お前がこういう事に首を突っ込んでくる
とはよぉ」
一歩も動かず、薄笑いを浮かべたシャドウはそう言い放つ。一瞬、意味がわ
からずグローウォームが小首を傾げると、シャドウは表情を変えずに言い足す。
「そうだろうが？この観客どもが罵っているのはお前だぜ。そんな連中や、こ
のガキの為にわざわざ出てくるなんてなぁ」
「別に、出てきたのは他人のためじゃないさ。ここにいる観客連中が俺を極悪
非道の犯罪者と思いたければそう思えばいい。俺の知ったこっちゃないんだ。
だがな、人の行動理由も考えずに罵倒する観客連中よりお前の方がうっとう
しいんでな」
「いいねぇ・・・」
長々と語ったグローウォームに、シャドウは実に楽しそうに頷いて見せた。
「その理由、気に入ったぜ・・・だからよ・・・相手になってやらぁ！！」
叫ぶと同時に、シャドウは地を蹴って飛び上がった。
「食らいやがれ！！」
そのままグローウォーム目がけて襲いかかる。振り下ろされた一撃を、グロ
ーウォームは後ろへ飛んでかわした。さらに続けざまに突きかかってくる新月
刀の切っ先を、身体をひねって受け流す。結果、互いの位置が入れ替わったが、
それでもシャドウの攻勢は続いた。突きかかる、なぎはらう、切り下ろす、様
々な手段で攻撃してきたが、グローウォームは全てをかわした。手にしたソー
ドブレイカーを使いもしない。それでさすがのシャドウもいらだってきたらし
い。怒りの声を叩きつけてきた。
「てめぇ！ちょろちょろと逃げてんじゃねぇ！！」
「お前、怪我人がまっとうに戦うなんて思っていたのか？」
真面目な口調で語ると、再び振り下ろされた新月刀を左へ飛んでかわす。と、
同時に、彼は視線をシャドウから外した。直後、
ヒュン
空気を切り裂く短い音と共にナイフが飛来し、未だに賞金の袋を握っていた
シャドウの左腕に突き立った。
「くっ・・・」
さすがにシャドウも、痛みに左手の力が緩んだ。
「もらったぁ！！」
「何！？」
驚く間もありはしない。横合いから突進して来たピートがシャドウの左腕に
飛びかかり、その手から賞金の袋を奪い取ったのだ。
「このガキ・・・！！」
怒りの声も虚しい。その時、既にピートは表彰台−ケビンの様子を見るクリ
スやそれをカバーするアレフ、パティ、シーラがいる−にたどり着いていたか
らだ。
「グローウォーム！てめぇ・・・」
「シェリル！マリア！やれ！！」
「〈ヴァニシング・ノヴァ〉！！」
「〈カーマイン・スプレッド〉！！」
グローウォームの声に応じて、入り口で待機していた２人が同時に魔法を解
き放つ。直後、シャドウは赤い光線の直撃を受け、閃光の中に飲み込まれた。
『〈ヴォーテックス〉！！』
呪文詠唱がきれいにハモったエルとグローウォームの魔法がさらに追い討ち
をかける。炎の竜巻が、閃光の中のシャドウの影すら覆い隠した。しばしの間、
沈黙が覆う。それを破ったのは、先ほどナイフを投げたリサだった。炎を注意
深く見つめながら、慎重に呟く。
「・・・やったか？・・・」
「さあな・・・」
グローウォームも断定はしない。ある程度の手応えはあったが、それをもっ
て「仕留めた」と楽観する気にはなれなかった。そして、その判断の正しさは
魔法攻撃による煙が晴れた時、証明された。
「シャドウが、いない！？」
『クックック・・・危ねぇ危ねぇ・・・』
驚くエルの声に応えるように、シャドウの声がグラシオコロシアム全体に響
き渡った。ピートがとりあえず声のする方をにらみ付けて叫んだ。
「シャドウ！出てきやがれ！！」
『嫌だね、さっきの攻撃が結構痛くてなぁ・・・ま、勝てるたぁ思うが、ここ
はお前らの勇戦奮闘に敬意を表して消えてやるよ・・・あばよ』
そう言うと、その声は一方的に途切れた。それに合わせて、グローウォーム
はソードブレイカーを鞘に納める。
「振り切られた、な・・・」
この一言が、混乱を極めた大武闘会の閉幕宣言となったのだった・・・。
その後・・・「優勝」したケビンはその賞金をそのまま教会の神父に渡した。
２万Ｇの大金は、教会と孤児院の危機的状況にあった運営資金を救うことにな
る。ところで、運営資金が欠乏する羽目になった原因は、その資金を大武闘会
の数日前に何者かによって盗み出された事にあった。それが大騒ぎにならなか
ったのは、孤児達の不安を心配した神父が内密に捜査するよう自警団に依頼し
たからだ。もっとも、その配慮は結局無意味になってしまい、神父は仕方なく
事件の公表に同意し、公開捜査を行う事になる。
一方、大武闘会の運営担当者達は大会の混乱に対し、頭を抱えてしまった。
彼らは同じ事態が起こらないように様々な対策を立てるが、それは次回以降の
大会の話になる。
そして、グローウォームに対する評価は混沌としたものになった。ケビンと
戦ったという事実に対する評価と、その後に行った対シャドウでの態度とに、
整合性を見いだせなかったからだ。
そのグローウォームは、この一件に関して一切を語らなかった。シャドウに
対して言った通り「どうとでも好きに思え」というのを実践したのだ。
そういうわけで、当のグローウォームは自身の評価に全く無頓着であった。
だが、その本人以上に彼の評価に注目している人々もいる。その大半は彼に対
し好意的な人々である。一方でごく少数ながら彼に悪意を抱いている人もいた。
「失敗しました、か・・・」
その悪意を持つ、スーツを着た男は誰にとも無く呟いた。彼はこの大武闘会
で、グローウォームの声望を地に落とすつもりであれこれと小細工したのだが、
結果的には不完全な結果しか得られなかった。その原因は、かつては仕事（当
然非合法な）を依頼したシャドウの乱入である。あれがなければ、確実にグロ
ーウォームの声望は地に落ちて、再審における陪審投票もかなり不利になるこ
とを期待できたのだが・・・。
「あの男、放置して置けませんね・・・」
「あの男」とはシャドウの事だ。ただ単にからんでいる程度なら見過ごせた
が、ここまで来ると黙っているわけにはいかない。放置すれば、こちらの計画
が危険にさらされる。それくらいなら、二度とかかわらないようにしてしまう
べきだ。
（事のついでにグローウォームも始末しますか・・・どうせ助からないのです。
一思いに楽にしてやるのが慈悲というものでしょう）
恐ろしく身勝手な考えだが、彼は自己の正しさを信じていた。だから、たか
がよそ者１人殺し、盲目の未亡人を路頭に迷わせたところで大した事はないと
思っていた。その件について、すでに告げられた彼が裏面で所属する組織の長
はあれこれと言ってきたが、彼はそれを老人の感傷と思い、気にもしなかった。
（全く、あの人も耄碌しましたねぇ・・・たかがよそ者のことまで気にかける
とは・・・）
それが彼の本音と決断であった。
フェニックス美術館窃盗事件が発生してからすでに９ヶ月。事態は、さらに
混沌としたものになろうとしていた。
ＥＮＤ
松です。「牙、振るう理由」をお届けします。
・・・ううー、しんどいよー。
いや、何がしんどいかと言いますと、この話全体；
言うまでもなく「エンフィールド大武闘会」の補完のつもりなんですが・・
・どうやってもご都合主義から抜け出せません；
＃某大辞典じゃずたぼろに言われています。それこそ、フォローする人がいな
＃いくらい・・・
私の不満はグローウォームとケビンの会話に集約されているわけです。
＃不満の大半は所感のところに書いてありますが；
＃いっそ、別イベントと差し替えた方が楽だったな＜ネタはある；
出来が若干（若干か？）悪いかもしれませんが、それは本人が承知していま
す；ある程度のお叱りと批判は承知してますので、ご遠慮なくどうぞ；
さてと・・・一番厄介な（そして作者としては一番腹の立つ）山は終わった
な。後はジョートショップと自警団、それぞれのＳＳが１つずつ、そしてラス
トのＳＳですね。
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松